新たな力
解放された犬耳族が里へ帰る中、シールがハイランドを見ていきたいと駄々をこねた。いつもなら暇なので、大人として案内してやろうとも考えたが、少しばかり、気になることがある。
絶対にいつか観光に来るとスールが口にし、シールと封印されていた犬耳族千人が、何かあれば頼ってくれと礼と共に述べながら里へと帰っていった。
エリアルの死は、現場に同行していた三人が疑われたが、これも犬耳族千人の証言でうやむやになり、犯人は魔王軍幹部ジュリアスということになった。首都で葬儀を開くらしいが、正直興味はない。力がないからと魔王軍と裏で繋がっていた奴など裏切り者もいいところなので、どうでもいい。
礼二はそれよりも、気になることがあるのだ。魔族と人間族、そして竜族の運命を背負いし遥か彼方の世界の『なれの果て』。礼二を見てそう呼んだジュリアスの言葉だ。それと、ステラへ伝説を引き継ぐ魔術師と呼んだことも。
それらのことをギルドでコーヒーを何杯もおかわりしながら熟考していたら、声がかかった。全身が青い鱗で覆われた、数少ないリザードマンとかいう種族の一人だ。
たしか、初めてギルドへ訪れた時も、何かを言いかけていた。そのリザードマンの男、アルビィは、ソワソワとしながら、聞かれたら面倒だと、ギルドを出るように促した。
ギルドの裏、練習場からも見えない暗く隠れた場所でアルビィは礼二を舐める様に見ると、何かに納得していた。
「三人の勇者と竜の伝承は、ご存知でしょうか」
「ステラが嫌でも教会に連れていくからな。ある程度は知っている」
そうですか。ならば話が早い。アルビィは落ち着いた様子で礼二を見据えると、単刀直入に言った。里に来てほしいと。
「なんでだ。俺は複製のスキルしか持たない、ただの人間だぞ」
「いえ、それはあなたの中で定められた運命が目覚めていないからです。本当のあなたなら、伝承に現れる勇者に並ぶ冒険者となり、光の竜を伴って闇を滅する力を手にできるはずです」
「は?」
中二病だろうか。なに? こいつは頭がおかしいのか? それともおかしいのは礼二か?
そう考えてしまうほどに、礼二からは考えられないレベルの話をしていた。
「そんな力があればやりたい放題できるが、生憎と、俺はただの人間だ。運命とやらも、俺の二三年間の人生では感じたこともない」
それでも、追及してくるのか。腕を組むと、アルビィはリザードマンの宿命だと切り出した。
「我らリザードマンは、いつか竜になるための習練を、千年前後の寿命の数百年を使い行います。私も三百年の年月を修行として冒険者となり生きてまいりましたが、竜になれたリザードマンは、記録に残る限りでは二人です」
二人と聞いて、礼二はピンときた。伝承に出てくる竜と、それと戦った闇に堕ちた竜。その二人だと確認を取れば、その通りと答えた。
「人間族を率いた勇者の相棒アジ・ダハーカと、闇に堕ちて魔王の手先となったヴリトラ。どちらも非常に巨大で、激戦が行われたと聞いています。その戦いの後に、アジ・ダハーカは空へと消え、ヴリトラは世界の果てにある全てを飲み込む濃霧に包まれたようです」
一応覚えておくことにしたが、それがなんだというのだ。運命も竜も、この世界に来て一か月は経つが、ジュリアスの言葉以外では聞いたこともない。しかし、アルビィは二つの指を立てた。
「あなたと、パーティー仲間のステラさん。この二人に、魔王を倒すべく、力が与えられるのです。我らリザードマンの里にて、その儀式は行われます」
奇想天外な話についていけなくなりかけたが、力が与えられると聞いて、顔を上げた。
「マグナムと複製だけだと限界があるからな。力が手に入るのなら、大歓迎だが……嘘はついていないよな。俺たちをはめたりとか、そういう考えはないよな」
「神に……いえ、竜に誓って」
「……丁度そのことについて考えていたところだ。だから里について行ってやってもいい。ステラには、こちらから話しを通しておく」
感謝します。アルビィは頭を下げると、明日の朝、ギルドの前で荷馬車を用意しておくと約束した。ステラは来ないかもしれないと言ったのだが、運命には引き寄せられるものだとか言い出して、必ず来ると断言していた。
「新しい力、ですか」
夜、ステラの家で、蜂蜜入りのミルクを飲みながら経緯を話せば、やはり困っている。
「別に私たちは魔王を倒すのが目的な正義の味方ではありません。今のスキルで満足しているのですが、礼二さんは行くのですか?」
「ステラと違って、俺にはマグナムしかないからな。力を手にできるのならば、行ってみてもいいと思う」
そうですか。ステラはミルクを啜りながら目を瞑ると、真剣な眼差しで礼二を捉えた。
「この前のジュリアスもですが、最近魔王軍の活動が活発になっています。私たちにも、その手の依頼が来ることもあるかもしれませんし、どこかで鉢合わせるかもしれません。なので、私もついて行きます」
