第37話 2月1日 日曜日
「もう帰っちゃうんですか?わざわざ福岡から来られたのに、一泊だけなんて……」
「猫の待っとーけんね。それに、福岡と東京はそげん遠くなかよ」
羽田まで見送るつもりだったけど、お母さんに強硬に断わられ、駅でさよならした。
「来てもらって悪いな」
お母さんが私と連絡先を交換したがっているからと、今朝、良平に呼び出された。
「ううん。会えて嬉しかったし。お母さん、美人だね」
「そうか?」
「良平は……博多弁しゃべると面白い」
「なんだそりゃ」
お母さんがいるときの良平は表情が豊かで、何を考えているのか分かり易い。でも、もういつもの何を考えてるか分からない『ポーカーフェイスの良平』に戻ってしまった。
「福岡行くの?」
「どうしようかな。あんなに嫌がられたら、行きにくいよな」
「会社、辞めるの止めるの?」
「いや。今さらだろ。どうせ辞めようか迷ってたし」
家に着きたくなくて、一歩一歩小さくゆっくり歩いた。
「私も福岡行こうかな……」
「なにしに?」
ちょびっと傷ついた。喜んでくれるかと思った。私の言ってる意味分かるよね。
「観光だよ。行ったこと無かったから」
「その時は案内してやるよ」
マンションに着いてしまった。
「じゃね」
「ああ。また明日」
日曜の午後。そんなに天気も良くないし、ごろごろするしかない。
『良平のことお願いね。百花ちゃんも今度、福岡に遊びに来てね』
良平のお母さんからメッセージが来ていた。
『お会いできて良かったです。ラーメンご馳走様でした。美味しかったです』
またお会いできるのかな。良平が福岡に行ってしまったら、会うことも無いんだろうな。感傷に浸っていたら、美波から連絡が来た。
『今からお店に来ない?』
日曜は定休日のはずだ。
『行っていいの?』
『なんか作るから、一緒にご飯食べよう』
美波とは昔からよく食べ歩きをした。『味の研究』という大義名分を掲げて、おしゃべり中心の女子会をよくやった。美波が開業してからさっぱり時間が取れなくなって、今となっては祥太とお店に行くことでしか会わない関係になっている。
良平と美波は別れてないはずだ。私と祥太の破局、私と良平が関係を持ってしまったことをおそらく美波は知っている。
「罵られても仕方がない」
私はそういう事をしたのだから。
『今から家出るね』
気が重いけど行くことにした。美波がこうして誘ってくれた事が嬉しかった。
Closedのドアを引く。
中からいい香りが漂ってくる。
「おう」
息が止まった。
「どうして……」
「美波ちゃんに頼んだんだ」
まさかだった。思ってもみなかった。祥太が居るなんて。
「もう、祥太君はいっつも強引だよね。美波のこと何だと思ってるの?」
「友達。百花の親友」
「間違ってないけどさー」
いつも通りのやり取りに入って行けない。
「百花もそこ座ってよ。もうすぐ出来るからさ」
昼でもない夜でもない中途半端な時間に、食事が振舞われた。
「お腹空いてないとか言わないでよー?もしそうだとしても、頑張って食べてね。新メニューに加えようかと思ってるやつだからさ、感想聞くからね」
「任せてよ。お腹ペコペコだから」
「もう祥太君っていつもお腹空かせてるよね」
「まあね」
楽しそうな雰囲気が理解できない。
「百花、ビールでいい?」
「……うん」
飲まなきゃやってらんない。
「「「乾杯」」」
一体何に?と思いつつ、出された食事に手を付ける。
「美波ちゃん、これ、めっちゃ旨い!絶対人気メニューになる!」
「私もそう思う」
コロッケみたいな揚げ物に感動しつつ口走った。
「わーい。ありがとう。それね、良平君の好物なの」
「へえ」
良平という単語にどぎまぎしてしまった。
「良平君、仕事辞めるんだってね」
「あ、うん」
「祥太君が引き継ぐんでしょ?」
「うん」
美波がどういった意図でこの話をしているのか分からない。もしかして私と祥太が別れたこと、知らないのかな。
「美波ちゃん、良平とどうなの?」
「どうなのって……相変わらずだよ」
「それが一番だよな」
やっぱりそうなんだ。福岡に行くし、てっきり美波とは続かないものと思っていたけど、良平から美波と別れたとは聞いてない。私に気のある素振りを見せるけど、本気なのかはいまいちわからない。昨日は偶然一緒に過ごしたけど、お母さんを心配させないように話を合わせていただけかもしれない。
昨日の温かい家族の思い出が、私の勘違いと気付き涙が込み上げてくる。あれが本当だったらな……
「百花さ、もう良平君と会わないでくれる?」
「会社辞めるんだし、あいつは福岡行くんだろ?もう会わないよな?」
ふたりは私にこれを言いたかったのか。
「約束しないとだめ……かな……」
「え?」
「良平と会わないって、ここで約束しないとだめなのかな……」
「ダメってわけじゃないけど、友達なんだからお願い聞いてくれるよね?」
「友達って、私が誰と会うか指図するものなのかな……」
「指図なんかじゃないよ。お願いだってば」
聞き入れられない。そんなお願い聞くくらいなら、友達やめたっていい。
「ごめんなさい」
そう言って立ち上がり、コートを手に取った。
「良平君は百花のこと好きじゃないよ!」
「関係ないでしょ」
そうだ。良平が私のことを好きじゃなくたって関係ない。私が良平を好きなんだからそれでいい。それが一番大事。




