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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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シェフィールドへの旅路3


 汽車二日目。ユーフェミアは寝なれないベッドで、早くに目を覚ました。ゆっくりと身を起こして隣を見ると、リアノーラはすでにいなかった。3日寝なくても大丈夫、と豪語する彼女は、眠りが浅くても問題ないらしい。体の弱いユーフェミアは、できるだけ寝るようにしていた。

 身を起こして身支度をする。侍女は連れてきているが、全員国王一家につけられている。ぶっちゃけ、フェアファンクス姉妹は放置されていた。


 がら、と扉を開けると隣の部屋にいたアルヴィンがほぼ同時に顔を出した。

「父上、おはよう」

「ああ、おはよう、ユフィ」

「父上、リア知らない? いないんだけど?」

 妹の行方を尋ねると、アルヴィンは顔をしかめた。

「リア? いや、私も今起きたところだからな。まあ、昼になっても出てこなければ探しに行けばいい」

 その言葉を聞いて、ユーフェミアは反応に困った。少し間をおいて言う。

「……父上って、リアに甘いのか放任なのかよくわからないよね」

「ん?」

「なんでもない。私は朝食をもらいに行く」

 食事は部屋でもできるが、リアノーラのいない部屋で食べてもつまらない。ならばと、食堂車まで出て行くことにした。


 食堂車の給仕係に尋ねると、リアノーラはつい30分ほど前に食事をとりに来ていたらしい、なら、たぶん、ナイツ・オブ・ラウンドの誰かと一緒にいるのだろう。おそらく、エドワードかウェンディ。任せておけば大丈夫だろうと判断し、ユーフェミアは朝食に取りかかる。

「相変わらず少食だなぁ、ユフィ」

 少々淑女らしからぬ口調で言ったのはソフィアだ。彼女も朝食を取りに来たらしく、ユーフェミアの向かい側に座り、給仕係に朝食を頼んだ。それからソフィアは顔をユーフェミアの方に向ける。

「1人か? リアは?」

「起きたらもういなかった」

「早起きだな……ばあさんか、あの子は」

 ソフィアが面白そうな口調で言う。そこにソフィアの朝食が運ばれてきた。ソフィアはユーフェミアの倍は食べる。体格は似たようなものなのに、何が違うのだろう。


 2人でそこそこ楽しく朝食を終え、ソフィアが使っている客室に行くことにした。その途中で、車掌に遭遇したので、ユーフェミアは尋ねた。

「すみません。うちの妹、知りませんか。リアノーラですけど」

 藪から棒に尋ねると、車掌は一瞬ぽかん、としたが、すぐに笑顔で答えてくれた。

「ああ、リアノーラ様ですか。リアノーラ様なら先ほど、展望車でボーっとしておられましたよ。あとでナイツ・オブ・ラウンドのエドワード様が回収しておく、とおっしゃっていました」

「そう。ならいいです。ありがとう」

 ユーフェミアは車掌に礼を言うと、ソフィアと連れ立って揺れる廊下を歩き始める。

「展望室でボーっとしてたって、何してるんだろうな」

「たぶん、地形でも把握しようとしてるんだろ」

 ソフィアのもっともな問いに、ユーフェミアは適当に反応したが、言ったあとでリアノーラならありうるかもしれない、と思ってしまった。


 ソフィアの部屋で、ユーフェミアとソフィアが向かい合ってチェスに興じていると、(ちなみに、ソフィア先番、ユーフェミアはルークなし)外から何かが倒れ、砕けるような音が聞こえた。続いて、少女の泣き声が聞こえた。

「どうした?」

 ユーフェミアが扉をあけて顔をのぞかせる。その隣からソフィアも顔を出した。さらに隣の部屋のジェームズとクリストファーも顔を出す。部屋の間あたりから音が聞こえた。

 部屋と部屋の間には、狭い空間がある。ソファが置かれており、そこに座ってお茶が飲むことができる。その狭い空間に、マリアンヌがいた。

「あ、お姉様ぁ」

 マリアンヌが半泣きで右の腕をおさえながら訴えた。近くにガラスの破片が飛び散っていた。これは……。


「おい、マリア、どうしたんだ!」

「お父様っ」


 離れていたため、遅れてきた父と母の顔を見て、マリアンヌは泣き出した。反対側からはアルヴィンとディアナがやってくる。

「窓が割れたのか」

「みたいだな」

 アルヴィンに尋ねられたが、現場を目撃したわけではないため、ユーフェミアは憶測でしか答えられない。

「誰か、リアとついでにエドワードを呼んで来い」

「あ、じゃ、じゃあ、僕、行ってくるねっ」

 空気を読んだクリストファーが父親の命令に従った。広いと言っても、たかが汽車だ。汽車から飛び降りるほどリアノーラも酔狂ではないから、どこかで見つかるはずだ。


 クリストファーを見送った後、危険なガラスの破片を片付けるために車掌がやってきたが、アルヴィンがそれを止めた。

「えっと。危ないので片付けたいのですが……」

「もう少し待ってくれ」

 アルヴィンが車掌にそういったとき、少し不機嫌そうな声が聞こえた。


「ちょっと、何の騒ぎ? もう少しでユーリさんに勝てそうだったのに……」


 どうやら、あっちでもチェスをしていたらしい。リアノーラがクリストファーとともにやってきた。その後ろにはエドワードの姿もある。というか。

「リア、あんた、人の婚約者と何やってんの?」

「チェスだよ。私にとっては同僚でもあるし。ねっ」

 と、リアノーラが同意を求めたのは後ろのリアノーラの婚約者エドワードである。エドワードはいい男なのだが、いかんせん、惚れた女が悪かった。リアノーラの前では、いい男もかすんでしまう。逆の意味で。リアノーラが強烈すぎるのだ。

