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私を殺した兄嫁様、断罪される覚悟はよろしくて?~死に戻り王女ですが、助けてくれた隣国の密偵がメロくて困る~  作者: 雨沢雫


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9.悪夢が追いかけて来る


 ステラはその夜、夢を見た。地下牢に閉じ込められ、キャロライナに毒を飲まされた日の夢だ。イーサンに裏切られ、キャロライナにはめられた、屈辱的な日。


 毒に苦しみもがき、意識を失ったところで、ステラは夢から覚めた。髪は汗でぐっしょりと濡れており、呼吸も乱れている。カーテンから漏れ出る光で、室内はぼんやりと明るかった。もう日が昇り始める時間らしい。


「お嬢さん、大丈夫?」


 寝台のすぐそばに、レグルスが立っていた。彼は心配そうな視線を向けながら、タオルで汗を拭ってくれる。


「嫌な夢でも見た?」


「……少し、ね」


 ステラは「ありがとう」と言ってタオルを受け取ると、そのまま起き上がった。夢見が悪かったせいか、体が重い。


「出発前に湯あみをしておいで。お湯、貯めてあるから」


「ええ……そうするわ。用意してくれてありがとう。あなた、いつから起きてたの?」


「ん? ついさっきだよ」


 そう言う割に、レグルスは既に身支度を終えていて、昨日買った旅人風の衣装に身を包んでいる。


「朝食もらってくる。服はテーブルの上に置いてあるから、それに着替えて」


 レグルスはそう言うと、一度部屋を出て行った。


 ステラは重たい体を無理やり動かし、服を持って脱衣所へと向かう。この服も、昨日レグルスが買ってくれたものだ。乗馬服は目立つので、こちらも旅人風の衣装に合わせてある。


 お湯で体を清めると、頭が少し冴えてきた。ここはまだ王都のすぐそばだ。気を抜いている場合ではない。


 ここから隣国のヴァルデアまで、順調に行って十日から二週間。途中、回り道をしなければならないことも出てくるだろう。それを加味すると、三週間はかかりそうだ。


(なんとか逃げ切らないと……)


 ステラは己に気合を入れ、浴室を出た。


 着替えを終え脱衣所を出ると、レグルスが戻ってきていた。香ばしいパンの香りが鼻腔をくすぐる。


「朝食を食べたら出発しよう」


 レグルスは昨日と変わらず、快活に笑っている。対するステラの表情は曇っていた。


 ステラがこの先の未来に不安を感じるのは無理もないことだった。次に温かい食事を取れるのはいつになるだろうか、次に寝台で眠れる日は来るのだろうかという心配もさることながら、無事に国を脱出し、そしてまた城に戻って来られるのかという不安が、何よりも大きかった。


 朝食を取った後、二人はまだ街が完全に目覚める前に出立した。気のいいチャーリーに見送られ、馬を引いてヴェーラの関所にたどり着く。


 関所は昨晩よりも混んでいた。採れたての野菜や果物を運ぶ馬車が関所を通り、街に入ってくる。少し並んだあと、ステラたちの番がやってきた。


 この街は入るときは滞在の目的などを聞かれるが、出るときはそれほどチェックを受けない。そのため、ステラは完全に油断していた。


「顔を見せていただけますか?」


 関所の衛兵にそう言われ、ステラの心臓は跳ね上がった。ステラは今、ローブのフードで顔を隠している。この布を外せば終わりだ。手綱を握る手に、思わず力が入る。


 隣にいたレグルスも想定外だったようで、眉を跳ね上げて反抗した。


「理由は? 妻は顔に傷があるんだ。野盗に襲われた時の傷がね。それで隠しているっていうのに、暴こうって言うのかい? 人に見られるたびに傷ついてきたんだ。頼むからやめてくれ」


「事情があるのはお察ししますが、こちらも仕事でして……」


「だから、顔を見せなきゃならない理由を聞いてるんだ」


「実は、今朝方、王城から書状が届きまして。ステラ王女殿下を見つけたら王城にお連れするよう言われているのです」


 王城からの書状は、間違いなくキャロライナの仕業だろう。ステラが城から姿を消して一晩が経過し、本格的に捜索を始めたようだ。見えない包囲網に囲い込まれているような気がして、ステラは身震いした。


「ハハハッ! 俺みたいなしがない旅商人の妻が王女殿下なわけないだろう」


「それはそうですが、全員の顔を確認するようにとの命令で……」


「はあ……埒が明かない。責任者を呼んできてくれ」


 レグルスが盛大な溜息と共にそう言うと、衛兵は面倒な奴に引っかかってしまったと、困り果てた様子で関所の奥へと入っていった。


 責任者を連れてこられたらもっと厄介なことになるのではないだろうか。それとも、今のうちに強行突破して逃げるつもりなのだろうか。ステラにはレグルスの考えがわからなかった。


「お待たせしました」


 この関所の責任者は、アーノルドという子爵家の男だ。ステラはヴェーラに視察に訪れるたび、彼に迎えられ、彼に見送られてきた。こんなにも近くにいるのに、挨拶すらまともにできないのがなんとももどかしい。


