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紅月のクロスリーパー   作者: ルーツ
第五章 悪戯の終末

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15. その命に価値はあるか

登場人物

<ディヴァインリーパー>

ジェシカ 

グラフ

アンディ 

アリス

アルス

クロード


教会の司祭(アンフォリーの妹)

アン・レゾン


四代厄災

悲狂のアン・フォリー

神速のレーヴ

絶対死者アブソリュート


グラフの想い人

ルミナス・エフェメール


リベリオンじょうでアブソリュートとルミナスがジェシカの知らない所で動いていることなど知らず、その場から姿を消し、宿へと向かっていた。


神速しんそくのレーヴはマリアが殺ったみたいだし、これをアルカナンにいるレゾンに報告すれば免罪符めんざいふはもらえるよね──それにアブソリュートとの条件は満たしたはずだ」


リベリオン城から街に降り、屋根を伝い宿へと向かっていたジェシカ。

そして準備してすぐ、その足でアルカナンへと向かうと考えていたその時──走るジェシカの左右にローブを着た二人が、挟むようにこちらを見ている。


「何こいつら……」


ジェシカは左右の二人を交互に見た。あと少しで宿に着く距離だというのに、タイミングが悪すぎる。

仕方なく走る足を止め、その場に両足でしっかり立つジェシカ。

するとローブ姿の二人も、ジェシカを挟むように足を止めた。


何者なにものなの」


ジェシカの言葉に、ローブ姿の二人は無言のまま襲ってきた。


「──!? いきなり襲うって!」


昼下がりの空は明るく、さらに屋根の上で周りのことなど目に入っていないように感じた。


(二人とも手には何も持っていない?)


ジェシカは二人の攻撃をかわしながら、様子を見ていた。


(弱い……? いや、そんなことはないはず。必ず何か仕掛けてくるはずだ)


