LOST SPELL
これで最後です。
シェフィールドから王都ロザリカに帰ってきたチャールズ4世と宰相であるフェアファンクス公アルヴィンは、シェフィールド大公ハーヴェイが起こしたクーデター騒ぎの事後処理のため、しばらく執務にかかりっきりになった。アルヴィンは怪我もしていたのだが、その辺は気力で押し切ったと思われる。お前は本当に人間かと言いたい。
ベイリアル大公セレストは、お召列車で途中まで一緒だったが、途中、ベイリアル近郊の駅に停車し、そこで別れた。クーデター騒ぎに巻き込まれたというのに、けろりとしていた彼女は、ベイリアルの執政官に説教を食らったようだ。そして、いない間に山積みになった書類を片付けるのに必死になっている、という情報は夫のデュークから流れてきた。
シェフィールドに置き去りにされたジェームズとユリシーズだが、ユリシーズは1週間ほどしてから王都に帰ってきたが、どうやらジェームズはそのままシェフィールドに居座ることになりそうだ。大公として君臨するのはそれほど先のことではないだろう。
本物の宝珠はチャールズ4世がこっそりもとに戻してきたらしい。レガリアの一つが偽物にすり替わった真相は、リアノーラが隠蔽してしまったためよくわからない、ということになっている。まあ、戻ってきたのだし、いいか、という雰囲気はある。しかし、最近はアルヴィンとユーフェミアに睨まれているような気がするリアノーラである。
そういえば、そのユーフェミアだが、8月下旬にユリシーズと結婚した。結婚式も計画されていたのだが、ユーフェミアが折悪しく体調を崩してしまったため、延期となった。しかし、お引っ越しはもう済んでおり、ユーフェミアはすでにウェルティ伯爵家に移っている。
それと、王都に帰ってきてから発覚したのだが、どうやらクレイン財閥のご令嬢アレクシアは、エンフィールド伯爵家の次男リカードとお見合いをしたらしい。エンフィールド伯、あきらめてなかったのか……意外にも馬が合うのだそうだ。まあ、アレクシアがリカードを気に入ったのなら、止めないけどね。
お見合いと言えば、ソフィアはどうやらウェルティ伯爵家の次男を夫の最有力候補とみているらしい。リアノーラの従兄にも夫候補はいるのだが、彼が王家に入ると親族であるフェアファンクス公爵家の権力が強くなってしまう。ソフィアはそのあたりを懸念したと思われる。
ちなみに、王都にお留守番組だったランディだが、ちょっと性格が丸くなっていた。あれか。フランクリンに説教をされたか。人生の先輩である彼の説教はかなり効くのである。
そして9月。新学期が始まり、リアノーラは王立フェナ・スクール高等部2年生になった。
フェナ・スクールでは登校すると、まずホームルームがあるので、ホームルームクラスに入る。このクラスは3年間変わらないので、1年生の時と同じメンバーに挨拶をされ、リアノーラも「おはよう」と返す。
「おはよう、リア」
先に来ていたアレクシアがリアノーラを振り返った。席は特に決まっていないのだが、リアノーラは背が高いため、アレクシアや祥子の後ろに座るようにしていた。
「おはよう、アレク。うちの従兄が粗相をしていない?」
気が合うらしいアレクシアとリカードはたびたび会っているらしい。いや、だから止めないって。アレクシアがいいなら。
「ちょっと変な人だとは思うけど、悪い人ではないでしょ?」
「ああ……否定はしないわ。魔術師だって言っても、笑って受け流しそうだし」
そういってから、リアノーラはふと思い出していった。
「そういえば、せっかく餞別をもらったけど、使わなかったのよ」
「あたしの魔法陣? でも、その方がいいのかもね……巨大大砲も使わなかったんでしょ?」
「ええ。あれは海軍基地に設置されるんだって。まあ……あんなもの、普通、陸上戦で使わないわよね」
アレクシアもそうね、とうなずいたところで、祥子とベアトリックスがやってきた。ベアトリックスは普通に「おはよう」と言ってリアノーラの隣に座ったのだが、祥子は目を見開いてリアノーラを凝視した。
「リア、髪はどうしたの!? いつものお嬢様縦ロールは!?」
え、なにそれ。
とは思ったものの、リアノーラは答えた。
「邪魔だったから、切ったわ。縦ロールはめんどくさいからやめた」