 レグルスはどうやってこの場を乗り切るつもりなのだろうかとハラハラしていると、アーノルドが予想外の言葉を発した。


「どうぞお通りください」


 えっ、と思わず声を出しそうになり、ステラは慌てて口を塞ぐ。一体何を確認して許可を出したというのだろうか。


 すると、アーノルドは声を抑え、ステラとレグルスにしか聞こえないように言った。


「ノーランから、深紅の瞳の青年が関所に現れたら無条件で通せと言われています。城で何かとんでもないことが起きているようですね」


 この文脈で言うノーランとは、間違いなく昨夜会った王都の関所の責任者の、あのノーランのことだろう。そういえば、アーノルドとノーランは旧友同士だ。

 

 レグルスがノーランに放った「ステラ王女殿下の味方だと信じている」という言葉だけで、彼は全てを察し、ここまで根回しをしてくれたらしい。なんと心強い味方だろうか。


「ありがとう、アーノルド。顔を見せられなくてごめんなさい」


「いいえ。またいつか、お元気なお姿を見せてくださいませ」


「ええ、必ず戻ると約束するわ」


「道中、どうかお気をつけて」


 アーノルドとの会話を終え、ステラとレグルスは無事関所を抜けた。時間にしてみればほんの十分ほどの出来事だったが、緊張が解け、一気に疲労感が襲ってくる。だが、立ち止まっている時間はない。


 ステラとレグルスは馬を走らせ、ひたすら道なりに進んだ。


 この先にはいくつかの小さな町が点在するが、そこには寄らず、しばらくは森で野宿する予定だ。町の出入りのたびに関所の検問を受けていては、いつ正体がバレるかわからない。食料が底をつきそうになったら、再び街に寄るとレグルスは言っていた。


 この日は何度か休憩を挟みながら、行けるところまで馬を走らせた。これほど長時間馬に乗る経験は今までなかったので、日が暮れる頃にはさすがに疲労が溜まっていた。


 夜に進むのは危険だからと、一度街道脇の森に入り、野宿の準備をすることになった。


 レグルスは疲れた様子もなく、きびきびと動いている。二頭の馬を木につなげて休め、慣れた手つきでテントを組み立てたかと思えば、火をおこし、川の水を汲み、夕食の準備を進めている。


 ステラも手伝いたかったが、「最初は力仕事がメインだから少し休んでいて」と言われ、大人しくテントの中で休息を取った。広げられた寝袋がなんとも気持ちよさそうで、もぞもぞと潜ってみる。寝袋の中は温かく、これは思ったより眠れるかもと、少し前向きな気持ちになった。野宿など、当然ながら初めてだ。


「お嬢さん。ご飯にしようか」


「ハッ! ごめんなさい、寝てしまっていたわ!」


 寝るつもりはなかったのに、ステラはいつの間にか眠りに落ちていた。外はもう真っ暗だ。何もせずにただ寝ていたことに罪悪感がこみ上げてくる。


 しかし、それを責めることなく、レグルスは笑う。


「気にしないで。移動続きで疲れたでしょ。少し眠れたならよかった。さ、しっかりご飯を食べて、元気を取り戻そう」


 その後、二人は焚火を囲みながら夕食を取った。毎食、保存食を食べることになるだろうと思っていたのに、ステラは今、大変美味しいスープをいただいている。レグルスが干し肉や野菜を使って調理してくれたらしい。彼の料理の腕はかなりのものだ。


 胃が温まったおかげか、ステラは疲れが少し抜けた気がした。そして同時に強い眠気が襲ってくる。昨夜は夢見が悪く、あまり眠れなかったからだろう。


「眠いよね。水浴びは明日にして、もう寝よう。片付けは俺がしておくから」


 レグルスはよく気遣いができる男だ。今日だって、ステラが疲労を感じ始める絶妙な頃合いで休憩を挟んでくれたし、単調な道のりで退屈しないよう、仕事での体験談を面白おかしく話してくれた。この場に着いてからも、ステラが休憩できるよう真っ先にテントを組み立て、胃に負担がかからないよう、優しいスープを作ってくれた。


 だというのに、今の自分には、返せるものが何もない。いずれ必ず報酬を支払うと言っても、いつになるかわからない。


「ごめんなさい。巻き込んでしまって」


 ステラは気づけばそうこぼしていた。レグルスが不思議そうに首を傾げる。


「巻き込む?」


「私が捕まれば、きっとあなたも極刑になってしまう。いくら報酬を弾んだとしても、労力に見合わないわ」


 ステラはレグルスに視線を向けた。焚火で照らされた深紅の瞳は、まるで本当に燃えているようだった。


 彼の目が優しく弧を描く。


「捕まらないから大丈夫。それに、お嬢さんとの旅は、俺にとってはご褒美みたいなものだしね」


「ご褒美?」


 今度はステラが首を傾げる。他国の王女を国外へ逃がすなどという仕事、外れくじにもほどがあるだろうに。


 すると、レグルスはおどけた調子で言った。


「こんな絶世の美人と四六時中一緒にいられるんだ。俺にとってお嬢さんとの逃亡劇は、ただのデート。ご褒美なのさ」


「フフッ。なによそれ」


 ステラは思わず笑った。なんとも緊張感のない旅路だ。しかし、この男のおかげで、ステラは助かっていた。心が疲弊しすぎないで済む。


「さあ、早く寝よう、お嬢さん。明日もひたすら走らなきゃならないから」


 レグルスに促され、ステラは寝袋に潜り、また眠るのだった。


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