6.四日後の大厄災
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
教会の司祭(アンフォリーの妹)
アン・レゾン
四代厄災
悲狂のアン・フォリー
神速のレーヴ
アルカナンの親衛隊
隊長 アッシュ
副隊長 クリス
「私の姉、四代厄災であるアン・フォリーを使い、現国王ルーク・アルカナンとその王妃クレア。この二人が聖王国リベリオンとの戦争に巻き込もうとしているのです」
「何で……意味が分からないよ」
ジェシカは眉をひそめた。
戦争、厄災、王族──どれも軽く扱える話じゃない。
「はい、私も分かりません。ですが、この国アルカナンでは王妃クレアとフォリーとの争いは未だ続いています」
レゾンは一度目を伏せ、静かに息を吐いた。
「……これはあくまで仮説ですが」
ゆっくりと指を立てる。
「アルカナン、リベリオン、四代厄災。この三すくみの関係を、次の戦で終わらせるため──あえてフォリーを戦場に引きずり出し、すべてに決着をつけるつもりなのではないかと」
「……そんなの」
ジェシカは言葉を詰まらせる。
「規模が大きすぎるよ。そんなことしたら──」
「はい。国が一つ、消える可能性もあります」
あまりにもあっさりと、レゾンは言った。
「……」
その言葉の軽さに、ジェシカの中で何かが引っかかった。
(この人……分かってて言ってる)
「それでも、やる価値があるって思ってるの?」
「思っています」
即答だった。
「私の目的はただ一つ。アンフォリーに、かつての心を取り戻させることです」
その目には迷いがなかった。
「ですが、今の姉は……もはや言葉も届かない。だから──壊すしかないのです。一度、完全に」
静かに、しかし確かに狂気を孕んだ声だった。
「……壊すって、それ」
「はい。“瀕死の状態”であることです」
レゾンは淡々と続ける。
「死の一歩手前まで追い込み、そこに私の力を流し込む。それが唯一の方法です」
(正気じゃない)
ジェシカはそう思った。だが同時に、
(でも、レゾンは本気で言ってる)
とも感じていた。
「そのために、四代厄災同士をぶつけるってわけ?」
「はい。同じ四代厄災である神速のレーヴ。あの方であれば、姉をその領域まで追い込めると確信しております」
「……戦場がどうなるか、分かってる?」
「はい」
「血の海になるよ」
「ええ、承知しております」
一切の躊躇もなく、レゾンは頷いた。
「それでも、姉一人を救えるのなら──その程度の犠牲は安いものです」
(この人も……曲げないか)
ジェシカは内心で呟いた。
だが、嫌悪だけではなかった。
そこには、理解できてしまう部分もあった。
(“選ばされる”くらいなら、壊すってことか)
「ねえ、それって全部仮説なんだよね?」
「……はい」
「その仮説に、どこまで賭けるつもり?」
一瞬の沈黙のあと、レゾンははっきりと言った。
「命すべてです」
その言葉に、嘘はなかった。
──────
「まず、この国では三日月の夜に必ずアンフォリーが現れます」
「……周期があるんだ」
「はい。そして次は四日後です」
(四日……タイミング的にちょうどいい。出来すぎなほどに)
「クレアはそこを狙うはずです。自らを囮にし、フォリーを誘導する。そして戦場に──アルカナン軍とリベリオン軍を集結させる」
「そこにレーヴも?」
「はい。巻き込む形で」
ジェシカは一瞬だけ目を細めた。
(完全に混戦になるな)
「その中で、私は姉の状態を見極めます」
「……で、私は?」
「神速のレーヴを討伐してください」
迷いのない声だった。
「ただし、タイミングは任せます。フォリーが“瀕死”に至る、その瞬間を見極めながら」
(無茶言うな……)
だが、不可能ではないとも思った。
「……分かった」
ジェシカは短く言った。
「でもさ、それ上手くいく保証あるの?」
「ありません」
即答だった。
「何も起きない可能性もあります。すべてが崩れる可能性もあります。それに……瀕死後に暴走する可能性すらあります」
「……じゃあなんでやるの?」
レゾンは、わずかに笑った。
「“この状況が、あまりにも出来すぎているから”です」
「出来すぎ?」
「まるで、誰かがこの結末を用意したかのような──」
レゾンの話を聞いていると、ある一人を思い出したジェシカ。
(──絶対死者アブソリュート)
「……だからこそ、ここはあえて乗るべきだと判断しました」
「……そっか、分かった。でもさ」
ジェシカは一歩踏み込む。
「私の目的は免罪符が欲しい。それが最優先だから」
「承知しております」
