シェフィールドへの旅路1
すみません。ちょっとふざけました。
ほんとすみません。
7月下旬。ロザリカ中央駅は、今日もにぎわっていた。いや、いつも以上の賑わいかもしれない。今日は、王家と宰相家がシェフィールドに出発するために、この駅からお召列車に乗るのである。野次馬が多かった。
野次馬の狙いは、
「きゃーっ! 王女殿下ーっ!」
「王子様、かっこいいー!」
「ナイツ・オブ・ラウンド様、こっち見てー!」
さまざまである。若い女性から自分の父に歓声が飛んでいるのを聞いて、リアノーラはげんなりした。うちの父って……。
リアノーラは、駅の待合室で待機中だ。一緒に待機しているのは――。
「まあまあ、リア。そんな顔しない。せっかくの美人が台無しだよ?」
ナイツ・オブ・ラウンド第7席エリス=ハミルトンである。しかし、一見して彼だとはわからないだろう。彼は今、ドレスを着ていた。しかも、これがよく似合っているのである。もともと男性にしては背が低く、細身の彼だ。顔に至ってはリアノーラが今まで見た中で五指には入る美人っぷり。
つまりは、襲撃者がいた場合、目をそらすために用意されたのがリアノーラであり、エリスである。ユーフェミアは相変わらずソフィアの影武者で、そのソフィアはナイツ・オブ・ラウンドの制服を来て乗車したはずだ。国王夫妻と宰相夫妻は同時に別々の入り口から無理やり乗り込む予定である。
そのため、エリスは長い金髪のかつらをかぶっていた。王家、宰相家ともに金髪が多いからだ。リアノーラは純粋な金髪とは言えないが、色素が薄い黄色っぽい髪色ではある。金髪のかつらをかぶると、エリスが男だとはだれも思わないだろう。ライトグリーンのドレスもよく似合っている。
「それ、エリスには言われたくないわねぇ。ドレス、よく似合ってるわよ」
「……男が似合ってもうれしくないよ……」
エリスはあきらめたように言った。行く先々で女に間違われるエリスである。リアノーラの友人たちも、彼を『彼女』として認識していた。
「……っていうかリア、肩出し過ぎじゃない?」
「はい?」
リアノーラが着ているのは薄い桃色のドレスだ。涼しげに肩を出すタイプのものである。桃色とか、普段のリアノーラには縁のない色だが、今回は特別。
「あ~いいの。どうせ上からマント着るもん」
「そういう意味じゃないんだけど……まあいいか」
エリスはにっこりとリアノーラに笑いかけた。そこに、待合室をノックする音が聞こえた。エドワードだとわかっていたので、「入っていいですわよ」と上品におっとりした口調で言った。こうすると、個人を特定しにくくなるのだ。
「クリスとマリアンヌ殿下が乗車した。最後に、お前たち2人」
「了解」
エドワードにうなずき、リアノーラはエリスの方を見た。
「エリス、覚悟はいい?」
「……ま、仕方ないからね」
エリスはそう言ってリアノーラに片目をつぶって見せた。白いマント(というより薄手のケープ)をまといながら、リアノーラは苦笑する。とどめとばかりに白いつばの広い帽子もかぶった。顔は完全に認識できなくなる。エリスはパラソルを手に持ち、若いご婦人のような笑みを浮かべる。なんだかんだ言って、慣れている。
「では、お2人とも、どうぞ」
エドワードが慇懃に待合室の扉を開けて2人を外に出した。途端に悲鳴にも似た歓声が二人を包む。
「エドワード様ー!」
「お嬢様、こっちを向いてください!」
「きゃーっ、美人ー!」
世の中、ミーハーな人が多いな。リアノーラは呆れながら、警備員たちに抑えられている野次馬たちの中をとおっていく。ちらっと見た感じ新聞社や雑誌社も多い。そもそも、王族の行動予定を公開したのは、憶測が憶測を呼んで妙な噂が出回らないようにするためでもある。単純に、同行者が多いので隠しきれなかったのもある。最近の情報網はすごいね。情報統制できない。
汽車に乗り込む時点でエドワードが一度振り返り、まずリアノーラに手を差し出す。宰相の娘であり、国王の姪であるリアノーラの方がエリスより優先順位が高いからである。リアノーラはその手をつかんで汽車に乗り込む。その後にエリスに手を差し出した。エリスも上品にその手を頼って乗り込んだ。
