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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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魔女の活躍


 アルヴィンは、おっとりと笑っている自分の娘を見てため息をついた。どこからどう見ても腹黒いサディストには見えない。いったい誰に似たのだろうか。


 現在、王家、フェアファンクス家、ベイリアル家、シェフィールド家で会食中である。ベイリアル大公家の幼い双子とフェアファンクス公爵家の長女ユーフェミアはいない。双子は幼いからだが、ユーフェミアは体調を崩した。ということになっているからだ。そのほうが何かと動きやすい。


 しかし、この件で動くことになるのはリアノーラの可能性が高い。なぜなら、シェフィールド大公ハーヴェイの娘がリアノーラをにらんでいたからだ。


 ハーヴェイの子供は3人いる。息子、娘、娘の順だ。ちょうどうちとは逆である。その中の上の娘の方、エリノアだ。ハーヴェイがチャールズ4世、ディアナといとこになるので、リアノーラとエリノアはまたいとこにあたる。しかし、あまり似ていない。


 エリノアは金髪碧眼の標準的なアルビオン人の外見をしていた。身内の欲目も入っているかもしれないが、リアノーラの方が美人だ。エリノアもそこそこ顔立ちが整っているが、化粧で誇張されてやや不自然だ。たぶん、アルヴィンがナチュラルメイクが好みなのもあるだろう。あと、うちの女どもに化粧っ気がないことも関係しているだろう。一番化粧をするのがリアノーラであるという時点で何かが間違っている気がする。

 いくらまたいとこと言っても、似ていないものは似ていない。そもそも、兄妹であるチャールズ4世とディアナも似ていない。叔母姪の関係であるアンジェラとセレストも似ていないな。まあ、いとこ同士のリアノーラ・ユーフェミアとウェンディも似ていないし、こんなものなのだろうか。基本的にフェアファンクス家の遺伝子は強く、兄弟がそれなりに似ているアルヴィンは内心首をかしげた。


 リアノーラは彼女のパーソナルカラーである翡翠色のドレスを着て、エリノアの敵意になんて気づいていないかのように話しかけている。エリノアは今年で19歳らしい。ユーフェミアと同い年だ。ジェームズと同い年でもある。


 果たして、リアノーラはエリノア嬢にいったい何をしたのだろうか。我が娘ながら、やることが予測できないのがリアノーラという娘である。知らないうちにエリノアをいじめていたのか? いや、それはないな。リアノーラはいじめっ子ではない。サディストだが。むしろ、やられたらやり返す派だ。


 最近はエドワードに対する暴力が気になるが、あれはリアノーラの愛情表現の一つなので気にしないでおく。魔術を使わない限り、リアノーラはエドワードに勝てないから問題ない。


 それより、エリノアのことだ。本気で何をした。ちょっと抜けている子を装うリアノーラは見事だが。


 一応、ハーヴェイのほかの子供たちも紹介しておくと、長男マーティンは茶髪に碧眼の優男系の男だ。いかにも『何か企んでいます』と言わんばかりの容貌。リアノーラくらいうまく隠せ。年は今年で22歳らしい。ウェンディと同い年になる。末の娘はやはり茶髪に碧眼のおとなしそうな少女、ロレッタだ。年は今年で17歳だそうだから、リアノーラと同い年のはずだが、何だろうか、この差は。


「エリノア様。リアに興味がおありですか?」


 いきなり地雷を踏んだのはチャールズ4世だった。エリノアがきっちり化粧をした目元をきっとリアノーラに向ける。リアノーラは生来のはかなげな微笑を向ける。口を開かなければ、リアノーラははかなげな令嬢で通る。

「年が近いですから、仲よくしてやってくださいね」

 とディアナもにっこり笑う。チャールズ4世の場合は完全に狙っているが(面倒そうなエリノアを押し付けようとしている)、ディアナの場合は素か計算かわからないのでたちが悪い。リアノーラもニコッとしていった。


「私でよろしければ、エリノア様。仲良くしてくださいね」


 そうしていると、サディストには見えないから不思議である。とはいえ彼女は、本日薔薇園で、一応婚約者であるエドワードをパラソルで殴っているところを目撃されている。ちなみに、パラソルの方がご臨終になった。

「……ええ。よろしくお願いしますわ」

 エリノアが押し出すような声で言った。エリノアよりもリアノーラの方が身分が高い。無下にできないのだ。しかも、頼んできたのは国王とその妹。断れないだろう。

 体よくリアノーラに押しつけやがった。見たところ、ロレッタの方は無害そうだし、問題はハーヴェイ、マーティン、エリノアの3人か。

「エリノア。10年前にリアノーラ様とあっているよ。覚えていないかい?」

 当時6歳のリアノーラは覚えているか微妙だが、当時8歳のエリノアなら覚えている可能性がある。もしかしたら、エリノアがリアノーラをにらむのは10年前に原因があるのかもしれない。エリノアはひきつった笑みを浮かべた。


