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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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旅の準備

 王立アルビオン大学付属フェナ・スクールで騎士過程を履修するベアトリックスは、騎士を目指すだけあって背が高い。そんな彼女に比べると、どう見ても小柄な少女2人と歩いていた。

 2人とも、同じ学校に通う幼馴染だ。ヤマト人の祥子と、大財閥の一人娘のアレクシア。どことなくふわふわっとした印象の2人と歩いていると、ベアトリックスはどうしても、浮く。


「――ん?」


 不意に何かが聞こえた気がして、ベアトリックスはあたりを見渡した。祥子が立ち止る。

「ベリティ、どうしたの」

「……いや。なんか聞こえなかった?」

「? そう?」

 アレクシアも首を傾けた。空耳か? と思ってショッピングを再開しようとしたとき、

「こっちだよっ!」

 背後ではなく右手から現れたのは、よく見知った少女だった。目深につばの広い帽子をかぶり、涼しげな青の町娘風のワンピースを着ていた。しかし、生来の品の良さは隠しきれていない。

「リア、何してるの?」

 アレクシアがそのものずばりと聞いた。リアノーラ=フェアファンクスはベアトリックスの4人目の仲間であり、この国の王位継承権第6位の王女様であり、フェアファンクス公爵家の令嬢であり、魔術師であり、そしてナイツ・オブ・ラウンド第8席だった。彼女はすらりとした長身に白い肌、銀色の強い亜麻色の髪を腰まで垂らした美少女で、たれ目は切れ長気味。黙っていればおとなしげな少女なのだが、なかなかどうして行動力にとんだ美少女だった。


「お使い。あれは荷物持ちなの~」


 そう言って嬉しそうに示したのは、リアノーラの同僚第4席のエドワード=リプセットだった。長身の美形で、現在ナイツ・オブ・ラウンドでは一番の剣の腕を誇る。最近、リアノーラとかなりいい感じである。と、同じくナイツ・オブ・ラウンドの兄から聞いているが、兄の情報なので微妙に信用できない面もある。天然なのだ、あの人は。


 しかし、自分の思い人こき使って笑うリアノーラって……わかっていたが、サディストだ。

「ああ、やあ。ベアトリックスと、祥子とアレクシア、だっけ?」

 エドワードが笑みを浮かべてあいさつした。リアノーラが惚れるのがわかるくらいには美形だ。2人並んでいると、かなりお似合い。しかし、何故か眼鏡をかけているのが非常に気になる。

「こんにちは、エドワードさん」

「こんにちは」

 祥子とアレクシア、ベアトリックスが声をそろえた。リアノーラは追いついてきたエドワードを見上げて言った。

「ちょうどいいから、ちょっと休憩する? まあ……」

 リアノーラはエドワードに向かってそれはそれはいい笑みを浮かべた。


「エドが女の子4人の中にいても気にしないなら、だけど?」

「……」


 この女。いや、悪いのはリアノーラだ。エドワードは紳士である。ちなみに、リアノーラの父アルヴィンはアルビオン一いい男と評判であるが、エドワードは、アルヴィンと同じくらいいい男、と言われているらしい。


 所在なさげなエドワードは4人とは少し離れて座り、少女4人はひとつのテーブルを囲んだ。

「で、リア。お前、それ、変装のつもり?」

「そーよ。似合うでしょ」

 ベアトリックスの問いにリアノーラはどこか投げやり気味に答えた。だから眼鏡なのか。というか、そんなに簡単に答えていいのか……と思ったが、こうしてベアトリックスたちをお茶をしている時点でもうばれてるか。


「いいのよ。あ、お忍びなんだな、ってあっちが思ってくれれば。彼女が彼氏を振り回すどこぞの貴族のカップルに見えるでしょ」


 振り回していた自覚はあるらしい。しかも、セリフから見るに確信犯だ。ベアトリックスたちの見立てでは、エドワードもリアノーラが好きで相思相愛だ。この女のどこがそんなによかったのだろうか。

 誘拐されても自分で逃げてくるくらいには強いし、何しろ性格がかわいくなかった。ひねくれているのである。


「……それで、何してたの?」

「だから、お使い」


 祥子の問いにもリアノーラはそれだけ言った。というか、お使い?

