シェフィールド大公
サブタイトルに「シェフィールド」が続いておりますが、一応今回で目的地に到着いたします。
「わあ……っ!」
最後尾の展望車から湖水地方のきれいな景色を眺め、リアノーラが感嘆の声を上げた。珍しく素直でかわいらしい反応に、エドワードも微笑む。
「きれいだな。さすがは有名観光地の湖水地方だ」
「そうね……エドは、湖水地方は初めて?」
「ああ。シェフィールドは初めてだ。うちの領地は、大陸側の海側だからな。行くとしたら、たいていそっちだ」
「そっかぁ」
リアノーラがエドワードを見上げてニコッと笑った。邪気のない笑みにエドワードは、一瞬心臓が大きく鳴ったのを感じた。
「私は2回目。でも、前に来たときは10年前だから、あまり覚えてないわ」
10年前と言えば、ちょうどシェフィールド大公が交代した時期だ。まだウィリアム3世が生きており、アルヴィンはナイツ・オブ・ラウンドだったはず。宰相家族ではなかったが、王族に連なるものとして連れて行かれたのだろう。
「……まあ、落ち着いたら一緒に旅行にでも来るか」
「いいの!? 行く!」
何となく言っただけだったが、リアノーラの食いつきはすごかった。こういう顔を見ると、彼女がサディストと言われているのを忘れてしまいそうになる。なんだかんだ言って、まだ彼女も子供なのだ。
「じゃあ約束な」
「うん」
リアノーラがエドワードに飛びついた。彼女は時々、何をするかわからないから怖い。感情をそのまま行動で表すのだろう。
いくら揺れが少ないとはいえ、動いている汽車でそんなことをすれば危ない。しかも、この展望車は最後部が外に出られるバルコニー型になっており、2人はそこにいた。エドワードは柵をつかんで、片手でリアノーラの体を支える。
「っと。危ないだろ」
「えへへ」
「……そこのバカップル」
かけられた声にエドワードはリアノーラの腰を抱いたままそちらを向いた。ユリシーズが、何やってんだと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「そろそろ着くから、着替えろ。着替えてからいくらでもいちゃつけ」
「……ユーリさん、ユフィが甘えてくれないからさみしいの?」
リアノーラがそんなことを言い出した。彼女にギュッと首にしがみつかれ、エドワードはちょっと苦しい。
「ユフィは器用貧乏だから、甘えるってことを知らないのよね。だから、その辺もよろしくね、ユーリさん」
「……早く着替えろよ」
ユリシーズはリアノーラの忠告を無視して展望車から去って行く。
「……リア。ちょっと苦しい」
「あら、ごめんなさい」
そう言うとリアノーラはパッと腕を放した。身長差の関係で、リアノーラの体が落ちる。エドワードは組みつかれた首を少しさすった。
「リア、楽しそうだな……」
機嫌が良すぎるのもなんだか不気味に思えてきた。いや、かわいいが、時間がたつにつれて何か裏がある気がしてきた。案の定、リアノーラは妖艶に笑った。
「だって、ここは私たちの管轄外でしょ。だから、どれだけ暴れても、後始末は私たちの仕事じゃないもの。思いっきり暴れられるわ」
ちょっとやばい系の発言に、エドワードはげんなりした。
「お前……」
本当に、どうして自分はこんな少女を好きになったのだろうか。あと一歩間違えば、精神科に連れて行かれるような娘だ。割と常識人なのは知っているが。
呆れたような表情のエドワードを見て、リアノーラはまた邪気なく笑う。
「でも、普通に旅行に来たいのも本当。こんな景色のきれいなところ、めったにないもの」
たまに、こういうことを言うからかわいいのだ。それにしても、見た目によらず箱入りなリアノーラである。いや、見た目は箱入りだけど。中身によらず、かな。
「遊んだり、のんびりできたほうが行けど、とりあえず眺められるだけでもいいわ。湖に行きたいわね」