「……何となく、記憶にございますわ」

「まあ。ありがとうございます。でも、申し訳ありません。私はまだ小さかったから、エリノア様のこと、覚えていないんです」


 ひどい。さらりとひどいことをリアノーラは言った。やっぱり覚えていないのか。そんな気はしていた。


 10年前、シェフィールドを訪れた時、アルヴィンはまだ騎士だった。ナイツ・オブ・ラウンド第2席としてウィリアム3世に同行した。あのころはユージェニーがナイツ・オブ・ラウンドに加入したばかりで、面倒を見ていたのを覚えている。


 アルヴィンが10年前のことを回想していると、ハーヴェイも同じことをしていたらしい。アルヴィンに話しかけた。

「アルヴィン殿も、私が大公になった時はまだ騎士をされていましたな。やめたと聞いて驚きました。あなたほど騎士にふさわしいものはいまいと思っていたので」

「……ありがたいお言葉です」

 アルヴィンは無難に返す。もともと、アルヴィンはこういう場の会話があまり得意ではない。そこらへんはユーフェミアやクリストファーに遺伝してしまったようだ。ユーフェミアはまだうまくやるが、クリストファーが問題だ。彼こそ、ディアナに似るべきだったのだ。


「代わりにリアノーラ様がナイツ・オブ・ラウンドになられたようですな」


 ハーヴェイがリアノーラの方を見て言った。その目は、こんな小娘にナイツ・オブ・ラウンドなど務まるのか、と言っていた。たぶん、間違っていないだろう。あからさまだからな。


 それにリアノーラが気づかないわけがない。リアノーラはハーヴェイに向かって微笑んだ。

「はい。本当はもったいないのですけど、父の代わりに頑張りますの」

 絶対そんなこと、思っていないな。リアノーラはアルヴィンとは別の人だ。代わりに頑張ることはない。リアノーラの戦闘スタイルはアルヴィンとは全く違うし、むしろ戦い方の近いエドワードに「アルヴィンの代わりに頑張る」と言われた方がしっくりくるくらいだ。そもそも、リアノーラの性格的にありえない。


「リアノーラ様は謙虚ですな」


 ハーヴェイはリアノーラの演技に気付いているのかいないのか、そう言った。

ちなみに、アルヴィンが「殿」で、リアノーラが「様」で呼ばれているのは、その出自の差である。王女を妻にしていようが、アルヴィンはただの公爵だ。対して、リアノーラは王位継承権を持つ。しかも高位の。頑張ればアルヴィンにも王位継承権は存在するが、ハーヴェイの継承順位よりも低い。

 食事が終わり、食堂を出てから、アルヴィンはディアナを伴ってリアノーラを呼び止めた。


「リア」

「はい?」


 ユーフェミアの代わりにソフィアについていたリアノーラは足を止めて振り返る。一緒にいたソフィアとジェームズも振り返った。ちなみに、クリストファーはマリアンヌと一緒だ。

「ちょっと話がある」

「わかった」

 リアノーラは素直にうなずいた。ここは敵地と言っていい。連携は大切である。



* + 〇 + *



 その夜。ある寝室に侵入者があった。合鍵を持って扉をそっと開け、その寝室に入る。中肉中背の、骨格からして男。暗くて顔は見えない。

 男はベッドに忍び寄ると、覗き込んだ。薄い色の長い髪がシーツに散らばり、彼女は浅い寝息を立てている。寝ていることを確認し、男はベッドに膝を乗せて、襲いかかろうとした。


 が。


 男の顎に掌打が入る。逆に襲われた。さらにシーツごとわき腹を蹴られ、ベッドから転げ落ちて悶絶する。

「な、何だ、お前!」

「それはこっちのセリフね」

 ベッドから飛び降りてちゃっかり靴を履いた女は、彼の狙っていたソフィア王女ではない……そのいとこのリアノーラ嬢だ。薄暗いので銀髪に見えたその髪はよく見ると銀の強い亜麻色である。


「さて。ここで私に投降するなら痛い目見なくて済むわ。どうする?」


 彼女はやる気満々で言った。両手を腰に当てて、かなり偉そうだ。彼女にそんな戦闘力があるのか? おそらく、ソフィアの身代わりだろうが、1人でいる女には変わりがない。男は格闘技の訓練を受けていて、戦闘には自信がある。リアノーラに襲い掛かった。しかし、右のジョブは軽々とよけられる。

