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油断大敵

 酒場で飲んで、鉱山を見て回って、エリオルドの工房に寄る。土煙の舞うアルズペインは、それこそ、あの占い師のように口元を布かなにかで覆っていなければ、咳き込んでしまう。

 そんなある夜、酒場でドワーフと飲み比べをしていたら、不穏なうわさを耳にした。とあるドワーフが所持していた、地下深くに作られた大工房から、誰の出入りもないのだ。友人が訪ねても返事はなく、鍵がかかっていて出てこない。

 しかし、もう夜も更けてきた頃に、一人のドワーフが目にしたのだ。出入りするワイバーンの群れを。

「ワイバーンと言えば、あれだろ? デカいトカゲみたいな、羽の生えた奴」

「その解釈に間違いはないが、少しばかり危惧するべきかもな」

「なんでだ?」

「竜族は魔王が操っている。ワイバーンも竜の端くれだからな。魔王軍に関係する何かがあるのかもしれない」

 やはり、あの占い師が占った先には困難が待ち構えている。酒をちびちびと飲みながら適当に時間を過ごすと、旅人用の宿に戻った。




「できたぞ」

 エリオルドが若い衆に呼んでくるのを命じたのか、三人で向かえば、ステラが珍しく興奮していた。

「素晴らしい魔力です! それに、使われている木材も、特殊な物ですよね!」

「当たり前だ。ワシが作った武器に二流品はない。鉱山を超えた先にいる神木から拝借してきた」

 ありがとうございます。ステラは新たな赤い結晶のついた杖を受け取ると、今度は礼二の方を向いた。

「お前さんにも、一つ用意させてもらったぞ」

 そう言いながら取り出したのは、357マグナム弾だった。

「用意できるだけの素材で作ってはみたが、実際に使うのはお前さんだ」

 作られた弾は一発。エリオルド曰く、魔力の籠っていない特別性だ。

「それじゃ、複製」

 なにがどう強くなったのかは知らないが、弾丸は弾丸だ。両手のひらを合わせると、ポロポロと特別性の357マグナム弾が落ちてくる。

特別性というだけあって、複製できたのは六発だ。とりあえずポケットに入れておく。

「あの占い師は、アルズペインから帰ってくれば、全てを明かすとも言っていた。新しい武具もそろったことだし、とっとと戻るか」

異論はなかった。エリオルドに礼をして去ろうとした時、地面が大きく振れた。続いて地面が揺れる。

「あれは……」

 視界の先、アルズペインの地を裂いて、何かが出てくる。同度に、嫌気の差す相手もいた。

「ご無沙汰しております。魔王軍幹部のジュリアスです」

 スーツ姿のジュリアスが、岩石が連なった巨人の肩に座りながら、地の底から這い出てきた。

「流石はドワーフの里ですね。洗脳をかけたドワーフに命じておきましたが、良い物を造ってもらいました。この、ゴーレムを」

 ゴーレム。なんのことなのかステラへ視線を移せば、新たな杖を手に臨戦態勢だ。

「巨大な岩石に魔力を与えて、合体させた魔物です。サイクロプスより巨大で、主の命令に忠実です。ですが、主さえ倒せれば、あるいは……」

「また面倒なことに巻き込まれたらしいが、あの馬鹿でかい岩石か」

 一階建ての建物程の岩石が連なっており、いくらマグナムでも、あれには意味をなさない。ウルビスの剣も弾かれるだろう。ドワーフたちも、攻撃手段は近接戦闘に特化している。

そうなると、頼みの綱はステラに託された。本人も覚悟を決めており、赤い結晶を輝かせて、ゴーレムへ衝撃波が放たれた。

「無駄ですよ、猫耳族の小娘。運命はもうすぐ開かれようとしているのだから、事前に防がなければね」

 ゴーレムの肩から見下ろすジュリアスに、迷うことなく六発放った。しかし、プロテクションに弾かれる。

「ほらほら、のんびりしていますと、里が亡びますよ?」

 巨体は家屋を破壊し、意思もなく暴れ回っている。このままでは、アルズペインがもたない。

 万事休すか。剣でも弾丸でも勝てない相手に一歩引き下がる。足の遅いドワーフは踏み潰せされ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がった。

 そんな争いの渦中を、灰色の閃光が駆け抜けた。

「今度こそ、俺が相手をしてやる」

 礼二とステラから離れ、ウルビスは獣化したのだ。ヒョイヒョイとゴーレムの巨体を登り、ジュリアスの攻撃を回避し、もう片方の肩に飛び乗った。

「お前を倒せば、この惨劇も終わる。悪いが、容赦はしない」

 本気のウルビスが雄たけびを上げて斬りかかるも、弾かれてしまった。

「プロテクションを、私なりに改良させていただきました。あなたの剣では届きませんし、運命にあなたの出番はないのですよ」

「運命だなんだとうるさい野郎だ。だが、俺の仲間を見くびるなよ?」

「なっ!」

 ウルビスは不敵に笑い、地上にいる礼二に手を振る。ウルビスが動きを止めて、特別生の弾丸がプロテクションを打ち破る。それどころか、ジュリアスの右肩を抉った。

「流石は二千年生きているだけある。今までよりも反動が強いのが難点だが」

 プロテクションを改良して余裕面だったジュリアスは、出血をスキルで治す。そして何重にもプロテクションを張りなおすと、礼二を見下ろす。

「やはり、あなたは我々にとって邪魔な存在です。剣や魔法も使わずに、そのイレギュラーな武器をもって私たちに対抗するのであれば、運命の時を待たずに死んでいただきます。――ですが、私は非力だ。ですので、こういうのはいかがでしょう」

