王立騎士学校の生徒
リビングで一人で晩酌をしていると、扉がぎぃっと開いた。フェアファンクス公爵であり宰相でもあるアルヴィンは顔を上げてそちらを見た。
「あ、お父様だ」
顔をのぞかせたのは下の娘だった。下の、と言ってももう16歳で、アルヴィンの後を継ぐようにナイツ・オブ・ラウンドに叙任されている。寝るところだったのか、寝巻の上にガウンを羽織っている。アルヴィンの亜麻色の髪と母親ディアナのプラチナブロンドの髪を足して割ったような不思議な色をした長い髪を垂らし、たれ目気味のサファイアブルーの眼をしばたたかせている。
リアノーラはてけてけとやってくると、何故かアルヴィンにぎゅーっと抱き着いた。ニコニコしていたが、何か怖い夢でも見たのだろうか。アルヴィンはポンポンと背中をたたく。
「どうした? 怖い夢でも見たのか?」
「ん……大丈夫」
そうは言うが、落ち着くまで居座るつもりなのか、リアノーラはアルヴィンの隣に置いてある1人掛けのソファに腰かけた。リアノーラが窓から星空を見上げる。
「あまり夜更かしし過ぎると、明日起きられなくなるぞ」
「お父様に言われたくないけど……大丈夫。3日くらいなら徹夜できる自信があるから」
それは大丈夫ではないだろう。年ごろの娘としてどうなんだ。というツッコミはしないでおく。代わりにリアノーラの頭をなでる。彼女は嬉しそうににっこり笑った。なんだかんだ言って、まだまだ子供である。
「少し飲んでみるか?」
ワインのボトルを取りながらアルヴィンが言った。酒も少しなら睡眠導入剤になる。ナイツ・オブ・ラウンドの新年会で、リアノーラがかなりの酒豪であることは実証済みだ。たぶん、アルヴィンに似たのだろう。
ロゼワインを注いだグラスを差し出すと、リアノーラはそれを受け取って興味深そうに眺めた。魔女である彼女にそうされると、成分まで見透かされそうで、ちょっと怖い。
現代、魔法というものは薄れてきている。魔術という概念は希薄化し、魔術師と呼ばれるものはもう数えるほどだ……その中の一人が、リアノーラである。彼女はオールマイティーな魔術師で、万能型である。どちらかというと攻撃魔法の方が得意らしいが、長女のユーフェミアが今も小健康状態が続いているのはリアノーラの治癒術のおかげだ。
現代の魔法が希薄になったのは、4半世紀前に起こった科学大戦の影響だと言われる。ほぼ全世界を巻き込んだその戦争は、5年余りで終了した。つまり、アルヴィンは12歳から17歳までの思春期を戦争中に過ごしたことになる。自分の人格に多少影響が出ていることは認めざるを得ないだろう。
気づけば、下の娘もこうしてともに晩酌ができるほどに成長している。ふと思い出す過去がうそのようだ。しかし、自分の子供とこうして晩酌ができるのは楽しいかもしれない。妻である王女ディアナは酒乱で、1年半ほど前アルヴィンが直々に禁酒令を出している。上の娘のユーフェミアは体が弱く、とても酒など飲める体ではない。しかし、以前テキーラを一気飲みしながらもけろりとしていたので、相当酒には強いと思われる。
このリアノーラはそのはた迷惑な性格からディアナに似ていると言われている。しかし、実は、アルヴィン自身は自分に似ているな、と思っていた。近くで見ているとわかるが、リアノーラとディアナでは性格は違う。もちろん、リアノーラもディアナの血を引いているであろうところはある。親子なのだから、当然だろう。
リアノーラが恐る恐るグラスに口をつけるのを見ながら、アルヴィンもワインに口をつける。ただし、アルヴィンのものは白ワインだ。
「……あ、思ったより甘い」
「ロゼワインだからな。こっちは辛いぞ」
そう言って自分のグラスを渡すと、リアノーラは受け取り、ためらわずに一口飲んだ。そして咳き込む。
「大丈夫か?」
「から~い」
涙目で水をごくごく飲みながら、リアノーラは訴えた。アルヴィンは呆れる。
