たくらみごと
シェフィールド大公就任10周年といっても、国王の記念式典のように、式典があるわけではない。せいぜい夜会や晩餐会だ。シェフィールド大公は、この地方にとっては王にも等しい。カントリー調の別荘で開かれる小さな夜会だというのに、周辺から多くのシェフィールド貴族が集まってきた。
この場所にフェアファンクス公爵令嬢としているリアノーラはこっそりため息をついた。さすがに踊り続けて足が痛い。微笑み続けるのもつかれた。頬の筋肉がつる。
「お疲れ」
横合いから水の入ったグラスを差し出され、リアノーラはありがたくそれを受け取った。声でわかっていたが、笑みを浮かべたエドワードがそこにいた。
「お互い様でしょ。お嬢様方のお相手、ご苦労様」
リアノーラが男性にもてるなら、エドワードはご令嬢にもてる。リアノーラの場合、どことなくふんわりした印象は完全に見た目の印象でしかないが、エドワードの場合、見た目と中身が釣り合っているからよりもてる。先ほどからひっきりなしに令嬢に声をかけられ、踊っていた。今も遠巻きにエドワードは見つめられている。そして、リアノーラに殺気のこもった視線が送られている。まあ、気にするリアノーラではないが。
エドワードに渡された水を飲み、リアノーラは再び口を開いた。
「人気ね、エド」
「嫉妬する……ほどお前はかわいげがなかったな」
「そうでもないわよー。……っていうか、エドはこんなところにいていいの? 護衛は?」
ふと思ってリアノーラは問いかけた。エドワードはナイツ・オブ・ラウンドの白い制服を着ている。もともと国王の護衛としてシェフィールドに同行しているエドワードは、国王の近くにいなければ役目を果たせない。会場をうろついていていいのだろうか。
そんな問いを受けたエドワードは、少しがっくりした様子を見せた。え、私、何かした? いろいろやらかしている自覚がある分、不安になる。
「……いや、その陛下に情報収集してこいと言われてな」
「ああ……『その無駄にいい顔を生かしてこい』とでも言われた?」
「……よくわかったな」
「私も『その無駄におっとりした顔を生かしてこい』と言われたもの。私の顔、そんなにおっとりしてる?」
「……性格を知ってるからな。顔だけ見ればおとなしそうだな」
エドワードの意見を聞いて、リアノーラは「そうかぁ」と声を漏らした。父のアルヴィンに似ているともいわれるのに、まったくもって不可思議な話だ。
リアノーラは通りかかったボーイに空になったグラスを返す。それからエドワードの腕に抱きついて彼にささやいた。
「で。情報は集まった?」
エドワードはリアノーラの腰を引き寄せると、頭を彼女のほうに傾けた。
「お前の方は?」
リアノーラもエドワードと同じく情報収集を任されていたことに気付いていたらしい。こういうところでは顔と身分がものを言いますからね。リアノーラがおっとりと首を傾けて「どうしてですの?」と言えばたいての男は口を割る。いや、これは王都ではできない芸当ではある。王都ではリアノーラの本性が知れ渡っているし、そんなことをすれば何か企んでいる、と思われるのがオチだ。王都でそんなことをすれば元老院で召喚訊問されるな。
まあそれはともかく、リアノーラとエドワードは情報収集係かつ情報伝達係でもある。リアノーラがフェアファンクス公爵家側、エドワードがチャールズ4世側の情報伝達係。婚約者なのでどれだけ人前でいちゃいちゃしていても不自然ではない、というチャールズ4世の主張による。ちなみに、正式に文書を交わしていないので、現段階では婚約者(仮)だ。
別にいいのだが、なぜ自分とエドワード……と思わないではない。まあ、同じく婚約者(仮)同士のユリシーズとユーフェミアにこれを任せるわけには行かない。ユーフェミアはソフィアの影武者で、あまりおおっぴらに動けないし、ユリシーズでは戦闘力に不安がある。だから、リアノーラとエドワードが妥当なのだ。たぶん。
同じ質問を返されたリアノーラは「外に出ましょう」という言葉で答えた。
