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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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それぞれの思惑

「うぐ……っ。気持ち悪ぅ……」

「……」


 ユーフェミアは無言で洗面台から離れられない妹の背中をさすった。「おぇっ」と気持ち悪そうな声が聞こえるが、もう吐き出すものはなくて、胃液が出てくる。ユーフェミアにはよくある感覚だが、妹がなるのは珍しい。

「大丈夫か、リア」

「大丈夫じゃない~っ」

 また吐いた。


 とりあえずユーフェミアはリアノーラにいいだけ吐かせると、彼女を与えられている客室に戻した。リアノーラがこうしてユーフェミアの面倒を見てくれることは多いが、基本的に丈夫なリアノーラの世話をユーフェミアがするのは初めてかもしれない。

 ベッドに半身だけ起こしたリアノーラは顔面真っ青である。どうにか水分はとったが、とっただけだ。


「リア~、大丈夫?」


 母のディアナだ。父アルヴィンと弟クリストファーを連れてお見舞いに来たらしい。ディアナは心配そうにしつつも面白そうに言う。

「珍しい光景ねぇ」

「そうかもね」

 ユーフェミアはそう返答してディアナの発言を流した。クリストファーが心から心配そうに「リア、どうしたの?」と尋ねる。そこにディアナが「つわり?」と空気を読まずに言った。その瞬間、アルヴィンが顔をしかめた。


 母上、頼むから不用意な発言は控えてくれ。父上がエドを殺しに行きそうだぞ……。


 ユーフェミアは柄にもなく背筋が寒くなるのを感じた。婚前交渉などしたら、リアノーラの相手が真面目にアルヴィンにしばかれる。シャレにならん。

「違うんだと。毒を飲んだらしい」

 ユーフェミアが事前にリアノーラに指示されていた通りのことを言う。クリストファーが首をかしげて、鋭い指摘をした。

「毒を飲んで、吐くだけで済むの? というか、リア作の解毒剤は?」

「……飲むの忘れた」

 リアノーラがぽつりと言った。リアノーラが作ったという解毒剤はよく効いた。何度か食事に毒が交ぜられていた気がするが、事なきを得ているのはリアノーラのおかげだ。もちろん、解毒剤を飲むのを忘れたのはわざと。彼女の解毒剤は後から飲んでも先に飲んでも効くため、ユーフェミアたちは食事の前に薬を飲んでいた。この辺りまで来ると、察しのいいアルヴィンが気が付いた。

「なるほどな……ここに残ろうと思ったわけか」

「……」

 ユーフェミアは無言で顎を引いた。リアノーラが真っ青な顔で微笑んだ。

「よきに計らっておいて~」

 そのどこか能天気なリアノーラの言葉に、ディアナ以外の3人がガクッとなった。


 今日、湖水地方自慢の湖を見に行く。いわゆるピクニックである。まあ、シェフィールドの自慢だし、客人をもてなすにはうってつけと言える。ちなみに、当初はリアノーラも行くのを楽しみにしていたようだが、昨晩のナイツ・オブ・ラウンドの情報交換・作戦会議で彼女はいけなくなってしまったらしい。


 湖を見に、この屋敷から人がいなくなる。この時がシェフィールド大公を探る(家探しの)好機だ、とユリシーズが判断した。アルヴィンに話を通しておらず、チャールズ4世と決めたらしい。リアノーラが間に入れば、いやでもアルヴィンの耳に入るからだ。そして、彼も同じ判断をするだろうと判断された。

 リアノーラが選ばれたのは、隠密行動をするのに彼女が一番適しているからだ。魔術というものはこういう時に便利。証拠が科学で証明できないからだ。セレストでもよかったのだが、大公であるので却下された。


 そして、どうやってこの屋敷に残るか、が問題になった。リアノーラは傍目にも湖に行くのを楽しみにしていたし、興味がない、という振りは今更無駄だ。

 そこでとられたのがわざと毒を飲む、というもの。毒ではなく、少し気分を悪くさせる薬らしいのだが、面倒なので毒と言った。


 体調が悪ければ、屋敷に残るしかない。そう考えたわけだ。アルヴィンがため息をつく。


「面倒だから、つわりということにしておけ」

「何がどう面倒なの……」


 まあ、わざわざ毒を飲んだと言いふらしたり、体調が悪いというよりも、つわりと言った方が何となく「ああ、そう」という感じになるのはわかる。




 まあ、それはともかく。少々かわいそうだが、リアノーラをおいて、一行は湖へと出発した。ちなみに、アルヴィンは「つわりにしておけ」と言ったが、それはさすがにないな、と判断したユーフェミアによって情報統制がなされている。というわけで、リアノーラは合わないものを食べたらしく、おなかを壊したことにしておいた。


「リア、楽しみにしていたのにな……」


 同じ馬車に乗っているソフィアが言った。この馬車にはユーフェミア、ソフィア、クリストファー、ジェームズ、マリアンヌの5人が乗っている。ユーフェミアとマリアンヌに挟まれているソフィアは言葉をつづけた。

「シェフィールド大公の次女のロレッタも来なかったらしいな。なんでも体調を崩したらしくて」

「そうなのか……」

 ユーフェミアは余計なことを言わないように気を付けた。ソフィアはリアノーラが来なかった真の理由を知っていそうだが、マリアンヌたちまでが知っているかはわからない。そのため、不用意な発言は控えることにしていた。

 つまり、今、あの屋敷にはリアノーラとロレッタがいることになる。リアノーラの目的はシェフィールド大公のあらさがしだが、娘のロレッタがいるのに、うまくできるだろうか。とはいえ、リアノーラならうまくやりそうな気はするので、ユーフェミアは特に気にしないことにした。むしろ、問題はユーフェミアたちのほうかもしれない。