そう思っていたが、二人は襲っては来るが、洗練せんれんされた兵士のような攻撃はしてこなかった。

ジェシカは動きを止め、差してある短剣を抜き、目の前に構えた。


「次、攻撃を仕掛けてきたら、容赦ようしゃなく殺すよ」


その言葉に緊張が走る。


二人はジェシカに向け、屋根を蹴り距離を縮めようとした時だった。

遠く──いや、下から幼い複数の声が聞こえてきた。


「や、やめろーー!! 二人を殺さないで!!」

「姉ちゃんたちを殺さないで!!」

「やめて! もう無理しないで!!」


思わず構えた短剣を下ろし、声のする方に視線を向けたジェシカ。

そこにはまだ幼い子供たちが上を向いて泣き叫んでいる姿が視界に入った。


だがローブの二人は既にジェシカとの距離はなく、殴りかかっていた。

ジェシカは力を抜き、一人一人の攻撃を丁寧にさばき、軽く腹部に肘を入れ、気絶きぜつさせた。


「ふうー。とりあえず今はこれでいいか」


そう言いつつ、ジェシカは二人を抱え、下で待つ子供たちの所に降りた。

すると子供たちはジェシカと距離を取りながらも怒鳴り声を上げていた。


「何もしないから、とりあえずこの二人を──」


子供たちに二人を渡そうとした時、鎧を着た四人の兵士が、ジェシカを含む全員を囲っていた。

そしてそのうちの一人の兵士が笑い声を上げながら喋り出した。


「おうおう! やっぱまだいるじゃねーかよ!! ひとり、ふたり、さんにん、よにん。それに──」


指先で子供たちを指し、最後にジェシカを見た。


「こりゃいい金になりそうな上玉だな」

「おい、お前一人じゃねーんだ。これだけいるなら山分けだろ」


「分かってるよ! いちいちうるせーな! ほら、さらうぞ!」


『おうよ! 向こうで可愛がってもらいなよ!』


秩序ちつじょもなければ救いもない。そう思ったジェシカは、昨日の宿屋の店主の話を思い出した。


「……もうこの国は終わりだ。滅亡めつぼうする」


終わりを迎える国にはもう何も期待などせず、何も望まない。

ただそこにあるのは絶望しかないということだった。


ジェシカは歯を食いしばり、人間である四人の兵士を睨みつけた。


「これは救済だ。お前たち……許さない!」


「はっ! 何が救済だぁ!? 女が男に逆らうなどふざけんな!! お前たちは大人しく男の“道具”として役に立てばそれでいいんだよ!」


欲にまみれた自分勝手な行動。周りのことなどどうでもいい。

ジェシカにはそういうふうにしか聞こえなかった。


────────────


「ブラッディ・ローズ」


────────────


ジェシカの右手に真紅しんくの血が集まり、形を作り、軋み、その手には真紅の刀が握られていた。


「な!? こ、こいつ! まさか……」

「お、おい! やべーぞ!」

「何ぼさっとしてやがる! 逃げろ! コイツは──」

「…………」


『“クロスリーパーだ!!”』


ジェシカの姿を見た四人は一斉に背を向け、この場から重い鎧のまま逃げ出した。

そんな兵士に向けジェシカは、容赦ようしゃなく斬り伏せた。


一閃。一人。

二閃。また一人。

三閃。さらに一人。


その場は一瞬にして血の海と化した。


ジェシカは最後の一人へとゆっくり歩き、喉元に切っ先を突きつけた。


「ひぃ、ひいいいぃぃぃ、た、助けてくれ!」

「……は? さっきまでみたいに笑えば?」

「た、頼む! い、命だけは!!」


ジェシカを目の前にした兵士は両手を合わせ、頭を地面につけて懇願こんがんしていた。


その姿を見たジェシカは、真紅しんくの刀を霧のように消し、子供たちの方へ振り返り歩いた。


「あ、ありがとうございます。もうこんなことやめます!」

「あっそ。なら早く私の視界から消えて」

「は、はい! すいませんでした!!」


兵士は立ち上がり、ジェシカとは反対方向へ走り出した──その時、ぐしゃり。


と。

遅れて、何かが潰れる音が響いた。


ジェシカは思わず振り返ると、視界の端で兵士の身体が崩れ落ちていた。


いや、崩れたのではない。


“壊れた”。


形を保ったまま一瞬で解体されたかのように、音もなく、ばらばらにほどけていく。

遅れて血が地面に広がり、ようやく現実が追いつく。


理解が、追いつかない。


「──!? き、貴様は」

「……あは」


軽い声。

軽すぎる声。


気配ではなく、視線でもない。

ただ、“そこにいる”という認識だけが、遅れて浮かび上がる。

最初からそこに立っていたかのように。


気配はない。

足音もない。

存在しているはずなのに、“現れた過程”が一切なかった。

あまりにも、この場にそぐわない軽い声。


「ねぇ」


わずかに首を傾ける少年。


「なんでさ」


間が落ちる。


「見逃したの?」


責める声音ではない。

ただ純粋に、“理解できないものを眺めている”だけの声。


さらに同じ問いが、ほとんど変化なく重ねられる。


「ねぇ、なんで?」


抑揚がない。

怒りも、苛立いらだちもない。

ただ、興味だけが残っている。


一歩、ジェシカとの距離が詰まる。

足音はしない。

気づけば、近い。


「さっきまでさ」


視線が絡みつく。


「殺す気だったでしょ?」


少年の言葉──否、威圧いあつにジェシカの喉が鳴る。


「なのにさ」


口元だけがゆがむ。


「急にやめるとか」


笑っている。

だが──感情がない。


「意味わかんなくない?」


空気が沈む。

重いのに、掴めない。


“自分だけがこの場に取り残されている”ような違和感。


「……命ってさ」


ぽつり、と落ちる。


「そんなに重いの?」


ジェシカに軽く問いかける。

だがそれは、理解しようとする問いではない。

“外側から眺めているだけ”の言葉。


足元の血が、わずかに揺れた気がした。

錯覚かもしれない。


だが──この少年の前では、何が現実なのかすら曖昧になる。


さらに一歩、ジェシカとの距離が詰まる。

近すぎる。


「たかが一人の命」


“蒼いひとみ”と"灰色の瞳”の視線が合う。

逸らせない。


「それともさ」


ほんの僅かに、瞳の奥が揺れる。


「選んだの?」


ほんの一瞬の間。


「殺す価値がある命と」


──。


「ない命」


口元を歪めて笑っている。今度は、はっきりと。


「あははっ」


楽しそうに。

だが、その奥には何もない。


そんな少年をジェシカは理解する。


こいつは──善でも悪でもない。

ただ、“遊んでいる”だけだと。


空気が冷える。

いや、自分だけが“生きている側”として浮いている。


「ねぇ、次はどうするの?」


少年の視線はジェシカの後ろにいる子供たちへと向けられていた。


逃げ道はない。

選ばされている。


「アブソリュート……」


ジェシカは子供たちを守るため、アブソリュートの方に向き直り、身構えるのだった。

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