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地獄で会おうぜ、ベイビー

「本当に来るのか?」

 翌日、ギルドの武器庫に集まったパーティーに、スールとシールが加わると言いだした。子供は親の元へ帰れと言いたいが、その親が水晶に封じられている。それと、神童と呼ばれるだけあって、ステラ曰く、魔力に優れているという。未だに魔力とはなんなのか具体的に分からないのだが、多さや質に応じて、スキルに反映するようだ。

 身体能力も、ウルビスが早く集まってしまったので見ていたら、将来が恐ろしいほどに俊敏に飛び回るという。

 とにかく、二人は両親を取り戻すため、戦いに参加する。ステラとウルビスが大丈夫だと太鼓判を押したので、あとは約束の場所とやらに連れて行ってもらうだけだ。

「んー……んー……」

 武器庫を開ければ、手足を縛られ、猿ぐつわをされたエリアルが虚ろな目でもがいていた。これも一つの罰だ。

「ステラ、道案内できるくらいに回復してあげて」

「そうですね。このままじゃ歩くのも厳しそうです」

 ヒールを唱えたステラによって、うつろだった瞳は活力を取り戻し、猿ぐつわを外せば、叫びそうになった。しかし、ステラが首輪を強く締めると、もがいて、結局従ってくれた。

「表向きは、大騎士団長によるハイランド周辺の視察ということにしてある。俺たちは、その護衛だ」

 ウルビスが上手くやってくれていたようで、怪しまれずに荷馬車を借りて、ステラの零体召喚で御者を確保する。徒歩でもいいのだが、エリアルが体力的にきついと言いだしたので、仕方なくというやつだ。

「それで、どこで会う予定なんだ」

 ウルビスの問いに、東の平原を抜けた先にある湿地だと力なく答えた。

「湿地かぁ……行ったことないから楽しみだね!」

「ジメジメしている所はあまり好きではないです。新しい体験だと考えれば別ですが」

 荷台では犬耳族の二人が騒いでいて、これから行われる戦いの緊張をほぐしてくれていた。しかし、

「俺の世界では、湿地というと、毒を持った魔物が多いんだが、大丈夫か?」

 ゲームの中だが、毒消し草とかいらないのかと心配になる。

「んー、綺麗な所ではありませんので、あまり魔物もいませんね」

「その分、ジュリアスとやらに集中できるというわけだ」

 二人の言葉に頷いて、杞憂だったようだ。念のためマグナムを確認すると、犬耳族の双子が臭いを嗅ぎながら寄ってきた。

「火薬と、鉄、かなぁ? なんだか、嗅いだことのない匂いがするね」

「見たこともありません。ですが、結構痛んでいますね」

 痛んでいる? と聞き返せば、物が壊れる時に発する臭いがあるらしい。しかし、それは不味い。唯一の攻撃手段がなくなる。

「ドワーフに頼めば直せるか? いや、流石に文明レベルが……」

 ブツブツと呟いていたら、貸してくださいとスールが言う。

「祝福のスキルで壊れないようにします」

「なら私も祝福かけるよ」

「二人とも、結構難しいスキルを覚えているのですね。でしたら、ついでに私も」

 と、マグナムが女三人の手を回ると、心なしか輝いて戻ってきた。

「これでサイクロプスが踏もうが殴ろうが傷一つつきません!」

「向こう五百年……いえ、千年は壊したくても壊せないでしょう」

 やり過ぎな気もするが、壊れるよりは全然いい。三人に礼をすると、いよいよ湿地が見えてきた。




 日が傾きかけてきた頃、約束の湿地に到着した。このまま護衛という形で、ジュリアスとやらに近づいて、チャンスがあれば倒す。

「裏切ったり下手なこと言ったら、分かっているな」

 ウルビスの脅しに、エリアルはバイトの新人の様にぺこぺこと頭を下げるばかりだ。

「あの丘の上が、約束の場所です……」

 すっかり弱気になったエリアルを先頭に顔を伏せて行くと、丘のてっぺんにまでたどり着いた。しかし、誰もいないし、なにも起こらない。

「そんな、いつも先に来ているのに……」

 オロオロするエリアルだが、どういうことだろうか。作戦が露顕していたのか。だとしても、どうやって?