「ユフィは体調は大丈夫か?」

「私か。今のところ大丈夫だな」

 シェフィールドの土地があっているのか、ここに来てから比較的調子のいいユーフェミアである。1度体調を崩したが、1日寝ていればすぐに治った。

 今回のピクニック先の湖で何があるかわからない。しっかりしなければ、と思う。リアノーラがいなくなるだけで、これだけ戦力的に不安になるとは思わなかった。

「あ、外、景色がきれいですよ」

 ちょうど会話が途切れたところで、マリアンヌが馬車の窓から外を見ながらそう言った。ユーフェミアはマリアンヌが見ている方と逆の窓の外を見た。

「ほう。これは確かに見事だな」

 ユーフェミアもマリアンヌに同意した。見ている方向は違えど、景色の素晴らしさに違いはあるまい。


 湖水地方、と呼ばれるだけあって、この地方にはあちこちに湖がある。目の前にはなだらかな丘と緑を背景に、2つの湖が隣接していた。言葉で表現しようがないほど、その景色は美しかった。リアノーラが「行きたい」とごねていた気持ちもわかる気がする。


 まず、湖が見えるログハウスで昼食をとった。そのあと、ユーフェミアはリアノーラの代わりに遊んできてやろう、と思ったのだが(あとで話してやろうと思ったのだ)、両親にストップをかけられた。そういえば、ユーフェミアは病弱設定多だった……いや、本当に体は弱いけど。

 クリストファーとジェームズがシェリルとブルースと遊んでいる。お目付け役はセレストとデュークなので、大丈夫だろう。とりあえず、ユーフェミアはソフィアと離れないようにすることにした。

 湖に入るのはダメ出しを受けたが、木陰でソフィアとマリアンヌと湖を眺めていた。眺めるだけでも十分目に楽しい。


「お楽しみいただけていますか?」


 シェフィールド大公がにこやかにセレストたちに話しかけるのが目に入った。ユーフェミアは何となくそれを目で追う。セレストが笑顔でうなずく。

「ええ。子供たちも楽しんでいるようです。いいところですね、シェフィールドは」

「そういっていただけると幸いです」

 ユーフェミアがシェフィールド大公とベイリアル大公を眺めていることにソフィアとマリアンヌも気が付いたらしく、ソフィアが身を乗り出してきた。

「何のつもりかな、シェフィールド大公は」

「さぁ……」

 さすがにそう答えざるを得ない。だってわからないからな。ちらりと目をやると、クリストファーとジェームズがシェリルとブルースをかばうようにしながら湖を出ているのが見えた。


「さすがに勘がいいというか……私としては、ここでおとなしく死んでいただきたいだけなのですが……」


「フィーア、マリア。こっちに」

 ユーフェミアはシェフィールド大公の不穏な発言を聞いて、ソフィアとマリアンヌを引き寄せた。

「ユーフェミア様」

 名前を呼ばれて振り返った。振り返ってから、しまった、と思った。目の前に銃を突きつけられていた。

「ユフィ……」

 心細げなマリアンヌの声に振り返ると、ソフィアとマリアンヌも捕まっていた。ナイツ・オブ・ラウンドとチャールズ4世夫妻、フェアファンクス夫妻は別の場所にいる。ここから見える位置にいるが、彼らも捕まっただろう。


 全員が湖のほとりに集められた。シェフィールド大公は優しげな表情で首をかしげた。


「悪いな、エリック。私は王位がほしい」

「お前は昔から強欲だなぁ」


 状況がわかっていないのではないかと思うほどのんきな口調でチャールズ4世が言った。ユーフェミアとアルヴィンが思わず彼をにらんでしまったのは仕方がないことと言えるだろう。

「大丈夫だから」

 セレストが泣き出す双子をあやすように抱きしめていた。大丈夫では……ないのだが。

「あなた方には、ここで死んでいただく」

「あなたが殺したことがわかれば、あなたが国王になることはできない。アルビオン内乱の頃とは状況が違うのですよ」

 アルヴィンが、さすがは宰相というか、理屈っぽく言った。しかし、シェフィールド大公はひるまなかった。

「そうですね。幸い、この場にはリアノーラ嬢がいない。彼女には王位簒奪の嫌疑がかけられているはず。それを本当にしてしまいましょう」

 当然、リアノーラには家族を皆殺しにするような甲斐性はない。特に、アルヴィンとエドワードは殺せないだろう。しかし、そのあたりは錯乱していた、などと言い張るつもりなのだろう。そのリアノーラも、自殺に見せかけて殺すつもりなのだ。

 目の端で、アルヴィンとエドワードが腰を落とすのが見えた。一気に制圧するつもりなのだろう。ユーフェミアはそれに追随すべく、大地を強く踏む。

 銃声が響いた。

 この集団を殺してしまおうと考えるなら、ユーフェミアでもアルヴィンとエドワードを先に始末する。ディアナが悲鳴を上げて膝をついたアルヴィンに縋り付いた。その腹部から流れる血。こんな時だが、リアノーラがいなくてよかったと思った。彼女がいたら、確実に、切れる。エドワードも撃たれ、地面に腕をついている。


 唐突に、ユーフェミアは馬の足音が近づいてくることに気が付いた。そちらを見やると、物凄い勢いで馬がかけてくるのが見えた。その騎手は、


「陛下! お父様!」


 ユーフェミアは思わず天を仰いだ。リアノーラだった。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


タイミングの悪いリア……。私の中でリアはだいたいこんな感じです。微妙に間が悪い。

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