3. 龍の囁き、魔物の選択
義成は、上海の、名もなきアパートの一室から、北京の権力闘争のすべてを、見通していた。彼の情報網は、董苅の動きを、正確に掴んでいた。
そして、彼は、李霃帘に、悪魔の選択を、迫った。
「王書記は、もう終わる。彼と共に、沈むか。あるいは、彼を、生贄として、差し出し、君自身が、生き残るか。選ぶのは、君だ」
「…何を、言っているの…?」
李霃帘の声は、震えていた。「王書記様を、見捨てろと、言うの?」
「感傷に浸っている場合か?董苅の狙いは、君自身でもある。王書記が失脚すれば、次のターゲットは、必ず君になる。彼らは、君の、レアアース密輸の証拠を、ほぼ、掴んでいる。君に残された道は、一つしかない」
義成の声は、氷のように、冷たかった。
「新しい、パトロンを、見つけるんだ。王書記よりも、若く、強く、そして、未来のある、男を」
「…誰よ、それは」
「張書記だ」
義成は、言い切った。「彼は、オリンピックの警備責任者として、今、北京にいる。胡錦濤派でも、上海閥でもない、次期指導者・習近平に連なる、新興勢力だ。彼は、董苅の、目に余る、増長を、快くは、思っていない。そして、河北省という、巨大な、利権を、喉から手が出るほど、欲しがっている。彼に、乗り換えるんだ。君の、その、体と、頭脳を、武器にしてね」
李霃帘は、絶句した。
長年、自分を、寵愛し、権力の座へと、引き上げてくれた、恩人を、裏切れと、言うのか。そして、新しい、男に、身を売れと?
「ふざけないで…!私を、ただの、娼婦だとでも、思っているの!?」
「そうだ」
義成の、答えは、残酷なまでに、シンプルだった。「君も、僕も、この、権力という、名の、巨大な、娼館で、生きている、娼婦に、すぎない。プライドなど、何の、役にも立たない。生き残るためには、より、金払いのいい、客に、乗り換えるだけのことだ」
「……」
「僕には、君が必要だ、ディアオリェン。君という、最強の駒がなければ、僕の、ゲームは、完成しない。だから、生き残れ。どんな、屈辱に、耐えてでも。そして、生き残った、その先で、僕と、再び、手を組むんだ。我々二人でなら、この国さえも、手に入れることができる」
その、あまりにも、巨大で、甘美な、誘惑。
李霃帘の、心は、激しく、揺れた。
彼女は、電話を、切った。そして、数時間、一人、考え続けた。
やがて、彼女は、鏡の前に立った。そこに映っているのは、崖っぷちに立たされた、しかし、その瞳には、まだ、野心の炎を、宿している、一人の、美しい、女。
彼女は、ゆっくりと、紅い、ルージュを、引き直した。
決断は、下された。
女帝は、死なない。生き残るためならば、悪魔にさえ、魂を売る。