 ジュリアスは天に手をかざすと、何かの羽ばたきが聞こえてくる。それはワイバーンのように小さなものではなく、大きく、そして多く聞こえた。

「ジャバウォック。リザードマンが無理やり竜となろうとし、なれなかった無様な連中です。しかし、私の主は竜を操る証を持つのです。この数を相手に、戦いになりますかね」

 煽っているのでマグナムを向けようとしたが、アルズペインの空に、黒い影が無数に現れた。しかし、どれも翼が欠けていたり、首がなかったりと、まさに無様だ。

だが、一匹がおよそ三メートルほどの巨体で、炎を吐き、ドワーフを踏み潰し、食い殺している。多くのドワーフたちが、この世の終わりだと嘆き始め、ジュリアスはウルビスを振り払うと、両手を広げた。

「あのハイエルフも頑張ったようですが、所詮は年寄りです。あなた方が私の主と戦う運命は閉ざされ、世界は闇に包まれるでしょう!」

 悔しいが、打つ手がない。逃げるにしても、二十か三十はいるジャバウォックと、ゴーレム、それにジュリアスもいるのならば、退路はない。

 ここまでなのか。成すべき事も分からぬまま、殺されるのか。


 大丈夫。運命は君の味方だよ。仲間を信じて、自分に与えられたものを思い出すんだ。


 またあの声がした。今までの窮地も、声の通りにやってきたら上手くいった。それならば、今回も――!

「礼二さんにも、聞こえたようですね」

 ふと、ステラが杖をかざして口にする。その横顔は、不思議とステラに見えなかった。

「きっと、私と礼二さんに聞こえた声は別人です。ですが、今こそ自分の力と使命を受け入れる時です」

 自分の、力……そんなものは、このマグナムとサスーリカしかない。その両方が封じられては――

「待てよ……ジャバウォックは、あんな姿でも竜の仲間なんだよな……だとしたら!」

 右手のひらを開くと、リザードマンの里で刻まれた円がある。これは竜族を従えると聞いたが、試したことはない。だが、今こそ、この力を信じる時だ。

 右手のひらを開いて、空に伸ばした。そんな当たり前の行為にジャバウォックたちは動きを止めると、礼二の方を向いた。

「これは……」

 ジュリアスが事態を掴めずに傍観していると、ジャバウォックたちは次々に地に舞い降りて、礼二の前にひれ伏した。

 竜を操る証。これは本物だったのだ。

 どうだ、と、ジュリアスへ視線を戻せば、口元を押さえて、見るからに狼狽している。

「そんな、馬鹿な……あの男は、私の主と同じ力を持つとでもいうのですか!」

「……ああそうだよ! てめぇのご主人様と同じ力を持っているんだよ! 分かったらとっとと帰れ!」

 中指を突き立てて叫んでやる。何の確証もない叫びだが、あの余裕面が砕けるのならば、それでいい。

「リバイブ」

 ステラはジャバウォックたちに、赤い魔法石から青い光を生み出して包み込むと、異形の姿から、元のリザードマンに戻る。気を失っているが、生きているようだ。

「もうテメェを守ってくれる奴はゴーレムだけだぜ? どうするんだよ、魔王軍の幹部様よぉ!」

 歯ぎしりをしている。心の底から悔しがっている。そんなものは見て取れたが、いくらでも煽ってやる。

 本気で怒ったのか、その顔は真っ赤だ。その怒った衝動に駆られてか、直々に殺しますと宣言した。

ジュリアスはプロテクションを解いて、巨大な炎の球を作りだした。

「私の本気は、いかなる人間族をもってしても防げないものです! 竜を従えようと、なにをし、よう……と……」

「運命とやらに、俺はいないはずじゃなかったのか」

 プロテクションが解かれるが否や、ウルビスは獣化を解いて、ジュリアスの胸を貫いた。

「どうやら、運命とやらは狂っているようだ。そんなもの、この俺が塗りかえてやる」

 剣を引き抜いたウルビスは、居合切りによく似た動きで、ジュリアスを真っ二つに斬り裂いた。

「この一刀に、斬れぬものなし」

 ゴーレムが崩れ始めると、ウルビスは瓦礫の中を器用に飛び回って、家屋の屋根に着地した。

「見事。ワシが剣を作ってやっただけはある」

 エリオルドの賞賛の言葉は、波紋の様に広がり、ドワーフたちは礼二たちに寄ってきて、命の恩人だと泣いていた。

 ともかく、ここでのやるべきことは終わった。あとは、ハイランドに戻り、アインヘルムを目指すまでだ。


 なにかあったらいつでも駆けつける。生き残ったドワーフたちが、持ち前の陽気さで崩れた建物を直していたら、一人がそう言う。この場に残ったドワーフの総意であり、覚えておくことにした。


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