正直一人では心細かったので助かった。安堵のため息を吐いていると、ステラは微笑んでこちらを見た。
「なんだか不思議ですね。異世界からやってきた礼二さんが偶然にも私を助けたら、二人してリザードマンの里に新たな力を得るために呼ばれるなんて……これも、運命でしょうか」
「悪い気はしないな。俺としても、ステラみたいな女は元の世界にいないと言っても過言ではない。この出会いに感謝しているよ」
なんとなく、ゆったりとした空気が流れている。それは暖かで、心地いい。ステラも微笑んでいて、非常に居心地がよかった。
「礼二さん。リザードマンの里から帰ったら、私の――猫耳族の里に来ませんか?」
どことなく頬を赤らめたステラに、礼二も挙動不審になる。
「それは、パーティー仲間として、か?」
「どうでしょうね。礼二さんは初めてパーティーを組んだ人ですから、特別な人なのです。お母様や里のみんなにどう説明するかは、考えておきます」
では、明日は速いので寝ますか。ステラは鼻歌混じりに食器を片づけると、わざわざ客間に布団を敷いてくれた。
「礼拝は休むことになりますが、その分早くに起こしますので」
そうして部屋で一人になると、リザードマンの里の次には猫耳族の里へ行くのかなと、横になりながら考えていた。
しかしなぜだろうか。こうやって方々を巡ることが、成すべきことに近づいていると感じるのは。あの声の主も分からないので、落ち着いたら調べてみよう。
明朝、約束通り、ギルドの前にアルビィは荷馬車を用意して待っていた。荷台に乗り込むと、ステラが零体召喚を唱えようとしたが、アルビィが止めた。
「険しい山道や断崖絶壁の崖を進みます。慣れていなければ、滑落するでしょう。故に、私が手綱を握ります」
御者台に腰かけたアルビィは、手綱を操って馬を進ませる。今回、ウルビスは置いていくことになったが、ギルドへ置手紙は残した。アルビィは礼二とステラに用があるのだから。
「では、参りましょう」
朝の静けさを裂くように車輪が街中を駆けると、夜勤の検問官に里帰りだと告げて、ハイランドを出た。
リザードマンの里は、一日や二日では着かない。だんだんと獣道になる森の中を進みながら、野鳥や魚を取っては食べて、春になりかけている暖かさの中、野宿する。
体力には自信があったが、そんな旅が五日も続くと、いい加減に疲れてきた。ステラも同様で、アルビィはもう少しだと励ました。
「この崖を抜ければ、里が見えてきます」
標高の高い山の崖をゆっくりと進みながら、アルビィはようやく目的地に着いたのだと言ってくれた。
里についても、しばらく休む必要があるのはアルビィも心得ており、実家へ案内してくれるという。だが、ステラがヒールで回復してくれるので、必要はなかった。それにしても、
「よく、こんな場所に住むな」
「私たちは、いずれ竜になることを望みます。ですので、天に最も近い頂に住むのが掟なのです」
掟とは言うが、少し歩けば崖が待っていて、街へのアクセスも悪い。農業もできない程に斜めになっているので、いったい普段はなにを食べているのだろうか。
そんな疑問を負弾に浮かべながら崖を超えて、木々も生えない禿た山の頂上に、木製の建物が二十件ほど見受けられた。様々な色の鱗を持つリザードマンが闊歩しており、荷馬車の中にいる礼二とステラには奇異の視線が向けられる。
「二人には、族長と会ってもらいます。私の感覚が正しければ、相応の証が手に入りますので」
証? と首を傾げたが、荷馬車は坂になっている里を進むと、ひときわ大きな建物に案内された。族長がいるのだろう。アルビィは御者台から降りると、中を確認してから、礼二とステラを下ろした。
「特に気を使う必要はありません。むしろ、そのままの姿を見せていただいた方が、待ち受ける運命が見やすいので、楽にしていてください」
ステラのヒールを浴びながら説明を受けると、リザードマンの骨が装飾となっている扉を開けて中に入る。
中にはそこら中に人のものではない骨が安置されている。その通路は奥へと続き、一際大きなリザードマンが、前のめりに腰かけてこちらを見やっていた。
礼二とステラは骨の道をおっかなびっくり進むと、族長とやらの前に立つ。
くすんだ白い鱗が生えた族長は、緑色の瞳を開くと、礼二とステラを見比べた。
「まず、我の名を名乗ろうか。我はアルビスター・エウロリーと名付けられた。成人して以来、この里で、竜の運命を握る者と伝説を受け継ぐ魔術師が現れるのを八百年以上待っていたが、ようやくその時が来たようだな」
アルビスターは一息つくと、もう遠い昔だと口にした。
「勇者とアジ・ダハーカ。魔王とヴリトラ。その戦いを我は実際に見たわけではないが、父上から聞いている。そして、今になって、魔王が長き眠り……いや、封印から解かれようとしているようだ」
「一年前に、目覚めたんじゃないのか?」
