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私を殺した兄嫁様、断罪される覚悟はよろしくて?~死に戻り王女ですが、助けてくれた隣国の密偵がメロくて困る~  作者: 雨沢雫


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19.愚者と権力は使いよう


 翌朝。


 ステラが目を覚ますと、隣には誰もいなかった。レグルスはいつも通り先に起床したのか、すでに着替え終えており、荷物の確認をしている最中だった。


 窓から差し込む気持ちの良い朝日を浴び、ステラは大きく伸びをする。


 隣に誰かがいる状態ではあまり深く眠れないかと思ったが、想像以上にぐっすり眠れた。それに、悪夢も見なかった。そういえば、この宿に来てから一度も悪夢を見ていない。心身ともにすっかり健康になったような気がした。


 その後、ステラは素早く身支度を整え、レグルスと朝食を取り、早々に宿を出た。アイゼンフォルテは五日に一度しか門が開かないため、関所がとても混む。早めに出立しなければ、長蛇の列に並ぶ羽目になるのだ。


 今はまだ七時前。朝の早い時間なので、通りに人はまばらだ。ステラは馬を引きながら、隣のレグルスに尋ねる。


「昨日、商人たちが『関所では全員の顔と名前を確認してる』って言っていたけれど、どうしましょうか……」


 ステラの顔は、国民の大半に認知されている。関所の衛兵なら、なおさら知らない者はいないだろう。


「大丈夫。任せて」


 レグルスは目を眇めていたずらっぽく笑うと、リュックをゴソゴソと漁り、何かを取り出した。


「関所に近づいたら、お嬢さんにはこれをつけてもらいます」


「手錠……?」


 レグルスが手に持っていたのは、金属でできた手錠だった。初めから所持していたのか、どこかで買ったのかはわからない。


「別に構わないけれど……それで突破できるの……?」


「うん。勝算はあるよ」


 それからステラは、レグルスに言われた通り、関所の近くで一度止まり、手錠をはめた。レグルスは手錠を布で覆い隠すと、ステラが引いていた馬を受け取り、二人と二頭で関所へ向かった。


 関所には長蛇とは言わずも、それなりの列ができている。開門の時間が午前七時からなので、皆それに合わせて並んでいるのだ。


 ステラはローブのフードを深く被り、俯きがちにレグルスの隣に立つ。彼はと言うと、特に顔を隠すこともなく堂々としていた。変に隠すと逆に怪しまれるからだろう。


 程なくして、ステラたちの番が回ってきた。


「通行証を」


「はいよ、旦那」


 レグルスはいつものように偽の通行証を渡した。衛兵はそれにざっと目を通してから、ステラに指示をだす。


「フード、外して」


 ステラはレグルスと事前に三つの約束をしていた。


 絶対に声を出さないこと。絶対にフードを外さないこと。絶対に自分から手錠を見せないこと。


 自分の手でフードを外せば、そのうち二つを破ってしまう。


 どうしようと焦った矢先、レグルスがすぐに口を開いた。


「ああ……それは別にいいんだが……。旦那、ちょいと耳を」


 レグルスはそう言うと、衛兵の耳元でコソコソと何かを話している。


「――、――――。――――」


 レグルスの言葉はステラの耳には届かなかった。俯くステラには衛兵の顔すらも見えなかったが、その表情はレグルスの言葉によって、みるみるうちに恐怖に変わっていた。


「どう? それでもこの女の顔、見る? 別に俺は構わないんだが……」


 レグルスが困り顔でステラの手首にかかっている布をちらりとめくり、あえて衛兵に手錠を見せた。すると衛兵は、化け物でも見るかのような視線をステラに向ける。


「いらんいらん! それならそうと、さっさと言わんか! 行け! すぐに出ていけ!」


「そ? じゃ、遠慮なく。どうもね、旦那」


 レグルスは笑顔で衛兵に別れを告げた。彼に背を押されたステラは、歩みを再開させる。彼の歩幅に合わせ、あくまでごく自然な様子でついて行った。


 関所を抜けて、しばらく進んだところで、ステラは手錠を外してもらいながらレグルスに尋ねた。


「ねえ、あの衛兵になんて言ったの?」


 レグルスはいたずらっぽく笑っている。


「お嬢さんの兄君の名前を、ちょいと貸してもらってね。『エドウィン殿下は、邪魔だったステラ殿下がいなくなったことで大層お喜びでさ。もうすぐ王城で酒池肉林のパーティーが開かれるんだ。このお嬢さんはエドウィン殿下への贈り物――もとい、生贄ってわけ。殿下が見るより先に贈り物の顔を見た衛兵は、これまで揃って目をえぐられたんだけど、それでも見る?』って」


「なんとまあ、よくそんな嘘八百を思いついたものね……」


 ステラはあんぐりと口を開けた。


 なんともひどい嘘だ。それを信じる衛兵も衛兵だが、「あのエドウィン殿下なら」と思わせるほど、エドウィンの評判は悪かった。愚か者の兄のおかげで助かったのだが、なんとも複雑な気持ちだ。


「愚者と権力は使いよう、ってね」


「それを言うなら、馬鹿と(はさみ)は使いよう、でしょう……」


 ステラは呆れ顔を返したが、レグルスと少しばかり見つめ合い、同時にフッと噴き出した。アイゼンフォルテに入った時には、この街から無事に出られるだろうかとヒヤヒヤしたものだったが、こうして何事もなく脱出できた。ステラはレグルスの手腕に、素直に感心していた。


「さあ、お嬢さん。この逃亡劇も後半戦だ。あとは街に寄らず、一気に行くよ」


「ええ。よろしくね、レグルス」


 ステラは大きくうなずき、胸元に輝くレグルスの瞳の色の宝石を、きゅっと握りしめた。


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