第41話 2月8日 日曜日(良平)
想像以上に積もったな。当面の着替えをバッグパックに詰めて、最後に部屋を見回す。部屋の端に積み上げた段ボール。百花はどう思うだろうか。
「ネネロン、悪いな」
「ニャア」
「百花のこと、頼んだぞ」
「ニャア」
いつになく甘えてくるネネロンと離れがたくて、首筋を撫でまわす。
「じゃ、またな」
サクサクと音を立てながら駅に向かう。こんなスニーカーじゃ、あっという間にビチョビチョになるじゃねえか。くっそ。寒い……俺は寒いのは苦手なんだよ。
ブツクサ文句を言いながら、隣駅のビジネスホテルにチェックインする。
とりあえずシャワーであったまって、テレビを見ながらベッドに横たわる。
「こんな雪の日に選挙なんかすんなよな」
俺の苛立ちは政治家の決断にムカついているからじゃない。ただの八つ当たりだ。百花に選ばれない俺への不甲斐なさに憤っている。
「ったく、もう!」
美波ちゃんに『百花と付き合うのは無しね』と言われて、関係ねーだろって思った。誰に制限をかけられようが、百花が俺のところに来れば、俺は抱く。ずっと好きだったんだ。百花が幸せなら、別に俺がしゃしゃり出る必要は無いだろうって思ってたけど、あいつは最近、幸せそうじゃなかった。祥太に流されて、自分を見失ってるように見えた。
よくよく思い返してみれば、百花には自分の意思がないと思った。押しに弱く、流されやすい。自分の我を押し通せない気の弱いところがあるんだ。よく言えば協調性があると言えるかもしれないけど、我慢するのは違うだろ。
百花から来てもらう必要がある。あいつが俺を必要だと、自分の口で言ってくれなきゃ駄目だ。俺が押し倒して百花を手に入れても、それは本当の意味で百花の選択じゃない。それじゃ幸せになれないだろ。
本当はもっとゆっくり福岡に行こうと思っていた。
予定を聞こうと実家に電話したら、母親が電話口で困っていた。
「来るとは勝手やけど、一緒には住めんけん。近くでアパートかなんか探して。」
「なんでね。部屋ならあるっちゃけん、よかやん。」
「部屋はあるけど……」
「なんが問題ね」
「私にだってプライベートぐらいあるばい」
話を聞き出したら、先日、ぶっ倒れた先で見てくれた医者と良い仲になりつつあるみたいだった。母親の近くで見守ってくれる人が出来たのなら、なにも俺が行かなくたっていい。俺は福岡には行かないことにした。
俺はこっちで百花と一緒に……そう思って、今、あいつの気持ちを確かめている。
好きだとか、付き合おうとか、百花から聞いたことが無い。なんとなく近くに来るけど、遠慮がちで、俺から行かなきゃ事が進まない。だから、一旦、こうして距離を置いて、俺が居ないと寂しいと思わせるんだ。なし崩し的に一緒にいるんじゃなくて、百花の意思で「一緒に居たい」と言わせるんだ。
「くっそ。頼むぞネネロン」
正直、ネネロンが居なければ、百花は他の男に流されてしまう気もしている。祥太がやり直そうとか、他の男が好きだと言って来れば、ふらふらとそっちに流されてしまいかねない。信じてるけど、信じたいけど、信じきれない。卑怯だが、俺はネネロンという最強の切り札を使った。そう簡単に忘れられてたまるか。
持ってきたカップラーメンにポットのお湯を注いだ。
「百花のやつ、料理出来たんだな」
前に作ってもらったハンバーグを思い出す。
「旨かったな」
今度は肉じゃがでもねだってみるか。『今度』があればの話だけど……どうしたって弱気な自分が顔を出してしまう。百花は断わり切れずに俺と寝た可能性が高い。だけど、祥太と別れたし……それも、俺と関係を持ったことの罪悪感からなのか?
「ああっ。もう!」
ここんとこずっと百花の事で頭がいっぱいだ。転職先を探さなきゃならないってのに。ま、母親んとこに居候して、猫カフェでも手伝うか、なんて甘いこと考えてた自分に喝だな。
退職したことは後悔してない。あの会社は俺と合っていなかった。百花がいたから何とか続けてきたけど、そもそも限界だったんだ。
「これからどうすっかな」
携帯が震えた。
『ネネロンに餌あげに来ました。飛行機どう?』
なんだかよそよそしいな。
『まあなんとか』
飛行機なんて飛んでんのかねぇ……真っ白な窓の外を眺めながら、一体いつまでこうしてるつもりか悩む。とりあえず、俺は今、福岡にいる事になっている。情けないけど、百花のメッセージを待ちながら、次の出方を見守るしかできない。携帯で転職サイトを眺めながら、この無限に感じる時間を潰していく。




