思いやりと優しさと(7)
コウは辛そうにしている弥生の頭を優しく撫でる。
「俺でいいなら、聞くよ」
「話してごらん」
弥生はおずおずと話し出す。
「私の母が死んでしまった事は、前に話してたよね」
静かに頷くコウ。
「うん、、」
当時を思い出すような遠い目をする弥生。
「母はね、、病気で入院していたのだけど」
「病状が悪化して息をひきとるまで、父は殆ど母に顔を見せる事が無かったの」
「いつも仕事の事ばかりで、今と変わらず家に帰ってくる事も稀だったし、」
「私の生活が困らないように、義務的にお金を置いて行くだけで、」
そして弥生は、冷めたような悲しい表情で、
「私が小さい頃は、父も凄く優しくて家庭的だったのに、」
「父は変わってしまった」
コウは正直な疑問を呟いた。
「何か、そうなった原因があったのか?」
弥生は首を横に振る。
「分からない、、、」
「でも母の病気が発覚した頃から、父の様子がおかしくなったの」
「だんだん家に帰って来る回数が減ってきて、、」
「たまに帰れば仕事が忙しいからって」
悔しさなのか、悲しさなのか、それを堪えるように弥生がコウにしがみつく。
「私は母が不憫でならなかった」
「病気で辛い時に、傍に父がいてくれなくて」
「だから、、」
「私は父の気を引こうと努力したの」
コウの背に回された弥生の手に力がこもる。
「私が頑張れば気にかけてくれるんじゃないかって」
「私や母の元に、以前のように居てくれるんじゃないかって、、」
弥生の背にコウも手を回すと、優しく撫でる。
「だから学校の成績にこだわって、首席を目指したのか、、」
弥生は自嘲するように、
「うん、、、」
「中学の時は、2年3年とずっと首席だったんだよ」
「でも何も変わらなかった」
「母が死んでしまって、」
「それで本当に私は1人になってしまった気がしたの」
「父が居るはずなのに」
コウは自分から弥生を抱きしめると、
「今は俺がいる、、」
弥生はコウの胸の中で小さく頷いた。
「うん」
そして弥生はコウの胸から顔を上げると、
「コウくん、、、」
「うん?」と首を傾げるコウ。
弥生はコウの目を見つめて、
「私の最初の疑問にちゃんと答えてないよ!」
コウは、ハッとした様子で、
「え?! あ、あぁ、、」
「弥生を受け入れた理由か、、、」
少し怒った表情で弥生は頷く。
「うん」
照れながらコウは呟く。
「純粋に好きと言われて嬉しかったからだよ」
弥生の怒った表情は変わらない。
コウは、やれやれといった表情で、
「わかったよ、、、」
「人間関係を避けてたのに、どうして恋人っていう人間関係を受け入れたかって事だろ?」
弥生は間髪入れずに、
「そう! それ!」
笑わないでくれよ、、と前置きしてコウは、
「弥生の押しが強かったのと、、、」
「弥生が俺の持っていない物を、沢山持っていて眩しかったからだよ」
少し呆気に取られた表情の弥生。
「え、、、」
コウは不貞腐れるように照れながら、
「そんな弥生の傍にいられたら、」
「俺も弥生のように格好良く、堂々と生きられるんじゃないかって、、」
弥生は不思議そうな様子でコウに問いかける。
「私に対して、憧れの気持ちが有ったって事?」
そっぽを向いて、コウは顔をぽりぽり掻く。
「そうなるな、、、」
嬉しそうに弥生は、自分の胸にコウを抱き寄せる。
「可愛い!!」
「うお」と急な展開に焦って声が漏れるコウ。
弥生のパジャマの下はノーブラである。
その柔らかくて弾力がある胸が、コウの顔を覆い尽くす。
コウは生まれて此の方、こんなに柔らかくて、温かくて、嬉しい事が有っただろうか、、、と内心で呟く。
しかもこんなにも美人で聡明な娘が、自分を好いてくれている。
もうすぐ自分は幸せ過ぎて死んじゃうのでは、と馬鹿な事を考えていると、本当に息が詰まって死にそうになる。
弥生の胸がコウの鼻と口を抑えて、息が出来なかったからである。
慌てて弥生を引き離すコウ。
天国と地獄の狭間から帰還したコウは、
「病人なんだから、ジタバタ暴れるんじゃない!」
「大人しくしてろ」
コウに怒られて委縮すると思いきや、弥生は目を閉じて唇を突き出す。
「じゃあ、大人しくしてるから、」
「チューして!」
ちょっと腹が立ったコウは、弥生の額にデコピンをかます。
「げぶっ」と面白い声を出す弥生。
コウは怒った顔で、
「馬鹿! 風邪が感染るだろうが!」
弥生も逆ギレするように、
「そこは、愛する彼女の為なら感染っても全然構わない、って言うところでしょ!」
コウが再びデコピンをしようと構える。
よっぽどデコピンが痛かったのか、それともコウをからかっただけなのか、直ぐに大人しくなる弥生。
そして弥生はコウに微笑むと呟く。
「今日は、ありがとう」
「愛してるよ、コウくん、、、」
暫くして弥生は、すぐに眠りに落ちた。
大人しくしたので薬が効いてきたのだろう。
コウは、そっとベットから抜け出して帰宅の途に着く。
弥生の自宅はIT管理されていて、玄関はオートロックらしい。
なので家主の弥生が眠ってしまって、客が出て行ったとしても問題ない。
以前、初めて弥生の家に来た時に、リビングからエアコンの涼しい風がそよいで来た。
あれも帰宅前に弥生が、スマホでエアコンを遠隔操作していたとの事だ。
何とも便利な世の中になったものだ。
コウは帰りがてら予定が無かったか、スマホのリマインダーを確認する。
そしてコウは、げんなりした。
今夜はAOの開発運営元、アイオーンエレクトロニクス社主催のパーティーがあったのだ。
黒瀬ヒカリは、勿論出席しなければならない。
なにせAOの看板であり、運営会社の広告塔なのだから。
そして黒瀬ヒカリには、それなりに支度の時間がかかる。
だからか、コウの足は無意識に急ぎ足になっていた。




