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紅月のクロスリーパー   作者: ルーツ
第五章 悪戯の終末

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16. 選ばれなかった命

登場人物

<ディヴァインリーパー>

ジェシカ 

グラフ

アンディ 

アリス

アルス

クロード


教会の司祭(アンフォリーの妹)

アン・レゾン


四代厄災

悲狂のアン・フォリー

神速のレーヴ

絶対死者アブソリュート


グラフの想い人

ルミナス・エフェメール


ジェシカへと距離をめ、二人との距離がほぼなくなり、その威圧いあつは背後にいる子どもたちにまで伝わっていた。


息をむ気配が、背中越しに分かる。


「ねえ、どうやって守るのかなー?」


アブソリュートは目を見開き、口元をゆがめながら、小声でジェシカの耳元にささやいた。


距離が近い。

近すぎる。


ほんのわずかでも踏み込まれれば終わる──そんな確信があった。


ジェシカの頭の中に、ブラッディローズの言葉がよぎる。


(くっ……もうだめだっ!)


身体が強張こわばる。指先ひとつ動かない。


そう諦めかけた、その時だった。


「ふふ。あはは! 冗談じょうだんだよ! 俺、そこまで残虐ざんぎゃくじゃないしー」


空気が一変いっぺんする。重苦おもくるしいあつが、うそのように消える。


だが、完全には消えない。


“さっきまであったもの”だけが、妙に鮮明せんめいに残っている。


アブソリュートはジェシカの肩にぽん、と軽く手を置いた。

その仕草しぐさすら、どこか現実感げんじつかんが薄い。


「レーヴ討伐とうばつおつかれさん。それに──条件じょうけん達成たっせいおめでとう」

「な!? これは一体どういう事……」

「あは! なんと言うか、もう俺の計画けいかく最終段階さいしゅうだんかいに入ったからさ、いわゆる──」


笑いながら、ジェシカを指さす。


「もう君、用済ようずみ」


軽い口調だった。

それなのに、その一言だけが妙に残る。


「な、なんだと!?」

「あーもう。そういう感情は必要ないからさ。それにほら、早くアルカナンに向かって約束やくそくしなを受け取りに行きなよ」


その言葉に、はっとするジェシカ。


「だが、子供たちを先にどうにかしないといけない」

「んーまあ、それはジェシカちゃんがどうにかしないといけないんじゃないかなー」


ほんの一瞬だけ。アブソリュートの視線が、子どもたちへ向いた。


冷たい。

何も映していないような目。


「俺ならさ、多分たぶん途中で飽きて殺すかなー。でもジェシカちゃんは違うみたいだから、“後処理あとしょり”は任せるよ」


「お、お前! どこまで馬鹿ばかにすれば──!!」


その刹那せつな、空気がしずむ。


アブソリュートの視線が、ジェシカをつらぬく。


殺気さっき

それだけで十分だった。

身体が動かず、のどまる。


「くっ……!」

「……ねぇ」


先ほどまでと変わらない、軽い声。

だが逃げ場はない。


「俺が優しく言ってるうちに、早く消えなよ」


選択肢はなかった。


「……分かった。でも──あの子たちは、私が守る」


声はふるえていた。

それでも、言葉だけは崩さない。


アブソリュートは一瞬だけ目を細め、すぐに満足そうに笑った。


「そ。いい子だね」


くるりときびつを返し、ルミナスもそれに続く。


──次の瞬間、そこにはもう誰もいなかった。


音はない。

風も動いていない。


(……え……?)


さっきまで確かにいた。

気配も、声も、視線も。

それなのに、消える“過程かてい”が一切なかった。


最初から存在そんざいしていなかったかのように、そこにはただ空間くうかんだけが残っている。


(どこに……消えた……?)