正確には燃えたから切ったのだが。祥子に会うのはリアノーラがシェフィールドに帰ってきてから初めてだ。ユーフェミアとユリシーズの結婚式が予定通りに行われていたが、その会場で会った可能性はあるが、ユーフェミアが体調を崩して結婚式は延期になった。そのため、リアノーラが祥子と顔を合わせるのは約2か月ぶりになる。
ちなみに、ベアトリックスはユーフェミアの嫁ぎ先の縁で、アレクシアはリカードの縁でシェフィールドから帰宅後、割とすぐにあっている。その時に髪のことは聞かれた。腰元まであったのが、背中の中ほどまでになり、さらにリアノーラのトレードマークであった縦ロールがなくなれば誰だって驚く。縦ロールは実は面倒だったのだ。実用性は低いし、この機会にやめることにした。
縦ロールにしなくても、リアノーラの髪はかなりウェーブがかっている。ユーフェミアやソフィアもウェーブがかっているので、おそらく王家側の血筋なのだと思う。
「ふぅん……? まあ、似合ってるけどさ」
祥子がじろじろとリアノーラを見ながら言った。見慣れないのだろう。一つに結ぶことも考えたが、母に「アルに似てるわねぇ」としみじみと言われたので、やめた。
新年度初回の登校日なので、今日は午前中で学校は終わりだ。ベアトリックスはこのまま剣の稽古、祥子は図書館で勉強(この2人は偉い)、アレクシアはリカードと約束があるので帰るらしい。仲がいいな、この2人。最近、リアノーラは気付いたら友人3人がみんな親戚になっているのではないかと戦々恐々としている。
そのリアノーラはこれからニクス宮殿に向かう。やることが多いのだ。何故だ。誰かの嫌がらせだろうか。
そう愚痴ると、
「単純にリアが何かやらかしたんじゃないの」
という祥子の実に冷静なツッコミが入った。言い返せないからつらい。というか、信用がなさすぎるだろう、自分。元老院からのリアノーラへの『謀反の疑い』は晴れた(らしい)が、信用はない。何故だ。
「リア」
不意に聞いたことのあるような(ないような)声で名を呼ばれ、リアノーラは周囲を見渡し……驚愕して目を見開いた。
「ティニーさん!?」
「うん。久しぶり」
まるで「1週間ぶり」、くらいのノリで言ってくれたが、正確には10か月ぶり以上である。リアノーラが彼に駆け寄るとひょいと抱き上げられた。周囲の視線が刺さるが気にする2人ではなかった。
「ちょっと、ノリ軽くない!? ティニーさん、今までどこにいたのよ!」
ティニーさん、元ナイツ・オブ・ラウンド第4席クェンティン=ケイン。去年のチャールズ4世即位5周年式典で怪我を負い、そのまま ナイツ・オブ・ラウンドを辞職した。平民出身とはいえ、ナイツ・オブ・ラウンドを経験した彼にはそのまま「サー」の称号が与えられている。いわゆる名誉の騎士だ。
クェンティンとは彼が辞職したとき以来、会うのは久しぶりだ。相変わらず年齢不詳の童顔でニコニコしている。クェンティンの言葉があってリアノーラは正式なナイツ・オブ・ラウンドになった。いわば彼は、リアノーラにとってきっかけの人物だ。まあ、ナイツ・オブ・ラウンドでなくてもこれまでのさまざまな事件に巻き込まれていた気はするけどね!
「俺は南部の実家に帰ってたんだよ。療養で」
「……ってことはもしかして、南部で動乱の兆しがあるのは……」
「知ってた。元老院に情報を流したのは俺だからね」
「……おかげでとばっちりを受けたわ」
あらぬ疑いをかけられたリアノーラがため息をついた。クェンティンは「ごめんごめん」と軽い調子で謝りながらリアノーラを床に下した。
「それで、なんでここにいるの?」
「ああ。俺、この学校の教官になったから。騎士過程の指導者」
「……はい?」
そういえば、別れるときに「後進の指導に回る」とは言っていた気がする……が、騎士学校ではなくフェナ・スクールに来るとは。
「……でも、ティニーさん、あんまり頭よくな……いたっ! ごめんなさいっ」
頬をつねられて、リアノーラは反射的に謝った。実はそんなに痛くはなかったのだが。
それはともかく、クェンティンがあまり頭がよくないのは客観的に見て事実である(彼のおかげで報告書がなかなか上がらないことが多発した)。比較対象が悪いのかもしれないが、基本的に官僚育成学校であるフェナ・スクールに赴任する。その心は?
