11.第一王子エドウィン
「あの女を仕留め損ねたですって!? 何をしているのよ、この無能!」
自室にて「作戦失敗」の報告を受けたキャロライナは、怒りのあまり手元にあった茶器を暗部の男に投げつけた。男の腹に当たった茶器は、そのまま床に落ち、無機質な音を立てて割れる。
先ほどまでアフタヌーンティーを楽しんでいたというのに、全て台無しだ。
「申し訳ございません。現在、第二陣を送り込んでいます。今度は暗部の中でも最強部隊を送り込みましたので……」
「初めから最強を送り込んでおきなさいよ、愚か者!」
ステラが城から姿を消したあの日の夜、キャロライナは手下に城中を探させたが、結局見つからなかった。捜索範囲を王都内に広げたものの、それでも見つからない。王都の関所の責任者であるノーランという男曰く、怪しい人間は見かけなかったとのことだった。
しかし、ステラ失踪の翌日、王都から少し離れた森の中で、王城の馬車が乗り捨てられていた。そこにはステラが身にまとっていたと思われるドレスも脱ぎ捨てられており、彼女が王都を出たことは確実となった。
キャロライナはすぐさま「王子妃毒殺未遂」と「玉璽窃盗」の二つの罪をステラに着せた。前者は虚偽、後者は真実だ。現在、「大罪人ステラを見つけた者には賞金を与える」というお触れを国中に広めている最中である。
並行して暗部の刺客を放っていたのだが、たった今「失敗報告」を受け、キャロライナの怒りは沸点を超えたというわけだ。
キャロライナは暗部を部屋から追い出し、次の打つ手を考え始めた。このまま他国にでも逃げられたら、捕らえる機会を失ってしまう。せめて玉璽だけでも取り返さなければ。
思考に集中しようとしたとき、「キャロライナ様」と扉を開けて入ってくる男がいた。ステラの婚約者、イーサンだ。
「キャロライナ様。次は何をすればいいでしょうか。父のコネを使って暗部を動かしましたが、いかがでしたか?」
彼はまるで、褒められるのを待っている犬のように目を輝かせていた。その姿が実に情けなく映り、キャロライナは嫌悪感を覚える。
「失敗したわよ! 本当に役に立たないんだから!」
キャロライナは初めこそイーサンに猫を被っていたが、今は本性をさらけ出している。ステラがいなくなり、計画が狂った今、本性を隠してまで繋ぎとめるほど、この男に利用価値がないからだ。それこそ、暗部のコネを持っていたことくらいしか、使えるところがなかった。
イーサンの父は、古くから王家に仕えるこの国の外務大臣であり、城においてコネと発言力がある。しかし堅物で有名で、今回もイーサンが「暗部を使ってステラを連れ戻しましょう」となんとか説得して暗部を動かすことができたのだ。
一度暗部とのつながりができてしまえば、こっちのものだった。キャロライナは色仕掛けで暗部のトップを落とし、今は暗部を思うがままに動かせる。
「ご、ごめんなさい……。次はきっと役に立ちますから、だからチャンスをください……!」
イーサンはキャロライナの豹変ぶりに驚きつつも、なんとか嫌われないようにと必死に縋り付こうとしている。キャロライナにとっては、それが一層、鬱陶しかった。
「しつこいわね! 早く出て行って!」
「は、はい……」
キャロライナが怒鳴りつけると、イーサンはずぶ濡れの犬のようにしょんぼりと萎れて部屋から出て行った。すると入れ替わるように、また一人の男が入ってくる。ノックもせず失礼な奴だと、再び怒鳴りつけようとしたその時、キャロライナは口を開いたまま固まった。
「随分と面白いことになってきたではないか。なあ、我が妻よ」
そこにいたのは、第一王子エドウィン――キャロライナの夫だった。彼がこの部屋に来るなど、結婚して以来初めてのことである。