「発車します! 危ないので、下がってください!」
警備員が必死に野次馬たちに言い聞かせるが、そこは野次馬根性だ。引かなかった。
「王女様ー!」
「国王陛下ー! よい旅をー!」
歓声を受けながら、何とか人を巻き込まずに汽車は発進した。3人は同時にため息をつく。
「ああ、やっと出発した」
エドワードが安心したように言った。リアノーラはお疲れ様、と彼をねぎらう。エリスは早速、あらかじめあてがわれている部屋に向かって行った。
このお召列車には国王一家5名、宰相一家5名、ナイツ・オブ・ラウンドが5名、軍から引き抜いた精鋭の護衛が3名、侍女が3名の計21人の乗客として乗っている。運転手やコック、車掌などがいるので、この汽車に乗っている人数は全部で30人ちょいといった所か。
ここでは、リアノーラは宰相家のひとりとして数えられている、ユーフェミアも同様だ。この2人を護衛として数えるかで議会はもめたようだが、護衛の手間が少ない令嬢だと考えることにしたらしい。リアノーラ的にはどっちでもいい。
お召列車には国王のための客室がある。ここに、チャールズ4世とアンジェラ王妃が止まることになる。さらに王太子用の客室にはソフィア。そのほか王族用の客室が3つあるのだが、そこは第1王子ジェームズと第2王女マリアンヌがそれぞれ使っている。
あと1部屋余っているが、ここは次の停車駅で乗ってくるベイリアル公セレストに使ってもらうことにした。簡易ベッドを持ち込めば、家族全員で入れる余裕はあるだろう。広いから。
ほかの乗客はいくつか用意されている、王族に招待された客人用の客室に入れられた。ちなみに、リアノーラはユーフェミアと同室である。ほかは全員1人1部屋ずつだ。
「シェフィールドまで3日。ただ乗ってればいいものねー」
リアノーラは気楽に言う。エドワードが苦笑した。
「お前はなぁ。まあ、その通りだけどな」
汽車の中でめったに何があるともいえないので、汽車内では普段着が許可されている。ただし、銃は常に携帯。そのため、リアノーラはエリスと協力して他4人に射撃を教えたのだ。留守番のリディアとフランクリンは新人ランディを鍛えている。いわく、「リアより戦いを知らないのだから、ついでに性根をたたきなおしてやる」らしい。いまいち意味が分からなかった。
エドワードに送ってもらってあてがわれた部屋に行くと、ユーフェミアがすでに着替えていた。彼女はソフィアの影武者なので、ドレスで着飾って乗車したのだ。
「ああ、リア。いいところに。髪と目の色を戻してくれ」
「はいはい」
髪の色はユーフェミアの方が濃く、目の色はソフィアの方が濃い。少しでも差異をなくすために、リアノーラが魔術を使ってユーフェミアの髪の色を抜き、目の色を濃く見せていた。ちなみに、黒髪を金髪に、などだと偉く難しいのだが、幸いユーフェミアはプラチナブロンド、ソフィアはシルバーブロンドだった。これくらいならなんとかなる。
ユーフェミアにかけた魔術を解くと、リアノーラはエリスが言うところの「やけに方が露出したドレス」を脱ぎにかかる。
「ユフィ、体大丈夫?」
「ああ……平気。何かあっても、リアがいるし」
「いや、私もそこまで万能じゃないけどねぇ」
リアノーラは話しながらドレスをクローゼットに引っ掛け、少し上品なワンピースを出した。ユーフェミアが着ているような機能性を重視したものではなく、あくまで上品なワンピースである。
着替えて髪をバレッタで束ねると、リアノーラはユーフェミアの前のソファに腰かけた。ユーフェミアと同じように本を手に取る。シェフィールド関係の本だ。一応予習はしてあるのだが、念のため。
シェフィールド。アルビオン連合王国を構成する地方のひとつ。今から約200年前に統合。ベイリアルと同じく、大公がその地を治めている。