「頼まれたものを買いに来たのよ。お父様の言葉を借りるなら、備えあれば憂いなしっていうし」

 リアノーラはそう言って微笑んだ。なんだかんだ言って、リアノーラはアルヴィンを信頼している。

 ベアトリックスは手元にある紅茶に手を付けた。ダージリンがいい味を出している。さらにスコーンにジャムを乗せた。ちなみに、リアノーラのおごりである。なので、祥子とアレクシアも遠慮なく食べていた。


「でも、シェフィールドに行く前に会えてよかったわ。下手したら、新学期まで会えなかったもんね」


 祥子が笑って言った。祥子は遠慮なくヴィクトリアン・ケーキにかぶりついていた。新学期どころか永遠に会えないかもしれない可能性があることを、ベアトリックスは言わなかった。それは、聡明な祥子が気づかないはずがなかった。それだけ、今のシェフィールドは政情不安なのである。


「……そうね。会えたから、あたしの力を少し貸してあげる」


 そう言って、アレクシアは紙とペンを出して何かを描き始めた。魔術師のすることはよくわからん。

「そういえば、アレク。あなたのうち、エンフィールド商会と武器の共同開発したでしょう」

「……うちとエンフィールド商会って、持ちつ持たれつの関係だから……」

 アレクシアは何かを描きながら言った。

「……エンフィールド伯爵家の次男と結婚するっていう話も出てるしね」

「そうすると、リアとアレクは遠い親戚になるのか」

 頭の中の貴族系図をめくり、ベアトリックスは言った。貴族として、最低限のことは頭の中に入っている。エンフィールド伯爵家の次男はリアノーラのいとこにあたる。ちなみに、ベアトリックスには長男の方に嫁がないかという話があった。嫁がないけど。


「そうね……最近は、平民でも金持ちが多いしね」


 その中でも、クライン家は別格である。下手をすれば下級貴族より大金持ちの可能性があった。


「まあ、誰と結婚するかは個人の自由だから、アレクの好きにすればいいけど、私のいとこは色物揃いよ、いろんな意味で」


 まあ、リアノーラのいとこなら、みんな個性的で美形なのだろうと思う。そういう意味の色物揃いなのだろう。

「そうかー。貴族や金持ちはそろそろ結婚を考える年なのねー」

 祥子がテーブルにぺたっと顔を伏せながら言った。伏せたが、すぐに起き上がる。


「リアはやっぱりエドワードさんと結婚すんの?」


 リアノーラの隣で、エドワードが紅茶にむせた。祥子もリアノーラもそれを無視。というか、本人の前でそういうこと、言うか……?


「どうかしらねー。対外的には婚約者ってことになってるの?」

「……俺に聞くな」

 投げやり気味にエドワードが言った。リアノーラが楽しげに彼に詰め寄った。

「すねてる!? でも、私もよく知らないんだよね。お父様に丸投げしてあるから!」

「……」

 エドワードがリアノーラの額にでこピンを食らわせた。「いたっ」と言ったリアノーラはそれでも幸せそうだ。

「……2人の仲がいいことはわかったわよ」

「できた」

 祥子とアレクシアが同時に言った。すっかり忘れていたが、アレクシアはリアノーラに、いわゆる餞別を描いていたのだ。はい、とアレクシアはリアノーラに小さな紙を渡した。


「あたしの炎の魔力を少しこめておいた。リアは炎と相性が悪いから、ちょっと難しいかもしれないけど」

「いやいや、ありがと。移動は汽車だから、どっちかというと、炎の方が役に立つし」

「……お前、汽車を爆発させたりしないよな?」


 ベアトリックスはさらりと言うリアノーラに一抹の不安を覚えて言った。今回のシェフィールド行にはベアトリックスの兄ユリシーズも参加する。後継ぎの彼に死なれては困る。

「やぁねぇ。しないわよ。……場合によるけど」

 リアノーラがいい笑みで言った。ここにきて、やっとベアトリックスたちは気づいた。

「……リア。なんか変なスイッチ入ってない?」

 すると、リアノーラはよく気づいてくれました、とばかりに言った。


「もうね! 朝からユーリさんとウェンディに延々と銃の使い方を教えてたのよ! あの2人、ちっともうまくならないんだから! エドは何とか見れるけど、私に当てないでね! 撃つ時は事前に言ってね! よけるから! って感じなの!」