そう言ってリアノーラは展望車から前の車両の方に歩いて行く。エドワードは苦笑してそれに続いた。
ガラッと使用している客室の扉を開けたところで、着替え終えたユリシーズと遭遇した。先ほどあったばかりなのに、早いな。
「早くしろよ」
「わかってるよ」
エドワードはそう言うと、部屋の中に入ろうとしたがその前に問いかけられた。
「リアは?」
「彼女も着替えに行った。ユーリ、ちょっと心配症」
「下に6人もいてみろ。心配症にもなる」
「俺も長男だけど」
ちなみに、ユリシーズは7人兄弟の長男だが、エドワードは4人兄弟の長男だ。ちょっとレベルが違うか。
部屋に入って手早く着替えて髪を結びなおすと、見た目だけはユリシーズもエドワードも立派な騎士である。ちなみに、貴族の男性には長髪のものが多い。エドワードとユリシーズも結べるくらいには長かった。
2人とも元来真面目なので、荷物をまとめて部屋をきれいにしてから廊下に出た。そのまま、王族が使用する客室のあたりで待機していると、汽車がペースダウンした。その頃になって、アンドリューとエリスがやってきた。
「2人とも、遅いぞ」
「アンディが遅かったんだよ」
「まあ、そうだろうな」
あっさりと認めるユリシーズも、簡単に仲間を名指しするエリスも大概である。しかしまあ、アンドリューだから仕方がない。基本的に2人一組で動く体制が出来上がっている。エリスとアンドリューの組み合わせになったのは、戦力を平等に分けた結果である。
「ああ、みんな来てる」
黄色のドレスに着替えたリアノーラが手を振る。そうしていると、ちゃんと令嬢だ。彼女は手につばの広い帽子を持ったまま駆け寄ってくる。
「ウェンディはアンジェラ様を手伝ってるわよ。あと、汽車はあなたたちの後に、私が最初に降りるからよろしくね!」
右手でふざけた敬礼をしてリアノーラはいった。ふざけているが、言っていることはまともだ。今回、シェフィールド大公に招待されている中で一番に外に出て危険に対応できるのはリアノーラに違いないのだから。魔術を駆使した中距離戦を得意とするリアノーラなら、危険に即行動できる。エリスも狙撃ポイントで待機するはずだ。
汽車が駅に停車する。シェフィールド湖水地方の駅、ハンティントン駅。ここから、シェフィールド大公が所有する湖水地方の別宅の一つに向かう。
まず、護衛の騎士たちが下りる。続いてナイツ・オブ・ラウンドの男4人。ウェンディは後から来るだろう。まず、リアノーラを下すのが先になる。
ハンティントン駅は整備された洒落た大きな駅だった。おそらく、観光客が多いからだろう。
エドワードが汽車の出入り口に姿を現したリアノーラの手を差し出す。彼女はその手を借りて軽快にホームに降りた。先ほどは手に持っていたつばの広い帽子を目深にかぶり、顔が半分隠れている。
リアノーラはホームに降りると物珍しげに周囲を見渡した。その目が、目に見えない危険を探していることに、ナイツ・オブ・ラウンドの面々は気づく。
続いて、フェアファンクス夫妻、ユリシーズが手を貸してユーフェミア、クリストファーに手を借りたマリアンヌ、ジェームズとソフィア、ベイリアル公家族、最後に国王夫妻。ウェンディは見た目だけは凛々しく、それに従っている。
さすがに、国王一家とその妹の家族が並ぶと圧巻である。その中の1人であるリアノーラも、いつもサディストであるとはわからない猫かぶりっぷりである。
「久しぶりだな! エリック!」
「ああ、久しぶりだ。ハーヴェイ!」
エリックとは、ジェームズ4世の呼称である。親しいものなどは、いまだに彼をエリックと呼ぶことがあるらしい。呼称とは、たとえばソフィアなどの名前だ。彼女は、即位するとエリザベス2世として即位することになる。彼女の名前がソフィア・エリザベスだからだ。チャールズ4世はエリック・チャールズ。エリザベスやチャールズは号のようなもので、呼ぶための名ではなくあがめられるための名前なのである。
