18.まるで告白のような
程なくして、レグルスが部屋に戻ってきた。彼は何事もなかったかのように、平然としている。ステラに気を遣わせないようにという配慮なのかもしれない。
テーブルに皿の乗ったトレイを置くと、レグルスは濡れたタオルをステラに差し出した。
「目、冷やして。このままだと腫れてしまうから」
「ありがとう……」
タオルはよく冷やされていた。目元に当てると、火照った瞼が冷えていく。数分冷やしてから、ステラはレグルスと共に夕食を取った。
この街を出たら、次にまともな食事ができるのは、恐らく隣国ヴァルデアに到着してからだ。再び野宿が続くので、ここでしっかりと栄養を取っておかねばと、ステラは夕食を平らげた。
その後、湯あみを済ませ、今日は早めに就寝することになった。この五日間お世話になった寝台に、今日も横たわる。
「じゃあ、おやすみ、お嬢さん」
レグルスはそう言って明かりを消すと、なぜか椅子に座った。ステラは「おやすみ」と言って目をつぶろうとしたが、彼の行動がなんとなく気になって、上体を起こす。
レグルスの姿は影をまといつつも、月明かりにぼんやりと照らされている。
「どうかした?」
レグルスに問われたが、ステラはそれに答えず、代わりに質問を返した。
「ねえ、今まで、どこで寝ていたの?」
「ん? お嬢さんの隣」
嘘だ。
寝台はそれほど広くなく、ステラは常に中央で寝ていた。その両側に彼の寝るスペースなどありはしない。その上、この部屋の家具といえば、寝台とテーブルセットくらい。ソファで寝るという選択肢が取れないのだ。飛び込みの宿泊だったので、広い部屋が取れなかったのだろう。
「床で寝ていたのね」
ステラが問い詰めるような口調で言うと、レグルスは肩をすくめた。
「寝袋があったから大丈夫。屋根がある分、野宿よりもずっとよく眠れたよ」
「今日は交代しましょう。私が床で寝るわ」
「だめだよ、お嬢さん。まだ病み上がりなんだから」
レグルスは頑なに椅子から動こうとしない。いつも元気そうにしているが、疲れが溜まっていないはずはないだろう。
隣国まではまだ距離がある。ここで休んでおいてもらわなければと、ステラは横にずれ、隣を空けた。
「じゃあ、ここで寝て」
ステラは自分の隣を叩いた。レグルスは驚いたように息をのんだが、すぐにふざけた口調で茶化してくる。
「いいの? 襲っちゃうよ?」
「あなたはそんなことしない。そうでしょう?」
レグルスは発言こそ軽いが、とても誠実な人だということは、ステラはもう十分理解している。
レグルスが苦笑する気配がした。
「わかった。俺の負け」
立ち上がった影は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。徐々にレグルスの顔がはっきりと見えるようになる。彼は少し困ったような表情をしていた。
レグルスが寝台に上がると、わずかに木枠の軋む音がした。ステラの心臓が一気に跳ねる。
「お嬢さん」
声をかけられても彼の顔を直視などできず、ステラは上掛けの端を握りしめて俯いた。
「……なに?」
「他の男は、こんな簡単に誘っちゃダメだからね?」
「そんなことしないわよ!」
軽い女と思われたと焦り、ステラは慌てて声を上げた。誰彼構わずこんなことを言うほど、尻軽ではない。
ステラは顔を上げて彼を見つめ、弁明を試みる。
「婚約者のイーサンとだって、一緒に寝たことなんかないのよ。異性と手をつないだのだって、レグルスが初めてだったんだから。私はあなただから――」
ステラはそこで、はた、と止まった。
これではまるで、告白のようではないか。レグルスが特別な存在だと、そう言っているようではないか。
ステラは途端に恥ずかしくなり、寝台に潜り込んだ。
「なんでもないわ! もう寝る! おやすみなさい!」
レグルスに背を向け、目を閉じる。が、心臓は早鐘を打っており、すぐには眠れそうになかった。隣からはクスクスという笑い声が漏れ聞こえている。
レグルスはしばらく笑っていたが、ステラは無視を決め込んだ。ここで反応したら負けのような気がしたのだ。
しかし、彼の一言でステラは反応せざるを得なくなる。
「わかってるよ。お嬢さんが無垢なことも、お嬢さんが俺を好きだってこともね」
「違うわよ!」
ステラはレグルスの方に体を向けて反論した。枕元に座っていた彼は、フッと優しく笑うだけだ。
からかわれたことが気に食わないステラは、鋭い視線を彼に向けた。それすらも愛おしそうに、レグルスはステラを見つめる。そして、そっとステラの頭を撫でた。
「二度目の人生では、何があっても絶対にお嬢さんを守るよ。約束する」
「…………」
突然触れられた上にそんな言葉を受け取り、ステラは目を見開き固まった。一瞬、息が止まる。
「おやすみ、お嬢さん」
レグルスはそう言うと、ステラに背を向けて横になった。大きな背中は拒絶を示しているわけではなく、こちらへの配慮が感じられる。
彼に触れられた箇所に、そっと手を伸ばす。
(そんなことされたら、眠れなくなっちゃうじゃない……)
ステラは自分も彼に背を向け、なんとか高鳴る心臓を静めるのだった。




