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第12話:第三の鋼虫

 湯船に浸かっている時も、洗い場と同じ様にコント状態だった。

 クロエが詳子に何度もちょっかいを出したのは言う迄も無いが、意外にも美王が鉄子を離さなかったのだ。

 発端は美王が鉄子に確認した事だった。

 「君があの巨大ロボットを異星人から貰ったのは本当なのか?」

 「そうです」と答えた瞬間、矢継ぎ早に質問攻めが始まったのだ。

 「出た出た~。UFO王子の悪い癖が」

 クロエが呆れ、章子は美王の熱に浮かされた様子に唖然とし、取り巻きの女の子達は慣れた感じで微笑ましく眺めていた。

 そのお陰で、鉄子はすっかりのぼせてしまった。

 「本当にごめんっ! つい夢中になってしまって」

 更衣室でスリムベンチに横たわって扇風機の涼風を浴び、冷水に浸したタオルを額に乗せた鉄子は美王に何度も頭を下げられた。

 「気にしないで下さい。私も虫の話に夢中になってしまう事がよくありますから。先輩があんな風になるのも分かります」

 そう言いつつも、鉄子が玉虫色のロボットについて語る熱量は、興味津々だった美王ですら引いてしまう程だったが。

 こうして、着替え終えた鉄子達は第三食堂に向かった。

 鉄子は迷彩柄のTシャツとトランクスショーツ。

 章子はフリルが沢山付いたピンク色のパジャマ。

 詳子はローズレッドのキャミナイトドレス。

 クロエは肌とタトゥーが透けて見えそうなベビードール。そして、左耳と臍にピアス。

 美王は真紅のキャミワンピ。そして、右耳にアダムスキー型UFOを象ったイヤリング。

 詳子はセレブの若き有閑マダムに、美王はヴィクトリアズ・シークレットのモデルに見えた。他の女子達が思わず溜息を漏らす。

 鉄子と章子にとってクロエは初見が強烈だった所為か、風俗店で働く女性キャストにしか見えなかった。それは他の女子達も同じ印象なのか、クロエが視界に入る度に困惑している。

 (良い匂いだ)

 詳子・クロエ・美王から漂ってくる、体臭とボディーソープが混ざった香り、更にシャンプーのそれに徹子は眼を細めた。そして、自身の腕を嗅いで、

 (同じボディーソープとシャンプーを使ったのに、この差は何だろう? 美人は体臭も綺麗なんだな)

 「今、やっと“クロいセーラームーン”と“クロいミク”の意味が分かりました」

 章子がクロエに言った。

 「その髪型だとそうなりますよね」

 金髪はかなり長く、先端は膝まで達していた。それを月に代わっておしおきする美少女戦士や元祖ボーカロイドと同じツインテールにしているのだ。

 「お団子にしてませんけど、ほぼうさぎちゃんですね。肌の色は冥王せつななのに」

 「よく言われる。でも、セーラームーンやミクが好きでこの髪型にしてるんじゃないから」

 すると、鉄子が嬉しそうに言った。

 「カミキリムシの触角みたいで素敵です」

 「……えっ!? それって、褒めてる?」

 クロエはあからさまに嫌そうだ。

 すると、美王が吹き出してから説明した。

 「天牛山は虫が苦手だからなぁ。去年の夏だったかな、朝礼中にチョウが飛んできた時も半泣きでギャーギャー叫んで逃げ回っていたし。ぷふっ」

 「うっさいッ! いちいち言うな!」

 すると、鉄子が眼を輝かせて訊いてきた。

 「その蝶、どんなのだったか憶えてます?」

 「いやいや憶えてねーって。思い出したくないし。そこまでテンション爆上げするかぁ~」

 「そんなに虫が嫌いですか?」

 「おいおい、そこまでテンション爆下げするかぁ~」

 落胆した鉄子の表情を見たクロエは慌てた。

 「まぁ、脚がメッチャあってモゾモゾしてるのとか、頭とか腹とかキモいじゃん。

  でも、別にアンタの趣味を否定する気は無いから」

 「お気遣いありがとうございます」

 鉄子は虫好きを公言しているが、苦手だと言ってくる人に付き合わせようとした事は無い。けれども、そう捉えない人が少なくないのも事実で、特に両親と妹達がそうだ。

 そして、鉄子は思った。

 (天牛と書いてカミキリムシって読むんだけど、黙っておいた方が良さそう)