「いや、指導者になりたいと言ったら、陛下とアルさんが是非にって」
「あー……」
チャールズ4世はクェンティンを何かと理由をつけて使うつもりなのだろう。そのために、彼のおひざ元においておきたかったのだろう。クェンティンは機転がきくのだ。頭がいい、より、賢い、というタイプ。
アルヴィンは……どうだろう。リアノーラのことを考えたのかもしれない。リアノーラは傍目にもクェンティンになついていたから、近くにいさせた方がいいと思ったのかもしれない。まあ、どっちも憶測だけどね。
「ティニーさん。今日の仕事は?」
「今日は午後から宮殿に行くことになってるから休み。リアも行くんだろ」
「うん」
こくっとリアノーラはうなずいた。思い出して、祥子とアレクシアを振り返ると、2人とも姿を消していた。おそらく、リアノーラのテンションに祥子がドン引きし、アレクシアが祥子を連れて離脱を図ったと思われる。今度謝っておこう。
校舎から出るとリアノーラは、校門のところで頭一つ抜けた金髪男を発見した。そういえば、大学も御前終了だから迎えに来るといっていた気がする。
「エド! 見て見て!」
思わず叫ぶと、エドワードにびくっとされた。これも日ごろの行いのせいか? しかし、リアノーラを迎えに来たエドワードは、彼女が連れているクェンティンを見て目を見開いた。
「!? ティニーさん!? 本物!?」
ということはエドワードもクェンティンがフェナ・スクールに赴任することを知らなかったのだ。何となくほっとする。よかった、仲間はずれじゃなくて。
「本物。フェナ・スクールの教官になったんだって」
「なるほど……お久しぶりです、ティニーさん」
「久しぶりだね、エド。リアと婚約したんだって?」
クェンティンがエドワードを揺さぶりにかかった。こういうところが性格悪いと思う。クェンティンが生徒をからかっていないか、定期的に確認しに行こう。
「ああ……まあ、そうです。結婚はだいぶ先になりそうですけど」
エドワードは顔をひきつらせながらも何とか無難に返した。彼も成長した。揺さぶりをかけられて動揺をあらわにすることも(あるけど)ほとんどなくなった。
「ああ……久しぶりに会うと、みんな成長したなぁって思うよ……」
童顔なのに、言うことは年よりくさいな。リアノーラは心の中でクェンティンに突っ込んだが、懸命にも口には出さなかった。
「リアはナイツ・オブ・ラウンド、頑張ってくれてるんだね」
以前、彼女にナイツ・オブ・ラウンドになるようお願いしたクェンティンにほほえましそうに言われ、リアノーラは並んで歩く彼を見上げた。
「当然よ。魔術師は言葉を裏切らないわ」
魔術師の言葉には魔力があるといわれている。魔術師が言うことは魔法契約なのだ。
「魔術師でなくても、言ったことは守るだろ、お前は」
反対隣でリアノーラと手をつないでいるエドワードに言われ、リアノーラは「そうかもね」と苦笑した。白いニクス宮殿を見ながら、大通りをゆっくりと歩く。
魔法が希薄になったこの世界で、何故自分は魔術師なのだろうと思ったことがある。
しかし、魔術が使えなければ、できなかったこともたくさんある。
リアノーラは、自分は魔術がなければ価値がないと思ったこともある。
でも、それも違った。
魔術が使えても使えなくても、リアノーラはリアノーラでそれ以上でも以下でもない。
魔術が使えなくても、リアノーラはクェンティンやエドワードに出会って、ナイツ・オブ・ランドになっただろう。今なら、そう思える。
だから、この先も、リアノーラは魔術師として、この魔法が消えていく世界で生きていく。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
最後までお付き合いくださった方、本当にありがとうございます。
とりあえず、最後まで行けてよかった……!ちゃんとまとまったかはともかく!!当初から目標は、ちゃんと完結することでしたから!
これより後のリアたちも書きたいですけど、一旦終了。もしかしたら、番外編を書くかもしれません。
これを書いていて気がついたのですが、最後に再登場したティニーさん、エリスとキャラ被ってる……!私の中では彼が一番父親っぽいと思ってるんですけど…。
とにかく、ここまでありがとうございました。




