32. ユース島へ
そのまま三人は出航し、アウレア島へ応援に来た騎士団のある島――ユース島へと到着した。
港から通りへと出て、アウクシリアは迷いなく騎士団の本拠地へと向かう。
「アウクシリアだ。ドミナ卿はいるか」
受付の者は責任者を呼びに走り、しばらく。アウクシリアと同年代だろう女性が現れる。
彼女はゆったりとした規則正しい足取りで歩み寄り、アウクシリアへ手を振ってみせた。サフィラとクラヴィスへ、涼やかな視線を向ける。
「あなたたちが、アウクシリアの旅の仲間か」
彼女は、まずサフィラへと握手を求めた。
「私はドミナ。アウクシリア卿の同期で、今回の事件の担当者だ。よろしく頼む、サフィラ=ウォルプタース殿」
サフィラは、その手をとって握る。ドミナはしっかり握り返してちいさく上下に振り、それからクラヴィスの前に仁王立ちした。
「クラヴィス=ミュートロギア。私も、噂はかねがね聞いているとも」
クラヴィスは深く礼をした。ドミナは「私の同期のノドゥスが、きみへ随分と世話を焼いたようだ」と頷く。
「休職中とはいえ、今回の事件では働いてもらうことになるだろう。いいかな?」
「無論です」
きちんと騎士をしているクラヴィスを見るのは、なんだか新鮮な気持ちだ。サフィラは思わず、少し見惚れてしまう。
「では、案内しよう。サフィラ殿はこちらへ」
ドミナが、サフィラを呼ぶ。心細くて視線が揺れるが、かといってクラヴィスを頼ることもできない。
今朝、あんなに熱烈に口づけてしまった。しばらくは、彼の顔をまともに見られそうにない。
サフィラはぎくしゃくとドミナの後に続いた。彼女は迷いない足取りで建物の奥へと進んでいく。
途中、彼女は何度か身分証を見せた。厳格な警備を目新しく見ていると、「最近、証拠品が盗まれてね」と彼女は苦笑いを浮かべる。
「アウレア島で押収した酒がなくなっていたんだ。証拠もなく、犯人も特定できていないから、警戒態勢をとっているんだ」
なるほど、とサフィラは目を瞬かせた。それと、とドミナが尋ねた。
「旅はどうだった」
サフィラは顔を上げる。ドミナは、「アウクシリアから聞いている」と、やわらかい表情で頷いた。
「随分と変わった経験をしたみたいだな。それに、フェキレが随分と世話になったようだ」
あ、とサフィラは声をあげる。そういえば、別れ際にフェキレが、騎士にお世話になると言っていた。
「フェキレくんは、元気ですか」
「ああ。よければ仕事が終わりに、会っていくかい?」
彼女は気さくに肩をすくめ、サフィラはその隣に並んだ。
「よければ、ぜひ」
ドミナは「歓迎するよ」と言いつつ、ある扉の前で立ち止まった。
「ここで、例の書籍の解読を行っている」
開くと、書籍類が置かれていた。それを多数の人物が開いている。
その表紙に見覚えがあって、あ、とサフィラは声を上げた。
「あれは、うちの」
散逸させてしまった書物だろう。集中していた職員たちのうち、何人かがこちらを見る。ドミナは「紹介しよう」とサフィラを前へ出した。
「サフィラ=ウォルプタース。今回の書籍類解読のための助っ人だ」
慌てて礼をする。ドミナは「イーデム」と部屋の中へと呼びかける。
部屋の一番奥で作業をしていた赤毛の男が立ち上がり、荷物や人物をかきわけてこちらへとやってきた。鬱陶しそうに長い前髪を払い、二人の前に猫背気味で立つ。
「はいはい。お呼びですか」
「ああ。サフィラ殿に、ここでの仕事内容について教えてやってくれ。私は作業について、深くは知らないからな」
「承知しました」
じゃ、とイーデムはサフィラを見る。ドミナは「頼むよ」とだけ言い残して、部屋から去っていった。
「ここでの仕事については、どれくらい聞いていますか」
イーデムに問われて、サフィラの背が伸びる。
「メトゥス邸から押収された書籍類の、解読作業と聞いています」
「ああ、そう。それでほとんど合っています」
イーデムは机に置かれていた本の一冊を開き、ぱらぱらとめくる。
「古代語系の文字だとは思うんですが、いかんせん未知の言語で。それで、言語学専攻の我々が解読班として呼ばれました」
んで、とイーデムはサフィラに視線を向ける。
「サフィラさんが、これを読み解けるらしいってことを伺っています。本当ですか?」
「は、い」
頷くサフィラに、「そりゃよかった」とイーデムは本を閉じた。
「これで解読が一気に進む」
彼は弾んだ声で言って、サフィラを中へと案内した。イーデムの席らしいそこには大量の走り書きが散らばり、サフィラはちらりとその内容を見た。
(単語の意味と、その並び方がメモされてる)
「いくつかお尋ねしたいことがあるんですが……」
サフィラは我に返って、イーデムに「はい」と向き直った。
そこからは、怒涛の一日だった。サフィラが文章をほぼ完全に読解できると知った彼らは、いくつかの文章をサフィラへ訳させた。それを足掛かりとして、彼らはさらに長く、複雑な文の読解に挑む。
「てっきり僕が、全部読むのかと」
ぽつりと呟くサフィラに、「そりゃあ俺たちが解読班ですから」と、イーデムはこともなげに言う。
「完全な部外者が『全部読めます』って本の内容を訳して、それで間違った情報掴まされちゃ世話ないんで」
「そう、ですね」
サフィラが苦笑いすると、イーデムは「でも」と続けた。
「あなたが来てくれたおかげで、随分と作業効率が上がりました。ありがとうございます」
長い前髪の向こうで、イーデムが微笑む。いい人だ、とサフィラはほっと息を吐いた。
作業は黙々と続き、次第にサフィラへの質問は少なくなってきた。手伝うと言っても、先ほどイーデムが言った通り、解読するのはあくまで作業班だ。サフィラではない。
手持無沙汰のサフィラは、誰も手をつけていない一冊に手を伸ばしてぱらぱらとめくった。
それは、創世神話にまつわる本だった。




