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龍の傳人続―奈落の龍(青木家サーガ第4作)完結  作者: 光闇居士-Twilight Master


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7. 氷の女史とのチェスゲーム

北京の、玄関口として、古くから、栄えた、天津、この、港湾都市。租界時代の、優雅な、西洋建築と、近代的な、高層ビルが、奇妙な、コントラストを、描いている。

義成は、まず、彼女と、公式に、接触した。

天津市内の、ホテルで、行われた、国際メディア向けの、記者会見の、会場。

そこに、現れた、司馬蝶々は、義成の、想像を、遥かに、超えていた。

三十代半ば、その、風貌は、情熱を前面に出す活動家とは、対極にあった。アルマーニの、シャープな、チャコールグレーのパンツスーツを、完璧に、着こなし、その、知的な、顔立ちには、一切の、感情の揺らぎが見られない。そして、何よりも、その、瞳。それは、冬の、渤海湾の、氷のように、冷たく、そして、美しく、すべてを、見透かすような、鋭い、光を、宿していた。

彼女は、集まった、内外の、メディアを前に、流暢すぎる、クイーンズイングリッシュと、完璧な、北京語を、巧みに、使い分けながら、渤海湾の、深刻な、環境汚染の、実態を、告発した。

スクリーンに、次々と、映し出される、衝撃的な、データと、映像。

赤黒く、濁った、河川。

奇形の、魚の、死骸。

そして、汚染された、水を、飲み、原因不明の、病に、苦しむ、沿岸の、村人たちの、憔悴しきった、顔、顔、顔。

「皆様、これが、現実です」

彼女の声は、静かだったが、マイクを通して、会場の、隅々まで、響き渡った。「レアアース。それは、『産業のビタミン』と呼ばれ、我々の、現代社会を、支える、魔法の、粉です。皆様が、お持ちの、スマートフォン、ハイブリッドカー、その、すべてに、この、レアアースが、使われている。そして、その、生産量の、実に、九割以上を、我が国、中国が、独占しています」

彼女は、そこで、言葉を切り、会場を、見渡した。

「しかし、皆様は、ご存知でしょうか。この、魔法の粉が、いかにして、精製されるのかを。一つのスマホを作るために、どれほどの、毒が、大地に、撒き散らかれているのかを」

スクリーンに、新たな、映像が、映し出された。内モンゴルの、レアアース鉱山の、おぞましい、光景だった。

大地は、巨大な、クレーターのように、剥き出しにされ、その、周辺には、硫酸や、硝酸といった、劇薬が、投棄されてできた、どす黒い、毒の湖が、延々と、広がっている。草木は、一本も、生えていない、死の、大地。

「レアアースの、精錬には、莫大な量の、化学薬品が、必要とされます。そして、その、過程で、発生する、放射性物質を、含む、大量の、有毒な、廃水。その、ほとんどが、何ら、適切な、処理を、されることなく、大地に、そして、川へと、垂れ流されているのです。結果、何が、起きるか。土壌は、汚染され、作物は、枯れ、地下水は、毒と化し、その、水を、飲んだ、人々は、癌や、骨の病に、蝕まれていく。これは、環境破壊では、ありません。これは、国家が、その、経済的、利益のために、自らの、国民の、命と、健康を、犠牲にして、行っている、静かなる、ジェノサイドです!」

彼女の、告発は、完璧な、論理と、動かぬ、証拠に、裏付けられていた。

そして、その、締めくくりは、静かな、しかし、絶対的な、宣戦布告だった。

「我々が、求めているのは、対立では、ありません。対話です。ですが、もし、河北省政府と、関連企業が、この、地球と、人民に対する、犯罪的な、行為を、改めないのであれば、我々は、世界中の、あらゆる、ネットワークを、使い、彼らの、製品の、不買運動を、呼びかけることも、辞さないでしょう」

会場は、水を打ったように、静まり返った。

李霃帘が、恐怖するのも、無理はなかった。この女は、ただの、理想家では、ない。国際社会の、動かし方を、知り尽くした、プロの、戦略家だ。

会見の後、義成は、投資家を、装い、彼女に、名刺を、渡した。

「司馬先生、素晴らしい、プレゼンテーションでした。感銘を、受けました。私も、環境技術への、投資には、強い、関心が、あります。ぜひ、一度、お話を」

蝶々は、彼の、差し出す、名刺を、受け取ると、その、氷の、瞳で、彼の、全身を、値踏みするように、見つめた。

「…青木、さん。結構ですわ。私は、あなたのような、金儲けのことしか、頭にない、資本家と、話すことは、何も、ありません」

彼女は、そう、言い放つと、彼の、名刺を、その場で、受け取ろうともせず、踵を、返した。

完璧な、までの、拒絶。

義成は、笑った。

(…面白い)