「遅いわよ」

 リアノーラは男の右腕を引くと、その勢いも含めて思いっきり鳩尾に膝蹴りを加えてきた。思いっきりやるか、普通!? しかし、やるのがリアノーラと言いう女だ。真正のサディストである。鳩尾をおさえてしゃがみこんだ男に、更に蹴りを入れる。


「これ以上痛い目見たくなかったらおとなしくしててね……っと! なんだぁ?」


 令嬢にあるまじき声をあげながら、近くにあった窓から離れた。その瞬間、窓ガラスが割れて中に誰か入ってきた。覆面をしている。覆面は、短剣をリアノーラに差し向けた。

「え、ちょ」

 リアノーラは短剣を器用によけるが、相手も強い。夜這い男なんて目じゃない。しかも……。


「あんた、魔術師ねっ!」


 自分も魔術師だからわかる。相手は魔術師。つまり、魔法剣士だ。リアノーラは最低限の魔術を展開して応戦する。とにかく、武器を何とかしなければ。

 多少怪我をすることを覚悟で、武器のある手を取った。そのままひねりあげ、武器を取り上げる。腕が結構深く切れたが、仕方がない。と思ったら、覆面は自力でリアノーラの腕を振り払う、もともと、リアノーラはそんなに腕力が強くない。


 武器がないので格闘戦に入る。一発回し蹴りを食らったが、後はよけた。

「リア! 大丈夫か!?」

「エド、ナイスタイミング!」

 リアノーラは扉の外に叫ぶと、覆面に飛び蹴りを食らわせる。近くにあった椅子を持ち上げて投げる。魔術の結界に阻まれた。結界を展開するとき、必ずと言っていいほど隙が生まれる。リアノーラは両手をそろえて掌打を食らわせた。魔術で威力を増したその打撃は覆面を吹き飛ばした。

「ちょ、リア、開かないわよ!?」

 ウェンディの声も聞こえる。リアノーラは「今開けるわ」と振り返る。すると、確かに倒したと思った魔術師の方が起き上がる。


「しぶといっ」


 繰り出された右腕を左手でつかみ、即座に技をかける。力の押し合いだと女のリアノーラが負けるに決まっている。膝を鳩尾に叩き込もうとするが、阻まれた。仕方がないのでフェイントをかけて首筋に手刀を叩き込む。

「だあああっ!」

 悶絶していた最初に侵入してきた方の男が短剣を拾って振り上げてきた。避けて肩を突き飛ばす。その間に魔術師が逃げた。

「あ、待たんかコラ!」

 リアノーラが指棒を魔術師の逃げた窓に向けた。魔力の塊がまばゆい光になって放出される。窓をぶち破ったが、魔術師は捕らえられた気配はなかった。しかも、男が起き上がり襲い掛かってくる。リアノーラはとっさにターゲットを変更した。男の腕をねじりあげて床に伏せる。