 いまいち意味の通じないことをまくしたて、リアノーラは憤慨する。とにかく、ベアトリックスの兄が迷惑をかけたことはわかった。

「とりあえず、うちの兄が迷惑かけました」

「いや、いいけどね」

 言うだけ言って落ち着いたのか、リアノーラはいつも通りにクールな口調で言った。祥子が首を傾けた。

「でも、射撃って言ったらリディアさんとエリスさんなんじゃないの?」

「まーね。リディアさんは今、ランディをしばいてるから。エリスは、エンフィールド商会がクライン財閥と共同開発したという大型狙撃銃の狙撃練習をしてる」

「リア。あまりそういうことは言うな」

「いや、ここにクライン財閥の令嬢がいるからね」

 エドワードのツッコミに、リアノーラはそう返した。アレクシアはキョトンとした表情でリアノーラを見た。


「それは知らないけど、最新式のフルオート銃の射撃訓練なら、あたしもしたよ」


 それ、火薬に火がついたりしなかったのだろうか。ちょっと思ったが、口には出さなかった。ベアトリックスも銃の仕組みに詳しいわけではないから。


「……最近はあたしたちみたいな魔術師は少ないからね。どうしても、近代兵器が主力になるものね……あたしは特に、魔術がなければ無力だから、いい実験台になるみたい」

「………」


 沈黙が下りた。祥子がアレクシアの肩にポン、と手を置く。

「……アレク。食べる?」

 と何故か自分のパフェを差し出した。もちろんこれもリアノーラのおごりだけど。ベアトリックスも反対側からアレクシアの肩に手を置いた。

「……アレク、自分の身は大事にな」

「……貴族に言われたくないな」

 結構その言葉はグサッときた。貴族は家のために政略結婚くらいするし、ベアトリックスもそうなるだろう。背は高いし男勝りだが、顔立ちはいい。現在も恋文が届いていることを知らないのは本人くらいである。

「アレク。なんかあったら頼りなよ?」

「これ以上リアに頼ったらリアが発狂するからやめておく」

 リアノーラが小さくなってしょげた。サディストの割には繊細だよな、この子。いや、繊細だからサディストなのだろうか。幼年学校からの付き合いだが、よくわからん。そんなリアノーラをエドワードが引っ張り上げた。


「リア。そろそろ行くぞ」

「あ、うん。じゃあみんな、新学期にね!」


 リアノーラはいつもの明朗さでそう言ってエドワードが持っていた紙袋を持とうとして、断念した。どうやら相当重かったらしい。先ほどと同じようにエドワードがそれを持つ。そんなリアノーラたちの後ろ姿を見ながら、ベアトリックスはつぶやいた。

「……新学期、会えるといいけどな」

「もうっ! 不吉なこと言わないっ!」

 祥子が残っているケーキにフォークを突き立てる。会計は先にリアノーラが済ませてしまったので、これはおごりである(強調)。

「大丈夫だと思うわよ……リアは悪運が強いから」

 アレクシアが言った。確かに、彼女が強いのは運ではなく悪運だろう。

「……リアって、立場的に微妙なんだよね。王位継承権を持ってるけど、ナイツ・オブ・ラウンドだろ。王位を簒奪するにはリアノーラを最初に始末しろって言う格言も出てきてるらしい」

「いや、それ、格言の意味が違うから」

 さすがに祥子は文学専攻だけあり言葉に厳しかった。

「……ベリティは今年は領地に帰らないの?」

 貴族は各地に領地を持っている。まとまった休みの時期に帰ったりするのだが、夏は社交シーズンなので、帰るものはあまりいない。それに、

「うち、夏の間ユーリ兄上がいないだろ。次男は調査でどっかに行ってるし、弟妹の世話してる」

「意外とお姉ちゃんしてるのね」

 祥子がさらっとひどいことを言った。どうして自分の周りはサディストが多いのだろうか。

「……私たちも帰るか」

「そーね」

 そう言って、3人も帰路についた。代金はリアノーラが払ってくれたので、そのまま帰った。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


下手したら、この3人はもう出ない可能性があるので、ここにねじ込んでみました。

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