 ただ、詳子が意味深の笑みを浮かべているのは、果たして気の所為なのか。

 (もしかして、ショタ子先輩も読み方を知ってる? でも、今訊く訳にもいかないしなぁ)

 モヤモヤしたまま会話を進める。

 「私も先輩には見せない様に気を付けますので。虫の話もしませんから」

 「そりゃどーも。あーしもアンタを口説かないし、エロい眼で見たりしないから」

 「それは、単にテッコ君が好みではないだけだろう?」

 「まぁね。どストライクなのはショタ子だし」

 「謹んでお断り申し上げる」

 「相変わらず、つれないねぇ~」

 賑やかに辿り着いた第三食堂は御座敷で、掘り炬燵式のテーブルが参列並んでいた。それぞれの上には、すき焼き鍋が乗ったコンロが等間隔に置かれている。

 「食堂と言うよりも居酒屋みたい」

 章子が呟くと詳子が、

 「大勢で和食の時はここを使っている。さぁ、好きな所に座ってくれて構わない」

 十数分後、室内に様々なパジャマ姿の参加者が全員集まった。すると、壁際に待機していたメイド達が準備を始めた。

 尚、そのメイドにも額にプラスドライバーに対応する螺子頭みたいな装飾が付いていた。

 (そういえば、受付のメイドさん達にも付いてた。こんなのが流行ってるのかな?)

