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龍の傳人続―奈落の龍(青木家サーガ第4作)完結  作者: 光闇居士-Twilight Master


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4. 新しき神への、生贄

李霃帘は、動いた。その行動は、もはや、したたかという言葉では生ぬるい。それは、崖っぷちから突き落とされた雌豹が、生き残るために、自らの牙で、かつての主人の喉笛を噛み切り、その血を啜って、より強靭な怪物へと変貌する、凄絶な生存本能の発露だった。

彼女はまず、義成から密かに渡された情報を、完璧な武器へと仕立て上げた。王書記の腹心の一人が、董苅側に情報をリークしているという、動かぬ証拠。それを、彼女は絶望に打ちひしがれる老いたパトロンの目の前に、突きつけたのではない。むしろ、その逆だった。

「あなた様…」彼女は、王書記の私邸の、薄暗い書斎で、その足元に崩れるように跪いた。「もう、打つ手は、ありません。裏切り者の手によって、我々のすべてが、董苅の手に渡ろうとしています。あなた様の名誉が、そして、河北省の未来が、あの若造に、汚されてしまう…」

彼女は、涙を流した。その涙は、真実であり、同時に、完璧に計算された嘘でもあった。絶望的な状況を突きつけ、彼のプライドと闘争心を、完全にへし折る。それが、彼女の最初の狙いだった。

「…すまぬ、ディアオリェン…わしが、甘かった…」

王書記は、完全に戦意を喪失した。彼は、自らの運命を悟り、長椅子に、抜け殻のように、身を沈めた。

李霃帘は、その老いた権力者に、最後の「奉仕」を施した。

彼女は、彼が最も好んだ、まだ十代の、映画学院の卵である女優たちを、彼の私邸に集め、最後の狂宴を催した。阿片の甘い香りが立ち込める中、男たちの欲望と、女たちの媚びる声が、渦を巻く。その地獄絵図のような光景を、李霃帘は、冷たい目で、見つめていた。

そして、宴もたけなわの頃、彼女は、そっと、王書記が飲む茅台酒のグラスに、北京の闇ルートから手に入れた、特殊な薬物を混ぜた。それは、苦痛を与えることなく、ただ、深く、永遠の眠りへと誘う、慈悲という名の毒だった。

「あなた様、お疲れでしょう。もう、お休みください」

彼女は、彼の耳元で、愛人のように優しく囁いた。

王書記は、彼女の腕の中で、満足げな、そしてどこか安らかな笑みを浮かべたまま、静かに息を引き取った。

公式発表は、過労による、心不全。長年の放蕩が祟ったのだと、誰もが噂し、そしてすぐに忘れた。権力者の死など、この国では、日常茶飯事の一コマに過ぎない。

李霃帘は、その主人の、まだ温かい亡骸を、最大の「生贄」として、新しい神の元へと向かった。

皆よ、ここで、立ち止まって、考えてみてほしい。

これが、権力という魔物の、正体なのだ。

長年、自分を寵愛し、権力の階段を登らせてくれた恩人を、自らの生き残りのために、躊躇なく、その手で葬り去る。そこに、罪悪感は、あるのか。倫理という、概念は、存在するのか。

答えは、否だ。

彼らにとって、忠誠や、愛情や、恩義など、すべては状況によって価値を変える、ただのカードに過ぎない。重要なのは、ただ一つ。生き残り、そして、勝つこと。そのための、最も効率的な手段を選ぶ。それだけなのだ。義成から誘導されたとはいえ、彼女のこの行動は、共産党の権力闘争の中では、驚くべきことではない。むしろ、生き残るための、合理的な「正解」ですらあるのだ。

その数日後。

北京にある、張書記の、軍の施設をカモフラージュした、クラブハウス。

李霃帘は、その場所に、一人で、立っていた。

全身を、最高級の、黒いシルクの喪服に包み、その美しい顔は、悲しみのヴェールで覆われている。だが、その瞳の奥では、冷徹な計算の炎が、爛々と燃えていた。

「張書記。王書記は…董苅の、卑劣な罠によって、命を絶たれました」

彼女は、涙声で、しかし、気高く、語り始めた。

「あの人は、最後まで、党への忠誠を、そして、あなた様への、期待を、口にしておりました。このままでは、あの人の名誉が…そして、河北省の未来が…」

彼女は、言葉を切り、床に、崩れ落ちるように、跪いた。

張書記は、その、完璧なまでに演出された、悲劇のヒロインの姿を、面白そうに、見下ろしていた。彼は、この女の、したたかさを、見抜いていた。そして、その、したたかさこそが、自分の、役に立つ、と、判断していた。

