ドワーフの里アルズペイン
「アルズペイン、か」
ギルドの長机で、猫耳族の里で知ったことを報告していれば、ウルビスは「懐かしい」と、呟いた。
「俺の剣もあそこにいるエリオルドの爺さんに打ってもらったな。それで、早急に向かうのか?」
「アインヘルムの事もあるけど、場所がないからな。まずは、そのエリオルドに会ってからだな」
ハイランドのエルフたちにアインヘルムについて聞いて回ったが、収穫はゼロに等しい。ただ、エルフたちの間では神聖な地と崇められ、他の人間族と交わって生まれたハーフエルフではなく、悠久の時を生きるハイエルフがいるそうだ。
「それで、ステラは来るか?」
魔物を退治するわけでもなく、ステラの武器は杖だ。アルズペインに行ってもやることがないのではと聞いてみたが、とんでもないと否定した。
「アルズペインと言えば、鉱山が有名です。そこで取れた鉱石から武具を作るのですが、時折、魔力を込めた魔法石が見つかるのです」
「魔法石? また初めて聞く単語だな」
そんな事も知らないのかとウルビスは呆れたが、ステラは杖を取り出した。
「その、これです」
ステラが指差したのは、杖の先端に光る青い結晶だった。
「魔法石には種類があるのです。より強力な魔力を秘めた魔法石が見つかれば、新たな杖も作れるのです」
「作れるって、ドワーフが杖を作るのか?」
この世界に来て、ドワーフたちについて学んだことだが、基本的に鉄を打って剣や斧を作っている。しかし、ステラの杖は木で作られている。そこのところを指摘すると、どんな武器でも構造を理解して作ってくれるらしい。
こいつはどうかとマグナムに手をかけたが、いくらなんでも無理だろう。
「とにかく、また荷馬車での旅になりそうだ。準備がすみ次第、北門に集合ってことで」
礼二の言葉を皮切りに、各々が各自の家へと戻っていく。礼二の荷物はステラの家にあるので一緒行くのかと思っていたら、荷馬車を借りてくるので、先に上がっていていいと、鍵を渡された。
女の一人暮らし。なんとなく魅力のある言葉だが、いつも泊まっているので気にならない。
そうして大通りから住宅街への曲がり角を曲がった時、建物の影から声がした。
「帽子を被った占い師。そう告げなけないと、エリオルドは首を縦に振らないよ」
「あんたは……」
スエルとハイランドで礼二に占いで危機を予言した占い師が、深く帽子をかぶり、口元を布で覆って座っていた。
「アルズペインに行くのだろう? そして、そこにいるエリオルドに武具の制作を依頼する。あっているかな」
あっている。これで三度目だが、この占い師は本当に未来を見ているのか? パーティーでアルズペインに行くための準備として、この角を礼二が曲がると、知っていたのか?