夏場とはいえ、北部にあるシェフィールドの夏の夜は少々肌寒い。太陽は偉大だ。肩を出すタイプのドレスを着ていたリアノーラは思わず身震いする。ショールは羽織っているが、薄いのであまり意味がなかった。上着を持って来ればよかった。
肩に白い上着をかけられた。見慣れたナイツ・オブ・ラウンドの制服であるが、エドワードのものなので大きい。体格の違いを感じた。リアノーラも背が高い方なのだが。とはいえ、ありがたく上着を借りることにする。
「……この庭、見晴らし悪くない?」
「……そうだな……」
昼間に見たときは自然豊かな美しい庭に見えたのだが、夜に見ると異様に死角が多いのがよくわかった。これでは密談してくれ、と言っているようなものだ。これだけ木々が生い茂っていて見苦しくならないのは、この芸術的な草木の配置のためだろう。
「どうやら、シェフィールドには魔術師が出入りしているらしい。どこぞのお嬢様が占ってもらった、と言っていた」
「魔術師……《暗黒のカネレ》かしら。こっちは宝石の話をされたわ。どうやら、どこかから大量流出したみたい。おひとついかがですかって」
「なんて応えたんだ?」
「考えておきますって応えたわ」
歩きながらこそこそと会話をする。エドワードの背丈が高いので若干不自然な体勢となっているが仕方がない。声が聞かれる方がまずい。
エドワードが仕入れてきた魔術師の話だが、魔術師集団《暗黒のカネレ》関連かはわからない。しかし、リアノーラに接触がないことから見て、《暗黒のカネレ》とは別の可能性が高い。
リアノーラが仕入れてきた宝石の大量流出の話は、おそらく、シェフィールド大公が軍資金を集めているのではないかと思う。断定するのは危険だが、高価な宝石が大量に出回る裏には何かあると考えていい。
相変わらずこそこそと情報交換をしていると、不意に茂みから喘ぎ声が聞こえた。リアノーラは突然のことに驚いてびくっとする。
「あー……なるほど。そういう用途か」
何やら感心したようなあきれたような口調でそう言いながら、エドワードがリアノーラの肩を抱き寄せた。リアノーラは一応抗議した。
「何かしたら殴るわ」
「いやいや。しないから。宰相、怖いし……」
どうやら、エドワードは割とマジでアルヴィンが怖いらしい。リアノーラはおかしくてちょっと笑った。
とりあえず、情報交換は終わったので、それぞれアルヴィンとチャールズ4世に伝えに行こうと庭を後にすることにした。と、リアノーラは唐突に立ち止まった。
「誰か来るわ」
「誰だ?」
リアノーラは探査能力に優れるわけではない。だから、むしろよく効く夜目で道の向こうを見て--ぎょっとした。こそっと叫ぶという器用なふるまいをした。
「マーティンだわっ」
「マーティンってシェフィールド大公子息の?」
「そのマーティンよ。どっかに隠れ……」
「ふーん。ちょっと来い」
エドワードに腕を引っ張られ、茂みに足を踏み入れた。ちょ、あんまりそんなところをうろつくと、ドレスの裾が裂けるんですけど。リアノーラが裾を気にしていると、強い力で腰を引き寄せられた。文句を言ってやろうと顔を上げると、口づけられた。
「!?」
あわてて身を放そうとするが、体勢が悪い。エドワードに包み込まれるように抱きしめられているので腕も動かせなかった。
というか、さすがに息苦しいんですけどっ。
リアノーラは喘ぎ声ではなくうめき声をあげた。すると、一度唇を離されたが、またふさがれた。がくっと膝が折れる。エドワードに抱きしめられているので膝をつくことはなかったが、全体重をエドワードに預けることになった。
やっと解放されたときには周囲から人気はなくなっていた。リアノーラは膝が震えてまともに立てず、エドワードの肩につかまった。涙目でエドワードを睨みつけた。
「いきなり何するのよ! やるなら先に言いなさいよ!」
「言ったら……痛っ! 髪を引っ張るな!」
「うるさいわ!」
おそらく「言ったらやってもいいのか」と聞こうとしたエドワードの束ねられた金髪を思いっきり引っ張った。自分の主張が理不尽である自覚はあるが、今回に限ってはエドワードが悪い。
そして、男女の違いを見せつけられた気がした。力で押さえつけられれば、リアノーラに対抗するすべはない。そのことが悔しかった。だから、これはエドワードが悪いが、リアノーラの八つ当たりでもある。