 流行に疎い鉄子は心中で首を傾げたが、御馳走を眼の前にするとすぐに忘れた。

 「さて、今からお楽しみのすき焼きパーティーだ」

 詳子が口を開いた。

 「今回も肉は松坂牛だ。どの具材も沢山あるから遠慮無く食べて欲しい。あと、締めには御飯と饂飩と蕎麦を用意しているから、お好みでどうぞ」

 他の子達と同じ様に鉄子と章子が座ると、その向かいに詳子とクロエが並んで座った。

 「やっぱり仲良しじゃないですか」

 鉄子が言うとクロエは嬉しそうに、

 「だろだろ~。あーしらの運命の赤い糸は斬っても斬れないんだって。そろそろ素直になって受け入れろよぉ~」

 そう言われた詳子は迷惑そうに、

 「赤い糸なんて最初から無い。切っても切れないのは腐れ縁だからに過ぎない」

 「まぁそーゆーなって、マイ・ハニー」

 クロエは詳子に向かって投げキッスをしたが、彼女はすかさず上半身を仰け反らせて避けた。すると、

 「おぇッ! 気持ち悪いのが当たったじゃないか!」

 詳子の隣に座っていた美王から苦情が来た。

 「うっわぁ~。テンション爆下げだわ~。お前が受け取んなよぉ!」

 「こっちも好きで喰らったんじゃないから!」

 詳子を挟んでクロエと美王が舌戦を繰り広げる。そして異口同音に、

 「「いつか絶対に斬/切()り刻んでやるッ!!」」

 そんな中、食欲をそそる香りが漂い始めた。

 「具材に火が通ったから、黙って食べてくれないか」

 詳子が呆れ気味に言うと、2人同時に「戴きます」と手を合わせてから箸を取り、具材を小鉢に入れ始める。

 「もうビールなんか入れるなよ」

 「今日は持ってきてねーよ。コクが出て美味いのになぁ」

 「あれは隠し味程度に小匙1杯ぐらい入れるんだ。お前みたいに缶ビールをドバドバ入れるものじゃない」

 そう言い合いながら溶き卵を絡めた野菜や豆腐をじっくり味わう美王と、牛肉だけをガツガツ貪るクロエを眺めながら、鉄子と章子も食べ始めた。

 「……んぅ~」

 肉を咀嚼していた徹子は黙り込んでしまった。そして――

 「ウマい、ウマい。ヒンナ、ヒンナ。松坂牛って最高だモゥ〜……って、えっ! ちょっ、泣いてるの!?」

 涙ぐんでいる鉄子に章子が狼狽え、クロエと美王が驚く。けれども、詳子だけが冷静に尋ねた。

 「そんなに嬉しかったのかな?」

 すると、鉄子は頷いた。

 「すき焼きを食べたの、初めてなんです。それも、みんなで楽しく食べるのは……こんなに美味しいなんて……」

 「テッコの家、色々あって……だから、めっちゃ感動したんですよ」

 章子がフォローすると、誰もそれ以上訊かずに「良かったね」「もっと食べて」等と温かい言葉を次々に掛けた。

 鉄子は「ありがとうございます。そして、突然泣いて済みません」と周りに向かって何度も深々と頭を下げた。

 「今夜は存分に味わいたまえ」

 「ショタ子先輩もありがとうございます。でも、太ったらどうしよう?」

 「テッコはもう少し肉を付けた方が良いって」

 かなり付いている章子が言うと、続いてクロエも、

 「どんどん食っちゃえ。今夜だけは気にすんなって。あーしは毎回気にしてないし」

 「少しは気にしたらどうなんだ? お前は肉ばっかり食べないで、野菜も食べろ食べろ食べろ」

 美王がクロエにツッコミを入れつつ、菜箸で彼女の小鉢に次々入れる。

 「ぐわぁ~! ダイコンがぁ~。エノキがぁ~。ニンジンがぁ~。タマネギがぁ~。春菊がぁ~」

 「普段から野菜を食べないからだ。麻婆豆腐のネギは野菜を食べた内に入らない」

 「ヤブリーゼントめッ!!」

 「黙れ、カミキリムシ頭」

 「ぐはッ! それを言うなぁッ!」

 苦しみ悶えるクロエに満足した美王は、鉄子に満面の笑みを送った。彼女が好まない呼び方を思い付くヒントをくれた事に感謝しているのは眼に見えて分かった。

 「そう言えば、定番のシイタケが入ってませんね」

 溶き卵まみれの白滝をチュルチュル啜っていた章子が気付いた。

 「それに白菜も葉っぱばかりで芯が無いし、よく見ると春菊も茎が取り除かれて葉っぱばっかり」

 すると、小鉢の野菜を全て平らげてテンション最底辺のクロエが、肉を食べて浮上しながら答える。

 「そりゃあ、ショタ神様が苦手だからな~。この船に持ち込むのどころか、見せるのもダメだから」

 「「ショタガミサマ?」」

 首を傾げた鉄子と章子が異口同音に呟くと、詳子がさらりと答えた。

 「この船に住んでいる“座敷童子”だよ。だから、こんな船もあんなヘリも港も一括で買えたし、ここでの生活も余裕で維持出来ている」

 その途端、鉄子と章子は同時に驚きの声を漏らした。そして、

 「スゴイ! 座敷童子がいるなんて、金田一温泉にある緑風荘みたいですね」

 章子が感嘆混じりに言うとクロエが、