それと、もう長いことハイランドにいるが、これまで一度も出会ったことがなかった。いつも急に現れては、忽然と姿を消す。なにかを隠しているかのように。
そうやって疑心の目で見れば、不可思議なことばかりだ。ゴブリンの襲来は、礼二がスエルにやってきて、ギリギリのタイミングで予言した。結果的に、礼二は複製のスキルを手にしたが、未来が見えるのなら、もっと早くに伝えるべきだ。
ウルビスとシエルの危機も、また直前になって予言した。そもそも、冒険者一人の命をわざわざ占うだろうか? こちらから頼んでもいないというのに。これも結果的に二人を救い、ウルビスという強力なパーティーメンバーを手に入れた。
この二つに共通することは、礼二に関係があるということだ。
――いや、違う。もう一つあった。ステラにサイクロプスの出現を預言していた。災害レベルと恐れられ、スエルの冒険者は非力で、ステラでさえ足止めが精いっぱいの相手に対し、『逃げろ』ではなく『いるかも』と誤魔化していた。
サイクロプスより後に来たゴブリンを知っていたのに、サイクロプスが襲ってくることを知らないはずがない。
ならば、冒険者たちも、ステラも、一応は見に行くだろう。しかし、『いるかも』と濁したことで、他の冒険者を逃がすために、ステラは足止めとして囮になり、礼二と出会った。そう占わなければ、礼二は異世界で右も左もわからずに野垂れ死んでいただろう。
全て、礼二のために占っている。いや、未来を見ている。柊礼二という異世界人の行動を、逐一観察している。それは、例えようもない不気味さを感じさせた。
「俺に関する知っていることを、全部話せ」
気づけば、マグナムを向けて脅していた。早く聞きださなければならない。礼二の中にある何かがそう告げている。だが、占い師は咳き込んでから、アルズペインから帰ってきた時が、全てを知る時だと微笑み、その背後が歪んだ。
「なっ!」
夢で見た魔王と、この世界に来た時と同じ、空間の歪み。占い師の背後に現れた歪みは貝の様に広がると、その先へと消えていく。後を追うかとも迷ったが、やめた。どこに繋がっているのか、それすら分からないのだ。ホルスターにマグナムをしまい、ため息をつく。あの予言があるたびに、なにかしらの脅威が待ち受けているのだから。
ドワーフの里、アルズペイン。ハイランドから荷馬車で三日ほどの鉱山街に、礼二たちは到着した。
山に囲まれ、どこも土煙が漂っている。森を切り開いたのであろう鉱山は、ドワーフの若い連中が採掘している。ドワーフとは酒にも強いらしく、夜が楽しみだった。
「で、その占い師の言葉を言えば、あの爺さんも話を聞いてくれるんだな」
「それくらいしか手がないから、しょうがない」
荷馬車を預けて早速エリオルドのところへ向かおうかと思ったが、ステラが鉱山の方を見てくるので、二手に分かれた。
「それで、エリオルドとかいう爺さんの工房はどこにあるんだ?」
「この先だ。偏屈な爺さんだから、あまりしつこくするなよ」
土煙とドワーフの汗の匂い。それと、並んでいる建物は、ほとんどがドワーフの体型に合わせて造られている。礼二の半分ほどの身長がほとんどなので、泊まるところにも苦労しそうだ。
ともかく、そんな通りを進むこと数分、掘っ建て小屋がポツンと、他の家屋から離れて建っていた。よく見れば工房にもなっているが、どうにも予想していたものとは違う。
「当ててやろう。ここで正しいのか、迷っているな?」
ウルビスの問いに、礼二は肩をすかした。
「二千年を生きているエルダードワーフとやらが、こんなところにいるとは思わないだろ」
「変わり者でな。冒険者や騎士、それから国王からも依頼を受けることもあるが、気に入らなければ跳ね除けるそうだ」
「そんな奴に、よく剣を作ってもらえたな」
「自分の作った剣が、そこらの石ころの手に渡るのが嫌なのだろうな。とにかく、入るとしよう」
掘立小屋の一階部分を工房とした家屋は、開けていて、中には頑固を形にしたようなドワーフが礼二とウルビスを一睨みする。茶色い眼光には、二千年という、途方もない時間が与えた重みがあった。
「ウルビス、だったか。何年か前に剣を打ってやったが、修理にでも来たのか?」
「あなたの作った剣が、そう安々と折れることもないでしょう」
