表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の傳人続―奈落の龍(青木家サーガ第4作)完結  作者: 光闇居士-Twilight Master


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/35

2. 臓器バンクの、醜悪

茶室での、血と鉄の匂いがする盟約から、数日が過ぎた夜。

張書記は、自らの約束を、果たした。彼は、青木義成を、再び、あの場所へと、案内した。荘園の、地下深くに広がる、神をも恐れぬ、冒涜的なる聖域。彼の権力と、その永遠性の、源泉。

生ける臓器バンク。

重厚な、チタン製の扉が、音もなく、横に滑る。義成の眼前に広がったのは、前回訪れた時よりも、さらに拡張された、冷たく、青白い光に満ちた、巨大な空間だった。ガラス張りのクリーンルームが、どこまでも続く、巨大な回廊。その一つ一つの部屋には、ベッドに繋がれた、生きた人間が、人形のように横たわっている。彼らの瞳には、一切の光が宿っていない。薬物によって、思考と感情を奪われ、ただ、生命維持装置によって、生かされているだけの「肉体」。

「…壮観だろう、青木君」

張書記の声は、まるで、自慢の芸術コレクションを、披露するかのように、穏やかで、しかし、その奥底には、病的なまでの、陶酔が、滲んでいた。

「これが、我が国の、そして、我々ファミリーの、未来そのものだ」

彼は、ゆっくりと、回廊を、歩き始めた。義成は、無言で、その、半歩後ろを、ついていく。

張書記は、一つの、クリーンルームの前で、足を止めた。

ガラスの向こう側には、まだ、あどけなさの残る、チベット族の、少年が、眠っていた。その、日に焼けた、健康的な肌と、この、無機質な、空間との、コントラストが、あまりにも、グロテスクだった。

「識別番号、T-088。チベット、カム地方出身、19歳、男性、遊牧民」

張書記は、壁の、モニターパネルに、触れ、彼の、詳細な、医療データを、呼び出した。「血液型O型、Rhプラス。すべての臓器は、完璧な状態。特に、その肝臓は、素晴らしい。高地で、育ったおかげで、低酸素状態に、極めて強く、再生能力も、常人の、1.5倍だ。彼は、北京の、ある、長老の、スペアとして、もう、二年、ここで『待機』している」

「スペア」

その、あまりにも、非人間的な、言葉。義成は、吐き気を、こらえながら、ただ、黙って、その少年の、穏やかな、寝顔を、見つめていた。

張書記は、まるで、誇らしげな、教師が、愚かな、生徒に、講義をするかのように、その、システムの、全貌を、語り始めた。

「君は、不思議に、思うかね、青木君。どうやって、我々が、これほど、完璧な、適合率を誇る『ドナー』を、これだけの数、集めることができるのか」

彼は、義成の、反応を、楽しむかのように、一呼吸、置いた。

「答えは、シンプルだ。『情報』だよ。我が国が、世界に、誇る、究極の、ビッグデータさ」

張書記の指が、パネルを、操作する。モニターの画面が、切り替わり、そこに、巨大な、中国全土の、地図が、現れた。そして、その地図の上を、無数の、光の点が、リアルタイムで、動いている。

「これは、全国民の、健康データベースと、完全に、リンクしている。病院、診療所、学校の、健康診断、兵役の、身体検査…。国民の、あらゆる、医療データが、ここに、集約されているのだ。血液型、HLAの型、病歴、遺伝子情報、その、すべてがね」

「そして、このシステムは、常に、我々ファミリーの、メンバーの、医療データと、照合されている。例えば、私の、腎臓の、機能が、5%低下したと、仮定しよう。すると、システムは、瞬時に、この、13億の、データベースの中から、私と、99%以上、適合する、腎臓を持つ、人間を、リストアップする。その数、およそ、数千人だ」

彼の、声には、神にでも、なったかのような、万能感が、満ち溢れていた。

「リストアップされた、数千人の中から、我々は、さらに、絞り込みを、行う。年齢、健康状態、そして、何よりも、その人間の『社会的価値』だ」

張書記の、口元に、冷酷な、笑みが、浮かんだ。

「党に、忠実な、エリートか。それとも、社会の、役に立たない、ゴロツキか。家族は、いるか。失踪しても、誰も、騒がないような、孤独な、人間か。そして、何よりも…」

彼は、次の、クリーンルームを、指さした。

そこに、眠っていたのは、穏やかな、笑みを、浮かべたままの、中年の女性だった。識別番号の横には、こう、記されていた。

『F-1024。法輪功学習者』

「…党に、とって、有害な、思想を持つ、害虫か、どうか」

義成の、全身を、冷たい、怒りが、貫いた。

母の、友人、紅。彼女も、もし、自分が、救い出さなければ、この、ガラスケースの中に、商品として、陳列されていたのかもしれないのだ。

「法輪功の、連中は、実に、素晴らしい『素材』だ」

張書記は、何の、躊躇もなく、続けた。「彼らは、気功の、おかげか、実に、健康的で、内臓が、綺麗だ。酒も、タバコも、やらないからな。それに、彼らを、いくら『処理』しても、誰も、文句を、言わん。むしろ、社会の、安定に、貢献したと、褒められるくらいだ。実に、効率的だろう?」

