20.キャロライナのお気に入り
暗部の最強格と、この国最強の騎士ウェイバー・ミリウス率いる第一騎士団が放たれてから、二週間が経った。どちらもなかなかステラを見つけられないらしく、首を取ったという報告はキャロライナの元に上がってこない。
そんな状況にもかかわらず、キャロライナの心は満たされていた。なぜかと言えば、「お気に入り」ができたからだ。
「ねえ、レオ。どうして口づけをしてくれないの?」
キャロライナは甘い声で隣の彼――レオにねだった。自室にはキャロライナと彼以外誰もいない。キャロライナが人払いをしたからだ。
ソファに並んで腰かけている二人は、はたから見れば恋人同士だと勘違いするほど密着している。レオの腕に抱きつくように、キャロライナが腕を回している。
「私のような一介の騎士がキャロライナ王子妃殿下に口づけなど……そんなおこがましい真似はできません」
レオは顔をわずかに赤らめながらも、騎士らしい真剣な眼差しをキャロライナに向けた。その深紅の瞳は宝石のように美しい。凛々しくもあり、だが可愛らしい見た目の彼は、キャロライナの好みのど真ん中だった。
「キャロライナと呼んで。それくらいはいいでしょう?」
「キャロライナ……様。二人きりの時だけであれば」
キャロライナははにかむレオを見て、胸がきゅうっと締め付けられた。恥じらっている姿がなんとも可愛らしい。キャロライナはもはやレオに夢中だった。
――出会いはちょうど二週間前。
あの日、キャロライナは、ステラの行方が掴めずむしゃくしゃして中庭に出ていた。外の空気を吸えば少しは気分も晴れるだろうと植物を愛でながら歩いていると、石段に足を取られ、危うく転びかけたのだ。その時助けてくれたのが、レオだった。
『大丈夫ですか?』
『え、ええ』
優しく抱き留められたキャロライナは、彼の顔を見た途端、体に電撃が走った。完全に一目ぼれだった。
『よかったです。では、お気をつけて』
微笑んで挨拶を済ませたレオは、さっさと立ち去ろうとした。一連の反応からして、彼はどうやらキャロライナの顔を知らないようだ。不思議に思ったキャロライナは、思わず呼び止めた。
『待ちなさい。あなた、見ない顔ね。所属と名前は?』
『第三騎士団所属の、レオ・ライアーと申します。最近配属されたばかりで、実は迷子になってしまって……。もしかして、ここは立ち入ってはいけない場所だったのでしょうか?』
不安そうなレオを見て、キャロライナの庇護欲が搔き立てられた。彼を安心させようと、にこりと微笑んでみせる。
『いいえ、立ち入っても問題はないわ。しかしライアーとは、聞きなれない家名ね』
『辺境の男爵家の人間ですので、ご存じないのも無理はないかと。貴族の末席に置かせていただいているだけですので。それでは、今度こそ失礼いたします』
『行先はわかるの? 迷子なのでしょう?』
『あ……』
レオは目を丸くした後、「すみません、わかりません。騎士寮に向かいたいのですが……」と恥ずかしそうにはにかんだ。キャロライナはあまりの可愛さに胸を打たれる。
『案内するわ。私はキャロライナよ』
『キャロライナって……まさか、キャロライナ王子妃殿下!?』
レオはやはりキャロライナの顔を知らなかったようだ。基本的に国民の前には出ないキャロライナのことを知らずとも無理はない。
『も、申し訳ございませんでした。キャロライナ王子妃殿下とはつゆ知らず……!』
『構わないわ。ついていらっしゃい』
それがキャロライナとレオの出会いだった――。
レオのことをすっかり気に入ったキャロライナは、権力を使い、彼を無理やり自分の専属騎士にした。だからこうして、毎日のように彼の顔を眺められる。
キャロライナもステラのことが気がかりではあったが、もはや彼女がこの城に戻って来られるとは思えない。彼女が大罪人であることは、すでに国中に広まっている。仮にこの城に帰ってきたとしても、裁かれて処刑台に上がるだけだろう。
