11.人が生きる場所
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
四代厄災
神速のレーヴ
「そんな……それじゃ、今この国の王は神速のレーヴ……」
「まあ、そういうことだな。だがな──」
「え? 何。何か言おうとしたよね」
「ああ、どこまで話せばいいか……そう思ってな」
店主は視線を落とし、ジェシカの握るカップへ目をやる。
その手には力が入り、指先が白くなっていた。
「ふっ……そうだよな」
どこか吹っ切れたように、店主は小さく笑う。
「もうこの国は終わるし……どうでもいいか」
「……それ、さっき門番の兵士にも言われた。どういう意味なの?」
「そうなか……もう兵士ですら士気が下がっているのか」
店主は一度息を吐く。
「いいことを聞いたよ。どうせ隠したところで意味はない」
一度だけ周囲に視線を巡らせてから、続けた。
「“利権”って言葉、分かるか?」
「りけん?」
「自分が得をするためなら、他人のことなんかどうでもよくなる。
金と発言力を独占できる仕組み……それが利権だ」
政が分からないジェシカには、完全には理解できなかった。
それでも、嫌なものだということだけは分かる。
「高位の司祭たちが、王になったレーヴを“道具”として利用している。
重税、物価の上昇、止まる物流……」
店主の声が、少しだけ低くなる。
「挙げ句の果てには、大国アルカナンへ侵攻して、物資を奪おうとしている」
「そんな……そんな理由で戦争するなんて……」
「だよな。お前さんの言う通り──」
店主の言葉が、不意に途切れた。
「どうしたの?」
「……静かに」
空気が変わる。
ジェシカもすぐに気づいた。
(この気配……さっきも)
会話を止め、息を潜める。
──やがて。
「……よし、大丈夫だ」
店主が小さく息を吐いた。
「ねえ……今の、何?」
「人攫いだよ」
「え? 人攫い?」
あまりにもあっさりとした言葉に、現実感が追いつかない。
「この国じゃ珍しくもない。若い奴は、気づいたらいなくなってる」
「いなく……なる?」
「ああ、戻ってきた奴はいない」
その一言が、静かに落ちた。
「戦争で人手が足りないからな。若いって理由だけで、男も女も連れて行かれる」
ジェシカは言葉を失う。
「女は、兵士の“奉仕”だ」
「……っ」
思わず、カップを握る手に力がこもる。
「だから言ってる。早くこの国を出ろと。
ここはもう……人が生きる場所じゃない」
その言葉は厳しくもあり、どこか優しかった。
「……おじさんはどうするの?」
店主は少しだけ驚いた顔をして、ふっと笑う。
「あはは……心配してくれるのかい。ありがとうな」
ほんの一瞬だけ、表情が柔らぐ。
「でもな……ここが、俺の場所なんだよ」
それだけだった。
「……そっか」
それ以上、言葉は出なかった。
「今日はもう戻りな。鍵はちゃんとかけるんだぞ」
「うん……色々話してくれてありがとう」
軽く頭を下げ、ジェシカは部屋へと向かった。
────────────────
ジェシカはベッドに倒れ込み天井を見つめる。
(アルカナンは二日後に動く)
(リベリオンは……内側から壊れてる)
頭の中で見てきた情報が整理されていく。
「……あと二日」
ぽつりと呟く。
その時──窓の近くに、さっきまでとは違う気配を感じた。
もっと静かで、気づけばそこにあるような気配。
「だれ!?」
ベッドから跳ね起き、その場で身構えるジェシカ。
だが、既に気配はかんじられなかった。
窓を鋭い視線で睨んでいると、わずかに揺れていた。
「……え、紙?」
思わず窓に近づき、挟まれている紙を手に取った。
ジェシカは二つ折りされた紙をそっと開いた。
── マリア様 ──
明日の朝、ここから歩いてすぐの場所に酒場があります。
そこへ来てください。
すべてお話しします。
同志
────────────────────
「……何これ」
胸の奥が、ざわつく。
「同志って……」
その言葉に引っかかるものがあった。
「この国にクロスリーパーがいるの……?」
期待と不安が、同時に浮かぶ。
思わず窓を開けるジェシカ。
外は、雨が上がっり夕日が街をやさしく照らしている。
「……行くしかないか」
小さく呟く。
怖くないわけじゃない。
それでも、目を逸らすわけにはいかなかった。
こうしてジェシカは翌朝、リベリオンの酒場へ向かうことを決めた。
“同志”と名乗る人物に会うために。




