16.お嬢さん、デートしよう!
「お嬢さん、デートしよう!」
五日目の朝、すっかり元気なったステラを見て、レグルスは満面の笑みでそう言った。
「デートって……今日は物資調達の日でしょう?」
ワクワクと目を輝かせるレグルスに、ステラは呆れ気味にそう返した。
明日、とうとうアイゼンフォルテの門が開く。今日中に必要な物資を買いためて、明朝にこの街を出る予定だ。
昨夜、「体調が完全に回復していたら一緒に買い物に行こう」とレグルスと約束していたのだが、まさかデートと言われるとは思わなかった。
「もちろん物資は買い込むよ。でも、せっかくなら楽しまないと。さ、そうと決まれば準備して、お嬢さん!」
「わかった、わかったから、そう急かさないで……」
レグルスの勢いに押され、ステラは渋々彼と「デート」をすることにした。
準備として、まずは湯あみだ。ここ数日は体を拭くことしかできなかったので、ようやくさっぱりできた。そして遅めの朝食を取り、久々にまともな服を身に着ける。寝込んでいる間は、ずっと宿屋の寝衣だった。
(そういえば、誰が寝衣に着替えさせてくれたのかしら……)
まさかレグルスが、と考えたところで、ステラはぶんぶんと頭を振った。あまり深く考えない方がよさそうだ。
「準備できた? お嬢さん」
レグルスはとても機嫌がよさそうに笑っている。その笑顔がまぶしくて、ステラは直視できなかった。
彼は商人風の衣装をまとっていて、ステラはそれと対になるような意匠の服を着ている。そろそろ服装を変えておこうと、レグルスはステラが寝込んでいる間に新たに購入してくれていたのだ。
レグルスの隣に並ぶと、完全に恋人か夫婦に見える。別に揃いの衣装にしなくてもよかっただろうと思ったが、色々と準備してもらった手前、何も言えなかった。
フードを目深に被り宿を出ると、久しぶりの日の光に、ステラは思わず目を細めた。スッと鼻から息を吸うと、さわやかな空気が肺を満たしてくれる。
(私……ちゃんと生きてる……)
殺されるはずだった日から、もう随分と経った。しかし、ステラはまだ生きている。これが本当に二度目の人生なのだとしたら、運命は大きく変わっているはずだ。
「行こうか、お嬢さん」
隣のレグルスはさりげなくステラの手を握って歩き出した。急な彼の温もりに、ステラはびくりと肩を跳ね上げる。
レグルスにはこれまでに何度も触れられたが、それは逃げるためであったり、敵と戦うためであったり、必要に迫られてのことだ。しかし、今は違う。
「ちょっと……!」
手をつなぐ必要はないだろうと、ステラが抗議の視線をレグルスに向けると、彼はいたずらっぽく笑った。
「俺たちは『夫婦』だから」
「そういう『設定』でしょ?」
「設定順守は大事だよ。まあまあ、細かいことは気にしないで、楽しも?」
レグルスはそう言ってまた笑うと、手のつなぎ方を変えた。互いの指を絡ませた、恋人同士のつなぎ方だ。
ステラの体温がじわりと上がる。彼とより深くつながっているように感じられ、心臓がうるさく鳴った。ステラは彼に顔を見られないよう、空いている方の手でフードを引っ張った。きっと、顔は真っ赤に染まっているだろうから。
ステラはレグルスに手を引かれ、アイゼンフォルテの街を歩いた。ここへは公務の関係で何度も訪れたことがあったが、こうして街中をゆっくり散策するのは初めてだ。
通りは既に活気にあふれており、多くの人々が行き交っている。
よく整備された白い石畳。通りの両側には、飲食店や被服店、花屋など、様々な店が軒を連ねる。一見、普通の街と何ら変わらない。
国防の最前線だというのに、街の中は戦争とは無縁だという顔をしている。それを叶えているのが、この街を囲む巨大な壁だ。文字通り「鉄壁」の守りを誇るのが、ここ要塞都市アイゼンフォルテなのである。
「お嬢さん、何か欲しいものは?」
レグルスが浮足立っていることは、その声音からもよくわかった。追われている身だということを忘れてしまったのかと思うほどだ。
早く買い出しを済ませて宿に戻りたかったステラは、淡々と答える。
「食料と飲み物」
「うわ、真面目。もっとこう……アクセサリー欲しい! とかないの?」
「あなたね……追われる身で、そんな思考にならないわよ」
もし捕まれば、二人とも極刑は免れない。彼はよくこんな状況で楽しめるなと、ステラは彼の図太さをうらやましく思った。
ステラは宿を出てからというもの、いつ誰に見つかるかわかったものではないとヒヤヒヤしっぱなしだ。買い物を楽しむ余裕などありはしなかった。