「辛いと言っただろう」
「いや、思ったよりからくて。びっくりしたー」
「私はためらわずに飲んだお前にびっくりだ」
わが娘ながら、呆れた度量の持ち主である。いろんな意味で、この娘の度量は広い。
「……そういえば、そろそろ交流試合の時期だな」
「うん。でもその前に追試なの」
「追試? ……ああ。ベアトリックスか」
「そうなの」
アルヴィンはリアノーラの友人ベアトリックスを思い出す。典型的な体育会系女子で、頭脳派の兄とは似ても似つかない。顔立ちは似ていたが。
「お父様の時は、うちが勝ったんでしょ?」
リアノーラがかわいらしく小首をかしげる。中身はサディストと言われて久しいが、こうして眺めていると、ただの美少女にしか見えない。まあ、身内の欲目もあるが。
交流試合は姉妹校であるフェナ・スクール騎士過程と騎士学校の生徒で、念に一度行われる。基本的に卒業生をメインにしたイベントだが、互いに本気で、強ければ他学年でも参加できる。ベアトリックスは騎士としてかなり腕のいい方だし、おそらく、教官たちも参加させたいのだろう。リアノーラは一緒に進級したいから教えていると言っているが。
「そうだな。1年生の時に、無理やり出された。そうしたら、参加禁止になった」
「……どれだけ強かったのよ、お父様……」
そこまで言って、リアノーラはぐっと口をつぐんだ。アルヴィンはもうかつてほどの実力はない。6年ほど前、ウィリアム3世が崩御し、チャールズ4世が即位したころ。リアノーラとアルヴィンは《暗黒のカネレ》という悪徳魔術師集団に誘拐され、そこでアルヴィンは治らない傷を負った。リアノーラはそれをずっと引け目に感じているのだ。彼らは、魔術師であるリアノーラをうなずかせるためにその父親を襲った。
果たして、それは正解だったのか。リアノーラは泣きじゃくるばかりで何も言わなかった。彼女も、うなずいてはならないと自覚していたのだろう。結局すぐに救助が来たが、リアノーラの心には癒えない傷が残った。
今のところフラッシュバックなどはないが、いつ何時何が起こるかわからない。だから、アルヴィンはリアノーラを特に気にかける。いつかは嫁にやることになるだろうが、その時は、リアノーラが錯乱しても大丈夫な相手にしなければならない。
……というなら、やはりエドワードなのだろうな……。リアノーラの同僚にしてリプセット侯爵家の跡取り。身分としては申し分ないだろう。彼ならリアノーラを必ず守ってくれる。口ではなんといいつつも、アルヴィンはリプセット家に根回しをしている。そこまで考えて、唐突に思い出したことがあった。
「そういえばリア。謀反とかたくらんでいるか?」
「げふっ! ごほっ」
気管にワインが入ったのか、リアノーラがむせる。アルヴィンはその背中を軽くたたいた。
「な、なんでそんなこと聞くの? たくらむわけないでしょ」
「そうだよな……」
アルヴィンは神妙にうなずいた。その通り。リアノーラが謀反など考えるはずがない。彼女をよく知るものならだれもがそういうだろう。
「なんかな、元老院でお前が玉座を狙っているのではないかという噂があるらしい」
アルヴィンの言葉にリアノーラはしばらく沈黙する。それから首をかしげた。
「……なんでそんな話になるの? どうして一足飛びに私なのよ。私なんか王位継承権は第6位よ?」
第6位なら上位継承権保持者に含まれるが、普通に考えてリアノーラにまで王位が回ってくることはない。ちなみに、アルビオンでは王位は長子相続だ。ゆえに現在の王太子は第1王女のソフィア。しかし、爵位の継承権は男子優性なので、フェアファンクス公爵位は第3子のクリストファーのものになる予定だ。
「たぶん、王族なのにナイツ・オブ・ラウンドで、私の娘だからだろう」
「さっぱりわからないわよ」
「つまり、高位の王位継承権を持つ者の中で、一番野心がありそうに見えるってことだ。自身はナイツ・オブ・ラウンド、父親は宰相。しかもお前は魔女だからな」
