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「おい、こら! なゆた、テメェ!! 遅刻だ、遅刻!!」と、賀茂かもの忠政ただまさの罵声が、耳元で響く一週間前、それは土御門と離れて四日が過ぎた頃。

 俺達二人と、双子兄妹である賀茂達とは、出会っていた。これも運命なのだろう。何故なら、高位陰陽師である、安倍晴明の師にあたる賀茂忠行かものただゆきの子孫に巡り会うとは、この時思いもよらなかった。


 雨が、流れ星の如く不吉に降り注ぎ視界を遮っていたあの日。俺達は、目が覚めた神社で雨宿りをしていた。探偵になると意気込んだものは、良いものを現実は甘くなはい。

 つてが無ければ、信頼も信憑性もないから当然信用がない俺の話を聞く者など一人も居なかった。今の世界には妖怪、即ち霊を見れるものが数多く居る。が、その大半が偽りで出来ていた。ゆえに、人々からすれば信じるに値しない戯言程度でしかなかった。

 本の好奇心をくすぶる、その程度の戯言。


 ──俺は、話を聞いて納得せざるを得なかったんだ。


 土御門家で見たテレビで、ある日やっていた霊と対話できると取り上げられていた人物。あれこそが、嘘である。相談者の周りには確かに、妖怪は居た、ただ居ただけだ。霊能者と呼ばれる者は一切、耳を傾けていなかった。適当な事を言って、言いくるめて、いい気になっている。斯く言う、そいつにだってしっかりと妖怪が取り憑いてすらいた。本当に笑えたよ。


 確かに、今の世界は嘘が蔓延っている。


 追い打ちをかけるように、過去、畏れられていた妖怪も、今は娯楽の一つで逢いたいと願う者も少なくはない。つまり、妖怪に対しての危機感が大してない真実が俺達の言葉を遮っていた。

 生きにくい現実と生暖かい雨に、打たれている時、声がしたんだ。ただ、その声は優しく、救いに答える声ではない。何方かと言えば怒りに満ちた男性の声。


「やっっと、見つけたぞコラ」


 男は、俺の事を知っているのか、息を上げ肩を上下させながら膝に手をついて威圧的に言った。

 鋭い双眸は、敵対心が剥き出しで、何より驚いたのは左右の瞳の色が同じではない。

 俺は鷹を連想させる、細く尖った瞼から覗く青と黒の瞳に、状況を考えず魅入っていた。


「男、お前は何もんだ?」


 男は、汗か雨か、額から滴るソレを拭い指先を俺達に向けた。


「何もんもなにも、お前を見つけるように頼まれたんだよ。土御門にな」


 驚きを隠せなかった。だが、それ以上に嬉しかったのも事実。忘れられていなかった、二人だけじゃなかった。この世界で、俺達を忘れずに考えてくれていた人がいる事に、不謹慎ながら喜びが隠せずにいたのだ。


「しっかし、コスプレじゃなくマジモンの妖怪じゃねぇか。賽銭箱の裏にいる、うさぎ出て来い」

「ルトを妖怪だと、分かるのか?」


 男は、鼻で笑い口を開いた。


「当たり前だろ。俺は、俺達、賀茂かもの家は陰陽師の家系だ」


 黒い衣服に身を包んだ男は、腕を組み仁王立ちをした。

 と言うか、賀茂家……だって?おいおい、こりゃあすごい事になってるんじゃねぇのか。


「陰陽師の家系って、まさか賀茂忠之かものただゆきか?嘘はつくなよ」

「はあ? なんでパチをこかなきゃなんねぇんだよ。メリットがねぇだろ」

「パチ? メリット? なんだ、そのコトバは」


 賀茂家代々に伝わるものなのか?


 ルトを膝の上に置きながら、そんな事を考えていると、赤い傘が階段から姿を表した。


「お前、本当に面白いやつだな? ──っと、どーやら来たようだな」

「もう! にーは、走るの速すぎだよう」


 賀茂の後から現れたのは女だった。傘を手に持ち、疲れた様子で膝を抱えて座り込む。土御門が毎朝着ていく服と同じ衣服の女は、黒い髪の毛が腰あたりまであるだろう。

 睫毛は、影が落ちるほど長く、目鼻立ちもいい。

 目の色から推測するに、兄妹か姉弟か。


「お前が、傘なんかに頼ってるからだろ」

「だって……にー。ウチは、体が弱ッ……ゴホッゴホッ」


 苦しそうに咳き込む姿に、賀茂は駆け寄り黒い服を肩から掛けた。


「お前ッ、可愛い妹よ……。いつから、病弱に……。今、俺が人工呼吸を」


 手をしっかり握り見つめ合う二人。俺は今、一体何を見せられて、見せつけられているんだ。


「あるじ様。あの、雄と雌は何を?」


 長い耳を動かし、聞き耳を立てルトは素朴に尋ねる。が、これに関して応えられる言葉はたった一言。


「しらん」

「──ベグジッ」


 だが、世の中とは不思議なもので、状況はいつだって目まぐるしく変わってゆく。

 今だってほら、賽銭箱に顔から突っ込んでる賀茂のが床を舐めているのだ。


「さあ、仕返しも済んだし。なゆたくん、るとちゃん。君達を捕まえに来たよん」


 あざとく笑う女からは敵意を感じないが、警戒は怠れない。華奢だと思い、侮っていたが野犬の如く獰猛。ルトの本能は、警鐘を鳴らしているのか、震え涙目になり、俺の袖を握っている。


「だ、だだだいじょうぶ。妾は怯えておりませぬ。ほ、ほら、え、笑顔も作れまする」と、震えた細い指を口の端に当て、頬を上に押し上げていた。が、まったく、目は笑っていない。寧ろ、死を悟った小鹿のようだ。


「いや、誰も聞いてないし、笑顔は作ろうと思って作るもんじゃないだろ」

「そ、そんな事を言わないでくだされッー」


 いや、その顔で泣き言はやめろよ。こえーよ。


「感謝しろよ、土御門に」


 鼻血を垂らして後頭部を摩る賀茂も、さっきの気迫が何処吹く風。まあ、俺が視認できただけでも、上空に拳で打ち上げられ、豪快にくの字になった後に数発蹴りを喰らい今に至るのだ。そりゃあ、頭の一箇所ぐらい痛めるのが普通だろ。


 つか、あれだけ打撃の殴打をくらって平然としてるコイツもコイツだ。


「えっと、まあ、それもそうだよ……な」


 一言、言うのが筋だったよな。ただ、一つ言い訳をさせて貰えるなら、俺が出ていくと口にしたら土御門は、必死に引き止める気がした。そうしてくれる気がした。だからこそ、言い出すことが出来ず、結果は逃げた形になったのかもしれない。


「会いにくいのか?」


 賀茂は、心情を読み取ったかのように尋ねてきた。俺はいま、どんな表情をしていたのだろうか。


「ああ、俺は土御門家の世話に、重荷にこれ以上なれない」


 視線を伏せて、拳を強く握った。これを口に出せば、引き止めてくれる人は、今ここに誰として居ないだろう。


 ──ッて、なんだよ……。俺はどーしたかったんだ? 引き止めて欲しかったのか? 何がどーしたかったんだよ。クッソ、訳わかんねえ。


「そんな湿気たツラしてんじゃねえよ。取り敢えずここじゃあ体も冷える。ちょいと、ついてこい」

「何処に行く気だ?」


 背を向ける、賀茂に問い掛けると、顔だけを向けて気だるげに口を開いた。


「あ?んなん、俺らの部室に決まってんだろ」


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