 「まぁ、似たような感じかな。ただ、嫌いな物がマジでメチャクチャ多いけど」

 「そう言えば、この船に持ち込んじゃいけない物が多かったですけど、それって……」

 連休前、鉄子がドラララインのパジャマパーティーのグループに招待されると、すぐさま案内文が送られてきた。そこには持ち込み禁止の一覧表が添付されていた。

 鉄子はスマートフォンに表示したそれを読み上げ始めた。

 「ええと、まず『酒全般』」

 「天牛山、ここ以外の他所でもアウトだからな」

 美王に言われたクロエが眼を逸らして口笛を吹き始めた。

 「誤魔化し方がヘタ過ぎるしベタ過ぎますって」

 章子がツッコミを入れる横で、鉄子は音読を続ける。

 「そして『煙草』」

 すると、クロエの表情は一変して険しくなり、

 「それはダメだな。流れてくる煙は臭いし、眼と鼻と喉が痛くなるし」

 「「先輩もですか!?」」

 鉄子と章子が嬉しそうに訊いた。

 「私もなんです!」

 「あたしも!」

 「アンタ達もか!」

 「歩き煙草なんて最悪ですよね」

 「それに自転車乗りながらも最悪」

 「そーそー。そんな吸い方してるヤツから奪い取ったタバコで全身にヤキ入れたい」

 「私もその気持ちは分かる。あれは最悪だよ」

 美王も賛同した。嫌煙家同士で盛り上がったところで本題に戻った。

 「そして、『ホラー並びにスプラッタ作品。エロ本。エロゲー。エロDVD及びブルーレイ。大人のオモチャ』――」

 「それって、クロっち先輩、思いっ切りアウトじゃないですか!?」

 「しーっ! 黙ってろ、ショコラ。バレたと思わない限りバレてない」

 「言ってる事メチャクチャですよ!」

 「あれだけやらかしておきながら無理があるぞ」

 玉葱を味わいながら呆れる美王。けれども、クロエは諦めず食い下がる。

 「それに、あーしはえっちにバイブもディルドもローターも電マもペニバンも双頭バイブも双頭ディルドもリモバイも使ってないからギリセーフ」

 「いやいや、マットとスケベイスとローションはガチアウトだろ!」

 今度は豆腐を味わいながらツッコミを入れる美王。

 それを聞いて鉄子は続ける。

 「ここまでは分かりますよ。未成年の集まりなので禁止するのは当たり前です。でも『コーヒー及びこれを用いた飲食物』って……」

 「いいじゃん。あーし嫌いだし」

 「私もだ」

 クロエと美王が思いっ切り顔をしかめた。すると、

 「これもですか!? 私もなんです!」

 「あたしも大嫌い! 味も匂いも最悪」

 鉄子と章子が共感すると、クロエは驚きつつ嬉しそうに、

 「アンタ達もか! そうだよな、鬼マズイよなぁ」

 すると2人も、

 「なのに、世間ではお茶と言ったらこれを出すんだから酷い話ですよね」

 「マジでそう。お茶、って言ったら緑茶か麦茶って思うじゃん! 何でコーヒーなのか分かんない」

 そして、クロエと美王も、

 「どいつもこいつも『砂糖やミルク入れたら飲めるよ、美味しいよ』『コーヒーが飲めないなんて、まだまだ子供だな』なんて言うけど、『うるせーッ! ほっとけバカ!』って感じ」

 「世間は『コーヒーは誰でも飲めて当たり前』と思い込んでいる。客に出す前に尋ねるべきだと思う。馬鹿の一つ覚えみたいにコーヒーを出すな、と」

 予想外の共通点に再び盛り上がる4人。少数派の嫌珈琲家同士、喜びの余りハイタッチした。

 「あと『ナス科の野菜(ジャガイモ、ししとう、パプリカは除く)』もですね」

 「あーしもだよ」

 「私もナスとトマトはダメです。味も匂いも歯応えも」

 「分かる分かるぅ~。ナスはグニュだし、トマトはグジュだし、どちらも皮が嚙み切れないのがね~。あと、パプリカは食べられるけど、ピーマンは苦くてマズい」

 「私もピーマン無理です!」

 三度(みたび)盛り上がる鉄子とクロエ。そこに章子と美王が、

 「でも、テッコってケチャップは大丈夫だったよね?」

 「そうだ。天牛山もホットドッグやアメリカンドッグにケチャップとマスタードを掛けまくっていた様な?」

 すると、鉄子が反論する。

 「だって、味も匂いもマズ酸っぱくないし、グジュグジュの歯応えじゃないし、嚙み切れなくて気持ち悪い皮は無いし」

 クロエも賛同して、

 「そーそー。トマトの欠点が全部消えて美味しくなっているから食べられるし」

 今度は鉄子とクロエだけでハイタッチする。その後、鉄子は、

 「めでたく意見と嗜好が合ったところで話を戻しますよ。

  あとは、『ウリ科の野菜全般。バナナ。柿。ごぼう。椎茸。舞茸。きぬさや。ふき。セロリ。ブロッコリー。カリフラワー。キャベツとレタスの芯と茎。ほうれん草やチンゲン菜の茎。レバー。イカ(スルメを除く)。ホヤ。ナマコ。サザエ。つぶあん(こしあん限定)』……他にもまだまだありますけど、これって単に嫌いな物を並べただけでは?」