するとレゾンはテーブルに置いてあった箱を手に取り、
中に免罪符を入れ、鍵をかけた。
「これで、私が死なない限り開きません」
鍵を首にかける。
「フォリーが瀕死になった時、私は恐らく生きていません」
静かに言った。
「その時、この鍵を奪って箱を開け、報酬を受け取ってください」
「……分かった」
ジェシカはそれ以上、何も言わなかった。
(狂ってる。でも、嫌いじゃない)
「それじゃ、四日後。戦場で」
「はい。お待ちしております」
ジェシカは窓枠に手をかけ、夜へと消えた。
──────────────
(レーヴは速度特化。正面からやるのは悪手)
(まずは観察。無理に仕掛ける必要はない)
静まり返った夜の中、風を切る音だけを響かせながら高速で移動していた、その時だった。
「よう、今回は逃さねーぞ?」
「……?」
不意に声をかけられ、ジェシカはわずかに視線だけを動かす。
「ちっ、無視か。ふざけやがって」
「おい、一人で突っ走るなと言っているだろ、クリス」
「あー悪い悪い、なんせ足速えーから俺が足止めすべきだと思ってよ! 悪かったな、アッシュ」
二人の男が屋根の上に立っていた。
クリスは軽装のまま両手にナイフを構え、アッシュは同じく軽装ながらも長いロングソードを握り、隙のない構えを取っている。
次の瞬間、クリスが躊躇なくナイフを数本、ジェシカへ向けて放った。
(投げナイフ……数で押すタイプか)
飛来する軌道を一瞬で見切ると、ジェシカはそれらをすべて素手で受け止め、そのまま迷いなく投げ返す。
「あいつマジかよ! 俺のナイフ素手で受け止めやがったぞ!」
「クリス、油断するな。こいつはこれまでの奴らとは違うみたいだ」
「ああ、そうみたいだな」
三人は屋根の上で一定の距離を保ちながら、互いの出方を探る。
夜風がわずかに吹き抜け、緊張だけが場に残った。
その均衡を崩したのは、ジェシカだった。
腰に挿してあるアンディから受け取った短剣を握り締め、迷いなくアッシュへと距離を詰める。
(軸はあっち。先に崩す)
身体解放は使わない。
あくまで自身の力だけで踏み込み、連続した攻撃でアッシュを押し込んでいく。
だがアッシュもまた、重い剣を巧みに操り、その連撃を受け止め続ける。
「ちっ、俺のことは無視ってか!?」
そこへクリスが割って入り、戦況が一気に変わる。
ジェシカが押していた流れは止まり、逆に挟み込まれる形となる。
アッシュの一撃は重く、受ければ崩される。
対してクリスの攻撃は速く、間を与えない。
ジェシカはそれらを短剣で受け流し、紙一重で躱しながら、隙を見ては肘や柄で的確に打撃を叩き込んでいく。
「く、くそ! ちょこまかと動きやがって……」
「ああ。クリス、お前ナイフあと何本ある?」
「あー?……六本だな」
「そうか。それなら俺は正面から突っ込んで動きを止める。その隙を突いて、俺の背後に回れ。視界から消えて、一気に決めろ」
「へっ、おう。やってやるぜ」
二人の空気が変わった。
アッシュとクリスは同時に構え直し、呼吸を合わせるように間を取り直すと、次の瞬間、一気に距離を詰めてきた。
(二人同時に……? いや──)
何か違和感。
(消えた……いや、違う)
クリスの姿が視界から消える。
だが次の瞬間には、アッシュがロングソードを大きく振りかぶり、そのまま全力で振り下ろした。
屋根が激しく砕け、破片が飛び散る。
ジェシカはその一撃を躱しながら、即座に周囲へと視線を巡らせた。
(どこだ……?)
視界には何も映らない。
「ここだ!! 死ね!!」
背後から声が響く。
(間に合わない)
視界の外から飛来した六本のナイフが、ジェシカへと迫る。
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「ブラッディローズ」
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低く呟かれた言葉と同時に、赤い薔薇の花びらが宙を舞った。
血が右手へと集まり、粘り気を帯びた紅い血が渦を巻く。
次の瞬間、その手には夜の闇の中でも鮮烈に輝く紅い剣が握られていた。
(ここで終わらせる)
「身体解放」
世界が一瞬、引き伸ばされたように感じられる。
ジェシカは踏み込み、迷いなく斬り抜けた。
アッシュとクリスの片足に、それぞれ一撃を入れる。
二人の体勢が崩れ、遅れて苦痛が追いつく。
だが、ジェシカは振り返らない。
(これ以上は必要ない)
そのまま屋根を蹴り、紅の軌跡を描きながら夜の闇へと消えていった。
後に残されたのは、紅い血の花びらだけが静かに舞い落ちていた。