「偏見のある言い方をしないでちょうだい。魔女じゃないわ。魔術師よ、私は」
リアノーラが訂正する。確かに、魔術師の方がいい気はする。この国の建国物語に出てくる騎士は、魔術師に導かれたのだし。まあ、それはおいておく。
「ま、元老院としては『王族の敵』と戦っていますっていう実績が欲しいんだろう。立憲君主制になってから、元老院の権力はそがれる一方だからな」
「宰相はお父様だしね。ユフィは体が弱いし、お母様はあれだから私なのか……うわ、迷惑」
「殴り込みに行くなよ」
「行かないわよ。お父様、前から思ってたけど、私のことをいったいなんだと思っているのよ」
「前に言ったと思うが、女王様だ」
「……どこで覚えてきたのよ、そんな言葉」
「お前こそ、自分の父親をなんだと思っているんだ」
アルヴィンは思わずそう言った。リアノーラのこのひねくれた態度は予防線なのだが、地もあるだろうと思う。というか、ほとんどが地だと思われる。
「……大好きよ、お父様!」
そう言ってリアノーラが首にしがみついてくる。煙に巻く気満々だ。アルヴィンも答えを聞きたかったわけではないから、首にリアノーラをぶら下げたままグラスから酒をあおった。
反応がなかったので、リアノーラはすごすごと引き下がる。そんなリアノーラに追い打ちをかけるように言った。
「……早めに結婚すべきかもな、お前は」
「い!?」
案の定、リアノーラはうろたえた。わかりやすいな、この娘は。公務の時はピシッとしているのだが。やはり、親の前にいるとそういうものなのだろうか。アルヴィンはむしろ親の前で気を張っていた男なのでよくわからない。
「お、お父様、どうしたの!? 頭でも打ったの? 仕事のし過ぎ!?」
「……リア、お前な。本当はユフィの方を先に結婚させるべきだが……」
「ユフィとユーリさんの婚約を進めているのは知ってるわよ。二人が結婚したら、私は遠慮なくユーリさんをお義兄様と呼ぶわ」
「……お前の情報網はどうなってるんだ?」
「いや、ベリティから聞いたのよ」
そういえば、リアノーラの友人ベアトリックスはユリシーズの妹だった。同じ家に出入りしているのだから、ベアトリックスが知っていてもおかしくはない。
「ユフィをお前から引き離すのは気が引けるが………お前たちも、年頃なんだな……」
「……お父様。発言が年寄よ」
アルヴィンは眉間をもんだ。リアノーラの言うように仕事のし過ぎだろうか。
「……今度、家族で旅行にでも行くか」
「最後の思い出にってわけ? でも、夏休みにはシェフィールドに行くんでしょ?」
夏に王家はアルビオンを構成する地方の一つ、シェフィールドに招かれている。宰相一家もぜひ、とのことなので、アルヴィンは全員連れて行く気でいた。もちろん、リアノーラはナイツ・オブ・ラウンドでユーフェミアはソフィアの騎士だから、ついて行かないわけにはいかない。とすると、クリストファーとディアナが王都に残ることになる。この2人に何かあってはいけないので、2人も連れて行くことした。ディアナは王族だし。むしろ、王族でないのはアルヴィンだけだ。
「いいか、リア。陰謀渦巻く旅は旅行ではないのだ」
大真面目にアルヴィンは言ったのだが。
「……お父様、よっぽど疲れてるのね」
なぜか、そう結論付けられた。
* + 〇 + *
ベアトリックスは何とか3科目を追試でパスした。数学がちょっとギリギリだったが、まあ、一緒に進学できるのだから、いいだろう。それに、彼女は交流試合の選手にも選ばれた。1年生だが、ベアトリックスは騎士過程の科目の成績がいいのだ。
この日、騎士学校から生徒が訪れた。試合に参加する生徒、教官を合わせて総勢35人だ。応援の者もいるのだろう。試合当日になれば、もっと多くの人が見学に来る。