「あっ……」

 と、周囲を各々が見回していると、エリアルが間の抜けた声をあげた。

 なんだと見れば、その顔が黒く染まっていた。

「これは……時限式の呪いです!」

「呪い? お前がかけたやつとは違うのか?」

「私の呪いは魔術のスキルを覚えるついでで取ったものです。しかしこれは……このままでは、エリアルは死にます!」

 死なれて困るわけではないが、目覚めが悪い。ステラがヒールをかけたが、高笑いが辺りに響いた。

 声のする方へ向けば、魔女のかきまぜた釜の様な沼の淵を、スーツ姿の男が歩いている。その顔は人間にそっくりであり、眼鏡をかけてスラッとしている。

「そこの用無しを始末しようとわざわざやってくれば、ジャスティを倒した方々ではありませんか。狙いはこれですか?」

 その手に白と黒の水晶を持つ男は、ジャスティを知っており、その死も、こちらの事も割れている。なぜかと考えたが、簡単だ。エリアルは元々、魔王軍幹部を倒した礼二たちに様があったのだから。裏で繋がっていたのであれば、知られていて当然だ。

「あなた方は、私たちにとって、今や時の人です。魔王軍幹部の死など、ここ千年ありませんでしたからね」

千年? 魔王が復活したのは、一年前だと聞いていたが。その疑問を見抜くように、スーツの男は礼二を見やった。

「やっぱりあなたでしたか。魔族と人間族、そして竜族の運命を背負いし彼方にある世界の『なれの果て』は! それと、伝説を引き継ぐ魔術師もいるようだ! いいですね、実にいいですね! 力をつけられる前に始末すれば、私たちの計画は盤石なものになる!」

いったい、なにを言っている? 彼方にある世界の、なれの果てだと?

「申し遅れました。私は魔王軍、とあなた方が呼ぶ集団のエリートにして錬金術と魔術を極めし者、ジュリアスと申します」

 丁寧に一礼したジュリアスに、正直聞きたいことがある。しかし、ジャスティの時と違い、威圧感のようなものが、あんな細い体から強く感じられる。

「名前は覚えといてやるよ!」

 何か仕掛けてくる前に、容赦なく五発放った。だが、沼が壁のようにせりあがると、弾丸が飲まれた。貫通もしない。

「それですか、例のイレギュラーは! どんな弓より速く、どんな一撃より強烈な、異世界の武器! なにやら強力な祝福がかかっているので破壊はできませんが、そちらもこちらを攻撃できませんよ?」

 認めたくないが、あの沼がある限り弾丸は届かない。リロードしつつウルビスを見れば、頷いていた。

「俺が相手だ。付き合ってもらおうか」

 丘から駆け下りて、スラッと引き抜いた分厚い日本刀を構えるウルビスに、ジュリアスは露骨に嫌そうな顔をした。

「あなたの出番は運命にありません。とっとと退場していただきます」

「悪いが、運命だとか異世界だとか、そういう目に見えないものは信用しない」

「そうですか……ですが、私はあの二人とワルツを楽しみたいのです! あなたと、あの女の子たちには、人形の相手でもしてもらいましょうか」

 パチン。ジュリアスが指を鳴らすと、もう土色に染まっていたエリアルが痙攣を始め、ステラの呪いの首輪を破壊して、巨大化していく。やがてオーガの様に膨れ上がったエリアルの瞳には、光がない。

「用無しにも使いようがあったようですね。さて、人形はそこの犬どもの相手をしなさい。お二人は、どうぞこちらに」

 そんなこと言っていられるか。まずは、この肥大化したエリアルをどうにかしなくては――


 戦うべきは、ジュリアスだよ。最優先だ


「なっ!」

 聞こえた。この世界に来た時と、ステラを救う時に聞こえた声が、また聞こえた。

「今、声が……」

 と、ステラが不思議そうに口にした。

「今の声が、聞こえたのか!」

「う、うん。中性的な、女の人の声が、ジュリアスと戦えって」

 どちらにせよ、冷静にこの場を見極めれば、二組に分かれたほうがいい。ジュリアスは弾丸さえ届けば仕留められ、ステラのスキルも通用しそうだ。そして肥大化したエリアルは、俊敏に動ける三人に任せた方がいい。

