それが運命だというのなら
シェフィールド編の最後。
この次はエピローグですかね。
クーデター事件の翌日の午後、ウェンディがエンフィールド商会の印鑑を使って集めてくれた宝石商がシェフィールド大公家が所有する湖水地方の別邸に集まってきた。さすがにすべての宝石商、装飾商を集めることはできなかったが、さすがはエンフィールド商会。シェフィールドに存在する約半数の宝石商らが集まってきた。
リアノーラは宝石商が集められている部屋に向かう前に、大きな姿見で姿を確認した。昨日の戦闘で、リアノーラはいくつが傷を負っている。一番ひどいのは右腕のヒビだったが、包帯を巻いた腕はゆったりした袖に隠れている。肩口にも包帯が巻かれているのだが、それがドレスの襟から見えないことを確認。ついでに腕の包帯が万が一見えないように薄手の手袋もする。よし、オーケーだ。
部屋にはすでに事情を知る全員が集まっていて――というか、なぜ父がいる。
「お父様。寝てなくていいの?」
さすがに椅子に座っているが、アルヴィンが部屋の一角で異様な存在感を醸し出していた。さすがにディアナはいないが、彼女の代わりのようにウェンディがそばに立っている。何かあった時に止める気満々だ。
父は昨日のクーデター未遂事件で怪我を負ったはずなのだが。幸い、骨などに異常はなかったが、エドワードと同じくかなりの出血量だったと思う。それなのに動けるのだから、どんな気力と体力をしているのだ。若いエドワードはまだぐったりしてたぞ。
「宰相として、現状が気になるからな」
わかるようなわからないような返答をされて、リアノーラはツッコむのをあきらめた。先に宝飾品を見ていたソフィアがリアノーラに気づいて声をかける。
「リアも気に入ったのがあったら言えよ」
どうやら彼女は人前だからと王太子の仮面をかぶらないことにしたらしい。彼女の隣のユーフェミアはうつむきがちで、しかし、眼光鋭く宝飾品を見ている。どう考えても装飾品を品定めしている顔ではない。
「遅れてごめんなさい。お言葉に甘えて遠慮なく」
そう断ってからリアノーラは部屋全体に並べられた宝飾品を見た。指輪やイヤリング、ネックレスに宝石箱。リアノーラは大きめの宝飾品を中心にじっと見つめる。これでは彼女もユーフェミアのことを言えないかもしれない。
リアノーラが見ているのは正確には宝飾品ではない。探しているのだ。シェフィールドに来たもう一つの目的、宝珠を。
セレストの協力を得て、シェフィールドのどこかに宝珠があるのはわかっている。魔法研究家としてはリアノーラより上のセレストがかかわって宝珠を探したのだから、おそらく、シェフィールドの中にある。
そこで、リアノーラは仮説を立ててみた。
シェフィールドの先代大公には、ウィリアム3世の妹エイプリルが嫁いでいる。つまり、ベアトリス2世の娘だ。
宝珠がすり替わったのはおそらく、ベアトリス2世の時代。そして、過程はどうあれ最終的にシェフィールドにあるというのなら、エイプリルが嫁いだシェフィールド大公家にある可能性が高いのではないか?