シェフィールドはラングフォードから見て北部に位置し、特に湖水地方と呼ばれる地域は年間を通して霧が出ることで有名である。緯度は高いが海流の影響で雪はあまり積もらない。ただし、シェフィールド高地はかなりの積雪量を誇る。
シェフィールドがアルビオン連合王国として統合されたのは、ヴィクトリア3世の治世末期である。 ヴィクトリア3世の治世のころ。シェフィールドで王族の血が途絶えた。そこで、家系図をさかのぼって、シェフィールドの王として君臨したのはこのヴィクトリア3世だったのだ。そしてヴィクトリア3世は若いころにベイリアルから婿をもらっていた。ヴィクトリア3世の夫はベイリアルの相続権を持っており、ここに三国の連合王国が成立するのである。
つまり、シェフィールド、ベイリアルの大公家はともにアルビオン王室の血を引いている。かなり継承権は低いが、いざとなればアルビオン国王にも即位することができる。当たり前だが、リアノーラが即位するよりもありえないけど。ちなみに、ベイリアル大公家はフェファンクス家の血も引いている。
現在のシェフィールド大公はチャールズ4世のいとこで、今年で大公就任10周年である。ウィリアム3世の妹が、先代のシェフィールド大公に嫁いでいるだ。
姉妹が2人ともしゃべらず、本を読んでいる。汽車が動くがたごとという音だけが聞こえた。音は聞こえるが、揺れはほとんどなかった。どれくらい経ったか、ノックがあった。扉に近いリアノーラが立ち上がり、扉を開けた。
「リア、ユフィ。お昼だよ」
ウェンディだ。ハイヒールを履いているのにリアノーラの背丈より背が低い彼女はれっきとしたナイツ・オブ・ラウンドである。単純な剣の腕なら、リアノーラより強いはずだ。ユーフェミアと戦わせたら、微妙かもしれないけど。
「ユフィ。昼食だって」
「ん、今行く」
身内しかいないので、服装は軽い。ワンピースのままリアノーラたちは客室を出た。ちなみに、ウェンディはスラックス姿である。
食堂車は最後尾である。何故最後尾にしたのだろうか。どうでもいいけど、客室と客室の間にすればいいのに。もしかしたら、今回に限りこんな並びなのかもだけど。
食堂車につくと、すでにみんな集まっていた。謝りながら席に着く。6人掛けのテーブルについている家族に合流した。
「ユフィ、これ、メニュー」
「ありがと」
クリストファーにメニューを渡され、リアノーラはユーフェミアの手元にあるそれを覗き込んだ。メニューがずらりと並んでいる。2人ともあまり悩まずに決めた。
面倒なので、護衛や侍女も全員含めて一気に食事をとっていた。隣は国王一家である。ナイツ・オブ・ラウンド5名はやはり固まって座り、侍女も侍女で、残りの護衛は残りの護衛で固まっている。
「うん、おいしい」
「あんまり食べすぎると太るわね~」
リアノーラとディアナののんきな会話である。しかし、かみ合っていない。
「お母様は太らないから大丈夫よ」
「ええ。おいしいものは別腹だものね!」
「……」
さしものリアノーラも沈黙した。性格が近いと言われるリアノーラとディアナだが、さすがについて行けなかった。
「いや、お前は頑張った。悪いのはお前ではない」
アルヴィンがフォローなのかなんなのかよくわからない言葉を挟んだ。
「今日の夕刻には、セレストたちと合流するんだよな」
ユーフェミアが確認するように尋ねた。アルビオン王都ロザリカからシェフィールドまで直行すれば一日ちょっとだ。そこが2泊3日かかるのだから、遠回りするに決まっていた。ラングフォード北西部に位置するベイリアル地方付近を通過するのだ。そこで、ベイリアル大公夫妻がこの汽車に乗る。
「予定ではそうなってるけど。久しぶりにシェリルとブルースに会えるわね」
リアノーラは頭の中でスケジュール帳をめくり、ユーフェミアにそう返答した。
「そういえばさぁ。リアはエドワードと結婚すんの」
ジェームズが身を乗り出して尋ねてきた。少し離れたテーブルにいるエドワードがぎくりと身をこわばらせたのを目の端にとらえた。ジェームズはにこにこしているので、確信犯だな、と思った。
