4.魔法国家アルカナン。〜 前を向いて歩こう 〜
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
──魔法国家アルカナン城、桟橋前。
ジェシカは桟橋付近で入国手続きをするため、列に並んでいた。
「へー、ここがアルカナンかー。アリスの話とは全然違うや」
視線の先では、男の兵士が五人並び、一人ひとりに何かを手渡しながら説明している。
そのせいで列はなかなか進まない。
何より──サキュバスの姿が見えない。
アリスと同じ心音も、遠くにある城からわずかに感じるだけだった。
それとは別の多くの心音が聞こえる
「この心音は──」
グラフと出会った時の会話を思い出した。
死者と人間の間に産まれた……スレイヴ。
「間違いない……すでに大国にまで……」
胸の奥に引っかかるものを感じながらも、やがて順番が回ってくる。
鎧を着た兵士が、無言で一冊の本を差し出した。
「いいか。この本はルーク様のお心遣いによって、無料で渡している」
「え、何この本……」
軽く言ったその一言に、兵士の眉がぴくりと動く。
「この本はな、普通に読んでも何が書いてあるのか分からん。だが読み解けば、新たなアルカナを“授かる”ことができる、ありがたいグリモアだ。
それをお前ごときのために、外から来る者にも分け与えてくださっているのだぞ」
(新しいアルカナ……そんなこと、本当に……?)
「それと──この国では、日が沈んだ後の外出は禁止されている」
兵士の声が一段低くなる。
「外に出た者は例外なく処罰される。いいな?」
「う、うん……分かった」
「理解したなら余計なことは考えるな。さっさと行け」
背中を強く叩かれ、ジェシカは思わず前に押し出された。
「痛っ……もう……」
そのまま、アルカナンの地へ足を踏み入れる。
街並みはミネルバと大きくは変わらない。
露天商、ギルド、武具屋、宿屋──活気ある光景が広がっている。
「へー、すごい……」
そう思い、前を向いた瞬間。
違和感の正体が、はっきりと目に映った。
人々が──誰一人として、前を見ていない。
全員が下を向き、手に持ったグリモアに視線を落としたまま歩いている。
「え……何、この異様な感じ……」
よく見ると、ページをめくる手が妙に一定だった。
まるで同じ速度で、同じタイミングで動いているような──そんな不自然さ。
「なんで……下向いて歩いてるの……馬鹿なのかな……」
そう呟いた直後、背後から人の気配。
反射的に避けるが、別の方向から来た人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい……」
「……」
返事はない。
舌打ちすらせず、ただ無言でグリモアに視線を落としたまま歩き去っていく。
「え……」
一瞬だけ、その人物の目が見えた。
(……焦点が、合っていない?)
「……なに、これ……」
ジェシカの背筋に、ぞくりとした寒気が走る。
だが──
(……でも、みんな普通に生活してる)
露店は賑わい、商人は声を張り上げ、街は“機能している”。
(争いもなさそうだし……こういうのも、ありなのかな……)
ふと、そんな考えがよぎる。
「……今はこのことはどうでもいいや。それより夜だよな」
自分に言い聞かせるように呟き、宿を探し、人を避けながら進み、ようやく一軒の宿を見つけた。
「いらっしゃいませ」
椅子に座った店主は、グリモアを開いたまま顔を上げない。
それでも、声だけは正確にジェシカへ向けられていた。
「しばらく宿を借りたいんだけど」
「はい、前金になりますがよろしいですか」
「うん、それじゃ……これで」
札束をカウンターに置いた瞬間。
「………は?」
店主の手が止まり、視線が定まる。
そして、ゆっくりと顔が上がり、初めてジェシカを見る。
「え……?」
「……失礼しました。お部屋へご案内致します」
(今の、何……?)
三階の奥の部屋へ通される。
「こちらのお部屋をお使い下さい。何かございましたら、お声がけを」
それだけ言うと、店主はすぐに視線をグリモアへ戻し、部屋を出ていった。
「…………何なんだろう、一体」
静まり返った部屋。
「……まあいいか。とりあえず夜になるまではゆっくりして、教会に──」
そこで、はっとする。
(場所……知らない)
慌てて外に出て、店主に教会の位置を紙に書いてもらった。
「あ、危なかった……今のうちに夜のルートを下見しておくか」
再び街へ出るジェシカ。
書いてもらった地図を見ながら歩いていると、ふと気づく。
周囲の人々と、自分が同じ姿勢になっていることに。
「……あ」
ジェシカは足を止め、道の端へ寄る。
そして深く息を吐き、顔を上げる。
「……危ない、馬鹿になるところだった」
書いてもらった地図を畳み、改めて前を向き、教会へ向かって歩き出したのだった。