対して、ハーヴェイ=シェフィールドは名前の示す通りシェフィールド大公である。チャールズ4世と同世代のいとこだ。ハーヴェイの母親が、ウィリアム3世の妹なのである。
「セレスト殿、アルヴィン殿もお久しぶりです。ディアナ様、アンジェラ様、またお美しくなられましたな」
歯の浮くようなことを平然と言ってのけるハーヴェイに、エドワードが口の端を引きつらせる。その様子を見て、リアノーラがくすくすと笑っていた。
焦げ茶色の髪に深緑の眼をしたハーヴェイは、くすくす笑うリアノーラに目を止めた。
「これはリアノーラ嬢。ナイツ・オブ・ラウンドになられたとお聞きしましたが」
「はい。でも、シェフィールドに行くなら、公爵令嬢としてではないと失礼になると思って」
「それはそれは。私の大公10周年に、このように大勢が集まってくださり、感謝感涙です」
そういえば、そういう趣旨だった。リアノーラの思ってもいないだろう発言に気を取られ過ぎた。
「積もる話はございますが、早めに移動しませんか? ユーフェミアはまだ体の調子が悪いようですから」
セレストが穏やかに言った。彼女は大公6年目だが、同じ大公であるから、一応シェフィールド大公と対等に話せるのだ。もともと体の弱いユーフェミアを理由に使うところもうまい。セレストの提案で、とりあえず別宅に移動することになった。
馬車に揺られて30分弱。見えてきたのは質素だが立派なシェフィールド大公家の別宅だ。カントリーハウスのようで、かつてのシェフィールド大公は趣味がよかったらしい。
「素敵なおうち……」
マリアンヌが別宅を見てうっとりと言った。セレストが彼女を見てにっこり笑う。
「マリアンヌ様。ニクス宮殿もまるでフェアリーテイル・キャストルではありませんか」
白銀の宮殿、アルビオンの王城ニクス宮殿。今では一般的に宮殿とだけ呼ばれるが、正式にはニクス宮殿になる。確かに、おとぎ話のようなお城である。
「そうですけど、こちらの方が素敵。きれいだけど、決して華美ではなくて」
「気に入っていただけたなら何よりです。さあ、どうぞ」
ハーヴェイがマリアンヌに微笑み、彼女を一番に中に入れた。まあ、妥当だろう。マリアンヌは入りたそうにうずうずしていたし。今度は、リアノーラが最後に入る。
「お部屋に案内いたします。お疲れでしょう。晩餐までごゆるりとお休みください」
ハーヴェイが人のよさそうな笑みで言った。言葉は理にかなっているので、だれも文句を唱えず、案内された部屋に入った。夫婦は同じ部屋、残りは1人部屋で、護衛と侍女3人ずつに一部屋が与えられた。ナイツ・オブ・ラウンドは平民出身のアンドリューやエリスでさえ、騎士侯の爵位を持つことになるからだろう。ベイリアル公夫妻の部屋には、子供たちも入っているので4人だ。
部屋割りは、大体家族で区切られ、ナイツ・オブ・ラウンドは席順の高い方から順番に部屋を決めた。
この部屋割りだと、とりあえず、フェアファンクス家は問題ないだろう。クリストファーとディアナの戦闘力はいまいちだが、2人とも自分の身を護るくらいの技量はある。それに、ディアナは最強の騎士アルヴィンと一緒だ。ユーフェミアは体調が気になるが、リアノーラが隣の部屋だ。クリストファーも同様の理由で大丈夫だろう。リアノーラは心配に及ばない。
残るは、国王一家。もともと、ナイツ・オブ・ラウンドは国王を護るための騎士たちだ。守れなかったら話にならない。リアノーラに部屋に結界を張ってもらい、護身用の道具は渡してあるが。
エドワードたちはシェフィールド大公を警戒している。なので、むやみに計画を立てることができない。露見すると面倒だからだ。だから、できるだけばれない方法で意志疎通を行う。
無難な会話の末、少なくとも1人は国王夫妻の部屋に騎士を置くことにした。それで何とかなるとは言わないが、何もしないよりはマシ。その後、エドワードはリアノーラとともに庭に出た。正しくは、庭に追い出された。
