14.罪人の証
二時間ほど眠ったところで、ステラは目を覚ました。
すでに日は沈み、洞窟の入り口から覗く空には星が出ている。雨が上がったようだ。
「おはよう。ご飯、食べられそう?」
「ええ。いつもありがとう」
ステラは毛布を取りながら立ち上がった。少し体がだるく、頭痛もする。疲れがたまっているのだろう。
城を出た日から、ステラは毎日のように悪夢にうなされている。自分が地下牢に閉じ込められる夢だ。そのせいで、よく眠れない日々が続いていた。
「大丈夫? 顔色がいつもより悪い気がする」
「問題ないわ」
不調を訴えたら、レグルスは気遣って一日の休憩時間を増やそうとするだろう。追われる身の今、歩みを止めるわけにはいかない。
(……しっかりと食事をとって、早く寝ましょう)
ステラはレグルスと共に焚火を囲んだ。今日は雨で食材が調達できなかったので、質素なスープとパンのみだ。しかし、贅沢は言えない。食事にありつけるだけ、ありがたく思わなければならない。
ふと隣の彼を見ると、赤いピアスが目に入った。焚火に照らされ、美しく輝いている。瞳の色と合っていて、センスが良いと思った。
すると、視線に気づいたレグルスがステラを見る。
「どうかした?」
「あなたの瞳の色、珍しいわよね。ヴァルデア王国ではよくある色なの?」
ステラは立場上、これまで多くの人間に出会ってきたが、赤い瞳を持つ者は見たことがなかった。ヴァルデア王国の人間とも何人か会ったことはあるが、いたって普通だった。そもそも、元をたどればグレイヴ王国とヴァルデア王国は同じ祖先を持つので、外見はほとんど変わらない。
「いや、俺の家系くらいでしか見たことないな」
「じゃあ、特別ね。とても綺麗」
貴重なものが見られたと、ステラはレグルスの瞳を覗き込む。しかし彼は視線を逸らし、苦笑した。
「……そんないいもんじゃないよ」
「そう? 宝石みたいで素敵じゃない」
「これは、罪人の証なんだ。昔、先祖が大罪を犯してね。その目印みたいなものだよ」
ステラはハッと息をのんだ。彼は自分の瞳の色を嫌っている。触れてはいけない話題だったのだ。
途端に罪悪感がステラの胸を覆う。
「ごめんなさい。私、何も知らずに無神経なことを言ったわ」
「ううん。お嬢さんが宝石みたいって言ってくれたから、自分の目が少し好きになった。ありがとう」
レグルスはそう言って微笑んだ。その笑顔がいつも以上に優しくて、ステラは余計に胸が痛くなった。
その晩も、ステラは悪夢にうなされた。さらには、一度覚醒してしまったせいで、再び寝入るまでに時間がかかってしまった。
そうしてステラは、疲れが取れないまま朝を迎えた。昨日より頭痛がひどくなっている。
寝袋からモゾモゾと這い出ると、レグルスが声をかけてくる。
「おはよう。お嬢さん」
「……おはよう」
レグルスは既に朝食の準備に取り掛かっていた。彼はいつも、ステラよりも遅く寝て、早く起きる。それなのに、とても元気に見える。
「朝食を取ったら出発しよう。ここからアイゼンフォルテまではすぐだけど、寄らずに次の街を目指すよ。アイゼンフォルテは五日に一度しか門が開かないからね」
要塞都市、アイゼンフォルテ。北の遊牧民からの侵攻に備えるために造られた街だ。街の周りは高い壁に囲まれ、五日に一度しか門が開かれない。
「わかったわ」
ステラは体に鞭を打って、無理やり立ち上ろうとした。しかしその時、激しい頭痛に襲われた。足に力が入らず、視界も大きく歪む。
(あ……これは、まずいわ……)
「お嬢さん!」
体勢を崩し倒れそうになったステラを、レグルスがすんでのところで抱きかかえた。彼は激しく悔いているように、顔を歪めている。
「やっぱり調子が悪かったんだね。気づいてあげられなくてごめん」
ステラは不調を自覚した途端、寒気に襲われ、呼吸がつらくなった。彼の声もどこか遠くに聞こえる。
「……大丈夫よ。少しめまいがしただけだから」
ここで倒れているわけにはいかないと、なんとか彼の腕の中から起き上がろうとするも、力が入らず叶わない。
そんなステラの様子を見て、レグルスはすぐに判断を下した。
「計画変更だ。今からアイゼンフォルテに行く。今日はちょうど開門日だ」
「だめよ。先を、急がなければ……」
アイゼンフォルテに行けば、五日は閉じ込めらる。そんなにも長く足止めされるのは避けたい。それに、捕まるリスクも格段に上がるだろう。
「ここで一日……休ませて。絶対に、元気になってみせるから……」
「焦る気持ちはわかる。でも、さすがに洞窟の中じゃ休まらないよ。全部俺に任せて、お嬢さんは休むことだけ考えて」
レグルスはステラを一度横たえ毛布を掛けると、すぐに出立の準備を始めた。ステラはグルグルと回る視界に翻弄され、諦めて目を閉じる。もはや何も考えられなくなっていた。
寒気と頭痛で眠りたくても眠れず、ステラは荒い息を続けた。
まもなくレグルスは準備を終えると、ステラを抱えて馬に乗った。走り出すと、もう一頭の馬もあとを追ってついてくる。よく訓練された、賢い馬だ。
「体、俺に預けてくれていいから」
馬上でバランスを取る余力もないステラは、言われた通り、後ろのレグルスに背を預けた。彼の体温が心地よく、つらさが少し和らぐ。
(誰かに触れるって、こんなにも心地いいのね……)
ステラはレグルスの温もりに包まれながら、意識を手放した。