「俺とステラで奴を叩く、そっちは任せた」

「お前も、死ぬなよ」

 丘を下るのと登るのとでタッチしてから、お互いの敵に向き合う。

「まだ、運命は始まったばかりです。ですが、終わらせてしまいたいので、死んでいただきます!」

 やれるものならやってみろ。そう言おうとしたら、沼が膨れ上がり、一戸建ての建物程の歪な球体に姿を変えた。

「私が錬成したスライムです。私そのものは無力に等しいので、この化け物と戦っていただきます! さあ、思う存分楽しんでください!」

そう言うが否や、スライムの陰に隠れて距離を取られた。狙い撃とうにも、スライムが邪魔だ。

「俺の世界だと、スライムって一番弱い魔物なんだが、この世界ではどうだ」

「戦い方によります。斬撃や重打はほぼ無力化されますが、魔法系のスキルなら、ダメージを与えられると思います」

「なら注意をひいてくれ。その間に、奴を撃ち殺す」

「また囮ですか! 仕方ないのは分かりますが……やれるだけ、やってみますよ!」

 そうして、杖の先からは炎や雷が放たれた。巨大なスライムは衝撃こそ受けているようだが、顔も手足もないので効いているのかわからない。

「弾なら百発はある! ほんの少しの隙間でも空けば狙い撃つから、なんとかして風穴開けてくれ」




「向こうは、どうにも攻めあぐねているようだな」

 ウルビスは、肥大化したエリアルを相手に、一撃一撃回避しながら斬撃を浴びせている。岩の様に皮膚が固くなっているが、この剣ならば岩どころか鉄さえも斬り裂けるのだ。時間はかかるが、倒せない相手ではない。

 それに、犬耳族の双子が意外と活躍してくれている。

「離れていてください!」

 シールがそう言えば、ウルビスは飛び退いて次の攻め方を考える。その間、双子は息の合ったコンビネーションを見せてくれている。

「アイストルネード!」

「濡れましたね。ライトニングボルト」

 まだ十五だというのに、そこら辺の冒険者の数倍戦い慣れている。神童の名は伊達ではないようだ。

「俺にも二つ名があればな」

 水と電気で呻いているエリアルの右腕に飛び乗って首を斬り落とせないものかと横薙ぎに払うが、流石に一撃では無理だ。しかし、頭をなくして生きていられる生き物などいない。この頑強な体の突破策は、比較的細い首を斬れるかにかかっている。

「よっ、と」

 暴れはじめたので飛び去る。そして双子がスキルで動きを止める。その後に斬りに行く。

「とっとと片づけて、あっちの援護に向かうぞ」

 百戦錬磨の冒険者であるウルビスと、神童の双子では、肥大化して固くなっただけのエリアルなど、耐久力の高い雑魚だった。




 届かない。ステラのスキルでも穴は開かず、弾丸は飲まれてしまう。それに加えて、強力な酸で形作られているのか、触れたらタダではすまない。

「どうしました? まさか、もうギブアップですか?」

 スライムの先から、ジュリアスが心の底からの余裕面で煽ってくる。

「このままですと、これに封印されている犬耳族の方々が死んでしまいますよ? 私の人体実験によって!」

 その両手には白と黒の水晶が輝いており、千人の生殺与奪はジュリアスが握っている。

「いっそのこと、砕いてやろうか?」

 ちょっとした煽りのつもりで、水晶について言ってやった。すると、ジュリアスはサッと身を退いた。その表情は、まるでタネがバレタ手品師だ。

「ああなるほど。そういうことか」

「……なにがでしょう」

「その水晶、壊せば囚われている人たちが解放されるんだろ?」

 ジュリアスはここにきて、ようやく真剣な面持ちでこちらを見ている。だが、

「ひっかかったな。俺は壊したら、中にいる人が全員死ぬのかと思ったが、あえて逆の事を言ってやった。あんたは、俺の口車に乗ったんだよ――ようやく、余裕の仮面が割れたな……割れた?」

