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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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これが正しい魔法戦争

お待たせしてしまいましたが、続きです。

 みんなが馬車で出かけたのを確認すると、リアノーラはベッドから起き上がった。


「うえぇっ。まだ気持ち悪いぃ……」


 口元にてを当てて吐きそうなのを何とかこらえる。だますためとはいえ、本当に薬を飲む必要はなかったかもしれないと思う。怪我や魔力切れで寝込んだことは何度かあるが、本当に体調が悪くて寝込んだのは久しぶりだ。……いや、7月頭にも寝込んだか。

 シェフィールドに来て、幾度か食事に毒が盛られたことがある。食中毒死に見せかけることができるものだ。その薬が盛られるたびにリアノーラがリディアの兄ジェフリーと開発した解毒剤を飲むようにしていた。できるだけ副作用がないように作ったつもりである。といっても、リアノーラがしたのは魔術提供だけだが。今回は、その食中毒に見せかけることができる毒を薄めたものを呑んだ。……やめておけばよかった。


 しかし、この屋敷に誰もいないとき、誰かが残る必要があった。そして、その役目にはリアノーラが最も適していた。

 その役目とは、この屋敷の家探しだ。手際よく、かつ、誰にも見つからないようにことを進める必要があった。魔術師であるリアノーラなら、それが可能だと思われた。他にもエリスやエドワードという案もああったが、エドワードが抜けると戦力が下がるし、当初から湖に行きたいと訴えていたリアノーラが体調不良で残ることになる方が信ぴょう性があるだろうと考えた。


「ああ……行きたかったわねぇ、湖……」


 白いシャツにベスト、動きやすい細身のスラックスに編み上げのロングブーツを合わせ、リアノーラは部屋を出た。手には剣を持つ。髪も動きやすいようにうなじで一つにまとめた。


 屋敷は、まるで家探ししてくれ、と言わんばかりに閑散としていた。その状況にリアノーラは不信感を覚える。怪しすぎるだろう、いくらなんでも。この屋敷には、多くの使用人がいるはずだ。

 それでもリアノーラは家探しをあきらめるつもりはない。シェフィールド大公を反逆罪に問うためには、どうしても証拠が必要なのだ。


 リアノーラは何があっても臨機応変に動けるだろうとこの役に選ばれた。だから、その思いにこたえたいと思う。


「リアノーラ様……?」


 名前を呼ばれてリアノーラは驚いた。できるだけ動揺を表に出さず、ゆっくりと振り返る。そして、そこにいた人物に拍子抜けした。


「ロレッタ様?」


 ふわりと腰まで流れるウェーブがかった金茶色の髪。そして青い瞳。整った顔立ちをしているが、姉のエリノアと同じく平凡な印象を与える。それがシェフィールド大公の次女ロレッタだ。気の強そうなエリノアとは対照的に、どことなく頼りなげな印象をしている。年はリアノーラと同じだったはずだ。リアノーラは首を傾けて尋ねた。

「ロレッタ様、湖にはいかなかったのですか?」

「あ……ええ。……あなたにお渡ししたいものがあって」

 胸の前で両手の指を交差させ、ロレッタは上目づかいに言った。リアノーラは女性の標準身長より背が高いため、標準体型な彼女はリアノーラを見上げることになるのだ。

 リアノーラは何とか平常心を保ちつつ、言った。

「渡したいものって、なんですか? 私でなければだめなのですか?」

「……その。どちらかというと、国王陛下にお渡ししたくて……リアノーラ様がこの屋敷に残られるなら、チャンスだと思って……」

 確かに、ナイツ・オブ・ラウンドであり国王の姪であるリアノーラに頼めば、危険物でない限りチャールズ4世の手に届け物は届く。見かけによらず、ロレッタは頭が回るようだ。

「これ……」

 ロレッタがおずおずと学術書ほどのサイズの箱を差し出した。加工されているのか、表面がつるつるしている。箱を開けると、中に入っていたのは書類や資料だった。ちらりとロレッタの方を見るが、彼女はうつむいて顔を上げようとしなかったのでリアノーラは遠慮せずに書類をあさり、目を通した。そして驚く。

