シェフィールドへの旅路2
もう少し旅が続きます。
マカリスター駅で乗車したのは、ベイリアル公の家族だった。マカリスター駅はラングフォードにあるのだが、ベイリアル地方との交通の要所だ。ベイリアルに行くにもシェフィールドに行くにも、このマカリスター駅周辺を通らなければならない。
その駅構内でダークブルーの髪を束ねた質素な姿で子供を抱きかかえる彼女を、ベイリアル公だと認識できる人間は少ないだろう。セレストは我が子を抱いて順調に汽車に乗った。
「デューク、ついてきてる?」
セレストは振り返って3つ年上の夫がついてきていることを確認する。夫のデュークはもう1人の子供を抱えていた。デューク=イーストンは伯爵家の三男である。セレストとはいとこ同士で、母親が姉妹なのだ。
セレストが大公位を継いだのは今から約6年前、セレストがフェナ・スクールを卒業したばかり、18歳のころだ。チャールズ4世の即位のころとさほど変わらない。その頃、2人の兄が相次いで亡くなったのである。父の後を長兄が継いでベイリアル公となっていたのだが、その治世はわずか2年で終わってしまった。
本当は、セレストは大学まで行こうと考えていた。普通、第3子に爵位が回ってくるということはない。しかも、セレストは女だ。当時から婚約者だったデュークには悪いが、大学に行ってから結婚しようと考えていた。その矢先に兄が亡くなった。何かの陰謀を感じずにはいられなかった。
ちなみにその陰謀の最有力候補が今から行くシェフィールドを治める大公だ。チャールズ4世のいとこにあたるので、アルビオンの王位継承権を持っている。セレスト的には、早々に取り上げなかったのは失策だと思っている。
どんな陰謀かは知らないが、チャールズ4世だけではなくセレストも呼ばれたことに何か意味があるのだろう。そう思い、全員連れてきた。幸い、デュークもセレストともにアルヴィンに剣の指導を受けた強い剣士だ。デュークはへたれなのが玉にきず。
彼は見た目がいい。別に外見にこだわる気はないが、添い遂げるのであれば、美形の方がいい。子供たちもかわいくなるだろうし。セレストは、自分の外見がそれなりに整っていることを理解している。
デュークは長身に黒髪。青緑の切れ長の目をした美形である。意外と面食いのリアノーラが、「デュークは黙って立ってるだけなら完璧」と言っていたので、セレストの欲目ではないはずだ。性根が優しく、子供好きなので、子供のころよく遊んでもらったのも評価につながっているだろう。
そんな感慨にふけっていたセレストに、女性の声がかかった。
「セラ、久しぶり」
ナイツ・オブ・ラウンドのウェンディだ。彼女は、かつてともに鍛錬をした仲である。年の近い友人でもある。ベイリアル大公としては貴重な存在だ。
「久しぶり。ちょうどいいから、荷物持って」
「了解」
ちょっと役目がそれるが、いいだろう。ナイツ・オブ・ラウンドは国王を護るために存在する。だが、この汽車には使用人をあまり連れ込めないので、できるだけ協力し合わなければならない。
ウェンディは小柄だが、見た目より力持ちだったりする。これが、日ごろから鍛えている成果なのだろう。セレストもそこそこ戦えるが、筋力的には日々鍛錬をしているウェンディたちに負ける。
ウェンディが荷物を持って行ったのは、通常は王族が使用する客室だった。家族が男女2人ずつに分かれることも覚悟していたセレストは驚く。
「いいのか?」
「もともとはディアナさんか、リアとユフィが使う予定だったんだけど、どちらも嫌がったから、いいんでしょ。ちょっと狭いかもしれないけど、簡易ベッドを持ち込んだから全員は入れるわよ。ちなみに、ユフィはソフィア様とチェスで対局中。リアは王都に連絡を飛ばしにいったわ」
ウェンディがさらりと言った。そうか、いいのか。では、遠慮なく使うことにする。それにしても、リアノーラはこの汽車の中から、どうやって連絡をとるつもりなのだろうか。
「ブルース、シェリル、大きくなったわねぇ」
ウェンディがセレストの子供を見て言う。ブルースとシェリルは4歳の双子で、ブルースは男の子、シェリルは女の子だ。2人とも黒髪に碧眼で、今のところセレストに似ていると言われる。まあ、両親どちらに似ても見られない容姿にはならないだろう。
「ブルース、シェリル、ウェンディだよ。覚えてるかな?」
セレストが言うと、2人は首をかしげた。ウェンディがショックを受けたように頭を抱える。何故だ。これだけ強烈なキャラなら、覚えてると思ったのに。
「あー、来てる来てる。久しぶりー」
そう言って勝手に扉を開けたのはリアノーラだった。双子の顔がパッと輝く。
「リア!」
「おー、覚えててくれたのねぇ。大きくなったわね、2人とも」
そう言ってリアノーラはしゃがんで2人の頭をなでた。ウェンディが彼女を恨みがましくにらむ。
「なんであんたは覚えられてんのよ!」
「いやー、子供って、年が近い人になつくらしいよ。クリスとかマリアを連れてくれば、私によりなつくと思うわよ」
「そういう問題か?」
セレストは思わず突っ込みを入れたが、リアノーラに華麗にスルーされた。
「っていうかセラ姉さん、今回は全員連れてるのね」
リアノーラはセレストの子供たちを遊びながら言った。セレストは淡々と1人で荷ほどきしているかわいそうな夫を見る。
「まあ、去年の式典の時みたいに、私だけで来てもいいかなーって思ったけど、残していくと逆に不安だから。デュークを信じてないわけじゃないけど」