背筋せすじに、ぞわりとした感覚が走り見えないだけで、まだ近くにいる気がした。


そんな錯覚さっかくだけが、消えずに残っていた。


「お、姉ちゃん……ごめんなさい」


アブソリュートが消えたことで、子どもたちがようやく声を出した。


「うん、それより大丈夫だった?」


ジェシカは振り返り、子どもたちを見渡す。


気絶きぜつしていた二人も、意識いしきを取り戻し、おびえた様子で身体を震わせていた。


「……金品きんぴんを奪おうとしてごめん」

「あはは……気にしないでいいよ。それに──」


視界しかいに入ったのは、やせほそった子どもたちの姿だった。


まだ幼い。

大人の助けもなく、どうにかして生き延びてきたのだと分かる。


「ねえ、ちょっと私についておいでよ」


迷いはなかった。


子どもたちは顔を見合わせながらも、うなずき、後ろをついてくる。


「どこに向かってるの?」

「んー? 私が泊まっている宿やどだよ」


「え!? いやいや、そんな所行っても私たちお金ないからダメだよ」

「あーうん。分かってるよ。でもなんとかするから、とりあえずついてきて」

「……分かった」


そうしてジェシカは歩き、宿屋のとびらを開けた。


「おう。戻ったか……って、おいなんだその後ろの子供たちは」

「私も詳しいことは分からないんだけど、色々困っているみたいだからとりあえず連れてきた」


その言い方に、店主は思わず笑った。


だがその目の奥には、どこかあきらめたような色が残っている。


「あはは! そうかそうか! それで、どうするつもりなんだ?」

「うん、私考えたんだけど──おじさん、ここで死ぬつもりだったでしょ。でもダメだよ」


「そ、そりゃどういう意味だ」

「だって、すごく優しいし、おじさんならこの子たちの面倒めんどう見てくれるんじゃないかって思って」


その言葉に、店主も子どもたちも、すぐには言葉を返せなかった。


「……おいおい、ありがたいけどよ、こんな多くの子たちを俺一人で世話するなんて無理があるぜ。それに金だってな……」


視線は、自然と子どもたちへ向いている。


「あのさ、私からの提案ていあんなんだけど、全員ミネルバ王国おうこくに来ない?」


「は……? な、何言ってやがる。生まれた国をてて、他の国にほねめるなんて、そんな簡単な話じゃないだろ」

「分かってる。だからあくまで提案だよ。少し待ってて」


そう言ってジェシカは部屋へ入り、すぐにカバンを持って戻ってきた。


「はい、これ」


カウンターに札束さつたばを置く。


「これで当面とうめんは平気でしょ。だから色々考えてみてほしい」

「待て待て、さすがにこれは受け取れねーよ。それにお前さん、ミネルバのたみだったのか?」


ジェシカは少し視線を落とし、首を横に振る。


「確かにミネルバにはいるけど、詳しい事情までは私には分からない。でも、活動拠点かつどうきょてんにしてるのは間違いないよ」


「活動拠点だって?」

「うん。私は──クロスリーパーなんだよ」


そう言って、ゆっくりと犬歯けんしを見せる。


空気が一瞬止まる。


だが──


「あはは! だろうとは思っていたさ!」


店主が笑った。


「今のリベリオンに女一人で来るなんて、普通じゃねえからな。それに見てみな」


その視線の先。

子どもたちは、目をかがやかせてジェシカを見ていた。


「すごーい! お姉ちゃんクロスリーパーなの!?」

「え……あ、うん。そうだけど……怖くないの?」


純粋じゅんすいあこがれだけが返ってくる。


言葉を失うジェシカ。

それを見て、店主は肩を震わせて笑った。


「あはは! こりゃいい! 分かった!」


札束を手に取り、真っ直ぐジェシカを見る。


「コイツらを連れて、俺はミネルバに向かう」

「本当!?」


「ああ。任せておけ」

「よかった……」


安堵あんどが、素直に表れる。


「それならミネルバに着いたら“ここ”を訪ねて来て。私たちの拠点だから」


簡単な地図を渡す。


「何から何まで世話になる」

「気にしないで。それに、人に優しくできる人は私、好きだから」

「……そうか」


少し照れたように笑う。


「名前、聞かせてくれ」

「──ジェシカ」

「ジェシカか。覚えておく」


頷き、踵を返し扉に手をかける。


「それじゃ、私行くね」


外に出ると、太陽がまっすぐ降り注いでいた。


振り返れば、もう戻れない気がした。

その光に背を押されるように。


ジェシカは、振り返ることなくアルカナンへと向かった。

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