第二部:渤海湾の氷の女史 ― 天津編 6.新たなる戦場、そして女帝の絶叫
義烏での、混沌とした戦いを、完全に制圧し、新たな密輸の「龍脈」を確保した義成の元に、河北省の李霃帘から、緊急の、連絡が入った。
その声は、もはやヒステリックという言葉では生ぬるい、まさに断末魔の絶叫に近かった。
「義成ッ!!大変よ!奴らが、来たわ!本気で、私を、潰しに来た!!」
電話の向こうから、彼女が、高級なクリスタルグラスか何かを、壁に叩きつける、甲高い音が、響いてきた。あの、常に冷静で、傲慢なほどの自信に満ちた女帝が、これほどまでに、取り乱している。義成は、ただならぬ事態であることを、瞬時に、察知した。
彼女が管轄する、渤海湾の、巨大なレアアース精錬工場と、輸出を担う天津港。そこは、彼女と張書記にとって、まさに金の卵を産む鶏、権力の源泉そのものだった。その、二つの心臓部に対して、中央政府直轄の、環境保護総局と、税関総署の、合同特別査察チームが、何の予告もなく、乗り込んできたというのだ。
「査察官の数は、百人近いわ!工場の、すべてのラインを止め、港の、すべてのコンテナを、開けている!奴らの目は、血走っている。ただの、形式的な査察じゃない!彼らは、最初から『何か』を探しに来ているのよ!」
李霃帘の、その情報だけで、義成は、敵の、恐ろしさを、理解した。百人規模の、合同査察チームを、予告なしに、動かす。これは、単なる、行政機関の、判断ではない。その背後には、張書記ですら、簡単には、手出しのできない、巨大な、政治的意志が、働いている。
「そして、その、査察を、手引きしているのが、『グリーン・アジア・シールド』と名乗る、クソ生意気な、国際NGOよ!奴らの代表の、司馬蝶々という女狐…!世界中のメディアを、引き連れて、天津で、連日、記者会見を開き、我々を『地球の癌』だと、罵っているわ!奴らが、世論を煽り、中央の、連中を、動かしたのよ!」
李霃帘の言葉は、怒りと、恐怖で、震えていた。
彼女が、最も恐れていたのは、ただ、ビジネスが、止まることではなかった。
この査察は、明らかに、彼女と、張書記の、政治生命を、断つために、仕掛けられた、罠だった。環境問題は、その、大義名分にすぎない。敵の、真の目的は、この査察の過程で、彼女たちの、レアアース密輸の、証拠を掴み、それを、党内の、政敵に、突きつけることだ。
もし、そうなれば、張書記ですら、彼女を、庇いきれないかもしれない。彼女は、トカゲの尻尾のように、切り捨てられるだろう。そして、その先にあるのは、あの、董苅が、辿ったのと、同じ、運命。
「これは、攻撃よ!張書記の、政敵による、私への、最終通告に違いないわ!このままでは、我々のビジネスも、私の命も、すべてが、終わってしまう!すぐに、天津へ、飛んでちょうだい!そして、この、邪魔な、蝿どもを、叩き潰してきて!何を使ってもいいわ!金でも、暴力でも!あの、司馬蝶々という女を、この世から、消し去ってちょうだい!!」
その、狂乱の、叫び声に、義成は、冷たく、答えた。
「落ち着け、ディアオリェン。ヒステリーは、敗者の、兆候だぞ。蝿と、侮るな。その、蝿が、龍を、殺すことも、ある」
彼は、電話を切った。
そして、静かに、目を閉じた。
彼の、頭脳は、すでに、高速で、回転を始めていた。
敵は、手強い。そして、狡猾だ。環境保護という、誰も、反論できない「正義の鎧」を、身にまとっている。
金や、暴力といった、旧来の、闇の武器は、もはや、通用しないかもしれない。
ならば、どうするか。
義成は、天津へと、飛んだ。
この、新しい、そして、最も、知的な、戦場へ。
彼の、心には、恐怖はなかった。
あるのは、ただ、氷のように、冷たい、闘争心だけ。
司馬蝶々(スーマー・ディエディエ)。その女を、どう、攻略するか。
その、ゲームプランを、練りながら。
龍は、再び、新たな、戦いの、空へと、その翼を、広げた。