 それは、リアノーラが今から探しに行こうとしていた書類だった。リアノーラは書類を元に戻し、箱のふたを閉じると、一呼吸おいてからロレッタに尋ねた。

「どうして私にこれを?」

「……」

 ロレッタはうつむいて答えなかった。リアノーラはそれでもいいと思った。言いたくないなら、言わなくてもいい。


 その時、魔法の発動を感じ取った。リアノーラは片手で箱を抱え、もう片方の手でロレッタの肩を押した。

「きゃっ」

 かわいらしい悲鳴を上げてロレッタがよろめいた。リアノーラは彼女の二の腕をつかんで倒れるのを防いだ。

「あ、ありがとうございます……」

「お礼ついでに、もうしばらくこれを持っていてください」

 リアノーラはそういって、先ほど渡された箱を再びロレッタにもたせた。ロレッタは不思議そうにしながらもそれを受け取る。

「あの、今の……」

「魔法による攻撃ですね。その箱もって、私の後ろに下がってください」

 ロレッタは何も聞かずにリアノーラの後ろに下がった。いい子だな、この子。

 ロレッタが箱をしっかり抱きしめ、リアノーラの背後に隠れたのを確認してから、リアノーラは右手を前に出した。そして声を張り上げる。

「どこからのお客様かしら!? 招待は受けたの?」

 返事は再び魔法光線だった。リアノーラはそれを弾き返す。リアノーラの前で反射、というか屈折し、廊下の壁を破壊した。


「なるほど。確かに魔術師のようだ」


 少し感心したような言葉を発しながら現れたのは中肉中背の男だった。これと言って特徴のある顔立ちではないが、リアノーラはその体格に見覚えがあった。

「あなた、前に私を襲撃した魔術師? お久しぶりね、で、あってる?」

 リアノーラは軽い調子で尋ねた。だが、その軽い調子の裏で魔法陣を編み上げていた。

「襲撃するつもりだったのは王太子の方だったのだがな……」

「既成事実が作れないのなら、殺してしまえって?」

「……察しがいい相手は好きだな」

 計らず敵に褒められ、リアノーラは内心狼狽した。ロレッタが恐る恐るという風にリアノーラを見上げているのを感じる。

「それは光栄ね」

 適当に返事をしながらも、リアノーラは焦っていた。相手があの夜に襲撃してきた魔術師なら、リアノーラにほぼ勝ち目はないと思われた。リアノーラは彼が「リアノーラとアルヴィンを足したような人物」と判断している。つまり、リアノーラ単体では勝ち目がないということだ。


 誰か代わって……。


 そう思わないではないが、この国で最も優れた魔術師がリアノーラであるという時点で話は決まっている。ここにいるのが彼女でなくても、いずれリアノーラは彼と対峙することになっていた。

「それで、一応目的を聞きましょうか?」

「ふむ……」

 男は考えるそぶりを見せた。リアノーラは待つ。

「……私はシェフィールド大公に雇われている」

「でしょうね」

「あの男がクーデターをたくらんでいることは?」

「知ってるわよ。じゃなかったら、今頃私も湖にいるでしょうね」

「それもそうか……当初の計画では、湖で全員殺すつもりだったらしい」

 リアノーラの眉がピクリと動いた。つまり、湖に行ったみんなが危険ということではないか。しかし、ナイツ・オブ・ラウンドも護衛も一緒だし、大丈夫のような気もする。

 とにかく、目の前の問題だ。

「その実行犯はリアノーラお嬢様、つまり君だ」

「……まあ、そうなるでしょうね」

 王位継承権を持っていて、10人近くを皆殺しにできる戦闘力を持っているのはリアノーラとユーフェミアだけ。リアノーラに王位簒奪の嫌疑がかけられていることを考えれば、自然と、犯人役はリアノーラになる。


 んで、正気に返った私が自殺か……。


 おそらく、そういうシナリオなのだと思う。あり得なさそうで微妙にあり得る、杜撰なのか考えられているのかよくわからない計画だ。

「にしても、よくもそんなにぺらぺらと話すわね。いいの? 私、誰かに言っちゃうかもよ」

「私の雇い主によると、どうせ死ぬのだから関係なのだそうだ」

 なにその暴論。ちなみに、リアノーラの背後にはロレッタもいるのだが、まあ、彼女は気が弱いから、嘘が押し切られてしまう可能性がある。

 ということは、リアノーラは彼を倒してチャールズ4世たちに合流しなければならない。道のりは険しい。

「そうかぁ……ちなみに、あなたは《暗黒のカネレ》?」

「私をそんな奴らと一緒にするな」

「これは失礼っ!」

 リアノーラは両掌を合わせて男の方に向け、衝撃波を放った。当たり前だがよけられた。ロレッタが悲鳴を上げる。そして、攻撃魔法を返された。リアノーラはそれを弾き返すが、これではだめだな、と思った。どうにかして近づかなければ。

 しかし、近づけば剣で対抗されるだろう。リアノーラは特別剣の腕が優れているわけではないから、よくて防戦一方、悪ければ一撃でやられる可能性がある。


 と。


 目の前に切っ先が現れた。リアノーラは手の甲で刃を払いのけるように避け、自分の腰の剣を抜いた。

「下がって! 私から離れて!」

「はっ、はいっ」

 ロレッタがあわててリアノーラから距離をとる、リアノーラは再び振り下ろされた剣を受け止めた。力比べでは、負ける。

 リアノーラは足を振り上げると、男のみぞおちを蹴ろうとしたが、それを察せられ、後ろに飛びのいてよけられた。思わず舌打ちする。

 剣先を床の方に向け、魔法陣を刀身に向けて展開する。リアノーラの剣の技量は相手の男に劣っている。しかし、魔法でカバーしないよりはましだろう。

 魔法で強化された剣のぶつかり合いは続いた。女であるリアノーラは、男に体力面で負けている。

 刃がぶつかるたびに両者の剣にかけられた魔法が相互作用を起こし、火花を上げ、周囲の壁に被害を与えた。火花の一部がリアノーラの髪に飛ぶと、彼女はためらいなくその髪を切った。

