普段通りと病み上がり
翌日、弥生は休まずに登校してきた。
まだ風邪は完治していないが、熱も完全に下がって本人は元気だと言い張る。
うちは進学校なので、何日も休むと授業について行けない可能性も出てくる。
恐らく弥生は、それを懸念したのだろう。
その弥生の心配を出来るだけ軽くする為に、昨日コウは授業のノートなどをコピーしたのだ。
そしてその日にお見舞いに向かい、それを手渡した。
それでも弥生は無理を押して登校したように思えた。
何が足りなかったのか、コウは心配になる。
自分勝手な妄想だが、コウに会いたいから無理して学校に来てくれたなら凄く嬉しい。
だが、それを本人に聞いて確かめるのは、流石に恥ずかし過ぎて憚られた。
隣の席に座る弥生は、朝からずっとマスクを着けたままだ。
風邪の治りかけは、他人に感染りやすいからとの弥生の気遣いである。
この娘は、他人を気遣ってばかりだな、、とコウは感心した。
『うん? まてよ、、昨日お見舞いに行ったら、、』
『マスクなんてしてなかったよな、、』
些細な事だが、コウは気になってしまった。
午前の授業が終了し、昼休みを迎える。
コウは事前に弥生から、例の場所に先に行くようにスマホにメッセージを貰っていた。
勿論、鍵もそっと弥生から手渡されている。
なのでコウは、そそくさと教室を抜け、今は元情報処理部に待機中だ。
暫く待っているとマスク姿の弥生が、弁当箱が入ったポーチを持って元部室に入って来た。
昨日よりは弥生の顔色は良さそうだが、まだ少しだけやつれた感がある。
せっせと弁当を広げて昼食の用意をする弥生。
心配になったコウは、
「病み上がりだろ、わざわざ俺の弁当まで作らなくていいのに、、」
弥生はコウに微笑む。
「気にしないで、」
「私が好きでやってるんだから」
「コウくんは、大人しく私の愛妻弁当食べてればいいんだよ」
コウは弥生から箸を受け取りながら苦笑する。
「愛妻って、、、」
そして嬉しくなって、ニヤケそうになる。
デレてしまいそうな自分が恥ずかしくて、隠すようにお弁当に箸をつけるコウ。
おもむろに卵焼きを口に運び味わう。
いつも通りに美味しかった。
弥生が心配そうにコウを見つめる。
「どうかな?」
「味、変じゃない?」
コウは首を横に振って、
「いや〜、美味しいよ」
弥生は嬉しそうにはにかむ。
「そっか、良かった」
コウは感心した。
風邪で味覚も調子が悪いだろうに、いつも通りのクオリティーを維持して料理する。
プロゲーマーであるコウは、それがどれだけ大変かよく知っている。
どんなに調子が悪くても、プロは仕事はこなさなければならない。
それが社会人として認識されたプロの義務だからだ。
そして、プロでもない弥生がそうするのは異様でもある。
無理をしているなら尚更だ。
コウは、ふと思う。
ひょっとしたら、弥生は完璧主義者なのかもしれない。
『俺はまだ弥生の事を全然知っていないな、、』
そう自嘲してコウは溜息をつきそうになり堪える。
ぼ〜としていたコウを、弥生が不思議そうに見つめる。
それに気付いたコウは、慌てて何か話そうと思考を巡らす。
『そうだ、気になっていた事を聞こう』
コウは出来るだけ自然に話し出す。
「そう言えば、昨日お見舞い行った時だけど、」
「マスクしてなかったな」
弥生は小首を傾げて、
「え? マスク?」
少しふざけた様子でコウは、
「いや、、普通、見舞いに来た相手を気遣うだろ?」
「風邪だったら感染さないようにマスクしたり」
内心でニヤリとしつつ思う。
『日頃、気立てのいい弥生が、その程度の事を気付かなかったとは言わせないぞ』
弥生は少し困ったように間を置き、箸を止める。
そして申し訳なさそうに、
「実は、コウくんに風邪が感染っちゃったら、、」
「付きっ切りで看病出来るなぁ〜って」
「ごめんなさい、、」
コウは思った以上に斜め上の返答が来て固まる。
「、、、、、」
何ともしたたかと言うか。
自分の欲に素直で逞しいと言うか、、。
『まぁそれだけ好かれている証拠か、、』
と良いようにコウは受け取る事にした。
「そ、そうか、、」
「まぁ感染ってないし、気にするな」
少し俯いて頷く弥生。
「うん、、」
「あとね、、」
『え?! まだあるの?』
と内心で驚くコウ。
すると弥生はおずおずと、
「実はね放課後に結ちゃんと約束があって、、」
「コウくんと一緒に過ごせないの」
コウは無駄に心配した胸を撫で下ろす。
「ほほう」
『結の奴、お節介焼く気か、、?』
止まっていた箸を進めながらコウは、
「病み上がりなんだから、無理せず早く帰れよ」
心配してくれるコウの言葉が嬉しいのか、弥生はニコニコしながら、
「うん、、」
「もし風邪をこじらせたら、付きっ切りで看病してね!」
コウは「はいはい」と生返事を返す。
正直、嬉しいのか、生殺しなのか分からない扱いを受けるかもしれないので複雑だ。
そしてコウは、弥生の作ってくれた弁当を味わう。
早く実質的に責任が取れる年齢になりたいと思いながら、、。