「真実は、我にも分からん。ただ、魔王とヴリトラの鼓動は、世界の果てである濃霧から聞こえてくるのだ。もはや時間の問題だろう。故に、対抗するための力として、アジ・ダハーカを呼ぶことのできる竜の運命を握る者が早急に必要だったのだが、間に合ってくれてよかった」
そこで咳き込むと、アルビィが心配そうに駆け寄るが、心配ないと手で制される。
「我も所詮はリザードマンから竜になれなかった出来損ないだ。いつ死んでもいいと、我はもう諦めた」
深く、とても深くため息を吐くアルビスターは、それだけならどれだけよかったかと続けた。
「全てのリザードマンが竜になるのを諦めたわけではないのだ。鍛錬を怠る若い者たちが竜へと無理やり変化して、ジャバウォックという異形の竜へとなってしまった。竜の運命を握るそなたには、ジャバウォックを従え、アジ・ダハーカを呼び、リザードマンを従える証を与えよう」」
ここにきて、ようやくライトノベルの様な特別な力を手にできる。礼二は意気揚々と、言われたとおりに右手を差し出すと、何やら呪文を唱えている。
やがて、手のひらが熱くなってきた。痛みも伴い、我慢できずに引っ込めたが、完了したようだ。
「その手のひらを見るがよい」
言われて見てみれば、火傷の後の様に、円が浮き出ている。
「竜は、リザードマンを含めてそなたに従うだろう。その時が来たら、空に手をかざすのだ。……さて、もう一人の伝説を受け継いだ魔術師だが、スロットには空きはあるか?」
いきなりステラに話が降られたので戸惑いながらも、まだ念のために残しておいたスロットが二十はあると答えた。
「開いているスロットに、我が譲り受けた伝説の魔術師の魂を授けよう――む、これは……」
アルビスターはステラを見て固まると、静かに笑いだした。
「これもまた、運命なのだろ。さあ、受け取るがいい」
その大きな手に、黒く歪んだ球体が現れた。
「人間とは、他の種族や魔族よりも暗い魂を持つ種族だ。死んだ大魔術師も、人間だった。だから、こうして黒い闇の力として残っている。猫耳族の娘よ、そなたが決めるといい。大魔術師ウェン・オルデモードの力を手にするか、否か」
「……副作用とかは、あるのですか?」
「体に害を与えるものはない。だが、この力を得れば、魔王との戦いに参加しなくてはならない運命が決まる。戦うのが嫌なのなら、我が預かっていよう」
ステラは、黙っていた。考えているようにも見える。そして目を瞑ると、覚悟を決めていた。
「私は運命を信じます。礼二さんと会えた事も、こうして魔王と戦うことになる事も、天が定めた運命だと、受け入れます。そのための力だというのでしたら、私は手にします」
見事な覚悟だ。アルビスターはステラを称賛すると、黒い球体を差し出した。
「その手で掴むのだ。スロットが十以上はなくなるが、今までの限界を超えられる」
ステラは黒い球体に触れると、手のひらから飲み込まれていく。何度かステラの体が跳ねると、完全に吸収した。しかし、ステラは自分の体を見て、訝しんでいる。
「――一つだけ、大切な物を貰えました。ですが、あまり変化がないのですが」
「当然だ。いきなり伝説の魔術師のすべてをその身に宿しては、体がもたないだろう。それはウェンの魂も承知のはずだ。これから時間をかけて、ゆっくりと浸透していくだろう」
さて、用は済んだ。アルビスターは一度横になると立ち上がった時、大きな椅子の背後から、鱗が剥がれ落ちた、ヨボヨボのリザードマンが顔を出した。
「父上……」
アルビスターが父と呼んだリザードマンは、よく見ればボケ老人にそっくりだ。しかし、礼二を見るなり目を見開いた。
「なぁんだ、まだ生きておったのか、勇者よ。そろそろ千歳かぁ?」
ボケた声で礼二に語りかけるアルビスターの父親は、ニンマリと笑い、もうまともな歯がない口を開いて笑った。
「ニオとウェンは元気かぁ? あの二人がおらんと、お前さんは一人で突っ走るからのぉ」
「父上、この方はあなたの見た勇者とは別人です。休んでいてください。もう体も限界なのですから」
そう言い引っ込めようとするアルビスターに従いつつ、礼二を捉えた。
「そろそろ千年経つからのぉ。魔王も神の領域に達しておるかもしれんから、気を付けるのだぞぉ」
ではな。そう言い残してひっこんだアルビスターの父親は、ステラが手にしたウェンとやらの大魔術師の名前と、もう一つ口にしていた。ニオと。礼二を勇者だとも勘違いしていたが、あの夢の中では、礼二は勇者だった。
「ニオか」
その名前はきっと、伝説の勇者の三人目の名前だろう。間違えられたあたり、礼二が勇者であり、魔王を倒すことが成すべき事なのではないかと考えてしまう。
それに、魔王が神の領域だとか言っていた。それに関してはよく分からないが、目的は達成した。
「一晩泊まっていくといい。この時間から山を下りれば、暗闇に足を取られるかもしれないからな」
アルビスターの助言を聞くことにして、礼二たちは開いている一軒家を貸してもらった。色々と知れたことや手にしたことを整理するためにも、早くハイランドに帰りたい。