そして、(元)シェフィールド大公ハーヴェイは、軍費を稼ぐために多くの宝飾品を売り払っている。そういう噂は、どんなに口止めしてもどこかから漏れるものだ。実際に、夜会でリアノーラの耳に入ってきている。
それも踏まえて、リアノーラは考えた。おそらく、(元)シェフィールド大公ハーヴェイも、先代の大公も、宝珠の存在に気付かなかったのではないか。魔法がまだ健在であったベアトリス2世の時代になくなったのなら、レガリアの発する魔力に誰かが気付くかもしれない。だから、『盗んだ』者は宝珠に魔力を遮断する魔法をかけるか、もしくは魔力を遮断する魔法道具の中にしまいこんだのではないだろうか。
と、なれば、(元)シェフィールド大公ハーヴェイは、レガリアの一つと気付かずに戦の費用にしようと売り払ってしまったかもしれない。
という考えを、リアノーラはチャールズ4世に伝えた。今朝のことだ。チャールズ4世はリアノーラの考えに賛同し、ウェンディを使って宝石商を集めた、というわけだ。
ロレッタのおかげで(元)シェフィールド大公ハーヴェイが何を売り払ったかの詳細は手に入っている。リアノーラはざっとその一覧に目を通し、ウェンディにできるだけその宝石商が集まるように手配してもらった。まあ、いくつか来れないというところもあったが、急だから仕方がない。今日来た中になかったら実際に赴いてやる。
本当に売り払われているのなら、一見それとわからなくなっている可能性が高い。リアノーラでもよく目を凝らさなければわからないだろう。いくつか手に取って観察してみたが、ぴんと来るものはなかった。思わずため息が漏れる。
「気に入ったものはございませんでしたか? どんなものをご所望でしょうか? 用意できるかもしれません」
リアノーラがため息をついたことに気付いた宝石商が声をかけてきた。リアノーラは少し考えて、言った。
「これくらいの、飾れるような箱がほしいの。開かなくてもかまわないわ」
不思議なオーダーをする娘にも嫌な顔せず、宝石商は「かしこまりました」と微笑んだ。いくつか箱型の置物を取り出す。どれも見事な細工だ。宝石があしらわれているものが多い。
「もう少しシンプルでも構わないのだけど」
試すように言うと、宝石商はやはりにこやかに別のものを取り出した。ああ、でも、違う。
落胆の気持ちが顔に出ていたのだろうか。ほかの宝石商もよってきて、リアノーラが提示した条件に適う箱型の置物を見せてきた。
リアノーラはそれをひとつひとつ見て回った。気付けば、ソフィアもユーフェミアもリアノーラの姿を追っていた。
やがて、リアノーラはひとつの手に乗るほどの大きさの宝石箱を手に取った。さまざまな角度から見つめ、満足げに微笑む。
「私、これにするわ」
「……それだけでいいのか?」
チャールズ4世が不安げに言うが、リアノーラはうなずく。
「大丈夫です」
はっきりと言い切った。さすがにこれだけ、というわけにはいかないので、ソフィアがネックレス、ユーフェミアが髪飾りをひとつずつ購入した。
宝石商が全員帰ってから、全員がリアノーラのそばに集まってきた。と言っても、アルヴィンがいまいち動きが鈍いので、リアノーラはそちらに寄った。
「これか? 本当に?」
押し切られたとはいえ、チャールズ4世はまだ不安そうだ。リアノーラは自信満々に「そうですよ」とうなずく。彼女の手の中にあるのは、上品だがさほど華美ではない置物型の飾り箱。ユーフェミアがそれを取り上げた。
「ふぅん。確かに魔法製造の刻印が残っているけど……」
と、言いつつ彼女は箱を無理やり開けようとした。開かなかった。
「貸して」
リアノーラはそれを手に取ると、魔力を流し込んだ。あっけなく開いた。ユーフェミアの眉がぴくっと動く。
中には、宮殿の宝物庫で見たのと似た、しかし、明らかにこちらが本物だとわかる宝珠が入っていた。リアノーラはそれを慎重に取り出す。
「本物、か?」
ソフィアが食い入るように見つめた。しかし、この質問にはリアノーラは首を左右に振らざるを得ない。
「わからないわ。私は本物を見たことがないもの。ここには本物を見たことのある人はいないはず……でも、資料で見た特徴と同じ特徴は見られるわね」
そういってリアノーラはユーフェミアに宝珠を渡した。ユーフェミアはさまざまな角度からそれを見て、そして言った。
「古い魔法で作られているな。少なくとも、300年は前だと思うけど……」
それ以上のことはわからないらしい。本物を見たことがある人がいないので、誰にも判断がつかないというこの状況。
リアノーラは再び魔力を流し込んで、宝珠を開けた。前から思っていたのだが、レガリアがこんなに簡単に開いていいのだろうか。そもそも、開く、という時点で何かが間違っているような気がするのはリアノーラだけだろうか。
中には、今までの偽物と同じように、細く巻かれた紙が入っていた。リアノーラはそれを取り出し、宝珠をユーフェミアに渡すと、それの紙を開いた。
「あ」
「どうした」
ソフィアが後ろから覗き込んでくる。リアノーラはみんなに見えるように紙をぺらっと振って見せた。
「白紙」
「何それ」
ウェンディがツッコミを入れた。しかし、リアノーラから空いた宝珠を受け取ったユーフェミアが、中を覗き込みながら言った。
「でも、本物みたいだぞ、これ。中に御璽が押してある。それに、エリザベス女王のお印も押されてるぞ」
ほら、と中を見せてきたので覗き込むと、確かに御璽とエリザベス女王のお印であるプリムローズの印が押されていた。ちなみに、プリムローズの花言葉は『運命を開く』。
“私は権力が欲しいわけではない。だが、それが運命だというのなら、私は甘んじて受け入れよう。なぜなら、それが運命なのだから……”
リアノーラはエリザベス女王の墓標に刻まれた言葉を思い出した。“それが運命だというのなら”。
本物らしいと分かったところで、チャールズ4世が疲れたように微笑んだ。
「これで大手を振って帰れるなー。まあ、ジェームズとユリシーズは残していくつもりだが」
「そのままジェームズはシェフィールドにいることになるかもねー」
のんびりとソフィアも言った。うん。ソフィア、何気に父親似だな。娘は父親に似るのだろうか?