「おとなしくしろ! 腕折るわよ!」


 警告を上げた瞬間、リアノーラは男の二の腕を破壊した。男はぎゃあ、と悲鳴を上げておとなしくなった。扉の外では「早くあけろやぁ!」とウェンディが叫んでいる。

「はいはい。ちょっと待ってねー」

 リアノーラは取っ手を触り、張られた結界を破る。がしゃっと扉を開いた。

「遅い!」

「ごめん。不測の事態が」

「つーか、あんた大丈夫!?」

 ウェンディがリアノーラの血の垂れている右腕を取った。リアノーラは悲鳴を上げる。

「痛っ! つかむな、痛いわ!」

「ごめん」

 ウェンディはパッと手を離す。部屋の中に入って男を拘束していたエドワードが振り返っていった。

「ウェンディ。リアの止血をしてやれ。というかリア。腕折ったの、お前か?」

「私ですけど。なんか文句あるの?」

 早速ウェンディに止血してもらいながら、リアノーラはすねたように言った。


「よく頑張ったなってこと」

「……」


 気のせいか、エドワードのリアノーラのサディスト発言を避けるスキルがアップしている気がする。


「で。どうやって侵入してきたんだ?」

「そいつは合鍵で入ってきたわ。今日は結界を張ってなかったからね。はい、合鍵」


 リアノーラは空いている方の手でエドワードに向かって鍵を投げた。組み合っているときに男から強奪したものだ。エドワードは器用に鍵を受け取る。

「……本物の合鍵じゃないな。偽物のスペアキーだ」

 言い切ったエドワードにリアノーラは驚愕する。

「そんなことわかるの?」

 ウェンディが不思議そうに尋ねた。彼女はリアノーラに器用に包帯を巻いている。ハリエットは医師免許も持つ天才なのだ。どうしてそんな頭のいい人の娘がこれなのだ。


「どこからどう見ても違うぞ。この屋敷に入った時に、宰相にすべての鍵の形を覚えさせられたからな」


 エドワードがふっと笑った。リアノーラは包帯を巻いてくれたウェンディに礼を言う。

「ありがと、ウェンディ。エド、うちのお父様が悪いわね……」

「いいよ。不可能じゃないことだし」

 エドワードはやはり優しかった。こうされると、リアノーラもどうすればいいかわからなくなる。いじめるのもなんだか悪い気がするし。


「あーもう! 甘い空気はよそでだしてちょーだい!」


 ウェンディが叫んだ。空気、甘かったか?


 とにかく、捕まえた男をひっとらえてアルヴィンの元に向かう。アルヴィンはまだ起きているはずだ。ウェンディを見張りに残す。

「お父様、起きてる?」

「……ああ。入れ」

 その間はなんだ。ちょっと思ったが、ツッコミは入れないでおく。

 この部屋はアルヴィンとディアナに与えられたはずの部屋だが、中にいたのはアルヴィンだけだった。リアノーラは首をかしげる。

「あれ。お母様は?」

「お前の部屋だ」

「ああ……そういうこと」

 リアノーラは納得してうなずいた。

 この屋敷に入ったとき、それぞれ客室が与えられている。夫婦は夫婦で一つだ。そのとき、リアノーラはソフィアと部屋を交換している。

「お母様が私の部屋? なら、フィーアは?」

「ソフィア殿下なら、ユフィの部屋だ」

 まあ、ベッドは広いしね。ユーフェミアと一緒にいれば安心でもある。つまり、リアノーラはソフィアの代わりに彼女の部屋、そのリアノーラの部屋にディアナ、そして、ソフィアはユーフェミアの元に乗り込んだということか。


 王女であるソフィアは、まだ婚約者がいない。彼女は王太子だ。彼女と関係を持てば、次の王の配偶者になれる可能性がある。子供ができれば外戚になれる。そんなことを考える人間がいてもおかしくなかった。


「それより、そいつか。侵入者は1人か?」

「1人逃げたわ。ごめん。追い切れなかったのよね」

「お前が追えなかったなら仕方がない。魔術師か」

「そうなの。私とお父様を足したみたいな人だったわ」

「……どんな化け物だ、それは」


 お父様。それ、自分と娘のことを半分化け物って言ってんのよ。わかってる?


 すごく突っ込みを入れたかったが、止めた。ちらっと見ると、エドワードも似たようなことを考えていたのか、顔が引きつっていた。

「魔法をぶっ放したんだけど、手ごたえがなくて。窓枠が壊れたから、後で治しておくわ」

「相変わらず常識はずれな力だな。というか、その男はエドワードがやったのか?」

「いえ。リアがやりました」

 エドワードが即座に答えた。

「……そうか。お前は本当に極端だな……」

「うるさいわよ。ほっといて」

 まあ、魔術師の方が捕まらなくて、八つ当たりしたのは認める。

「ってか、この人、誰だかわかる? なんか見たことがある気がするんだけど」

 リアノーラは首をかしげた。どこかで会っただろうか。シェフィールドにそんなに知り合いはいなかった気がするが。

「ああ。お前のまたいとこだ。さすがに名前はわからん」

 アルヴィンも大概だった。ただし、母方のいとこであることはわかる。

「明日の朝、ハーヴェイ殿の前に突き出す。リア、覚悟しておけ。それと、確保者はエドワードってことにしておけ」

「わかりました」

 エドワードはしっかりうなずいた。生真面目そうに返答するエドワードの横で、リアノーラがニヤッと笑っていた。

「リア。お前は明日、ユフィの所で過ごせ」

 アルヴィンの命令に、リアノーラはとっさに頭を働かせる。

「……つまり、明日は一日部屋に引きこもってろってこと?」

「そうだ。せいぜいショックを受けたふりをしておけ」

「……わかったわ」

 まあ、今演じているキャラ的に、夜這いに会ってぴんぴんしてるのはおかしいもんね……。病弱な姉の世話という名目なら、角も立たない。そして、リアノーラもユーフェミアも2人なら暇ではないし。

 納得したが、不満げなリアノーラの頭を、エドワードが苦笑して撫でた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろ、書き溜めが尽きそうで焦っています。

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