「じゃあ、俺が勝手に選ぼっかな」
レグルスはそう言うと、ステラの手を引き、いくつかの露店を覗いて回った。どれも女性物のアクセサリーの店で、彼はどうやら本気でステラに何か買うつもりらしい。
「あ、これとかどう? お嬢さんの瞳の色と一緒だ」
レグルスが手に取ったのは、一粒のサファイアがあしらわれたネックレスだ。純粋に綺麗だと思ったが、やはり不安が勝ってそれどこではない。
「ねえ、早く買い出しを済ませましょうよ」
「そう焦らないで、お嬢さん。どうせ明日にならないと、この街からは出られない。だから今日だけは、俺にお嬢さんの時間を頂戴。ね?」
レグルスは目を眇めて笑いかけてくる。これは考えを変える気はないなと、ステラは困ったようにひとつ息を吐く。
「私と『デート』して楽しい?」
「そりゃ楽しいよ。すごく楽しい。前にも言ったけど、俺にとってお嬢さんとの旅は、ご褒美以外の何ものでもないんだ。すごく光栄で、毎日すごく幸せだよ」
レグルスの柔らかな微笑みに、ステラは思わず見入ってしまった。あまりにもまっすぐに伝えてくるので、まるで彼の本心かのように錯覚してしまう。そんなこと、あるはずはないのに。なにしろ、まだ出会って二週間ほどしか経っていない。
「お嬢さんは、俺といて楽しい? それとも、楽しくない?」
顔を覗き込みながら尋ねてきたレグルスに、ステラは苦笑した。
「あなたといると、退屈しないわ。それに、一人だったらきっと、心細くて仕方なかった。感謝してる」
城を出てから、すでにいろんな経験をした。
街の宿屋に泊まったり、洞窟で野宿をしたり、踊りながら暗殺者の攻撃を避けたり。ステラにとってはそのすべてが刺激的だった。それこそ、退屈なんてする暇などないくらいに。そして、全てはレグルスが隣にいてくれたからこそ、できたことだった。一人ではきっと、精神を病んでいたと思う。
ステラの答えを聞いて、レグルスは嬉しそうに笑った。
「そろそろ俺に惚れた?」
「まさか」
「そういえば、ご褒美のキスもまだだなあ」
「しないわよ」
軽口の応酬をしているうちに、一人だけ不安がっているのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。ステラはレグルスの「せっかくなら楽しまないと」精神を見習い、今日だけは全てを忘れ、楽しむことにした。
ステラは露店に並ぶアクセサリーを吟味した。様々な色の宝石が輝く中、迷わずひとつのネックレスを選んで手に取る。そして、それをレグルスの顔の近くに持っていく。
「どうせ買うなら、この石がいいわ。ほら、あなたの瞳の色と同じ。これを身に着けていれば、あなたの強さを借りれる気がするもの」
ステラがそう言うと、レグルスは意表を突かれたように目を丸くした。そして片手で顔を抑えると、溜息と共に言葉をこぼす。
「罪づくりな女……」
「?」
聞き取れなかったステラは首を傾げたが、彼が答えることはなかった。代わりにステラが握るネックレスを受け取り、店主に「これを」と言って代金を支払う。
「ありがとう、レグルス。お金はちゃんと返すから」
「いいよ。これは俺からお嬢さんへのプレゼントってことで」
露店から少し離れたところで、ステラはレグルスにネックレスをつけてもらった。胸元に手を当てると、確かにその存在が感じられ、どこか安心感を覚える。
「どう? 似合う?」
「うん。すごく似合ってる」
そんな会話を交わしていると、本当にデートをしているみたいだ。異性と一緒にいてこんなにも楽しいと思えるのは、生まれて初めてだった。
そのあとも、二人は様々な店を見て回った。雑貨店に、文具屋に、書店に、武器屋まで。
幼いころから王女教育に追われ、公務に追われ、王女という役割をひたすらにこなし続けてきたステラには、何もかもが目新しく、新鮮だった。この時だけは、国政のことも、追われていることも、全てを忘れ、心の底から楽しいと思えた。
昼食を食べ、必要な物資を買い終わった頃には、日が傾き始めていた。随分と長時間出かけてしまったが、思った以上に元気である。レグルスが気を遣って、休憩をこまめに挟んでくれたからだ。体調に変わりがないかも、しつこいくらいに聞いてくれた。
宿に戻る前に広間のベンチで一休みしていると、ふと近くで立ち話をしていた商人たちの声が耳に入ってくる。
「なあ、聞いたか? ステラ王女がキャロライナ王子妃を毒殺しようとしたって話」




