第42話 2月9日 月曜日
昨日、ネネロンは家に連れて帰って来た。外が雪だから、良平の部屋のエアコンを付けて帰ればいいかなって思ったけど、電気代が勿体ないし。というのは、言い訳。寂しいから、ネネロンに傍にいて欲しかった。ここはペット禁止の物件だけど、これまでも数日預かるくらい平気だったし。
「行ってくるね。いい子にしててね」
「ニャア」
オフィスに着くまではいつも通りだった。
「おはよう」
「おはよう、祥太。早いね」
「いつもこんな感じだよ」
一瞬、前のデスクに行って、モニタが無いことに気付き、新しい席に着いた。
「今、間違えただろ」
「へへ。習慣なもんで」
デスクでパンとコーヒーを出す。
「あ、食べてもいい?」
「どうぞ、どうぞ。習慣なんだろ?」
「うん、まあ」
誰よりも早く出社して、ダラダラせずに仕事を始めている。
祥太はやっぱりちゃんとしてる。逃した魚……なのかな……いやいや。私とは魚の種類が違うんだ。淡水魚は海水では泳げない。私は祥太といると息ができないんだった。
「ちょっと聞いてもいい?」
祥太が後ろに立っていた。
「いいよ。なあに?」
「このお客さんなんだけど、どうしてここだけ価格が違うの?」
「特約店なんだよ。緑のファイルにリストがあるよ」
良平の残していった資料を指さす。
「あ、そうゆうことか。ありがと」
良平どうしてるのかな……猫カフェ、手伝ってるのかな……昨日は、そっけないメッセージが返ってきただけで、電話をするでもなく、もう他人になっちゃったみたいだ。
「皆藤さーん、おはようございまーす」
「おはようございます」
小森さんが祥太にだけ挨拶をした。露骨に嫌われてしまった。ドンマイ私。
「なにか分からない事があったら聞いてくださいねー」
「ありがとう。助かる」
小森さんは祥太の笑顔にメロメロな顔をしていた。分かるな。かっこいいよね。
「なあ百花、今日、仕事終わりにちょっといい?」
「え。なんで?」
「別にいいだろ。同僚として」
「聞きたいことあるなら仕事中にして。夜は、行くとこあるから」
「そっか。分かった」
祥太は良平がもう福岡に行っちゃったことを知ってるのかな。私が良平のこと好きなの知ってて、どうして平気で誘ってくるんだろう。いろいろ謎だな。
「小森さん」
「はい。なんでしょう」
「今日、仕事終わりにちょっといい?」
「もちろんです!」
私が駄目なら小森さんでもいい用事って……祥太にもやっとするけど、無視無視。私はネネロンと夕飯を食べるのだ。そして今日こそ、良平に電話する。
「ただいま」
「ニャア」
時間もあるし、料理でもしながらネネロンと過ごそうと思った。何を作るか決めきれないまま、適当に野菜とお肉を買ってきた。
「鍋でもするか。ネネロンも冷ませば食べられる?」
「……」
「あ、返事がない。私の手料理は食べられないって言うの?」
「ニャア、ニャア」
ネネロンとじゃれていたらスマホが鳴った。
「良平かな!」
飛び付いたけど違った。
「お母さん?」
良平のお母さんからのメッセージだった。
『そっちも雪の積もったっちゃろ? 良平は寒かとが苦手やけん、よろしく頼むね』
どういう事?良平ってば福岡に居るんじゃないの?お母さんへの返事は後にして、良平に電話をかけてみる。すっごいドキドキする。
「ネネロン、どうしよう。なんて言おう」
良平は電話に出てくれなかった。
『そちらは雪はどうですか?』
『降ったばってん、積もらんかったとよ』
『良かったですね。風邪などひきませんように』
お気に入りのスタンプを添えて送った。
「どういう事だと思う?ネネロン。良平ってばどこに居るんだろうね」
こんな天気が悪いのに、実家に帰るなんて嘘ついて、私にネネロンを置いてまで出掛けなきゃならない理由って?私に言えないって事は……避けられてるって事だよね。良平は私と距離をおくために、こんな事までするの?そんなに私の事が重荷だったのかな。
思い当たる節もある。良平はずっと女性と軽い付き合いをしてるようだった。『来る者拒まず、去る者追わず』そんな感じで、頻繁にパートナーを変えてたような気もする。私が、ずっと一緒に居たいな、なんて思ったから勘付かれたんだ。私から逃げたに違いない。
ネネロンを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
「どうしよう。私……」
スマホが鳴って、驚いたネネロンがジャンプして行ってしまった。
びっくりして心臓が口から飛び出すかと思った。大きく息をひとつして応答する。
「良平……」
「百花?どうした?」
「いや、なんか、どうしてるかなって思って」
重くなりすぎてないだろうか。嫌われないように、言葉を選ばなくちゃ。
「別に。暇してる」
「そっか。そっちは雪どう?」
「めっちゃ積もってるよ」
……嘘つかれた。そこどこなの?良平、今、どこに居るの?聞きたいのに、喉のすぐそこまで言葉がせり上がってきてるのに、怖くて聞けない。重たい女だと思われたくない。嫌われたくない。
「ニャア」
ネネロンが膝に乗って鳴いた。
「もしかして俺んち?」
「ううん。ごめん。連れてきちゃった。電気代が勿体ないかなって」
「寒いもんな。ありがとな」
「ううん」
話すことが無くなって、電話を切った。
最後、交わした言葉を覚えてない。「じゃ」とか「またね」とかじゃなかったような気がする。あっさりとしてた。もしかして『面倒くさい』って思われたかもしれない。いちいち電話なんてして、彼女でもないくせに近況を聞き出そうとしたりして、これ見よがしにネネロンの事……押しつけがましいって思われたかな。なんか泣きそう。もうなんもしたくないよ。