「確かに、婚約者同士ならしゃべってても違和感ないもんね」
リアノーラが花の咲き誇る庭を見ながら言った。その美しさに感嘆の声を上げる。
「すごいわ……! 品種改良されてるのね。もう夏なのに、まだ満開だわ。シェフィールドが涼しいからかしら」
リアノーラは黄色の薔薇に手を伸ばして言った。さっきとはデザインが違うが、やはり黄色のドレスを着ているリアノーラには、何となく黄色の薔薇がよく似合った。
「その薔薇。お前に似合うな」
何となくそう言うと、リアノーラは驚いたようにエドワードを見た。エドワードはうろたえる。
「な、何だ?」
「……そういうこと、気軽に言わない方がいいと思うわ。エドワードは顔がいいんだから。そんなこと、そんな笑顔で言うと、普通の女の子は落ちちゃうわよ」
私は普通じゃないけどね、と最後に付け足すのがリアノーラらしい。エドワードは笑みが引きつった自分の頬に手を当てた。顔がいいって、顔だけか? そういえばリアノーラは意外に面食いだったことを思い出す。
「……お前、俺に一目ぼれしたって言ってたな」
リアノーラがじろっとエドワードをにらむ。
「そうよ。悪い?」
開き直ったように平静に言うリアノーラである。ちょっと怖いが、続けた。
「お前、俺の顔だけ好きになったの?」
「んなわけないでしょう」
やっぱり即答だ。即答されて、ちょっとドキッとする。
「剣が強かったってのもあるけど、年上なのにちょっと抜けてたりして面白いし、それにやっぱり頼れるからかなぁ。ん? 何言ってんだ、私は」
最後に自分でつっこみを入れて、照れ隠しか持っていたパラソルをべしっと地面にたたきつけた。エドワードに背を向けているが、その耳は赤い。
「……じゃあ、エドはどうして私のことを好きになったの。会ったとき、私、まだ12歳だよ」
「ああ。まあ、俺は一目ぼれじゃないし」
ちょっと自分を取り戻したリアノーラがエドワードに尋ねた。エドワードは苦笑する。
「いつもにこにこして元気そうなのに、目が笑ってないのが気になったんだよな、初めは」
「……よく見てるわね」
リアノーラはため息をつくように言った。今でこそ本気で笑うリアノーラだが、会ったばかりのころは目が死んだような子だった。たぶん、チャールズ四世がリアノーラに手伝いをさせていたのは、魔術師が珍しいからではなく、彼女に気晴らしをさせるためだと思った。だから、本当に危ないところにはいかせなかったし、必ず護衛をつけた。
「エドと会ったころは、《暗黒のカネレ》にさらわれてあんまり立ってなかったからね。……今、2年たってただろって思ったでしょ。子供の心の傷を甘く見んじゃないわよ。おばあちゃんになったって引きずるんだから」
ああ、これは完全に開き直っている。そういえば、出会って一年ほどたったころ、リアノーラが突然、今のような性格に変貌したな。いや、もともとサディストのきらいはあったが、それが悪化したというか。
それでも、無理にそうしているのは明らかだったから、ずっと注意して見ていた。誰かがそうしてやらないといけない気がしたから。それを続けているうちに、気が付いたら愛するようになっていた。
「俺は、お前がさみしそうに笑ってる姿に恋をしたんだな」
だから純粋に笑っていると、心が和むのかもしれない。そんなことを考えていたエドワードは、ふと、リアノーラが肩を震わせているのに気が付いた。なんだか嫌な予感がする。
「――! だからっ! そういうことをまじめに言うなーっ!」
パラソルで思いっきりぶっ叩かれた。パラソルが半ばから折れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
パラソル……っていうか、日傘ですね。折れるんですかね、あれ。殴られたら結構痛いですよね。エド、不憫。