「くだらないことを言ってないで、リア、マリア殿下を治療してくれ」

「ええっ。私、怪我を治すのはあんまり得意じゃないんだけどなー」

 そう言いながらもマリアンヌの前に膝をつくのがリアノーラらしい。

「マリア、ちょっと見せて」

 リアノーラがマリアンヌの手を取って、傷口を覆うように手のひらをかざした。淡い色の光がマリアンヌの傷を覆う。

「これ、片付けなくていいんですか」

 エドワードが散らばったままのガラスの破片を見て言った。ユーフェミアが改めて周囲を見渡すと、休憩所にある窓ガラスが割れていた。エドワードのもっともな問いに、アルヴィンはさらりと答える。

「なぜ割れたか検証する。マリア殿下が割ったとは思えないからな」


 そのマリアンヌの治療をしていたリアノーラのは、少し顔をしかめた。

「うーん。やっぱりだめ。私、どうしても傷を治すのは苦手なのよ。数回に分けてゆっくり治すしかないわね。ああ、痕は残らないから、安心してね」

 それでも、根気強く付き合うところがリアノーラだ。

「それで、窓がどうして割れたか調べればいいの?」

 リアノーラがにっこり笑って窓の方に近寄った。マリアンヌは興味深そうにしていたが、母アンジェラに付き添われて医務室に行った。

「そうだ」

「ちょ、ちょ。この汽車はお召列車ですよ!? 陛下の許可なしには……」

 好き勝手言い出すリアノーラとアルヴィンに、車掌が難色を示す。が。

「俺は別にかまわんぞ」

「……」

 あっさりとお許しが出て、車掌は沈黙した。リアノーラは近くにいたエドワードに言う。

「ちょっと、セラ姉さん呼んできてくれない? デュークはおいてきていいから」

「お前、さらっとひどいって」

 と言いながらエドワードはセレストを呼びに行った。セレストたちの客室は近い。この騒ぎで出てこなかったのだから、別の場所にいるのだろう。

 ユーフェミアはリアノーラの隣にしゃがみ込んだ。

「何か分かるか?」

「前にも言ったけど、私は透視能力があまりないのよ。でも、魔法の痕跡は感じるわね」

 リアノーラが断言できる材料がなんなのかはわからないが、彼女がそういうのならそうなのだろう。基本的に、リアノーラはうそをつかない。


「っていうかこれ、ステンドグラスよね? お召列車ってこんなもの採用してるのね……」


 リアノーラは色のついたガラスを拾い上げ、感心したようにしげしげと眺めた。ユーフェミアはリアノーラが手にした破片を見て少し顔をしかめた。

「魔法で生成されたガラスだな」

「……みたいね。さすがにそういうのはユフィの方が詳し……お、来た来た」

 リアノーラがセレストに向かって手を振った。あとで聞いたところによると、彼女は展望車にいたらしい。クリストファーが呼びに行ったのはリアノーラとエドワードなので、一緒に来なかったようだ。まあ、子供たちも一緒だしね。

「どうした。何かあったのか?」

「ガラスが割れて、マリアが怪我をしたの」

 リアノーラが簡単に説明すると、セレストは顔をしかめた。

「マリア殿下が自分でガラスを割ったのか?」

「さすがにそれはないだろ。だから、検証中」

 ユーフェミアも端的に答えた。セレストは周囲に散らばるガラス片を眺め、「ふむ」とうなずいた。

「それほど古くない魔法だな。魔法で割られた、というより、魔法で生成されたステンドグラスが物理的衝撃で割られたってところか」

「物理的衝撃って、石とか?」

 ユーフェミアが尋ねると、セレストは「そうだな」と肯定した。

「といっても、魔法生成ガラスは丈夫だからな。そんなに簡単に割れるとは思えん……というわけでリア」

「何かしら?」

「魔法を破るには、どうすればいいんだ?」

「……」

 リアノーラが沈黙した。立ち上がり、スカートの裾を直すと、言った。


「魔法による生成物って、魔力を有するわけじゃないのよ。このステンドグラスだって、魔法によって作られただけで、魔力があるわけではないわ」

「……ゆえに?」

「……魔法生成物は、ただの物理的攻撃でも壊すことはできるわ。もちろん、その物自体に強い魔法がかかっていれば別だけど、見たところ、このステンドグラスはそういった魔法はかかっていない。つまり、たれかが外からガラスを割ったってこと。内側に飛び散ってるから、外から割ったってことで間違いないでしょ」


 周囲は思わず、なるほど、と感心してしまった。ユーフェミアにもその理論は理解できるが、魔法による生成物を破壊するには、それなりの力量がいる。たとえば、ユーフェミアの父のアルヴィンなどは、練習すれば魔法生成物を破壊できるはずだ。


 これは、ガラスを割ったのが誰だとしても、厄介かもしれない。そう思った。


 とはいえ、ここは汽車の中。これ以上探るのは無理なので、とりあえず、単独行動は禁止、警備は強化、ということで落ち着いた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次回で旅も終わり、目的地に到着する予定……です。

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