結と過去とトラウマと(2)
結は特に躊躇う事無く、コウ自身が語りたくない事を語ろうとしていた。
弥生はびっくりした様子で、
「え? いいの?」
「コウくんの承諾なしに話して、、、」
結は面倒くさそうに、
「いいのいいの」
「お兄ちゃんは過去の自分を知られて、幻滅されるのが怖いだけ」
そして結は、弥生を真剣に見つめる。
「弥生さんは、その程度の事で何も変わらないでしょ?」
弥生は頷く。
「うん」
「私は今のコウくんが好きで、大切だから、、、」
ウエイトレスがやって来て、弥生が注文したアイスミルクティーを置いていく。
話の腰を折られた形になったが、特に気にする事なく話を始める結。
「お兄ちゃんはね、中学の時、生徒会長をしていたんだよ」
「今と違って社交的だったしね」
結の発言に物凄くビックリする弥生。
危うく口に含んだミルクティーを吹き出すところだった。
「マジで?!」
結は神妙な面持ちで答える。
「マジマジ!」
「自信家で真面目で、校内でも人気あったけど、」
「アンチも多くてねぇ」
そして溜息をつくと続きを話し始める。
「それでね、当時のお兄ちゃんの友達にイジメられてる人が1人いてね」
「いつもお兄ちゃんが、庇ったり助けたりしてたの」
「そのうち、その人の面倒を見るのが、お兄ちゃんの当たり前になっちゃって、、、」
話すのをまるで躊躇うかのように、結は口を閉ざしてしまった。
弥生は静かに耳を傾けて待つ。
沈黙の時間が二人を支配する。
だがそれに耐えきれなくなったように、結が再び話を始める。
残念そうな、悔しそうな表情で。
「その人は、だんだんこう考える様になったの、、、」
「相川コウは、弱い自分を助けて守る事で、優越感に浸っている、、」
「相川コウ自身が目立つ為に、自分を利用していると、、」
「結局、お兄ちゃんのしたことは、ただの厚かましいお節介なだけで、、」
「その人は、自分が自分で何も出来ないもどかしさと、」
「誰かに守られている情けなさと、惨めさで一杯だったのよね」
弥生は半ば怒ったような表情で反論する。
「そんな、、、それはいくら何でも、、、、」
結は弥生の言葉を制するように、
「ハラスメントと一緒で、自身がそのつもりが無くても、」
「相手がそう感じたなら、そうなっちゃうのよ、、、、」
納得いかない様子の弥生だったが、その先が気になった。
「、、、、、、」
「それで、、どうなってしまったの?」
「刃傷沙汰になっちゃったのよ、、、」と、呟くように言う結。
予想外の展開に弥生は唖然となってしまう。
結は思い出すように、瞳を閉じて語りだす。
「その人は、溜まりに溜まった感情を爆発させてしまったの」
「それでね、ナイフを持ち出したその人は、」
「お兄ちゃんをそれで傷つけようとしたわ」
残暑の厳しい9月でも、長袖のセーラー服を着ている結。
その結が、右腕の袖をめくり始めた。
「偶然近くにいた私は、、」
「咄嗟に間に入って、お兄ちゃんを庇ったの」
そして結は弥生に右腕の内側を見せて、
「これは、その時に出来た傷よ、、、」
結が見せる右腕には、内側の腕に沿って15cm近く刃物で切り裂かれたような傷跡が残っていた。
弥生は言葉が出なかった、。
袖を戻しながら結は、
「私は全然平気で、、」
「別に傷跡を隠す必要なんて無いし、気にしてないんだけど、、、」
「コウくん自身が気になっちゃうんだね」と、弥生が続ける。
頷く結。
「お兄ちゃん、ヘタレだから」
否定するように弥生は首を小さく横に振る。
「きっと申し訳ないと思っているからだよ、、コウくんは、、」
結は溜息をつく。
「うん、、、自分のせいで私が怪我をして、」
「一生残る傷がついたと思ってるんだよ、、」
そして結は小さく呟く。
「私が勝手にやった事なのに、、」
弥生は結を切なそうに見つめる。
「コウくんは、自分の作った人間関係で、」
「その人の心や、結ちゃんを傷つけた事に後悔しているんだね」
「だから、、、」
「そう、、だから今の環境でも人間関係を作る事が怖い」
「自分も含めて、他の人を傷付けることを恐れている」
そう語る結は、まるで行き場を失った怒りを持て余しているように見えた。
「仕方ないよ、、」
「そんな事、本来トラウマ的なことだよ」
と弥生は思った事をそのまま口に出してしまった。
こんな時に、気が利かないセリフを吐く自分が嫌になる。
結は静かに俯いたまま、
「かもね、、、」
そして次の瞬間には、結は顔を上げていつもの元気な笑顔だった。
「まぁ、、こんな感じかな」
弥生は思った。
コウくんの妹は、とても繊細で聡明だ。
でもそれ以上にタフだと思った。
弥生は少し考える様に、
「そっか、、、」
「私はどうしたらいいんだろ?」
結も同じく唸るように考え込み、
「う~ん」
「どうしたらいいかは、弥生さんに任せるよ」
「ただ、私はお兄ちゃんの弱さを教えたでしょ」
再びコロっと表情をかえた結は、ニヤリとして
「だから弥生さんも自分の弱さを隠さずに、」
「お兄ちゃんを頼ってあげてほしいの」
「私の、、、」と弥生は呟き少し呆然とする。
そして弥生は俯いてしまう。
「うん、、、分かった」
心配になった結は、ついつい聞いてしまう。
「大丈夫?」
「やっていけそう?」
我に返ったように弥生は顔を上げて笑顔をみせる。
「や~ねぇ、、結ちゃん」
「大丈夫だよ~」
「でも、色々心配してくれてありがとう」
「いえいえ、、お節介でごめんね」
結は少しだけはにかんだ笑顔で答えた。




