3. 歪んだ、プラトニック
その日を、境に。
義成と、情情の、奇妙な、交流が、始まった。
それは、恋愛では、なかった。少なくとも、義成にとっては。
彼は、情情の中に、失われた、光の、幻影を、見ていた。
彼は、彼女の、その、純粋な、魂が、この、汚れきった、世界に、傷つけられるのを、ただ、黙って、見ていられなかった。
彼は、上海に、滞在する間、何度も、彼女に、会った。
それは、常に、偶然を、装っていた。
大学の、キャンパスで、ばったりと、出会う。
彼女が、アルバイトをしている、病院の、近くの、カフェで、本を、読んでいる。
彼は、決して、彼女に、積極的に、近づこうとは、しなかった。
ただ、彼女が、困っている時に、まるで、守護天使のように、現れた。
雨の日に、傘を持たずに、立ち尽くしている、彼女に、そっと、傘を、差し出す。
大量の、資料を、抱えて、よろめいている、彼女の、荷物を、持ってやる。
彼は、彼女に、高価な、贈り物を、するでもなく、甘い、言葉を、囁くでも、なかった。
ただ、彼女の、話を、静かに、聞いてやった。
医学生としての、勉強の、大変さ。
将来への、漠然とした、不安。
そして、初めて、恋をした、相手に、失恋した、という、他愛のない、悩み。
義成は、その、すべてを、ただ、静かに、受け止めた。
情情は、この、ミステリアスで、知的で、そして、どこまでも、優しい、年上の、日本人男性に、当然のように、惹かれていった。
彼女にとって、義成は、人生の、導き手であり、そして、憧れの、対象だった。
「青木さんって、本当に、不思議な人…」
ある日、彼女は、ぽつりと、言った。「私の、考えていること、何でも、お見通しみたい。でも、絶対に、私の、心の中に、土足で、踏み込んでこない。それが、すごく、心地いいんです」
「…君が、そう、感じてくれるなら、嬉しいよ」
義成は、微笑んだ。
だが、その、微笑の、裏側で。
彼の心は、罪悪感に、苛まれていた。
俺は、この、純粋な、魂を、利用している。
彼女の、この、無垢な、好意を。
俺が、この、醜悪な、世界で、正気を、保つための、精神安定剤として。
俺は、彼女に、触れる、資格など、ない。
彼女を、愛する、資格など、ない。
彼は、決して、彼女に、手を出さなかった。
それは、彼の、彼女に対する、誠意であると、同時に、彼が、自分自身に、課した、最も、厳しい、罰でも、あった。
この、光に、憧れながらも、決して、その、光の、中には、入ることが、できない。
ただ、遠くから、その、輝きを、見つめていることしか、許されない。
それが、闇に、生きることを、選んだ、龍の、宿命なのだ、と。