 「ウリ科の野菜って?」

 誰となく訊いた章子に美王が答える。

 「キュウリ、カボチャ、ゴーヤー、ズッキーニ、スイカ、メロン等だね」

 「スイカとメロンも駄目なんですか? 美味しいのに」

 驚く章子の横で鉄子が頷いている。

 「うんうん、分かります分かりますよ。私も苦手なので、持ち込み禁止にしたくなる気持ちはよく分かります」

 「おっ、これもか!?」

 「クロっち先輩もですか!?」

 「2人とも好き嫌い多過ぎ」

 章子は呆れているが、嫌いな理由を次々に挙げて盛り上がっている鉄子とクロエの耳に届かない。

 嫌いな野菜をクロエと一緒に散々こき下ろして満足した鉄子は詳子に尋ねた。

 「これだけ食べ物の禁止事項があるって事は、ショタ子先輩って好き嫌いが激しい方なんですか?」

 「「人の事言えないって」」

 章子と美王がツッコミを入れたが、鉄子とクロエは「はて?」と揃って惚けた。

 「そうじゃなくて、後から嫌いになったんだよ」

 美王の答えを聞いて、鉄子と章子の頭上に「?」が浮かんだ。すると、クロエは苦笑しながら、

 「元々食べられるんだけど、ショタ神様が大嫌いだから嫌いになったんだ」

 「何ですか、それ?」

 「付き合った彼氏に合わせて好みや趣味が変わる女みたいなのは」

 「おーい、ショタ子。後輩達に言われてっぞ~」

 クロエが囃し立てた。

 「だから、この反応はあーしらだけじゃなかっただろ」

 「私も言った。『誰でもそう言う』と」

 美王にも言われた詳子は少し眉をひそめた。

 「不本意だが、2人が正しい事は改めて分かった。だから、この話は終わりにして次の話題に移ろう。続けても面白い事は何も無いから」

 詳子にしては珍しく強引で歯切れが悪い。

 しかし、気になる章子と面白がっているクロエは続けたかった。

 ところが、鉄子が意図せず変えてしまう。

 「ショタ子先輩。今、何を入れたんですか?」

 肉や榎茸(エノキダケ)が入った小鉢に何かを振り掛けたのを見て気になったのだ。

 「これ? 七味唐辛子だが」

 「それ、美味しそうですね」

 「テッコ君も試してみる?」

 「はい。お借りします」

 詳子から受け取った鉄子は、適度に振り掛けて食べてみる。

 「……んんぅ~、美味しい!」

 「牛丼に生卵と七味掛けるし、似た様なものかな」

 舌鼓を打つ鉄子を見て、章子も試してみた。

 「ンマーイ! イケるじゃん!」

 (うわぁ~。ショタ子が望んだ展開になっちゃったか~)

 話題が変わってしまった事にクロエは落胆した。けれども、場の雰囲気を壊してまで話を戻そうとは思わない。

 「……そうだ。胡椒あります?」

 鉄子が訊くと、詳子はメイドに持ってこさせた。

 「多分、これも美味しくなると思います」

 受け取ったそれを振り掛けて食べてみる。

 「ンマーイ! 意外とこれもイケるぞぉ~!」

 章子だけでなく、詳子・クロエ・美王も舌鼓を打った。

 「すき焼きに胡椒は新発見だ」

 「んンゥゥゥうま~い! マジでうめ~!」

 「本当に美味しい。今度、家で食べる時も掛けるよ」

 親友と3人の先輩達が高評価を付けてくれたので、鉄子は嬉しかった。

 また涙ぐみそうになったが、微笑みながら(こら)えた。

     ~ ☆ ~

 数分後、詳子が現れたのは船内の警備室だった。

 かなり広く、壁一面が無数のモニターで埋め尽くされている。それらに映っているのは船内の至る所にある監視カメラが捉えている映像だけでなく、複数の水中用ドローンと空中用ドローンから送られている映像もあった。

 十数人のメイドがコンソールに向かって監視業務に勤しんでいる中、詳子は最後方のコンソールの前に座っている警備部最高責任者の鬼風(おにかぜ)に近付いた。

 「お疲れ様です」

 詳子から声を掛けられた、ショートケーキの様に色白の幼女は、

 「お楽しみのところ、呼び出して済まんな」

 およそオーナーに対するものとは思えない対応を見せた。声は幼いが、口調は歴戦の兵士(つわもの)みたいだ。

 そんな彼女は燃える様な赤毛を縦ロールにして、小柄な体をロリータファッション風メイドドレスで包み、左眼の上に蝶結びにしたピンク色のリボンを眼帯の様に当てている。けれども、太々(ふてぶて)しく両腕を組み、行儀悪く組んだ両脚をコンソールに乗せ、太長い葉巻を咥えていた。ただし、それはチョコレートで作られた偽物だったが。

 「お気になさらずに。それで、緊急事態だと伺いましたが」

 「コイツを見てくれ。――綾風(あやかぜ)、さっきの映像を頼む」

 鬼風の前に座っている、20代後半と思しきメイドがコンソールを操作した。ちなみに、彼女を始め、ここにいるメイド達の額に螺子頭は付いていない。

 綾風が「どうぞ」と言うと、鬼風のコンソールにあるモニターの1つに映像が流れた。

     ~ ☆ ~

 冷たい潮風が吹く中、夜の闇に覆われた黒い海原を白い波が裂いていく。

 市街地と違って満天の星が見えた。けれども、その星明りでさえ大海を覆う闇を払い除けるに至らない。

 よく見ると、闇に溶け込んだ黒い漁船が音も無く進んでいた。プリンセス・テュラムーヌス号の左舷側で、10メートル程の間隔を維持しながら並行している。

 やがて、1つのアンカーが射出されて船上に消えた。それに結ばれていたワイヤーを巻き取っていくと、甲板と海原を隔てる手すりに引っ掛かった。それを切っ掛けに次々と射出された数個のアンカーが手すりに喰らい付いた。