スラリと背の高い彼は容姿に優れており、ブロンド色の髪と黄金色の瞳は実に王族らしい。彼の好戦的な目は、何人もの女性を魅了してきたという。エドウィンの部屋に招かれた女性たちは、皆揃って幸せそうな、満ち足りた顔で帰っていくそうだ。
(本当、顔だけはいい男)
エドウィンが女遊びに耽るようになった六年前から、それに呼応するように王城での女性の起用率が上がり始めた。幸い、起用された女性たちは皆優秀だったため、臣下や国民からの反発は当初はそこまで大きくならなかった。しかしそれが六年も続けば、エドウィンの評判は落ちるところまで落ちている。
「……何をしにいらっしゃったのかしら?」
キャロライナは無理やり笑顔を作った。この男にはまだ本性を晒していないからだ。
するとエドウィンは唇の端を上げ、ニヤリと笑った。
「今さら猫を被るな。怒鳴り声が廊下まで響いていたぞ。ようやく本性を現したか。最初から繕わずにいれば、一度くらいは抱いてやったものを」
「……ご冗談を」
キャロライナは拳を力強く握りしめ、「虫唾が走る」という言葉を飲み込んだ。こんな男に、誰が抱かれてやるものか。自分が体を許すのは、利用価値のある相手にだけだ。王太子の座を追われるとわかっていれば、こんな男と結婚などしなかった。
エドウィンは構うことなくずかずかと部屋に入ってくると、キャロライナがいるソファの向かいにドカッと座った。
「送り込んだ刺客は失敗に終わったらしいな」
(この男……! 一体どこまで情報を掴んでいるの……?)
キャロライナは目を見開いたが、唇を噛みしめ口をつぐんだ。この男の目的がわからない以上、下手なことは話せない。
エドウィンに向けて鋭い視線を送ると、彼はまた嫌な笑みを浮かべた。
「俺としてもステラは目障りな存在だ。あいつは国王となって、俺を追い出す腹積もりをしている。己が消される前に、あいつを亡き者にしたい」
国民のほとんどはステラを国王にと望んでいるが、城の中はそうではない。エドウィンを傀儡の王とし、政権を思うがままにしようとする勢力が存在する。その筆頭が、キャロライナの父――財務大臣のジェイルズ侯爵だ。
もし仮に国王が「ステラを次期国王とする」という書状を残していたとしても、ジェイルズ侯爵の勢力が猛反発し、熾烈な権力争いが勃発していただろう。そもそも、王には男性しかなれないという法律がある以上、ステラが国王になることはない。
「この国は、女性は王になれませんが……」
「さあ、それはどうだろうな」
随分と含みのある言い方だ。
城の大半――いや、国民の大半は、この男のことを阿呆だなんだと思っている。もちろんキャロライナもその一人だ。しかし、この底知れなさはなんだろう。エドウィンはもしかしたら、想像以上に食えない男なのかもしれない。
(酒と女のためなら、なんだってするということ?)
キャロライナがエドウィンを訝しんでいると、彼は悠然と足を組み、こう言った。
「共闘といこう。我が妻よ」
「共闘、ですって?」
キャロライナは耳を疑った。これまでろくに関わってこなかった相手に、共闘とは。
キャロライナが警戒の色を滲ませたとき、エドウィンが目を眇めて笑った。
「ああ。俺の権限で、この国最強の部隊を向かわせる」
「それって……!」
「騎士団長のウェイバー・ミリウス率いる第一騎士団だ」
ウェイバー・ミリウスは、この国最強の騎士である。そして、彼が率いる第一騎士団は、選ばれし精鋭たちが集まる特別な部隊だ。彼らにかかれば、ステラの首など一瞬で取れるだろう。
(これ以上ない話だわ……!)
キャロライナも、さすがに第一騎士団を動かす権力は持ち合わせていなかった。第一騎士団もエドウィンの命令には逆らえなかったようだ。
キャロライナは思わず声を上げて笑いそうになるのを必死にこらえ、淑女の微笑みを浮かべた。
「共闘のお話、お受けいたしますわ」




