21.ノエルと三つの書状
遡ること、二週間前。
ステラの手紙を受け取った第二王子ノエルは、さっそく宰相のシルヴェスター侯爵に話を聞きに来ていた。宰相の執務室は既に人払いが済んでおり、室内にはシルヴェスターとノエルしかいない。
シルヴェスターは国王が絶対的な信頼を置く右腕的存在だ。古くから国王に仕え、元は学友だったと聞く。
「お時間を作っていただき感謝します、シルヴェスター卿」
「ノエル様の頼みとあらば、いくらでも。このタイミングでいらしたということは、恐らくステラ様のことですね?」
流石は切れ者のシルヴェスターだ。ノエルは彼の洞察力に改めて感心しつつ、首を縦に振る。
「お姉様から手紙が届いたのです」
ノエルの言葉で、シルヴェスターは途端に目を見開いた。
「ステラ様から!?」
「はい。お姉様は、あなたから『書状に関して話を聞け』と」
「ステラ様のお手紙を拝見しても?」
「もちろんです」
ノエルはシルヴェスターに手紙を渡した。
手紙といっても、たった十行の短いもので、彼女がなぜ城を去ったのか、彼女は今どこにいるのか、手紙からは何も読み取れない。しかしその筆跡を見て、シルヴェスターは涙を浮かべた。
「ステラ様……よくぞご無事で……!」
シルヴェスターは嗚咽を漏らさないようにするためか、口元に手を当てている。ステラが国政を任されてから、シルヴェスターは彼女を支え続けてきた。彼にとってステラは、忠誠を誓った主であり、同時に娘のような存在でもあるのだ。
涙を堪えたシルヴェスターは、気持ちを切り替えるように咳払いをした。
「取り乱してしまい失礼いたしました。さて、書状についてですね」
「はい。書状とは、父上が残されたあの書状のことですよね? 一体どんな秘密が隠されているのですか?」
二年前、国王が療養のため国政をステラに任せるとしたあの書状。当時王太子だったエドウィンがその立場を追われることになったあの書状だ。
当時ノエルはまだ八歳だったが、城内に走った衝撃はいまだに覚えている。
シルヴェスターは、しっかりとノエルを見据えて告げる。
「あの書状自体に秘密はございません。ノエル様に私が伝えるべきは、国王陛下が残された書状はひとつではない、ということ。全てで三つの書状があるのです」
「三つの書状……!?」
一つだけでも衝撃的だったのだ。残り二つには一体どんなことが書かれていたのかと、ノエルは息を飲んだ。
「はい。一つは『エドウィン殿下を王太子の位から解き、ステラ殿下に国政の代行を委ねる』という、皆が知るものです。二つ目は『国王の性別は問わない』という新たな法を定めるもの。そして三つ目は、『ステラ殿下をこの国の王とする』というものです」
「……っ!」
ノエルは驚愕のあまり、一瞬言葉を失い固まった。しかしすぐに疑問が湧き、思ったままのことを口にする。
「なぜその書状があるのに、お姉様は女王にならなかったのですか?」
それほどまでに強力なカードをなぜ使わなかったのか。ノエルにはステラの思惑がわからなかった。残り二つの書状を使っていれば、キャロライナに嘘偽りの罪を着せられずに済んだかもしれないというのに。
もっともなノエルの疑問に、シルヴェスターはゆるゆると首を左右に振る。
「まだその時期ではないと判断されたからです。キャロライナ様――ひいてはジェイルズ侯爵家の派閥が力を持っている今、ステラ様が女王になられても激しい反発に合うのは必至。ステラ様は、ジェイルズ侯爵家側の勢力を削ってから、残り二つの書状を公にするおつもりでした」
「そんな……」
「書状の存在は、私とステラ様しか知りません。ですからどうか、ご内密に」
「わかりました。他にシルヴェスター卿から聞いておくべきことはありませんか?」
ステラの手紙には書状について尋ねよとだけ書かれていたが、この分だと秘密は他にもあるような気がした。
ノエルはシルヴェスターからの情報を期待したが、望んだ答えは返ってこなかった。
「私が今言えるのは、これだけです」
まだ何か隠し事があるのは明白だった。
お前にはまだ知るだけの力がないと言われている気がして、ノエルは悔しさのあまり拳を握りしめる。姉が政争で戦っているときに何もできなかったことも、自分には何も知らされていなかったことも、全てが不甲斐なくて仕方がない。
ノエルの心情を悟ってか、シルヴェスターが励ますように優しい声で言う。
「ステラ様がノエル様に書状の真相をお聞かせになったのは、ノエル様に成して欲しいことがあるからではございませんか?」
「あ……」
ノエルはその言葉で思い出した。レオナルドが言っていたではないか。
『ステラ殿下がこの城に戻られた際に、エドウィン殿下――というより、キャロライナ様側の勢力を、できるだけそぎ落としておけるとよいかと』
レオナルドはどこまでを知っているのだろうか。まさか書状の秘密までは知らないだろう。しかし、政争の盤面をよく見ていることは確かだ。でなければ、あんな言葉が出てくるはずはない。
「お姉様がお帰りになるまでに、キャロライナ様、そしてジェイルズ侯爵の勢力を弱体化させます」
ノエルの答えに、シルヴェスターは満足そうに微笑んだ。
「それがようございます。もちろん、私も最大限尽力いたしますので」
こうしてノエルとシルヴェスターは、打倒ジェイルズ侯爵勢力を目指し、動き出すのだった。