 複数の人影がそれを伝って巨船への侵入を始めようとしたその時、漁船の進行方向にアメシストパープルに光る斜方立方八面体が出現した。けれども、その大きさは玉虫色のロボット出現時のそれと較べて遥かに小さい。

 光のオブジェはすぐに消えた。入れ替わりに現れたのは、巨大な殿様飛蝗だった。

 海面に舞い降りて三対の脚で浮かんでいるそれは、全長が3メートル強と思われる。あのロボットと同じく複眼はサファイアブルーで、外装は玉虫色。後者は星明りを浴びて淡く輝いている。

 更に、額から前に向かって大和兜虫の頭角が、後頭部から胸角が雄々しく突き出ていた。そして、飛蝗のそれではなく、髪切虫の細長い触角が滑らかな曲線を描き、腹部先端辺りまで伸びている。

 漁船上にいた黒衣の男達は、隠密行動中なのに思わず驚きの声を上げてしまった。慌てて両手で自らの口を押えた時、複眼がトパーズイエローに、そしてルビーレッドに変色した巨大飛蝗の胸角から放たれた、同じくルビーレッドの光線が頭角のY字の間を通過して全てのワイヤーを切断した。

 「まさか!? 特殊鋼のワイヤーが……」

 切断困難な筈のそれが一瞬で切り落とされた事実に、特殊な訓練を受け続けてきた彼等でさえ取り乱した。狼狽している声がしっかりと録音されている。

 その一瞬の隙が命取りになった。

 巨大飛蝗は次にトパーズイエローの光線を放った。それは幾条にも分かれ、何度も鋭角を描いて船上の男達全員に命中した。機敏な動きで避けようとしたが、何処までも追い駆けてくる光線に為す術は無かった。

 最後にサファイアブルーの光線を浴びた時、彼等は途轍もなく大きな恐怖に支配され、怯えて(うずくま)る以外何も出来なくなっていた。

 侵入を目論んだ不埒な男達は行動不能に陥ったが、巨大飛蝗の複眼は青色に戻らない。

 足先にガーネットオレンジの光の輪が出現すると、それらが高速回転を始めた。そして、波を蹴立てて海面を疾走すると、船尾を大きく迂回して右舷側に回り込んだ。

 映像が切り替わると、そこにはクルーザーが航行していた。先程の漁船同様、巨大客船と距離をとって並行している。

 巨大飛蝗は速度を落とさず、クルーザーの後部甲板を目指して突っ込んだ。

 その船上では、向かってくる巨大飛蝗に愕然としている男達がいた。彼等も黒くて動き易い衣装に身を包んでいた。中には銃口を向けている者もいたが、発砲音を警戒した者に押さえられる。

 光の車輪を消してクルーザーの後部に降り立った巨大飛蝗は、先程同様2種類の光線を全員に命中させた。すると、闇の中に放置された幼子の様に泣きじゃくる大人が1ダース完成した。

 しかし、巨大飛蝗の迎撃はこれで終わらない。

 長い後ろ脚を使ってクルーザーから大ジャンプすると、玉虫色のロボットと同じくエメラルドグリーンに輝く光の翅を広げて星空に舞い上がった。

 再び映像が切り替わると、その飛行先には、夜にも関わらず鳥の編隊が見えた。

 いや、遠目にはそう見えるが、近付くと人型をしている。

 更に接近すると、複数の小型ジェットエンジンを背中と両腕に装備したジェットスーツを装着した男達だった。

 彼等は明らかに驚愕し、かつ狼狽していた。

 標的がいる方向から鋼鉄の巨大飛蝗が高速で飛来してくるのだ。何処かの国がこんな新兵器を開発したとの情報は見聞きした事が無い。強いて言えば――

 「まさか、あの姫科研の発明か?」

 「それとも、あのロボットの仲間か?」

 思わずそう叫んだ時、彼等もまた先の工作員達と同じ末路を辿った。

 全員が泣き喚きながら、暗い海原に向かって落ちていく。

 ところが、海面に激突する寸前、1人残らずアメシストパープルに輝く斜方立方八面体に包まれて瞬時に消えた。

     ~ ☆ ~

 「――で、そいつらはここにいるって訳だ。次を頼む」

 鬼風の指示に従った綾風は、モニターに船体後部の甲板を映し出した。

 そこには、大勢の成人男性が鍛え抜かれた長身を竦ませて怯えている。ジェットスーツの工作員だけでなく、漁船とクルーザーにいた者達も全員揃っていた。

 「部下達によると、光る立体がテレポートみたいにいきなり現れて、すぐに消えた。後はコイツ等が残されてた、ってさ。全員が正気でなく、戦闘不能だから拘束も監禁も簡単だったらしい。みんな拍子抜けしてた

