10. 温もりのあとに、王の名を
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
四代厄災
神速のレーヴ
聖王国リベリオン
前国王 ポータル・リベリオン
──雨の降るリベリオン城下。
ジェシカは着替えと、冷え切った身体を温めるため、宿を探していた。
周囲を見渡すと、遠くに宿屋の看板が目に入る。
「あった……うぅ、寒い」
身体を震わせながら、宿屋へと歩き、扉に手をかける。
その時、背後に気配を感じた。
(……誰かいる)
だが振り返らない。今は、それどころではなかった。
ジェシカはそのまま扉を開け、宿の中へ入る。
「いらっしゃ──って、おい、大丈夫かいお嬢さん!」
「宿を借りたいんだけど、空いてますか?」
「ああ、空いてる! 受付は後でいい、先に風呂だ。早く身体を温めな!」
「あ、ありがとう」
店主に急かされるように、すぐ近くの部屋へと案内される。
「落ち着いたら受付してくれ。それと支払いは前金だ、それだけ頼む」
「分かった。ありがとう」
軽く一礼し、ジェシカは部屋へ入る。
ドアを閉めた瞬間、外の冷たさが切り離された。
「……お風呂」
小さく呟き、震える手で服を脱ぐ。
シャワーを浴びると、冷え切った身体にじんわりと熱が戻っていく。
「……あったかい」
その一言だけで、張り詰めていた何かがほどけた気がした。
─────────────────
しばらくして、ジェシカは風呂場から出る。
身体を拭き、髪を乾かし、着替えを済ませた。
「はー……さっぱりした」
ベッドに腰を下ろし、静かに息を吐いた。
(助かった……)
その実感が、遅れて胸に広がった。
そして、カバンからお金を取り出し受付へ向かうため部屋を出る。
「お、さっきの嬢ちゃん。大丈夫そうだな」
「あ、うん。ありがとう」
カウンターへ歩み寄り、札束を置く。
「これで足りる?」
「おいおい、何日泊まるつもりだ? それ次第だな」
「あ、そっか……二日くらいかな」
「なら、これで十分だ」
店主は札束から数枚だけ抜き取る。
「ついでに朝と夜の飯もつけてやるよ」
「本当? 助かる」
「これだけもらっといて何もなしじゃ、ぼったくりって言われちまうからな」
豪快に笑う店主に、ジェシカも少しだけ頬を緩めた。
その空気に、自然と口が開く。
「ねえ、この国って思ったより小さいんだね」
「リベリオンは初めてか?」
「うん。それで、三日後にアルカナンと大戦があるって聞いたんだけど」
「……なるほどな」
店主の表情が、わずかに引き締まる。
「話、聞く気があるなら教えてやるが……聞くか?」
「いいの?」
「ああ、じゃあそっち座って少し待ってな」
店主が指した先には、丸いテーブルと椅子が並んでいた。
ジェシカはそこへ向かい、腰を下ろす。
(アルカナンの宿の人も優しかったな)
(……なのに、なんで争ってるんだろ)
考えていると、背後から声がかかる。
「待たせたな」
「ううん、大丈夫」
目の前に置かれたのは、大きなマグカップ。
ふわりと立ち上る湯気。
優しい香りが、鼻をくすぐる。
「これを飲めば身体の芯から温まる。よかったらどうだ」
「……ありがとう」
両手で包むように持つ。
その温もりが、じんわりと指先に広がる。
一口、口に含む。
「……美味しい」
「はは、そうか。ならよかった」
その言葉に、胸の奥が少しだけ緩む。
だからこそ──
ジェシカは、聞いてしまった。
「ねえ……なんでリベリオンはアルカナンと戦ってるの?」
「……」
短い静寂が流れる。
「戦争って、そんな簡単な理由じゃないよね」
店主の笑みが、静かに消えた。
「……そうだな」
視線を少し落とし、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「この国はな──一度、崩壊してるんだ」
「……え?」
「当時の王、ポータル・リベリオンはその事件で命を落とした。
血も絶えた。今、この国に王の血を引く者はいない」
「……王が、いない?」
「そうだ」
店主はわずかに息を吐き、続ける。
「そしてもう一人。王の側近──親衛隊長、“神速”と呼ばれた男も死んだ」
「……」
「だがな、その死体は“死者”になった」
ジェシカの指先が、わずかに震える。
「司祭の魔術、そして“奇跡の輝石”と呼ばれる光鉱石で作られた魔法陣。
そこに、その男の息子が──生贄として捧げられた」
「……そんなの」
言葉が、続かない。
「ひどい、か」
店主は静かに呟く。
「……だが、国が壊れるってのはな。人をそこまで追い詰める」
重たい現実だけが、そこにあった。
「それで……その人は?」
恐る恐る問いかける。
店主はジェシカを見て、わずかに目を細めた。
「今、この国を治めてるのは──」
呼吸一つ分の間を挟み、
「“神速”の異名を持つ男。四代厄災の一人レーヴだ」
その名が落ちた瞬間──
ドクン、と。
ジェシカの心臓が、大きく脈打った。
(……今の……)
胸の奥で、何かが“反応した”。
言葉が出ない。
ただ静かに、その名だけが残っていた。