「顔を、上げろ」

張書記の、低く、威厳のある声が、響いた。

李霃帘は、ゆっくりと、顔を上げた。その、涙に濡れた瞳は、獲物を求める、雌豹のように、潤んでいた。

「王書記の、無念は、俺が、晴らしてやる。そして、河北省の、混乱も、俺が、収める。だが、君は、俺に、何を、捧げることができる?」

試すような、視線。

李霃帘は、その問いを、待っていた。

彼女は、立ち上がると、震える手で、自らの、喪服の、襟元に、手をかけた。そして、ゆっくりと、その、ボタンを、一つ、外した。

白い、肌が、黒いシルクの、狭間から、覗く。

「…私の、すべてを」

彼女の声は、囁きのようだったが、部屋の、隅々まで、響き渡った。

皆よ、再び、問いたい。

これが、異常なことだろうか。

我々の、道徳観からすれば、それは、破廉恥で、非倫理的な、取引だろう。

だが、彼らの世界では、違う。

女の、体は、時に、金よりも、暴力よりも、雄弁な、交渉の、カードとなる。それは、古代の、宮廷から、現代の、この、密室まで、連綿と、受け継がれてきた、一つの「様式美」ですらある。互いの、欲望を、確認し、そして、互いが、同じ種類の、獣であることを、認め合うための、最も、手っ取り早い、儀式。

彼女が、今からしようとしていることは、彼女にとって、体を売るではない。

それは、自らの、価値を、最大限に、高めて、提示する、究極の「プレゼンテーション」なのだ。

李霃帘は、二つ目の、ボタンを、外した。豊満な、胸の谷間が、あらわになる。

彼女は、張書記の前に、一歩、近づいた。

「私は、王書記の、すべてを、知っております。河北省の、光も、闇も…その、すべての、利権の、地図が、私の、頭の中に、ございます。そして、その、地図は、今、この瞬間から、あなた様だけの、ものです」

彼女は、三つ目の、ボタンを、外した。

喪服が、はだけ、レースの、下着が、覗く。

彼女は、自ら、張書記の、その、硬い、軍服の、上に、体を、預けた。

「そして、私の、この体も、この魂も…あなた様を、次なる、高みへと、お導きするための、最高の、道具となることを、お約束いたしますわ」

彼女の、吐息が、彼の、耳元を、くすぐる。

張書記は、何も言わずに、その、自ら、生贄となりに来た、美しい、獣を、力強く、抱き寄せた。

彼の、武骨な手が、彼女の、シルクの、喪服を、容赦なく、引き裂いた。

部屋には、布の、裂ける、生々しい音と、女の、喘ぎ声だけが、響き渡った。

それは、もはや、誘惑ではなかった。

所有の、確認。

新しい、神と、その、巫女との、最初の、そして、最も、原始的な、契約の、儀式だった。

李霃帘は、痛みと、屈辱と、そして、それを、遥かに凌駕する、権力への、渇望の中で、何度も、絶頂を迎えた。

彼女は、生き残ったのだ。

そして、以前よりも、さらに、強大な、力を、その手に、収めた。

すべては、あの、奈落の底にいる、龍の、描いた、シナリオ通りに。

そして、彼女は、この、新しい、主人との、最初の、夜伽の中で、自らの、本当の、望みを、囁くことも、忘れなかった。

「…あなた様、一つだけ、お願いが…董苅という、若造を、どうか、この手で、始末させては、いただけませんでしょうか…」

張書記は、満足げに、頷いた。

新しい、魔物の、誕生だった。それは、義成という、龍の、思惑さえも、いずれは、超えていくかもしれない、恐ろしく、そして、美しい、魔物の。

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