 ウインドベル警備保障(オレたち)が働かなくて済むのは平穏な証だが、こういう形ではなぁ。……まぁ、給料は変わらないからいいけどさ」

 モニターを眺めていた詳子は、

 「よく見ると、人種がバラバラですね。恐らく、三()国の諜報部がバッティングしたのでしょう」

 「だろうな。もし船内(ここ)でカチ合ってたら七面倒臭い事になってた。あのデカバッタ様様だな」

 「既に尋問は始めているのでしょう?」

 船内と船外、そしてプライベートポートの警備を任されているウインドベル警備保障――即ち、夜風衆は全員が複数の外国語を習得している。

 「そりゃな。だが、どいつもこいつもビビリ過ぎて上手くいかない。工作員すら一瞬で行動不能にするたぁ、一体どんな技術なんだ?」

 「やはり、あの青い光線は恐怖を刻み込む効果があるのか」

 「ヤバい代物だな。地球人の手に渡らない事を祈るよ」

 すると綾風が、ぷふぅッ、と吹き出して、

 「神なんて信じてないのに」

 「うっせー。オレだって信仰心ぐらいあらぁ」

 「それって、酒の神とギャンブルの神とエッチの神に対してですか?」

 「それ以外、必要か?」

 「はぁ。若返っても全然変わりませんね」

 「ほっとけ。返りたくて返った訳じゃねーからな。

  お陰で酒も呑めなくなったし、チンポも入らねー体になっちまった。つまらん余生だ」

 実は五十路の鬼風が、ぷっくぅ~、と頬を膨らませる。本人は気付いていないが、仕草すら幼女化しつつあった。

 「またですか! セクハラ発言はやめて下さい!」

 綾風の抗議に対して鬼風は、

 「カマトトぶってるんじゃねーよ」

 「かまとと、って何です? また昭和の専門用語ですか?」

 「すぐこれだ! オレの言った事を、いつも死語扱いしやがる」

 「しご、って何ですか? またまた昭和の専門用語ですか? いい加減、令和(いま)の人に通じる言葉を話して下さい」

 「あぁ~ヤダヤダ。若いヤツ等は歳上への敬意ってのが無い。いい加減、昭和世代(こっち)の言葉も憶えろ」

 嘆いた鬼風は、葉巻型チョコをガリガリ齧った。

 (呪いの効果はまだ持続しているな)

 鬼風の様子を見た詳子は、彼女が若返った経緯を思い出して冷静に分析した。

 かつて身長は1.8メートル強で、鍛え抜いた上に数々の修羅場を潜り抜けてきた筋骨隆々で赤銅色の巨躯には無数の傷跡があった。明らかに美女だが、顔付きは獰猛な肉食獣のそれだった。しかも、左眼の上には凄惨な傷跡が走り、サバイバルナイフが左眼窩(がんか)に突き刺さった髑髏(ドクロ)の刺繍が施された眼帯で覆われていた。

 プライベートでも、夜な夜なワイルドターキーやジャックダニエルの|700ミリリットルのフルボトル喇叭(ラッパ)呑みして、キングサーモンや猪の丸焼きに(かぶ)り付く程の酒豪にして大食家。そして、男遊びも平然と行うし、その相手が屈強かつ絶倫であろうとも一晩でミイラ化する程の性豪だった。