騎士と一口に言ってもいろいろある。最近は騎士というより兵士の意味合いが強いが、ベアトリックスのように剣が強いもの。彼女の兄のように智謀にたけるもの。ナイツ・オブ・ラウンド第3席のリディア・スペンサーのように狙撃に長けるもの、いろいろだ。
交流試合は剣、銃、槍、体術、馬術で競われる。全体的に騎士学校の生徒が有利な気がするが、意外とそうでもない。リアノーラの父アルヴィンや、エドワード、ベアトリックスの兄ユリシーズのような例もある。だが、騎士学校の方が勝率が高いのもまた事実だ。
リアノーラは壁に寄りかかり、腕を組みながら回廊の一つ向こうを行く騎士学校の生徒たちを見ていた。基本的に頭脳を使うものが多いフェナ・スクールの生徒と違って、みんなごつい。中には女性も何人かいる。
「リア」
「あら、ユフィ」
声をかけてきた女性を見て、リアノーラはにっこりほほ笑んだ。姉のユーフェミアだ。ユーフェミアは少しきつめの印象を与える美少女で、体が弱い。肌が白く、いかにも病的だ。母ディアナに似てプラチナブロンドにアイスブルーの瞳をしている。切れ長な目はどちらかというと父親似だが、全体としてはディアナに似ていると思う。病弱だが、アルヴィンが手ずから鍛えた剣士でもあり、王太子ソフィアの専任騎士である。
ユーフェミアは理系物理を専攻する3年生だった。この交流試合が終われば卒業式である。休みがちなので卒業できるか怪しかったが、そこは持ち前の聡明さでカバーだ。卒業試験の成績は上から数えた方が早かったらしい。
「気になるなら、近くに行けばいいだろ」
きれいな外見とは裏腹に言葉遣いが雑なユーフェミアである。リアノーラは肩をすくめた。確かに、見物人がじろじろと近くから騎士学校の生徒を見ている。
「私、目立つでしょ」
「そりゃそうだけどさ」
会話が続かず、そのまま2人とも沈黙する。ユーフェミアもリアノーラに並んで騎士学校の生徒たちを眺める。
「リアは試合に参加するのか?」
ユーフェミアが尋ねた。リアノーラは首を左右に振る。
「いいえ。私、ナイツ・オブ・ラウンドだもの。参加禁止よ。エドもナイツ・オブ・ラウンドに叙任されてからは参加禁止になったって言ってたわ」
ナイツ・オブ・ラウンドに任じられるものは強いから……というのが表向きの理由だが、実際には、ナイツ・オブ・ラウンドが負けると外聞が悪いからだろう。リアノーラは知らずため息をつく。
「そういうユフィは?」
「私も出ない。頼まれたが、私もフィーアの専任騎士だから」
「そうよね」
リアノーラは肩をすくめると腕をほどき、壁から身を起こした。
「さて。私はご飯を食べに行こうかねー」
「昼だしな。私も行く」
ユーフェミアは外していた野暮ったい眼鏡をかけなおし、リアノーラに続いた。
ユーフェミアは王太子ソフィアの専任騎士だが、その仕事内容は少々変わっている。ユーフェミアはソフィアの影武者なのだ。
実際、リアノーラの姉ユーフェミアと、二人の従姉ソフィアはよく似ている。しかし、似ているからと言って同じ人ではない。それはちゃんと理解しなければならない。似ているというのなら、リアノーラとユーフェミアだって何となく顔が似ているし。
まあ、そんなわけで、ユーフェミアは外ではできるだけ顔をさらさないようにしている。影武者をしているときに偽物だとばれれば元も子もない。
食堂でリアノーラは肉料理やスープ、デザートまでとったが、ユーフェミアはサンドウィッチやスープだけを取った。リアノーラに比べると、ユーフェミアはかなり小食である。というか、普通の少女に比べても小食である。あまり食べても吐いてしまうので、これくらいでいいのだろう。
フェアファンクス公爵家の姉妹が並んで座っているのを見て、周囲は遠巻きにしている。フェアファンクス公爵家と言えば古くまでさかのぼれる名家だ。しかも、この2人は王位継承権を持つ王族でもある。2人並ぶと近寄りがたい。
「リア、お前その体のどこにそれだけの量が入るんだ……」
