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猫耳族の発情期

 リザードマンの里から戻ってきて十日余り、春先の暖かな空気を肌で感じつつ、今日も今日とて知ったことを羊皮紙にメモをする。

もう習慣になっているが、いくらメモをしても、この世界について知ることは尽きない。赤ペンなどもないので、重要なことを目立つようにすることもできず、積もっていく羊皮紙の厚さも馬鹿にならなくなってきている。

 ここ最近は、リザードマンの里で聞いたことに対し、様々な予想を立てては、あり得ないと捨てていた。

 魔族、人間族、そして竜族。礼二はそのすべてに関わりがあるようだが、実感が沸かない。右手のひらに浮き出た円も、何かの役に立つということもなく、ただ日数だけが過ぎていく。

いっそのこと世界の果てと呼ばれる濃霧に作られた魔王城に乗り込んでやろうかとも考えたが、なにが待ち受けているのかわからないので、安々と決められない。

「疲れた」

 器用金持ちの礼二でさえ、目に見える問題と謎が多すぎる。そもそも魔王とはなんなのか、ニオとは誰なのか、あの声は誰なのか、夢と関連付けられるのか……エクセルで一覧表にしたいが、この世界では羊皮紙の厚さが増すだけだ。

 それに、ここのところ依頼は二人に任せて考え事に熱中し過ぎた。体を伸ばせば関節がポキポキと小刻みよく音をたて、力を抜いて長机にグデッと身を預ける。

そのまま手を上げて、人間のメイドが注文を聞きに来ると、またコーヒーを頼んだ。ついでに角砂糖も二つほど。カフェインと糖分を脳に送らなくては、頭がパンクしてしまう。

「おい、戻ったぞ」

「んあ?」

 見上げれば、ウルビスが報酬の入った布袋を片手に来ていた。礼二の取り分だろうか。

「俺は何もしていないから、お前にやる」

「そう言うな。最近のお前は自分を追い込み過ぎている。この金で少し羽を伸ばせ」

 そうは言うも、この世界の娯楽は少ない。というより、昼間は働いて、夜は酒場で飲むという一連の流れが娯楽となっている。賭場もあるが、ステラがいる手前、行くことはできない。

 結局は金だけが溜まっていくのだが、家を買うほどの大金は手に入らないし、飲み食いしていても尽きるような安い依頼はしていない。

 つまり、変化がない。こういうファンタジー世界への異世界転生は、もっと魅力に満ちているのではないのか? ハーレムができたり、チートの様な力で崇められたり。

礼二にあるのは数々の謎と変わり映えのしないパーティーだ。

「暇だし、この前助けたスールとシールを呼んで、観光ツアーでもやるか?」

「ツアー? 日本とかいう国の言葉か? 残念だが、あの二人はもうこの街に来ていて、シエルと毎日遊んでいる。大人が入る余地がないほどには楽しんでいるようだ」

 そういえば、ウルビスには妹がいたのだった。丁度スールとシールと歳も近く、狼耳族と犬耳族は親しい関係なので、楽しんでいるだろう。

 となると、ウルビスとなにかして遊ぶか? 歳こそ二つか三つほどしか離れていないので気が合うかもしれないが、礼二は異世界の一般人で、ウルビスは百戦錬磨の狼耳族。とてもではないが、戦い以外で合う話題もない。

 そうしてぼうっとしていたら、ウルビスも肩をすかしてギルドを出ていった。何かないものか。楽しくなくてもいいので、刺激になる新鮮なことは。

 と、そんな風に長机で届いたコーヒーを舐めていれば、ステラがギルドへやってきた。ウルビスとは別行動だったのだろうか? しかし、遠目で見ても、いつもよりソワソワとしていた。落ち着きがないというより、追い詰められているような……

 そんなステラが礼二を見つけると、得物に食らいく禿鷹の様に、ズンズンと迫ってきては、後ろを確認してから小声で口にした。「話を合わせてください」と。

 なんのことだ? そう聞き返そうとしたら、ステラと同じく猫耳を生やした猫耳族が十名ほどギルドへやってきた。というより、ステラを追ってきたようだ。全員女だが、その傍らには、エルフやドワーフなどの、他種族の男を連れている。

