黒瀬ヒカリと藤先生(1)
放課後になりコウは真っ直ぐ帰宅する。
今日は少し出掛けたい所があったので、準備をして向かいたかったからだ。
学校からそのまま向かえばいいのでは、と思うだろうがコウにとっては他の人と事情が違う。
コウは基本的にあまり外出しない。
引きこもり気味と言うのもあるが、コミュ症気味でもあるからだ。
要するにコウで行くのではない。
ヒカリで向かいたい場所なのだ。
ヒカリはコウにとって、理想的な人物で何でも出来てしまう。
社会人であり、人付き合いも多い。
だから自然と用事があったり、誰かに会いに行く場合はヒカリで出かける事になる。
コウは軽くシャワーを済ませて、化粧をして服を選ぶ。
動きやすい服装にした。
黒のショートパンツに、黒のニーハイ、インナーはキャミソール。
そしてワンピース調のチュニックを上に着込む。
チュニックの色は深いワインレッドで、袖口が広がったトランペットスリーブだ。
さらに日傘も用意する。
夕方といえ、まだ9月なので陽が高いからだ。
アルビノは紫外線の抵抗力が低い。
ゆえに陽があるうちの外出は、基本的に日傘を使う。
勿論、曇っていてもだ。
そしてコウの場合は、いつも日焼け止めクリームをしっかり塗っている。
メガネも実は紫外線カットレンズだったりするのだ。
まぁ、ヒカリの時も日焼け止めクリームは塗っているが。
外出の準備を終えてヒカリは、足早に自宅を出た。
ヒカリが向かった場所は、自宅から徒歩で30分程の所だ。
そこは割と大きな屋敷で、門構えを見れば忠臣蔵を彷彿させる。
元々、武家の家系らしく、その仕来りと技術など歴史的な遺産を後世に伝えて来たらしい。
そしてこの屋敷の主であり、現当主がヒカリが訪ねたい人物であった。
名は、藤妙子と言い、古来より伝わる古武術の宗家である。
何故ヒカリが訪ねたかと言うと、何か悩み事があると彼女をよく頼っていたからだ。
ヒカリはお弟子さんらしき30代位の男性に道場に案内された。
ヒカリ自身、藤妙子から個人的に指導を受けただけなので、正式な門下生ではなかった。
なので門下生とは面識がある程度で、名前も知らない。
畳敷きの余り広くない道場の中央に、ヒカリが正座して待っていると藤妙子がやってきた。
歳は70を迎えたとの事だが、とてもそうは思えない藤妙子の見た目だった。
真っ直ぐに伸びた背筋と、殆ど皴のない顔がその理由だ。
どう見ても実年齢より20歳近くは若く見える。
そしてその端正な顔立ちを見るに、若い頃は相当モテたに違いない。
ヒカリがそんな事を脳裏で思っていると、藤妙子が優し気な表情で挨拶をした。
「あらいらっしゃい、お久しぶりね」
「ヒカリさん」
そして上座に腰を下ろすと、
「弟子がね、、偶に来る物凄く綺麗な女の子がまた来たって騒ぐのよね」
「名前は何というのか、歳はいくつだとか、、」
「男は騒がしくっていけないわねぇ」
ヒカリは苦笑しつつ頭を下げて、
「ご無沙汰しておりました、藤先生、、」
藤先生は、変わらず優しげな笑顔で、
「そんな改まらないで、もっと楽に、、フランクにね」
ヒカリは少し困ったような表情をする。
「先生は相変わらずですね」
思い出すように藤先生は、顎に手を置く。
「貴女がここに初めて来た時は、少年のようだったけど、」
「ほんと、随分綺麗になりましたねぇ」
ヒカリは慌てる。
「や、やめてください!」
そして藤先生は改まった顔でヒカリを見つめる。
「で、今日は私の跡を継ぐために、正式な門下生になりに来た、、」
「という訳ではなさそうね、、」
ヒカリは申し訳なさそうに、
「はい、、、すみません、、、」
残念な顔で溜息をつく藤先生。
「そう、、、残念ね、、」
「貴女の才能、それに物事の道理の捉え方、考え方は素晴らしいわ」
「だから貴女なら私の持つ古流武術、合気の真技を伝えてもいいと思っていたのだけど」
きっぱりと断る意思も込めて、ヒカリは頭を下げる。
「ありがとうございます」
藤先生は小首を傾げる。
「という事は、何か悩みかしら?」
ヒカリは頭をポリポリと掻きながら、
「鋭いですね、、、」
心を見透かすように、藤先生はヒカリの目を見つめる。
「私から基本的に教わる事は、もう無いというのに」
「それでも私の元に来るというのは、、」
「この年寄りの知恵を借りに来たのでしょう?」
そう言った後、道着と袴に身を包んだ藤先生が立ち上がった。