ユーフェミアは心底不思議そうに自分の妹と彼女の前にある食事量を見た。
「むしろ、その量で活動できるユフィの方が不思議だけど……」
リアノーラは魔術を使う分、消費エネルギーが激しいのだろうか。割と本気でそんなことを考えるリアノーラである。
あっという間に食事を平らげ、デザートをつつきながらオレンジジュースを飲むユーフェミアを見る。その時。
「あれ。君たち、アルヴィンの娘?」
見知らぬ教官らしき中年の男に声をかけられて、リアノーラはユーフェミアと目を見合わせた。年齢的に、父より少し年上っぽいが。
「いや~、大きくなったな! って、俺のことは知らないよな。一時期だけアルヴィンの上司やってたランカスターってもんだ。よろしく」
「……はあ。リアノーラです。こっちは姉のユーフェミア……」
リアノーラがユーフェミアの代わりにランカスターと名乗った騎士学校の教官の握手にこたえる。ランカスターは楽しそうに言う。
「いや、アルヴィンに似てるな、リアノーラは。一目でわかった。君がナイツ・オブ・ラウンドの方かな?」
「……そうですけど」
「そうかそうか。頑張れよ、アルヴィンによろしくな!」
ランカスターはそう言って嵐のように去っていった。ユーフェミアがぽつりと言った。
「……何したかったんだろうな、あの人」
「さあ……」
リアノーラも首をかしげた。リアノーラは半分しか手を付けていないデザートを見た。何となく、食欲が失せた。ため息をつき、皿を持って立ち上がる。ユーフェミアもほぼ同時に立ち上がった。迷惑な訪問者は1人ではなかった。
「久しぶりだな、リアノーラ=フェアファンクス」
「ああ?」
何となく聞き覚えのある声に、リアノーラは不機嫌そのものにそちらを見る。食堂を出てすぐのところだ。相手の顔を見て、リアノーラは盛大に顔をひきつらせた。
「ランディ=コーニッシュ」
「ふん。挨拶も返さないとは。ナイツ・オブ・ラウンドが聞いてあきれる」
「じゃあ気づかなかったことにするわ。行こう、ユフィ」
しゃあしゃあとリアノーラが言うと、その青年は鼻で笑った。
「嫌いだから無視するとは。育ちが知れるぞ、リアノーラ・フェアファンクス! 僕に負けたからと無視するとは」
2回言った、2回言ったぞ、こいつ!
「ああ……この人がリアが負けて泣いちゃった相手」
「泣いたのか、お前」
「いらないことは言わないでくれる、ユフィ」
自分からまきこんだのに、リアノーラは勝手なことを言う。ユーフェミアはそんな妹の性格を知っていたので、ため息をついて好きにすればとばかりに少し離れた。
ランディ=コーニッシュ。騎士学校の今年度の卒業生だ。ユーフェミアと同い年になる。今年の初め、宮殿に来ていたランディに、リアノーラは剣の試合で負けた。別にリアノーラは魔術師だから負けてもいいのだが、ランディは盛大に馬鹿にしてくれたのである。リアノーラを貶めるだけならいいが、あろうことかこの男は関係ないアルヴィンまで貶したのである。
なんでも、彼はナイツ・オブ・ラウンドになるのが夢らしい。この国の男なら一度は抱く夢と言われているらしいが、実際にナイツ・オブ・ラウンドであるリアノーラには何がいいのかわからない。魔術師であるリアノーラがナイツ・オブ・ラウンドに任命され、ランディはこの名誉な仕事を貶されたと思ったらしい。
ちなみに、チャールズにナイツ・オブ・ラウンドにはしないのかと聞いたら、腕が良くて顔も良くても、性格がなぁという。それくらい極端な性格なのだ。何しろ、サディストのリアノーラを泣かせて見せたくらいである。
「お前、試合には出ないのか?」
「ナイツ・オブ・ラウンドは出場禁止だもの」
「ほお。お前、まだ続けていたのか。父親みたいにやめればよかったんじゃないか? ぼろが出る前に」
「うるさいわよ、余計なお世話だわ。私の逆鱗に触れようとするんじゃないわよ。氷漬けにされたいの?」
「できるならやってみろよ、ファザコン娘」
