23. 覚悟の傷跡
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
教会の司祭(アンフォリーの妹)
アン・レゾン
四代厄災
悲狂のアン・フォリー
神速のレーヴ
絶対死者アブソリュート
グラフの想い人
ルミナス・エフェメール
「それで、先にジェシカの話を聞かせてもらえるかしら」
「あ、うん。えっとね、実は昨日アンディとたまたま会って、一緒にグレンの所へ行ってきたんだ。
それで──アンディの戦闘スタイルに私の意見を言わせてもらいつつ、さっき話が終わって、今頃武器の制作をしていると思う」
「そう……。私もアンディにはあまり強く言えないから助かったわ。ありがとう、ジェシカ」
「ううん。私がやりたいようにしただけだから」
ジェシカとアリスは目を合わせ、優しく微笑む。
だが次の瞬間、ジェシカの表情が僅かに曇り、ゆっくりとグラフへ顔を向けた。
「グラフ」
「どうした?」
ジェシカの表情は、先ほどまでの柔らかいものではなかった。
むしろ、鬼気迫るような鋭さを帯びている。
その空気の変化に、クロードも思わず息を呑んだ。
「……聞こう」
「その前に、私の質問に素直に答えてほしい。いいかな?」
「ああ。問題ない」
グラフへ確認し、ジェシカは深く息を吸い込む。
そして、静かに口を開いた。
「ルミって……ルミナス・エフェメールだよね?」
その名前を聞いた瞬間、グラフの手が強く握り締められた。
「ああ。それがどうした」
「ううん。グラフ、覚悟して聞いてね」
鋭い視線を向けるジェシカ。
グラフもまた、その視線から逃げない。
無言のまま、二人の間で何かが通じ合っていた。
やがてジェシカはカバンを開き、中から一つの物を取り出してテーブルへ置く。
──アブソリュートに斬り落とされた、ルミナスの右手。
「おい……何だそれは。死者の、か……?」
「そう。これは──《覚醒者》ルミナス・エフェメール」
──!!
「な、なんだと!? ルミナスだと!!」
グラフは思わずソファーから立ち上がり、テーブルの上の右手を凝視した。
「……ルミが……」
その瞬間。
グラフの脳裏へ、過去の記憶が蘇る。
「た、確かに奴に殺され、血を与えられて姿を消した……。そんな馬鹿な……! ルミは奴の……」
「これで分かると思うけど、はっきり言うね」
ジェシカは静かに続けた。
「ルミナスは絶対死者アブソリュートの右腕だよ」
その言葉は、グラフの心を抉るようだった。
受け止めるか。
壊れるか。
その選択だけは、グラフ自身が決めなければならない。
それを、この場にいる全員が理解していた。
グラフは無言のまま立ち尽くす。
──しかし次の瞬間。
その口角が、ゆっくりと吊り上がった。
「ふっ……おもしれー」
低く笑う。
「やってやるぜ。《覚醒者》ルミナス・エフェメール、か……。
俺様の手でぶっ殺して、成仏させてやる!」
黒い瞳が見開かれ、赤へ変わる。
「はっ……あははは!! 待ってろよ!!」
喉の奥を震わせるように笑うグラフ。
肩を大きく揺らしながら笑い続けるその姿は、どこか壊れているようにも見えた。
やがてグラフはジェシカへ向き直る。
「ジェシカ。俺にこんな機会をくれてありがとよ。
俺は──これでやっと……」
そう言って、いつも深く被っていた帽子へ手を掛ける。
ゆっくりと持ち上げる。
そして、ぐしゃり、と力を込めて握り潰した。
灰色の髪をかき上げる。
今まで帽子に隠れていた左目の周囲には、深い傷跡が残っていた。
さらに、胸元には刻まれた刺青。
「グラフ、それって……」
「ああ。これは──奴につけられた傷だ。
そして、この刺青は俺たちクロスリーパーが、命を落としてでもやり遂げる事への禊だ」
その覚悟が、三人へ静かに伝わっていく。
「気にする事はねぇ。俺はずっと、この時を待っていた。
それに今の俺には──」
グラフは傍へ立て掛けられていた重厚なロングソードへ視線を向け、笑う。
「……話を折って悪かった。続けてくれ」
「あ、うん」
グラフを気に掛けながらも、ジェシカは再び話し始めた。
アブソリュートとの件。
ルミナスと共に起こしたリベリオンでの出来事。
アン・フォリーの件。
《ホーリーエンブレム》メテオの件。
リベリオン崩壊。
宿屋の店主の件。
フォリーの妹、レゾンの件。
アッシュとクリスの件。
今まで起きた事、その全てを三人へ話した。
静かになったリビングで、クロードがぽつりと呟く。
「……こんな事を、この短期間で終わらせたの? ジェシカ」
「そうだよ。私一人じゃ、とても無理だったけどね。
色んな人に助けられたし……アブソリュートの掌の上で踊らされてるのも分かってた。
でも、こうして免罪符も持ち帰れたから……今思えば、悪くはなかったのかなって」
「──ご、ごめんジェシカ。お、俺……」
「ううん。私こそごめんね、クロード。貴方の覚悟も知らずに……勝手に怒っちゃって」
クロードは歯を強く食いしばる。
ジェシカが、この短期間でどれだけ苦しみ、どれだけのものを背負ってきたのか。
そして、自分が眷属として何も支えられなかった事。
その不甲斐なさが、どうしようもなく悔しかった。
顔を伏せる。
肩が、小さく震えていた。
「クロード……ごめんね」
「あ、謝らないでよ……。俺、強く……強くなるから」
「ふっ。男ならそう簡単に泣くな。
女の前で泣く時は、全てが報われた時だけだ」
グラフはクロードの肩へ手を置く。
「は、はい……すいません」
その様子を見ていたアリスが、静かに口を開いた。
「ねぇジェシカ。アルカナンだけど」
「あ、うん。あそこは今、変な本を国中の人が読んでる。
人と話す時も本を開いたままだし、歩きながら読んでたりして……とにかく国全体がおかしい事になってる」
その言葉に、アリスは困ったように眉を下げた。
「でも、明日の大戦でアルカナンが勝ち、リベリオンは崩壊する。
だけど──アブソリュートやホーリーエンブレムが黙ってるとは思えない。
警戒は絶対必要だと思う。
それに、アルカナンのクレアもフォリーとの決着をつけるつもりみたいだし……そこへ、アブソリュートは必ず介入してくる」
ジェシカ自身が見て、聞いて、歩いて集めた情報。
だからこそ、その言葉には重みがあった。
「ありがとう、ジェシカ。
これでアルカナンが変わればいいと思うけど……やっぱり、こちらもアブソリュートとホーリーエンブレムへ対抗する手段を考えないといけないわね」
「そうだね。だから、それを話し合わないといけないと思って、早く戻ってきたんだ」
ジェシカ。
アリス。
グラフ。
クロード。
そして、武器を鍛えているアンディ。
持ち帰った免罪符で《真打》建御雷神を解呪し、新たな武器へ生まれ変わらせる為に待機しているアルス。
リベリオン。
アルカナン。
そしてミネルバ王国。
様々な思惑が、静かに絡み合っていく。
遠くで、誰かが笑っている。
まるで最初から、こうなる事を知っていたかのように。
そして、その思惑を──たった一人のクロスリーパーが打ち砕く事になるなど、まだ誰も知る由もなかった。