スラッと引き抜いたウルビスの剣に、エリオルドは一瞥して、次に礼二を見た。
「非力な人間に作ってやる剣などないぞ」
早速否定されたわけだが、あの占い師の名を出すか。喉まで出てきた言葉を、礼二はあえて飲み込んだ。
「二千年を生きるエルダードワーフと戦いたくてね」
「なに?」
ウルビスとエリオルドが礼二を見据えれば、不敵に笑ってみせた。
「俺の武器と、あんたの盾。どちらが強力か、試してみようじゃないか」
ウルビスは慌てて口を塞ごうとするが、エリオルドは鼻で笑った。
「人間如きがよく言ってくれる。いいだろう、このエリオルド・アルダフの盾を破壊出来るのであれば、見せてもらおうか」
少し待て。エリオルドは掘っ建て小屋の奥に引っ込むと、白く光る大盾を持ってきた。
「これは、もはや鉱山から取れなくなったミスリルで作られた盾だ。魔力を帯び、魔力を分散させる。どのような攻撃スキルでも破壊できない逸品だ」
「そんな珍しい物、壊してもいいのか?」
やれるものならやってみろ。あぐらをかいて座ったエリオルドだが、こちらにも秘策はある。
いつも通り、マグナムだ。
それを取り出すと、エリオルドがピクリと反応した。
「悪いが、こいつにはスキルなんて含まれていない。ただ衝撃を与えるだけだ」
両手で構え、壁に立てかけてある盾に狙いをつけると、トリガーを引いた。弾丸は高速回転をしながらミスリルを抉るが、貫通はしなかった。
大見得を張っただけに、この失敗は恥ずかしい。だが、エリオルドは驚いて、盾を確認している。
「神の創りしオリハルコンに次ぐミスリルを、こうも傷つけてくれるとは」
ニヤリと振り返ったエリオルドは、どうやったのかと寄ってきた。仕方かないのでマグナムのシリンダーを開いて、発射までの工程を教える。弾丸の構造も知りたがっていたので説明すると、非常に瞳が輝いていた。
「おまえさん、いい武器を持っているな。魔力が感じられないから期待はしていなかったが、予想の遥か上をいってくれた。よし、気に入ったぞ!」
気に入った。そう言い笑うと、弾丸を数発寄越すように催促する。
「その武器は作れんが、この小さな鉄の塊ならどうにかなる。特別な形としてな。久しぶりにワシの好奇心を揺り動かしてくれた礼だ。タダで作ってやろう」
エリオルドが意気揚々と散乱している鉱石を手にとっている。礼二はそろそろ本題に移ることにした。
「なあ、あんた。アインヘルムに行きたいんだが、どこにあるか知らないか?」
「アインヘルム、だと?」
エリオルドは振り返り礼二を見据えれば、鼻で笑った。
「引きこもりのハイエルフどもに興味はない。知っていたとしても、あの場所は禁域だ。時の流れを傍観するハイエルフの世捨て人が結界を張っているからな。長い年月を生きる者同士、話すわけにはいかない」
答える気はないようだ。ならば、あの占い師の言葉を使うまでだ。
「深く帽子を被った、口元を布で覆っている占い師が、困ったら名を出せと言っていた」
途端に、エリオルドは厳格な顔つきを崩して、深いため息を付いた。
「まったく、奴の差し金か。断りたいところだが、まあいいだろう」
とりあえず座れ。椅子がないので床に座ると、もう何千年経ったのかと、哀愁の籠る瞳で話した。
「まず、場所はローリアン地方を北に抜けた先にある。あの魔王城の近くにあるが、並大抵の魔物ではハイエルフどもの相手にならん。しかし、お前たちは別だ。アインヘルムへの旅路は、過酷なものになるだろう。地図は、持ち合わせているか?」
鞄に丁度あったので手渡すと、矢印を地図の果て目掛けて描いた。
「その道の通りに進み、天に届くほどの山の麓に着いたら、空間が歪んでいるだろう。一種の防護壁だが、ワシの名を出せ。通してくれるだろう」
ようやく手がかりがつかめた。しかし、こうまでするあの占い師は何者なのか。疑問は尽きない。
そうして静寂が流れていると、ステラが赤い鉱石をもって駆け込んできた。
「偶然見つかったのです! 今までの魔法石を超える、新たな物が!」
静寂はどこにいったのか。エリオルドは立ち上がると、赤い鉱石を吟味している。
「まだこのような物が残っておったか。ずいぶんと魔力を込めているが、これを杖にしたいのか?」
「ぜひとも! お願いします!」
女に弱いのか、分かったと手で制して、早速取りかかるようだ。