いらっときた、いらっと。この2人の嫌味対決にだんだん見物客が増えていた。
「やっぱり手も足も出ないじゃないか。ナイツ・オブ・ラウンドが聞いてあきれるね」
「私が騎士をしていることに文句があるのなら、国王陛下に言ってちょうだい。私を叙任したのは陛下だもの」
「いくらアルヴィン様の娘でも、強いとは限らないのにな」
背後でユーフェミアが闘志を燃やしているのがわかる。彼女にかかればランディなど一撃だ。なぜなら、ランディよりユーフェミアの方が強いから。リアノーラはさらに言った。
「権力を振りかざしたくはないのだけど、私は王族よ。あまりしつこいようなら不敬罪で牢にぶち込むわよ」
「できるものならやってみろよ、ファザコン娘」
2回、2回言ったぞこの男!(リアノーラのこの反応も2回目)しかし、リアノーラはピンとくるものがあった。
「何よ。あんたもうちのお父様にあこがれてるタイプの人? ひねくれてるわねー」
沈黙が落ちた。しばらくして、爆笑が起こった。何故だ。
「ははははは! 面白い子だな! アルヴィン様の娘か……。アルヴィン様にあこがれない騎士はいないぜ、お嬢様」
騎士学校の制服の男子生徒が言った。そうだなーとほかの生徒。どうやら今回はリアノーラに軍配が上がりそうだ。
「ランディ。このお嬢様に喧嘩売ってどうすんだよ」
「そうだぜ。やめとけ。ごめんなー、お嬢様」
「おいっ。ちょっと待て!」
ランディが仲間に引きずられて姿を消す。彼の周りは普通なようだ。そこに、祥子がてててと寄ってくる。
「リア。早速誰かをいじめてたの?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 売られた喧嘩を買っただけよ」
「……うん。リアっていつもそんな感じだよね……」
しみじみという祥子の姿にどこか違和感を覚えたが、その正体が何かはわからなかった。なので、直接聞いてみる。
「祥子、何かあった?」
「え!?」
祥子は目に見えて動揺する。祥子が動揺するのは珍しいから、本当に何かあったのだろう。
「なんでもないわよ。何かあったのはリアの方じゃないの?」
さすがというかなんというか、動揺を一瞬で押し隠した祥子がリアノーラを見上げて言った。リアノーラとランディの喧嘩を見物していた人たちも、すでにこちらを見ていなかった。
「私が教えたら、祥子も悩んでることを教えてくれる?」
「だから、悩んでるのはリアの方でしょ」
「……」
リアノーラは腕を組んで祥子を上から見下ろした。リアノーラはアルヴィンにこうされると、折れることが多い。しかし、祥子はめげなかった。
「……大したことじゃないのよ。相談が必要だと思ったら、自分から相談に行くわ」
「……そう」
リアノーラが目を閉じた時、予鈴のベルが鳴った。生徒たちがわたわたと移動していく。
「じゃあ、私、授業に行くから」
「ああ。またね」
リアノーラは祥子に手を振って見送った。この日の午後からは専門科目である。リアノーラは数学、祥子は文学だ。
すでに卒業が決まっているユーフェミアには関係のないものだ。卒業研究も提出したと言っていた。リアノーラと祥子の会話を黙ってみていたユーフェミアは、リアノーラを見て言った。
「悩みの種が尽きないな」
「そうね。……まあ、祥子なら自力で何とかすると思うけど」
そういう意味で、リアノーラは祥子を信頼していた。自力で解決可能なことは自分で解決する。それが祥子という少女だ。
リアノーラが、祥子の悩みは自力で解決不可能だと悟るまで、そう時間はかからなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
すぐに投稿予約掛けるの忘れちゃうんですよねぇ。今度からできてる分だけまとめて予約しておこうか迷っています。
話の中にどうでもよさげな話が入るのが好きです。