ユリシーズはジェームズが正式にシェフィールド大公位を継ぐまで、シェフィールドを管理することになりそうだ。ユーフェミア、結婚式が伸びたな。
シェフィールドに来た時に割り振られた部屋に戻り、リアノーラはかっぱらってきた宝珠の中に入っていた紙を開いた。かっぱらってきた、と言ったが、一応許可はもらっている。まあ、白紙だしね。
本当は、白紙でないのだけど。
魔力を流し込むと、読めるようになる文字。魔術師でないと読めない文字。魔術師なら読めるといっても、現在のアルビオンでこの文字を読めるのはリアノーラくらいだろう。
それは、ベアトリス2世の3枚目の手紙だった。
“この手紙が読まれたということは、あなたは魔術師なのでしょう
そんなあなたにだけ、真実をお伝えしたいと思います
本物のレガリアを盗んだのは、わたくしです
わたくしは女王になりたくなかった。成りたいとは思わなかった
しかし、運命というものは残酷で、一介の将軍に過ぎなかったわたくしに、
国王になれと命じました
わたくしは、それを受け入れられませんでした
本物のレガリアを見つけたということは、わたくしが作ったフェイクを見つけたのだと思います
そこでも申しましたが、わたくしの戴冠式で使われたレガリアはすべて本物です
わたくしの娘エイプリルがシェフィールドに嫁ぐときに
わたくしは宝珠を魔力を遮断する装飾箱に入れて彼女にもたせました
エイプリルはこのことを知りません
どうか、責めないでやってください
宝珠が偽物だったとなれば、わたくしの即位は見直されるのではないか
そんな浅はかな考えで、わたくしはレガリアを自分が作ったものとすり替えます
ひとつは王宮の宝物庫に
もうひとつは、わたくしの墓に入れるように命じます
わたくしはとてもわがままな女です。女王にふさわしくない
でも、それが運命だというのなら、受け入れるしかないのです
今なら思いとどまることもできます
でも、わたくしにとっては運命に逆らってでも女王になりたくはなかった
これを見つけてくれた方、ありがとう。感謝します
わたくしはあなたが思うような女王ではなかったかもしれません
この手紙を読んで、どうするかは自由です
この先、あなたに幸多からんことを
Beatrice Mary”
リアノーラは最後まで手紙を読み、ふう、とため息をついた。頬が緩む。何のことはない。レガリアを盗んだのはベアトリス女王自身だった。半世紀近くもの間、レガリアの一つが偽物だと気付かれなかったのはベアトリス2世の誤算だろう。レガリアが偽物だといったウィザーズ大主教は、ベアトリス女王がレガリアをすり替えた事実をどこかで知ったのかもしれない。まあ、憶測の域をでないが。
リアノーラは紙に火をつけて燃やした。彼女は、『科学大戦』期の偉大なる女王が国宝であるレガリアとすり替えたという事実を隠ぺいすることにした。
ベアトリス2世治世期にレガリアが偽物だとわかれば、ベアトリス2世の王位の正当性が問われただろう。しかし、大戦がはじまり、当時の指揮を彼女がうまくとっていたことを考えると、結果的に今まで見つからなくてよかったのかもしれない。ベアトリス2世が女王でなければ、アルビオンは『科学大戦』で混迷の中をさまようことになっただろう。
「私のはた迷惑な性格は、曾おばあ様譲りなのかもしれないわね」
曾祖母の秘密を暴いたひ孫は、そんなことをつぶやいた。
それが運命だというのなら……望むところである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
6月中には終わりませんでしたが、7月初めには終わりそうなので安心する私です。ここでシェフィールド編は終わりになりますが、次にエピローグになる話を入れようと思います。
軽く、みんなのその後、的な。