 今の言葉は記憶をあさり、記憶にヒントがあると頭を押さえた。

運命だとか魔王だとか、そういうものではなく、元の世界で見たあの映画――未来から液体金属のロボットがやってきて、最終的に溶鉱炉に落として倒したあの映画。

その中で、いくら撃たれてもひるむ程度だったのに、一度だけ、一発の弾丸で液体金属のロボットが弾け飛んだのは――


「やっぱり映画はハリウッドだ」

 この世界にない言葉に、ステラもジュリアスも困惑している。だが、あとは簡単だ!

「ステラ! あのスライムを完全に凍らせられるか!」

「凍らせる、ですか。水分の多いスライムですので、可能ですが、もって数秒です」

「それでいい。凍らせてやってくれ」

「……信じて、いいんですよね。そろそろ魔力も尽きそうで、最後になると思いますが」

「やってみる価値はある」

 なら、やります。ステラは青い結晶を極限まで光らせると、必死の形相で唱えた。アイスストームと。

 暴風が吹き、冷たい風に乗って氷の欠片も飛んでくる。それらはスライムを包むと、竜巻のように包み込んだ。離れていても激しい冷たさを感じるスキルが止むと、スライムはばっちり凍っていた。

「ちょっと、限界です……」

 ステラが崩れ落ちてまで作ってくれた好機、逃す手はない。

 礼二はマグナムを凍ったスライムに向けると、あのセリフを口にした。

「地獄で会おうぜ、ベイビー」

 357マグナム弾は凍って固形となったスライムをバラバラに吹き飛ばすと、その先にジュリアスが驚きの表情で立ち尽くしている。

「これで、終わりだ!」

 ジュリアスは弾丸が放たれるのと同時に我に返り、瞬時に横へよけようとした。しかし、そのおかげで、左手に持たれていた白水晶が砕けた。

「もう一発!」

 今度は右手の水晶を狙うと、ジュリアスは苦悶の表情で手放したが、砕けた。

 すると、なにやら地響きが聞こえてくる。それは砕けた水晶が目を覆うほどの光を発すると、なにもないところから、犬耳族が光と共に現れた。それが辺り一面を包むと、一瞬にして、この湿地は千人の犬耳族で溢れた。

「どうだキザ野郎。決着はついたぜ」

「……なぜ、私の体を狙わなかったのですか」

「聞きたいことがあるからな。運命だとか、竜がどうたらとかな」

「その甘さに、私は救われたわけですか……ですが、残念でしたね」

 余裕面に戻ると、空を裂いて、ジャスティと戦ったときにも現れた羽の生えた大きなトカゲが飛んできた。

「ワイバーン……」

 ステラがそう呟くと、そのワイバーンは低速に飛び、ジュリアスはそれにつかまった。

「決着は預けましょう! まだ運命は始まったばかりなのですから!」

 あんなもの、狙い撃つまでだ。マグナムを構えてトリガーを引くも、ハンマーは虚空を叩いた。

 激戦だったので、残弾の管理を怠っていた。そのせいで逃がしてしまったが、犬耳族たちは解放できた。そして、皆が礼二の名を叫んでいる。救世主だと。

「あの水晶の中からずっと見てたぜ! 人間の兄ちゃん!」

 ああ、そうなのか。ジュリアスは逃がしたが、犬耳族千人は救えたのだ。

 しかし、ホッとしたのもつかの間。ウルビスの声がする。

「手が空いているなら、こいつを倒すのを手伝ってくれ!」

 まだ暴れていたエリアルへ、挑もうかとリロードしたが、犬耳族の一人が止めた。

「我らを封じた忌々しい人間は、我らの手で倒します!」

 男も女も大声を上げて、肥大化したエリアルにそれぞれの戦い方で攻めていく。数の暴力という奴で、あっという間にエリアルは倒れ、ステラが見たが、息はなかった。

「罪には罰か」

 色々と知りたいことはある。しかしこうして救えたのだから、今は喜ぼう。生き残れたことにも。


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