思いやりと優しさと(5)
「今はね、これで良いと思っている」
コウはそう言った。
弥生には、コウがそう言った真意が分からなかった。
何かを思い出すようにコウは、
「ある人に言われたんだ」
弥生は訝し気に、
「ある人?」
「うん」と小さく頷くとコウは話し出す。
「当時ふさぎ込んでいた俺は、現実から逃げる様にAOのβテストにのめり込んでいたんだ」
「その時に知り合った人だよ」
そしてコウは少し嬉しそうに、そして誇らしそうに、
「その人はね、vEもvPも凄腕でね」
「俺にとってAOでは師匠のような存在だったんだ」
苦笑して少しコウは俯く。
「ある時、その人にリアルで抱えてる悩みを話す機会があった」
「と言うか、その人が俺の何かに気付いて、そう誘導したのかもしれない」
「その人は俺の話を全て聞いた後、、、、」
コウは真剣に弥生を見つめて、
「何かに失敗して逃げる事は、決して悪い事ではないよ、、、って」
弥生はコウの言葉を反芻するように呟く。
「逃げる事は、、悪い事ではない、、、?」
コウは頷いた。
「うん、、、その人はね、、」
「学生生活なんて人生のほんの一握りでしかない」
「色々学んで成長する大切な時期だが、」
「その時期だけを見て無理をして、心を病むのは本末転倒だよって、、、」
「そしてね、」
「時には逃げた先にも、新しい道がある可能性を知って欲しい、」
「そう言ったんだ」
再びコウは俯いてしまう。
「当時の俺は頑なで、、すぐにその言葉を理解できずに反論しようとしたんだ」
コウがどう反論したかったのか、弥生には分かった。
だから自然に口から零れてしまう。
「周りの大人は皆、子供に、、、失敗を乗り越えて成長しろって言うよね」
「ニュアンスは違うかもしれないけど、」
「優秀で賢い子供程、それを強要される、、、」
静かにコウは肯定して続ける。
「そうだね、、」
「でもその人は、それをきっぱりと否定したよ」
「それは正論だって」
「それが出来るのは才能があって、乗り越える力も持った人間だけだよって」
弥生の目が見開かれる。
コウは少しだけ嬉しそうにはにかんで、
「その時、俺は先が見えない視界が、急に澄んで広がったように感じたよ」
「その時から俺にとって、その人はAOの師匠であり、」
「人生に色んな道が有る事を教えてくれた、恩師にもなったんだ」
弥生は、ほんの少しだが落ち込んで小さく呟く。
「そっか、、、少し妬けちゃうな、、、」
『私がとやかく言う余地は無かったって事か、、、』
弥生が呟いた言葉が聞こえなかったコウは、
「え?」
慌てて弥生は誤魔化す。
「ううん、なんでもないよ、、」
そして弥生は、申し訳なさそうにコウを見つめて、
「ごめんね、コウくん、、、」
「無理に口を割らせるような事をして、、辛かったでしょ?」
コウは困ったように微笑むと、
「うん、、正直ね、、」
「でもね、弥生に知ってもらって少し楽になったよ」
それを聞いた弥生は、ベットに横になったまま片手で上掛けを掴む。
さらに掴んだ上掛けをめくり上げると、
「じゃあ、ご褒美をあげないとね、、」
「コウくん、おいで、、、」
コウは、弥生がなにを言っているのか直ぐに理解できずに、少しの間固まってしまう。




