表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の傳人続―奈落の龍(青木家サーガ第4作)完結  作者: 光闇居士-Twilight Master


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/35

2. 上海の、光

義成は、上海へと、舞い戻った。

だが、彼が、向かったのは、ウォルドーフ・アストリアの、あの、豪華なスイートルームでは、なかった。

彼が、足を運んだのは、上海交通大学の、広大な、キャンパスだった。

季節は、夏。高く、伸びた、プラタナスの、並木道が、心地よい、木陰を、作っている。自転車で、笑いながら、走り抜けていく、学生たち。図書館の、芝生の上で、語り合う、恋人たち。

そこは、義成が、生きてきた、闇の、世界とは、完全に、無縁の、光と、希望と、そして、少しばかりの、青臭い、理想に、満ちた、空間だった。

彼は、その、眩しい、光の中で、少しだけ、居心地の、悪さを、感じていた。

彼が、ここへ来たのは、母・京海から、託された、もう一つの、願いを、果たすためだった。

母には、紅の他にもう一人、文化大革命の、嵐の中を、共に、生き抜いた、親友がいた。名前は、ミン。今は、この、上海交通大学で、歴史学の、教授を、務めている。

義成は、母からの、手紙と、日本の、ささやかな、土産物を、彼女に、届けるために、アポイントメントを、取っていたのだ。

歴史学部の、研究棟。古びた、しかし、趣のある、その建物の、一室で、彼は、明教授と、対面した。

五十代半ば、穏やかな、物腰、知的な、眼鏡の奥で、優しく、微笑む瞳。母が、「静かに燃える月見草」と、評した通りの、可憐で温かい、オーラに、包まれた女性だった。

「まあ、あなたが、京海の、息子の、義成君。遠いところを、よく、来てくれましたね」

明教授は、彼を、歓迎し、自ら、龍井茶ロンジンちゃを、淹れてくれた。

二人は、しばらく、母の、思い出話に、花を咲かせた。

その時だった。

「失礼します、お母さん。頼まれてた、資料、持ってきたけど…あら、お客様?」

研究室のドアが、ノックと共に、開かれ、一人の、若い女性が、顔を、覗かせた。

白衣を、着ている。おそらく、この大学の、学生なのだろう。化粧気のない、素朴な、顔立ち。少し、癖のある、髪を、無造作に、一つに、束ねている。その、大きな、黒い瞳は、好奇心と、そして、少しばかりの、人見知りの、色を、浮かべて、戸惑ったように、義成を、見つめていた。

「ああ、情情チンチン。ちょうど、よかった。こちら、日本から、いらした、青木義成さん。お母さんの、一番の、親友の、息子さんよ。ご挨拶なさい」

「あ、は、はじめまして…娘の、董情情ドン・チンチンです…」

彼女は、ぺこり、と、ぎこちなく、頭を下げた。その、あまりにも、素朴で、不器用な、仕草。

義成は、その瞬間、時間が、止まるかのような、感覚に、襲われた。

この、光景を、俺は、知っている。

かつて、遠い、昔。

日本で、絶望の淵にいた、自分を、救ってくれた、あの、日本語学校の、ロビーで。

一人、ぽつんと、不安げに、座っていた、一人の、女性。

李殷。

目の前の、この、董情情という、女性は、殷とは、似ても、似つかない。

だが、彼女が、纏う、その、空気。その、純粋で、何の、打算も、感じさせない、魂の、透明感。

それが、義成の、心の、最も、柔らかな、そして、最も、痛む、場所を、強く、刺激した。

「…青木、と申します。こちらこそ、初めまして、情情さん」

義成は、自分が、どんな顔で、彼女に、挨拶をしたのか、わからなかった。

ただ、彼の、心の中の、壊れた、羅針盤の針が、この、光の中で、再び、激しく、震え始めたことだけは、確かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