なんだかショックを受けたような顔をされたので、最後に付け足した。それを見て、リアノーラとウェンディが笑う。
「相変わらずへたれだねー、デューク兄さん」
「尻に敷かれてるわね。さすがはセラ!」
姿かたちは似ていないが、こういうところを見ると、2人は血がつながってるんだなーと思い知る。
「……リアもウェンディも相変わらずだな。リア、でかくなったな」
デュークがしみじみと言った。去年のチャールズ4世即位5周年式典の時、当時3歳の子供たちとともにデュークは置いて行ったので、デュークがこの2人に会うのは2年ぶりだ。もう20歳を過ぎているウェンディはともかく、まだ10代半ばのリアノーラは、2年も会わなければ変わる。
「せめて大きくなったっていいてちょうだい。成長期なんだから、伸びるのは当然でしょ。さすがにもう伸びないと思うけど」
とはいうが、前に会ったときはセレストとさほど背丈が変わらないと思ったのだが、今はリアノーラの方が少し大きい気はする。
「お前は意外と師範に似てるよな……」
師範、つまりアルヴィンは背が高い。リアノーラも長身だし、ここ最近、より父親に顔立ちも似てきている気がする。
「お父様に似てるって言われてもねー。まあ、お母様に似ててもうれしくないけど」
「お前、贅沢」
セレストはつっこんだ。アルヴィンもディアナも、アルビオンが誇る美形である。アルビオン一の美形夫婦と言っていい。
「ねえねえ、リア! いっしょにあそぼ」
シェリルがリアノーラの手を引っ張っていった。リアノーラがセレストを見上げる。
「いいかしら?」
「いいよ。どうせ汽車の中だしね」
「ありがと。ウェンディ、ユーリさんに言っといてちょうだい」
「わかったわ」
リアノーラが子供2人を連れて出て行く。正直、有難かった。
「いやー、よかった。あの子たちの相手をしてると、さすがに疲れるからね」
「元気盛りだもんね」
ウェンディもうなずいた。彼女自身に子供はいないが、姉のユージェニーの子供たちを見ているからだろう。さらに、いとこのリアノーラたちも見ているし。
「でも、シェリルがリアのようにならないか心配だな……」
「……まあ、それはちょっと心配だけど、リアのあの性格は後から形成されたもんだからね。性根はいい子だし、大丈夫だろ」
そう。リアノーラはいい子。デュークもそれはわかっているのか「そうだな」とうなずいた。
「……そういえば、チャールズ4世が即位したのも、セラが大公位につたのも、リアと師範が攫われたのも、もう6年前だな」
デュークが唐突に言った。少し前に考えていたことなので、セレストは少しドキッとしたが、それは表情に出さない。
「裏にいるのは同じ人かね。だとしたら、一気に片が付きそうだけどね」
「う~ん。どうかしらね。そんなに戦力は持ってきてないから」
ウェンディがうなった。どこまでが戦力として数えられているか微妙だが、セレスト的には、リアノーラとアルヴィンが組めば、世界征服ができるのではないかと考えていた。2人とも、そんな野心がないのが幸いである。本気でやられたら、マジでレイシエリル大陸ぐらいは2人だけで征服してしまうだろう。
「戦力を持ってきてないって、どれだけ連れてきたんだ?」
デュークも尋ねた。何となくわかるが、一応セレストも耳を傾ける。
「指揮官にユーリさんでしょ。それから、エド、あたし、アンディ、エリス、リアに近衛騎士から3人引っ張ってきた。そんだけかな。まあ、ユフィと叔父上を戦力と数えるなら別だけど」
あの2人はいろんな意味で戦力に数えられない気がするな。というか。
「リディはおいてきたのか」
「おいてきたわ。彼女、長距離専門だし。狙撃なら、エリスとリアがいれば何とかなるわ」
それもそうか。第1席まで置いてきているのはちょっと気になるが、まあいい。
「でも、いい判断ね。リディはグレンの婚約者だし、万が一私たちに何かあれば、あの2人がベイリアルを何とかしてくれるものね」
イーストン伯爵家はベイリアル貴族の中でも古い家系だ。もちろん、大公家の血も流れている。かつての傍流王族というやつだ。もし、セレストたちに何かあっても、あの2人ならうまくやってくれる。
「まあ、フランクリンさんとユーリさんだから、その辺も考えてたんじゃない? あたしは、リアに言われるまで気付かなかったけど」
「……」
セレストはウェンディに突っ込みをいれようかと思ったが、止めた。昔から、ウェンディはこういう子だった……。陰謀とかとは程遠い。別に頭は悪くないはずなんだが。
ウェンディは謀略などには疎いから、逆に考えられる人間を信頼する。それは彼女の姉のユージェニーであったり、いとこのリアノーラだったりする。
「……気疲れのする旅行だね」
「これを旅行と言えるのかがまず問題だろう」
セレストのつぶやきにデュークからのツッコミが入った。まあ、確かにそうかもね。セレストは苦笑した。
「まあ、子供たちもいるし、気疲れはするだろうね。でも、ウェンディたちもいるから」
すべてを自分でやらなくていいというのは、なんて素敵なことだろうか。そう思うセレストは、やはり大公になってから感覚がくるっているのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今日はベイリアル夫妻でした。ヘタレなデュークも活躍させたいところです。