彼は、この、氷の女史を、どう、攻略するか、その、ゲームプランを、練り始めた。

義成は、戦略を、変えた。

林祖苑の、情報網を、フルに、活用し、司馬蝶々という、人間と、彼女が率いる、「グリーン・アジア・シールド」の、背後関係を、徹底的に、洗い出した。

彼女は、北京の、名門、清華大学を、卒業後、アメリカの、イェール大学に、留学し、環境政策学の、博士号を、取得している、超エリートだった。そして、彼は、一つの、極めて、重要な、情報に、たどり着いた。

司馬蝶々の、父親。

それは、かつて、文化大革命の、時代に、失脚した、改革派の、元高級幹部、司馬文徳、その人だったのだ。

彼は、理想主義者であり、党の、硬直した、体制を、内部から、変えようとしたが、保守派との、権力闘争に、敗れ、すべての、地位を、剥奪され、不遇の、晩年を、送った。

蝶々は、その、父の、無念を、背負っているのだ。彼女が、これほどまでに、現体制に、牙を剥くのは、単なる、環境保護への、情熱からだけでは、ない。その根底には、父の、名誉を、回復し、父が、夢見た、クリーンで、公正な、中国を、実現したいという、強烈な、個人的な、動機が、あった。

そして、彼女は、その、出自を、何よりも、嫌っていた。

「父親の、七光り」と、見られること。自分の、今の、活動が、父の、個人的な、復讐だと、矮小化されること。彼女の、その、鋼鉄のような、プライドが、それを、決して、許さなかったのだ。彼女は、欧米で、最高の、学問を、身につけ、自らの、実力だけで、この、戦いを、しているのだと、誰よりも、自分自身が、信じたかった。

(…見つけたぞ、アキレス腱を)

義成は、彼女が、主催する、クローズドな、専門家向けの、国際シンポジウムに、潜入した。

パネルディスカッションの、質疑応答の時間。

彼は、挙手した。そして、流暢な、英語で、質問を、始めた。

それは、一見すると、純粋に、学術的な、問いだった。

「…司馬先生。あなたの、汚染源を、特定する、その、科学的な、手法は、実に見事です。ですが、その、分析モデルは、非常に、最新の、欧米の、環境工学の、理論に、基づいていますね。それは、素晴らしいことですが、同時に、一つの、疑問も、生じさせます。あなたは、この国の、特殊な、政治的、土壌と、そこから、生まれる、データの『歪み』を、考慮に、入れているのでしょうか?」

会場が、わずかに、ざわめいた。

蝶々の、眉が、ぴくり、と動いた。

「…どういう、意味です?」

「例えば、です」義成は、続けた。「この国では、データとは、時に、科学的な、事実であると、同時に、政治的な『武器』とも、なり得ます。ある、地方政府が、自らの、失政を、隠蔽するために、データを、改竄する。あるいは、ある、派閥が、政敵を、失脚させるために、意図的に、不利な、データを、リークする。そのような、可能性を、あなたの、その、美しく、クリーンな、モデルは、どう、排除できるのですか?」

蝶々の、氷の仮面に、初めて、微かな、亀裂が、入った。

「…それは、単なる、憶測です。我々は、科学的な、事実のみに、基づいて、行動しています」

「ええ、もちろん、そうでしょう。ですが」

義成は、ここで、最後の、そして、最も、残酷な、刃を、彼女の、心臓に、突き立てた。

「その、科学的な、事実が、もし、あなたの、知らないところで、誰かの、政治的な、意図によって、汚染されているのだとしたら?例えば、そう…かつて、理想に燃え、しかし、権力闘争に、敗れた、あなたの、お父上、司馬文徳氏のように。彼もまた、正しいと、信じた、データによって、政敵から、梯子を、外されたのでは、ありませんでしたか?」

その、名前が、出た、瞬間。

会場の、空気が、凍りついた。

司馬蝶々の、顔から、さっと、血の気が、引いた。

彼女が、最も、触れられたくない、過去。彼女が、必死に、その、キャリアから、切り離そうとしてきた、出自という名の、呪縛。

それを、この、見知らぬ、日本人の男は、大勢の、専門家の、前で、いとも、簡単に、暴いてみせたのだ。

彼女の、プライドは、粉々に、砕け散った。

彼女は、生まれて初めて、自分と、対等か、それ以上に、冷徹で、そして、残酷な、知性と、出会ってしまった。

彼女は、もはや、義成を、無視することは、できなくなった。

それは、恐怖であり、同時に、彼女が、心のどこかで、渇望していた、自分と、同じ、言語を、話せる、人間との、出会いでも、あった。

二人の、目に見えない、チェスゲームは、この、瞬間、本当の、意味で、始まったのだ。

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