「ほう。思い切りがいいな」

 言葉を返す余裕のないリアノーラはそのまま無言を貫いた。リアノーラの下段からの攻撃はすれすれで避けられ、横なぎに振り払われた男の剣はかわしきれなかった。リアノーラはとっさに防御魔法を展開すると、攻撃を受けた左腕を魔法で守る。骨までは斬られなかったが、肉は避けた。結構痛い。

 アストラル界に落とせると楽なのだが、おそらく、この男には効くまい。魔術師にも精神系魔法は効きやすいものと効きにくい者がいる。この男は明らかに後者だ。

 リアノーラは剣を持ったまま腕を前に伸ばし、手のひらを両方とも男の方に向けて重ねた。きぃぃぃん、と聞こえないはずの音が聞こえるような気がした。リアノーラの魔法の一つ、アストラル系魔法を応用した精神に揺さぶりをかける魔法だ。

「超音波か。なかなかの精度だな」

 ダメか。リアノーラは内心舌打ちした。効かなかったうえに講評までされた。

 長距離の魔法戦では決着のつきようがないため、どうしてもこの接近中に何とかしてしまいたい。リアノーラは魔法を剣の周りで小さく震わせ、息を整えてから再び男と打ち合った。

 明らかにリアノーラが受ける攻撃の数の方が多かった。蹴られたわき腹が痛い。それにしても、なぜ、


 彼は、自分を殺さないのだろう。


 リアノーラはふと思った。彼はその気になればリアノーラを殺せるはずだ。リアノーラは剣先を心持下げると、声を張り上げた。

「あなた、名前は!?」

 男は目を見開いた後、答えた。

「……ダグラスだ」

「ではダグラス。あなたが命じられているのは、私の殺害ではないわね?」

「なぜそう思う?」

「勘」

「……」

 ダグラスと名乗った男は沈黙した。そんな目で見るな。私の勘はよく当たるんだぞ。

「おそらく、私をこの屋敷に足止めすること。たぶん、湖ではシェフィールド大公が陛下たちを殺している最中かしら」

 その中に、リアノーラが飛び込んで行ったら困る。しかし、リアノーラには湖まで来てもらわなければならない。なぜなら、チャールズ4世たちを殺すのはリアノーラの役目になっているから。

 つまり、シェフィールド大公にとってリアノーラがこの屋敷に残ることは、偶然の幸運だったということだ。

「だから、取引しましょう」

「取引?」

「そうよ」

 ダグラスはシェフィールド大公に忠誠を誓って彼に協力しているわけではないはずだ。となれば、説得できる可能性がある。

「今から、私はシェフィールド大公を止めに行く。もしも、私が彼に勝ったらあなたを見逃す。負けたら私を殺してちょうだい」

「俺なら、別にお前にかばってもらわずとも逃げ切れる」

「……でしょうねぇ」

 ダメか。名案が思い浮かばない。

 しかし、ダグラスは外を見ると、言った。

「行っていいぞ」

「はっ?」

「だから、湖に行けばいい」

「……マジで?」

 何を考えているのかわからず、リアノーラはまじまじとダグラスを見た。彼は表情を変えずに言ってのけた。

「俺が命じられたのは確かにお前の足止めだ。最悪、殺してもいいとは言われたが、その場合、死体を引きずっていくのは面倒だからな」

「……そうね」

 何とも言えない気持ちになりつつ、リアノーラはとりあえず同意を示した。

「ただし、その足止めは午後3時までだ」

「何で?」

「シェフィールド大公に頼まれたのは、午後3時までの足止めだからな」

「どうして?」

「そういう契約だからだ」

「……何よ、それ」

 リアノーラはあきれて置時計の時間を見た。確かに、午後3時を過ぎている。

「俺は《カネレ》のように組織に守られているわけではないからな。おそらく、シェフィールド大公はクーデターが成功しても、事情を知っている俺を野放しにしない」

「……だから、口封じをされると? あなたなら彼からも逃げ切れるでしょう?」

「確かにな。しかし、二度とアルビオンの地は踏めない。別にかまわないが、お前たちが勝てば、お前は俺を見逃すように国王と宰相に頼むだろう?」

「……まあ、そうね」

「国家に追われるのと、国家に見逃されること。どちらがいいかなど明白だろう。お前はその場しのぎで言ったのかもしれないが、なかなか俺にメリットのある取引だったぞ」

「……そうかい」

「お前は私に勝てないだろうから、お前にとってもメリットがあるな」

「余計なお世話よ」

 リアノーラは腹が立ってそういった。




 とはいえ、リアノーラはありがたく(?)屋敷を後にし、湖に向かうことにした。

 しかし、ロレッタを連れて行くわけにはいかない。悩んだ挙句に、リアノーラはアリンガム教会の主教に彼女を預けた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あと、3話くらいでしょうかね……。

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