効率的。

その、言葉が、義成の、耳の中で、不気味に、反響した。

この男にとって、人間の命とは、効率という、物差しで、計られる、ただの、数字にすぎないのだ。

「そうして、最終的な『候補者』が、選ばれる。その後は、簡単だ」

張書記は、まるで、退屈な、事務処理の話でも、するかのように、言った。「公安の、連中に、命じるだけだ。『対象』を、確保しろ、と。交通事故を、装うこともあれば、些細な、罪状を、でっち上げて、逮捕することも、ある。あるいは、ただ…消えてもらうことも、ある」

「…この国では、毎年、百万人の、人間が、行方不明になっている、という、統計が、ありますが」

義成は、かろうじて、声を、絞り出した。

「ほう。君は、そんな、西側の、プロパガンダまで、信じているのかね?」

張書記は、肩を、すくめた。「まあ、我々も、すべての、失踪者を、把握しているわけでは、ない。この国は、広大だからな。だが、一つだけ、言えることは、ある。この、偉大なる、国家の、繁栄のためには、多少の『誤差』や『犠牲』は、つきものだ、ということだ。歴史とは、常に、そうやって、作られてきたのだよ、青木君」

その、歪んだ、歴史観。その、絶対的な、傲慢さ。

義成は、目の前にいる、この男が、もはや、人間ではない、何か、別の、おぞましい、生命体であるかのように、感じていた。

そして、その、おぞましい、講義は、クライマックスを、迎えた。

張書記は、回廊の、一番、奥にある、特別な、一室の前で、足を止めた。

その部屋は、他の、クリーンルームとは、明らかに、違っていた。より、厳重な、セキュリティ。そして、中には、最新鋭の、手術設備が、並んでいた。

「…ここが、心臓部だ」

張書記の、声が、わずかに、熱を帯びた。「摘出から、移植まで、すべてを、この、無菌の、空間で、行う。外部の、病院なぞ、信用できんからな。そして、手術を、執刀するのは、軍から、引き抜いてきた、最高の、技術を持つ、天才外科医チームだ」

彼は、義成の、肩に、手を置いた。その、万力のような、力が、義成の、肩に、食い込む。

「さあ、青木君。君の、覚悟を、見せてもらう、時が来た」

張書記は、義成を、その、手術室へと、招き入れた。

部屋の中央には、最新の、医療スキャナーが、設置されていた。

「君と、私が、本当の、ファミリーになるための、最後の、儀式だ。君の、その、素晴らしい、肉体と、私の、肉体の『互換性』を、チェックさせてもらう。そして、その、データを、我々の、バンクに、登録する。それが、君が、我々を、決して、裏切らないという、絶対的な、忠誠の、証となる」

それは、紛れもない、強要だった。

この、スキャナーに、入る、ということは、義成自身が、この、狂ったシステムの、一部に、なることを、意味していた。彼自身が、「スペア」を、持つ、特権階級の、仲間入りを、すると同時に、彼自身もまた、いつか、誰かのための「スペア」となる、可能性を、受け入れる、ということ。

「そしてな、青木君」

張書記の、目が、病的に、輝いた。「もし、君の、体の中に、何か、古傷や、機能が、低下している、部分が、見つかった場合は、すぐに、交換してやろう。例えば、そうだな…君の、その、見事な、肝臓。連夜の、酒で、少し、疲れているかもしれん。ならば、T-088の、あの、若く、新鮮な、肝臓と、取り替えてやる。心配するな、手術は、数時間で、終わる。そして、君は、生まれ変わるのだ。不死の、肉体を、手に入れた、我々と、同じ、新しい、人類へと…!」

その、狂気の、提案。

義成は、無言だった。

彼の、心の中では、激しい、嵐が、吹き荒れていた。

怒り、嫌悪、恐怖、そして、何よりも、深い、深い、絶望。

この、システムを、作り上げた、この、怪物と、自分は、手を組んでしまったのだ。この、怪物を、利用して、自らの、目的を、果たそうとしているのだ。

ならば、自分もまた、この、怪物と、同じ、穴の、むじなではないのか。

光を、求める、心が、闇に、完全に、染め上げられようとしていた。

張書記は、彼の、葛藤を、楽しむように、見つめている。

「どうした、青木君。何を、ためらっている?これは、君にとって、最大の名誉なのだぞ」

義成は、ゆっくりと、顔を上げた。

そして、彼は、目の前の、怪物に、向かって、静かに、そして、はっきりと、こう、告げた。

その、言葉の、続きは、語られるべきでは、ない。

---------------------------------------------------------------------

この章は、ここで、終わる。

ここで論議するのは、ぞっとするような、静寂だけが、その、冒涜的な、手術室に、満ちている。

そして、ガラスの、向こう側で、眠る、無数の、魂たちの、声なき、声が、あなたたちの耳元で、囁きかけてくるのだ。

「…あなたなら、どうする?」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