リアノーラは盛大に鼻を鳴らすと、エドワードの髪をパッと放した。エドワードは後頭部をさすりながらリアノーラを見下ろして、優しげな口調で言った。
「でも、わかっただろ」
「何が」
不機嫌に唇を尖らせるリアノーラに、相変わらず優しい口調でエドワードは言った。
「お前が、魔法を使って理不尽に攻撃するような、悪い魔女にはなれないということ」
言われて思わずはっとした。確かに、今こそ魔術でエドワードを吹き飛ばせばよかったのだ。しかし、リアノーラはそうしなかった。リアノーラは思わず考え込んだ。とっさに判断できなかったのもあるが、リアノーラがエドワードが言うところの『悪い魔女』だったとしたら、確かに彼を魔術で攻撃していたと思う。
リアノーラは自分の力が怖いとエドワードに言ったことがある。それでもリアノーラが魔術を使うのは、彼女の対抗手段が基本的に魔術だからだ。剣も使えるが、男と真正面と戦えば勝てない。リアノーラが他人を圧倒できる力は、魔術だけだ。
呪文ひとつでリアノーラは、多くの人を殺せる。傷つけられる。
魔法がすたれたこの世界では、魔術師はなかなか認められない。リアノーラは自分自身が奇異の目で見られていることを知っているし、嫌だな、と思いつつ、仕方がないとも思っている。世界からずれているのは、リアノーラの方だからだ。
多くのものが魔術を悪意を持って使用しようとするのを見て、リアノーラはいつか自分もそうなってしまうのではないかと恐れていた。
だから、エドワードに『それはない』と言い切られてちょっとうれしかった。
だから、リアノーラはエドワードのことが好きなのだ。
「……戻るぞ。リアは宰相に報告してくれ」
「……わかったわ」
考えにふけっていたリアノーラはエドワードに手を引かれて声をかけられ、何事もなかったかのようにうなずいた。
* + 〇 + *
「出入りする魔術師に、大量に出回る宝石か……疑ってくれと言っているようなものだな」
「リアよりもよっぽど怪しいよねぇ」
ユリシーズのつぶやきに反応したのはエリスだった。エドワードの報告を受けたところである。チャールズ4世から少し離れたところで、ユリシーズ、エリス、エドワードが固まっていた。
「リアは何か言っていたか?」
「断定するのは危険と言っていたな。あと、宝石はどうかと勧められたそうだ」
若干ずれた回答をしたエドワードである。とはいえ、ユリシーズも『断定は危険』に賛成だ。アルヴィンもそう判断するだろう。とはいえ、警戒はするに越したことはない。問題は証拠集めだ。証拠がなければ、どうすることもできない。
「……宝石がシェフィールド大公家から流出したとして……武器を集めている証拠は押さえられると思うか?」
「無理だと思うよ」
若干おっとりした口調でエリスが言った。伸びてきた黒髪を縛っている彼は、やはりどこからどう見ても絶世の美女に見えた。
「戦争を起こそうとしているのならともかく、クーデターならそんなに武器はいらないと思うよ」
クーデターも十分戦争の一つだと思うが、エリスが言いたいのはそういうことではないのだろう。ここはシェフィールドの地であり、この場で王位を簒奪するには、ここにそろっている王位継承権上位者をすべて殺せばいいのだから。ベイリアル大公も殺せば、アルビオン全土が手に入ることになるし、宰相のアルヴィンもいなくなれば、アルビオンの実権が手に入る可能性がある。
「……」
3人は沈黙した。ベイリアルの方はセレストの夫のデュークの兄、グレン=イーストンを王都に残してきている。ベイリアル大公家の傍流であるイーストン伯爵家の長男であるグレンなら、ベイリアルをよきに計らってくれるだろう。問題は王家だ。
「……ユーリさん。どうするの」
エリスが尋ねた。証拠がなければどうにもならない。
ないなら、出させればいい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
リアはどっちかっていうとツンデレですね。エドは殴り倒そうか迷いました。