残る問題は持ち去られた玉璽だが、それは国王を見つけ出して再発行させればいい。そちらについては、現在エドウィンが国王の居場所を探っている。
そういうわけでキャロライナは、思う存分レオのことを愛でられるのだ。
「キャロライナ様、毒の影響は大丈夫なのですか? 私はキャロライナ様のお体が心配なのです」
「ありがとう、レオ。大丈夫よ。あれは自作自演だったから」
「え? どういうことなのですか?」
「あ、ええと……」
レオに憂いを含む目で見つめられ、キャロライナは思わず本当のことを話してしまった。一瞬まずいと思ったが、すぐに考えを改める。
キャロライナがレオに迫るたび、彼は必ずやんわりと断ってくる。しかし彼は恥じらっているだけで、こちらを嫌っているわけではない。むしろ好いてくれている。キャロライナにはその自信があった。
だから、彼が真実を知ったところで、誰かに漏らすことなど絶対にない。
「ステラ様をその座から引きずり下ろすために、自分でわざと毒を飲んだの」
「どうしてですか!?」
「ステラ様は優秀だけれど、この国に必ず影を落とす存在になるわ。彼女を次期国王にと望む勢力と、エドウィン殿下の勢力が衝突するのは時間の問題。そうすれば国政は混乱し、民は苦しむことになる。そうならないために、私が汚れ役を買って出たの。飲んだ毒はごく微量だから、体には大事ないわ。安心して」
少し、いや、かなり脚色を入れたが、まあいいだろうとキャロライナはレオの顔を伺う。
「そうだったのですね」
ホッと表情を緩めたレオだったが、すぐに不安そうに眉を下げる。
「毒はちゃんと処分しましたか? もし見つかれば、自作自演だということがバレてしまいます」
「そこは抜かりないわ。毒の瓶はステラ様の執務室に隠したから。それに、あの毒を手配したのはイーサン……ステラ様の婚約者よ。何かあっても、全て彼に罪を着せることができる」
「よかった。安心いたしました。キャロライナ様はすごいですね」
レオが笑顔を見せてくれた。彼の笑顔を見られるだけで、心の底から幸せだと思える。でも彼と逢瀬を重ねるたびに、もっと欲張りになってしまう。
「ねえ、口づけしてくれないの? どうしても、だめ?」
キャロライナが上目遣いでねだると、レオはやはり困った顔をした。
「私のような者がキャロライナ様を汚すわけには……」
「汚すだなんてそんな! あなたになら、体だって許してもいいのに……」
キャロライナは自らの胸を彼の腕に押し付けた。たじろぐ彼は、やはり可愛らしい。
「ね、お願い」
レオの耳元でそうささやいた時、突然、部屋の扉が大きく開かれた。誰にも入れないようにと、部屋の前の衛兵にきつく言って聞かせておいたのに。
「キャロライナ様……」
部屋の前には、立ち尽くすイーサンの姿があった。彼の顔は絶望に染まっている。
「その男は……?」
レオとの逢瀬を邪魔をされたことにより、キャロライナの怒りは一気に沸点を超えた。
「誰の許可を得て入ってきているのよ!」
「私はこの二週間、キャロライナ様のために必死にステラを見つけようとしました。暗部がだめならと、この国の裏組織にコネを作り、「死神の使者」という有名な暗殺者を雇いました。そのために自分の資金を使い果たしました。それなのに……この仕打ちはなんですか……?」
ぶつぶつと恨みがましく話すイーサンに、ステラはより一層、苛立ちを覚えた。
「仕打ち? 何か勘違いしているようだから言っておいてあげるけれど、私があなたに好意を寄せたことなど一度もないわ。私の心を射止めようとあなたが勝手にやったことなど知らないわよ」
「…………」
イーサンは何も言い返さなかった。青白い顔で、ただじっとキャロライナを見つめるだけだった。そして、ゆっくりと踵を返し、部屋を出て行った。
「ごめんね、レオ。恥ずかしいところを見せてしまったわ」
ようやく邪魔者がいなくなったと、キャロライナは再びレオとの逢瀬を楽しむのだった。