「……実は、私、把握してないのよねー。そこんとこどうなってんの、お父様」
「お前……ユフィとユリシーズのことは把握しているのに、どうして自分のことは把握してないんだ」
今度はユリシーズがびくっと震えた。この2人、メンタル大丈夫か。ちなみに、ユーフェミアは自分の名前が出てもけろりとスープを飲んでいる。これくらい豪胆にいければいいのだが、まあ、嫁の父親がアルヴィンでは仕方がない気もする。
「……どちらにしろ、無事に王都に帰れたらだな」
「うわぁ。不吉なこと言わないでよ」
アルヴィンの言葉に、リアノーラは笑いながらそう言ったが、実は、今が危険な状況であることも理解していた。
ここに、王位継承権上位者が集まっている。夕刻には、ベイリアル大公も合流する。そして、事実上の政治の最高権力者であるアルヴィンもここにいた。
つまり、この汽車を爆破してしまえば、一気にアルビオンは混乱に陥るということだ。
300年前のアルビオン内乱。あの時も、王族が一気にいなくなり、アルビオンの内情は混乱した。あの時は、末のエリザベス王女が生き残っていたため、彼女が即位して事なきを得たが、今回はどうだろうか。
そんなことをつらつらと考えていたリアノーラは、目の前にデザートが出てきて不意に思い出した。ちょっと失礼、と断りを入れて指を鳴らした。無作法な行為だが、突然紙に包まれた薬のようなものが出現する。リアノーラはそれを指でつまみ上げた。
「はいはい、ちょっと注目。忘れないうちに言っておくわね。これ、平たく言うと解毒薬。過去の行いを反省した結果、作りました。ちょっと強めなので飲んだ後に微熱が出るけど、死ぬよりはましだと思うので。シェフィールドに着く前にみんなに一つずつ渡しておこうと思うから、忘れてたら言ってちょうだい。割となんにでも効くけど、気安くつかわないでね、ホントに!」
ならなぜそんなものを作るんだ、と聞かれれば、死ぬよりはましだからである。
「……もしかして7月の初めに熱を出したのはこれが原因か……」
アルヴィンが思い出したように言った。リアノーラはうん、とうなずく。
「そうよ。人間で試さないと、効くかわからないでしょ。私はもともと毒物に耐性があるから、結果が微妙だったんだけど」
「……リア、解毒薬造るのに毒飲んだの?」
「だって試さないと効くかわからないでしょ」
「それは、そうだけど……」
戸惑ったようにクリストファーが眉をひそめた。姉2人に比べて、クリストファーは全体的に常識的だった。
「本当は何度か臨床実験したかったんだけど。さすがに人道にもとるから動物で試したわ」
効くわよ、とリアノーラは続けた。ちなみに、いとこのユージェニーの夫であるジェフリー=スペンサー、要するに今回はお留守番のリディアの兄に手伝ってもらったので、死ぬような薬物ではない。人体が摂取するものを作るのは難しい(というか危険な)ので、医者の力を借りたのである。
「……お前、道を踏み外すなよ」
「まあ、そうなったら首をバサッとやっちゃってくださいな」
リアノーラもうっかりするとやばい方向に走るな、という自覚はあったので、アルヴィンにそう言った。薬を片づけてからデザートをパクつく。
「本当にお前、その体のどこにそんな量が入るの」
ユーフェミアがげっそりしながら言った。相変わらずの小食である。対して細身のリアノーラは体の割によく食べる。
「消費されてんのよ。今のとこ、縦にも横にも大きくなってないからね」
さすがに身長は止まっただろう。欲を言えばもう少し欲しかったけど。
「この先、リアの力が必要になるかもしれないからな。食べておけ」
「あら、じゃあ、私のも食べる?」
両親に言われ、リアノーラは「そうね」と苦笑する。やはりディアナとはいまいち会話がかみ合わない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この先、本当にリアが道を踏み外さないか心配です。エド、しっかり手綱を握っておいてくれ。