 その一団がステラを見つけると、逃がさないように追い込み漁のような扇方に広がって迫ってきた。

「もう逃げられないわよ。一年に一度の催事なんだから、いい加減にあんたにも来てもらうから」

 茶トラの猫耳をした声の高い猫耳族がステラに声をかければ、降参ですと、手を上げた。

「で、あんたの相手は誰?」

 茶トラの猫耳族は迫ってくると、ステラが咄嗟に礼二に寄り添った。

「こ、この方です! 凄腕の冒険者で、パーティーを組んでいます!」

「んー? この銀髪の男がねぇ……あんた、名前はなんていうの?」

 高圧的な姿勢に名乗りそうになったが、どんな時でも、どんな相手でも、礼儀は大事だ。

「人に名を聞く時は自分から名乗れって習わなかったのか? って痛!」

 寄り添ったステラが背中を思いっきりつねった。いったいなんなのだと向き直れば、人間にしては態度がデカいと口にしながらも、咳払いをして名乗った。「エルナ・リーゲル」と。年齢はステラや礼二と同じくらいだろうか。

「自己紹介どうも。俺は柊礼二だ。で、これはいったいなんの集まりで――」

「わ、忘れたのですか! 今日から猫耳族の発情期なのですよ!」

 発情期? と聞いてみれば、ステラは話し忘れていたとエルナを含む同族に言うと、必死な笑顔で同意を求めてきた。「猫耳族の里に来てくれ」と。




 何台にも連なる荷馬車の上、シエル、スールとシールに見送られながら、ハイランドを出ていく。他の猫耳族は女ばかりで、他種族の男とイチャイチャしている。

 礼二とステラは端によると、何事なのかようやく聞けた。

「本物の猫が発情期だから、猫耳族もあやかりましょうって、頭の悪い習性だな」

「反論できないのが嫌なのですよ……」

 この時期に猫は発情期となり、雄猫と雌猫で交尾を行ない子孫を残す。猫耳族に発情期などないが、どうせ猫ならば同じことをしようと、各地に散っている女の猫耳族を集めて、里で祭りを開くそうだ。

 なんでも、猫耳族は女に限り、美形揃いのエルフより可愛らしいとされている。交際相手のいない女など一人もいなく、里で飲んで食って自慢して大騒ぎするそうだ。

 しかし、ステラは毎年逃げていた。ある時はスキルで姿を隠し、ある時は馬に乗って逃げ、またある時は死んだことにしてやり過ごしてきた。それがとうとう追い詰められ、ハイランドの四方の検問も囲まれ、逃げ道を失った。それで都合よく礼二がいたので、苦渋の選択で交際相手だと嘘をついたわけだ。

「相手がいないなら、正直にそう言えばいいだろ」

「まったくもって正論で申し訳ありません……ただ、族長の娘である以上、相手がいないでは済まされないのです。お母様に知れたら、無理やり結婚させられても文句を言えません」

「まあ、俺としても退屈していたからいいんだが、その、なんだ……俺は、今まで女性経験がないからな? リードも何もできないからな?」

「そうなのですか? 意外ですね。その顔立ちだったら、元の世界の、日本でしたっけ。そこで女性が寄ってきそうなのですが」

「男にはいろいろあるんだよ……」

 大学はボッチになって辞めたから友達もいない。小学校と中学校は転校が相次ぎ、深い仲の相手はできず、高校に関しては男子校だ。ロシア人の血を濃く受け継いだので、美形とはよく言われたが、生かせる場面がなかった。

「あの、その……私も男性とのお付き合いは一度もなく、むしろ避けていたほどです」

 なぜかと問えば、族長の娘故に、背後にいる両親が目当ての男ばかりに言い寄られて、一時期男嫌いになっていたと答えた。それは乗り越えたが、今度はマジックキャットの名が知れ渡るようになり、そこら辺の一般人や冒険者では相手ができないと、向こうから寄ってこなくなったという。

 つまり、お互い異性との交際経験なしだ。

「うまく騙せる気がしないんだが」

「お母様さえ誤魔化せれば、なんとかなりますので、どうか、その、頑張ってください……」

 ステラもなにをどう頑張ればいいのかわからないのか、どんどん語尾が小さくなっていく。

「成るように成る、か?」

 自分で言っていて、自信が持てない。パーティー仲間の危機なので善処はするつもりだが、どこまで騙しとおせるか。

 とりあえず、退屈ではなさそうだと、ポジティブに捉えることにした。


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