 それ故に同僚や後輩達から付けられた綽名は、“鬼軍曹”“酒呑童子”“炎のライオン”“バトルジャンキーゴリラ”等々、物騒なものばかり。

 しかし、ある事件の解決の際、敵の魔術師から掛けられた呪いにより、肉体が幼女になってしまった。尚、その効果は精神にも及びつつある。

 その呪いを解く方法は魔術師だけが知っているのだが、鬼風が得意の実力行使で病院送りにしたのが数箇月前。現在も意識が戻っていないので聞き出せない。

 幼女の姿が見慣れてきた今では、綽名は“ニカちゃん”や“ニカちゃん人形”に変わっていた。

 ただし、面と向かってその綽名で呼ぶ恐れ知らずはいない。

 その時、綾風が緊迫した声で、

 「大帝院総合研究所ロボット開発部部長兼地球外生物対策委員会委員を名乗る工学博士から入電」

 「……つまり、アレか。アイツか。相変わらず肩書並べるのが好きなんだな」

 呆れた鬼風が詳子に視線を向けると、彼女は冷めた表情で、

 「不肖の愚兄ですな」

 「らしくねーな。重複してるぞ」

 「したくなりますよ。分かりますか?」

 「まぁ、アレだからな。分からんでもない。――相手してやるから、モニターに回せ」

 鬼風は新しい葉巻型チョコを咥えながら綾風に指示した。すると、鬼風のコンソールにあるモニターに相手を見下す微笑が映し出された。

 「初めまして。私は屋坂秀臣と申します。例のロボット問題に関して政府から全権委任され、速やかな解決に努めている者で……す。んンッ!?」

 秀臣は慇懃無礼な笑みと口調で挨拶した――が、対応した者の愛らしい外見に驚愕と狼狽を禁じえなかった。

 対して、初対面の鬼風は獰猛な満面の笑みを浮かべて、

 「オレは、この船の警備責任者だ。鬼風、って呼んでくれ。悪鬼羅刹の鬼に、風魔忍者の風だ」

 秀臣は彼女の見た目と声質に対して、名前・口調・表情・気迫のギャップに一瞬言葉を失ったが、

 「……夜風衆か?」

 「御名答。博士だけあって頭良いな。顔も良いから、敵じゃなきゃ抱いてた」

 秀臣は再び絶句したが、彼女の横に詳子がいるのを確認した途端、

 「おい、孝恵。このクソガキは一体何だ?」

 すると、詳子は冷たい口調で、

 「たかえ? そんな人はここにはいませんが」

 「話が進まないから、いちいち言うな」

 「おやおや、いつもの余裕に満ち溢れた慇懃無礼な口調が消えていますよ。あなたらしくないですね」

 「……うぅっ……いいだろう、天道詳子君」

 「はい、ここにいますよ、屋坂博士。ところで、私に何か御用でしょうか?」

 「直ちに停船し、手塚鉄子氏の速やかな引き渡しを要求します。

  おっと、しらばっくれようとしても無駄ですよ。そちらにいるのは把握しているので」

 「つまり、私に後輩を売れ、と」

 「こちらには、そちらの御自慢の巨大豪華客船を短時間で沈められるだけの準備があります。撃沈させてから彼女やカブトムシ型ロボットを回収してもいいのですよ」

 秀臣が恫喝を終えた直後、綾風が鬼風に報告する。

 「水中用ドローン(タートル)15号機と23号機が、複数の正体不明機アンノウンを捉えました。当船より5時の方角、(およそ)300メートルの位置です」

 「数は?」

 「7つです。1つは潜水艦ですが、残り6つは(およそ)15メートルの人型です」

 それを聞いた詳子が呟く。

 「もしや、大帝院は水中用人型ロボットの開発に成功したのか?」

 「いかにも!」

 秀臣が誇らしげに答える。

 「我々はイージス艦はおろか空母でさえも撃沈可能なロボット兵器を完成させました。無益な抵抗はよした方が賢明ですよ」

 「うるせーッ! その減らず口でてめぇのヘナチンでもしゃぶってな!

  ――で、こっちも迎撃システムを発動させるか?」

  秀臣を三度(みたび)黙らせた鬼風は出番が来たとばかりに尋ねるが、詳子は首を横に振った。

 「いえ、その必要は無いかと」

 「まさか、大人しく降伏するのか!? らしくねーぞ」

 「違います。私達が手を出す迄も無い、という云う意味です。

  彼女の危機を救うのは我々ではない。

  そう、“彼”なら――」

 「彼?――彼って誰の事だ?」

 鬼風が問い掛けた直後、その答えとばかりに敵機群の前にアメシストパープルに輝く斜方立方八面体が出現した。

☆次回予告


少女達の夜宴は終わらない。

ヴァイオリンとオカリナと甲虫の合奏。

座敷童子が催す茶会。

星空の下、鉄子は遂に想いを自覚する。

第13話「あなたを知りたい」


告白の時は来た。

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